特別な彼女の引き立て役Aです   作:大森依織

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AによるAのライブ

 

 

side.メム

 

 

 

 ──高千穂にて、濃霧注意報。

 

 天気予報のアプリを開けば、そんな言葉がデカデカと表示されていて、私は顔を顰めてしまった。

 

 山から発生している黄色い霧は、どうやら特別性らしい。

 立ち込めている霧には防音効果があるようで、大音量で音を流したとしても、10メートルぐらい離れると全く聞こえないのだ。

 

 防音室にしたい部屋の中にこの霧を発生させたいぐらい、良い性能。

 アクたん達が地獄の逃走劇を繰り広げてなければ、本気で検討したい機能だった。

 

 絶対に便利だろうに、なんて現実から目を背けるように馬鹿みたいなことを考えて、私は山の方に視線を向ける。

 

 今、アクたん達は霧が立ち込める山の中を必死になって逃げているのだろう。

 

 

「──アクたん達、大丈夫かなぁ」

 

「まだ大丈夫みたいだよ。もうすぐ来ると思う」

 

「うわぁっ!?」

 

「あは。そんなにビックリする?」

 

 

 白い百合を彷彿とさせる甘い香り。

 背後からアキ君──じゃなくて、彼に憑依しているという伝説のアイドル、アイさんから声をかけられて、私の体はびくりと跳ねた。

 

 憑依だとはいえ、憧れのアイドルに声をかけられるのはすごく、慣れない。

 

 アキ君に憑依しただけで百合の花っぽい香りがするのだから、トップアイドルってキラキラのオーラといい、本物はとんでもないなぁ。

 

 ……なーんて、最初は呑気に思っていたんだけど。

 

 多分、この香りって所謂『死の香り』って呼ばれるモノなんだろうなって気がついてからは、余計に体が反応してしまうようになった。

 清らかで澄んでいる甘い花の香りは、どこか物悲しくて静かな死を連想させてくるのだ。

 

 それに気がついてしまえば、寄り添うような静かで寂しげな気配も、香りも全て死に繋げて、想像してしまう。

 死を身近に感じるのがこんなにも落ち着かないなんて、知らなかったし知りたくなかったな。

 

 

 そんな気持ちに蓋をして、相手に悟られないようにあははー、と空笑いしてみた。

 

 

「すみません。その、慣れなくて」

 

「あー、そうだよね。あなたは私と会うの、初めてだもんね。違和感があるってことかな?」

 

「それは全くないです」

 

「ありゃ?」

 

 

 不思議そうな顔で首を傾げるアイさんも、テレビで見た彼女のままで違和感が全くない。

 

 今はステージの上でもないし、何ならアイさんは死んでいるというのに、憑依している彼女はオーラも雰囲気も仕草も全部、どこまでも私が見たことのある『アイ』で。

 

 裏も表も見せてこない完璧具合に、憧れもあるけれど生き辛そうだなって気持ちが先行してしまう。

 ……いや、死んでる相手に生き辛そうってとんでもない感想だね、我ながらビックリだ。

 

 そんなことを考えていると、アイさんが私をじっと見つけながらもごもごと口を動かす。

 

 

「えーと、うぅーん。ハム、ヘムはハ行だから違ってて、全部マ行だったはずだから……」

 

「……?」

 

「あぁ、そうだ、メムさんだ!」

 

「え、あ、はい!」

 

 

 体はアキ君の筈なのに全くの別人に見えて、緊張と取り繕った敬語が抜けない返事をすると、彼女は眩しそうに眼を細めて笑った。

 

 

「メムさん。私が言うことじゃないかもだけど、アキ君のこと、よろしくね」

 

「それは……もちろんですけど。アクたん、じゃなくてアクアとルビーのことは良いんですか?」

 

「同じB小町のメンバーとしてルビーと仲良くしてほしいとは思うけど、あなたに2人をお願いするのはちょっと違うから。それに、社長さんにも監督さんにも手紙を送ったし、その辺は大丈夫でしょ」

 

「手紙って、悪戯だと思われて捨てられるんじゃ」

 

「あー……そこまで考えてなかった」

 

 

 やっちゃったぜ、と舌を出すアイさんはかなりお茶目な人らしい。

 天才ってぶっ飛んでるんだなぁ。オーラとかも勿論なんだけど、言動もすごい。

 

 

「え~と、メムさん! そう、メムさんはアキ君の言ったこと、覚えてる?」

 

「はい。覚えてます」

 

 

 アイさんは名前を覚えるのが苦手なのか、拙い呼び方でアキ君の言葉を確認してくる。

 

 アキ君が憑依前に言ってきた言葉の中で、特に重要なのは2つらしい。

 

 1つは、何があってもアイさんの踊りを止めないこと。

 1つは、スピーカーから流す音を止めないこと。

 

 アキ君の様子を見る限り、踊りを止めないという方が大事なんだと思う。

 後はアクたんに渡して欲しいものとか、伝えて欲しい言葉とか、必要そうだと思った時に渡したり言ったりして欲しいと、全部任されてしまった。

 

 

「アイさん、これから何が起きるんですか?」

 

「ん~? 強いて言うなら、神様にお帰り下さいって言うための踊りかな。で、アイドルの踊りといえばー?」

 

「生ライブ、とか?」

 

「そう! 武道館ライブから周辺のレベルは下がっちゃったけど……私はアイドルだからね」

 

 

 だから山の麓の中でも、態々広くて踊りやすそうな場所を選択して、土を固めていたのか。

 赤色のアイドルっぽい衣装を身に纏っているのも、アイドルであるアイのイメージカラーだからかな。

 

 

「メムさんはアクア達が見えたらスピーカーから音を再生して、アクア君達と一緒に距離を取ってね。私は神様を引き受けるから」

 

「アクたん達が逃げてくるような相手ですよ? 大丈夫なんですか、それ」

 

「だーいじょーぶっ。嘘はとびきりの愛なんだよ。私はさ、神様であってもそれ(・・)で負けるつもりはないんだ」

 

 

 これから何が起きるのか、アイさんでさえも把握しきれていないはずなのに、彼女は自信ありげに微笑んでいる。

 

 

「私はあの日までずっと、ずぅっと。嘘が本当になると願って愛の歌を歌ってきたの」

 

 

 黄色い霧が空さえも覆い隠してしまうぐらい立ち込める中、アイさんの両目の星だけが力強く輝いて。

 

 

「私は私なりの()神様(ファン)に伝えるだけだよ。それはどこであれ、相手が誰であれ変わらないんだ」

 

 

 キラキラの一番星。

 

 アクたん達が大変な状況だというのに、過去の憧れという光に支配される私の胸が高鳴るのを止められなかった。

 

 

 

 

side.メムend

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

side.アクア

 

 

 

 

 霧が立ち込める中、俺達はひたすら走り、ようやく山を抜けることができた。

 

 しかし、抜けた先には何もなく、アキやMEMちょどころか人っ子1人いない。

 肩で息をしている有馬は両手で膝を叩きながら、大きな声で叫んだ。

 

 

「山を降りたのはいいけど、肝心のアキ達がいないじゃない!」

 

「霧もどんどん濃くなってきてるし、追いつかれるかも」

 

 

 黒川の方も限界が近いようで、棒立ちしている今もフラフラ。

 そんな中でもあの亡霊の足音が聞こえてくるような気がして、お互いに引き攣った笑みを見合わせた。

 

 ……これ以上2人を走らせるわけにはいかないよな。

 

 スクーターか何かないかと周囲を見渡せば、右側が薄らと輝いているような光が見える。

 もしかしたら、あそこにアキ達がいるのかもしれない。

 

 まだ目を覚さないルビーを背負って、俺は光の方へと手を伸ばす。

 

 

「右の方が光ってるから、そっちに行ってみよう」

 

「もしもそこにアキがいなかったら、もうグーパンチしてやるわよ」

 

 

 文句を言いつつも俺の後をついてきてくれる有馬に、黒川も隣で苦笑している。

 顔は困り顔だが、目が座っているのを見るに……黒川、お前もグーパンチしたい(同じ意見な)のか。

 

 俺達の身体や精神的な限界の為にも、いてくれと祈りつつ光に向かう。

 

 背後からはヒタヒタと嫌な音が聞こえてくるのを無視して、ひたすら足を前へ、前へと進めていると、聞き覚えのあるイントロが聞こえてきた。

 

 

 

 

「〜〜♪」

 

 

 

 歌、か?

 

 光の中に1人分の影があり、聞き覚えのある声が影の動きに合わせて歌い出す。

 

 

「この歌……『サインはB』じゃない? 誰かがこんな所で、歌ってる……?」

 

 

 息も絶え絶えといった様子で、有馬が聞こえてくる音の正体を言い当てた。

 いつの間にか、ひたひたと聞こえていたはずの足音が途絶えている。

 

 

「もしかして、アイが歌ってるのか?」

 

 

 アキが準備しているのは聞いていたが、まさかその準備とやらがコレなのか?

 

 

「──♪」

 

 

 困惑が俺達を支配する中で、黄色い霧が白い霧に押され、視界が晴れる。

 

 霧がなくなった先で踊っているのは、赤いアイドルのような衣装を身に纏ったアキだ。

 正確にはアキに憑依したアイが、何もない場所をライブ会場にして踊っていた。

 

 数本の大型の懐中電灯をスポットライトに見立てて、一台のスピーカーから流れる音楽に合わせて、マイクもなしにアイが歌う。

 すると、そんな彼女の足元から真っ白な霧が現れ、黄色い霧を押し流した。

 

 

 ──これを『ライブ』と呼称するには場所も機材も何もかも、あまりにも足りなさ過ぎる。

 

 

 しかし、今見ているのは生ライブだと言われても満足してしまいそうなぐらい、踊る本人のオーラや歌唱力がステージでもない場所を『ライブ会場』として昇華させていた。

 

 

「〜〜♪」

 

 

 アイが踊り舞う度に白い霧が足元から発生し、どこかで嗅いだことがあるような、華やかで甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。

 

 最初の曲から次の曲へと繋げて入り、休む暇さえなく歌い、踊り続ける。

 その健闘もあってか、近くまで追いかけてきた亡霊を白い霧で押し込めて、絡めとるように捕まえた。

 

 アイが起こしている超常現象は、神様でさえも通じるらしい。

 逃げたら大丈夫だと思っている一方で、まだどこかで安心できていなかったのだ。

 アイが亡霊をやり込んでいる姿を見て、俺はやっと安堵の息を溢した。

 

 

「すごいわね……伝説のアイドルって、幽霊になったらヤバい存在にも対抗できるの!?」

 

「映像からすごいんだろうなって思ってたけど、よくわかんない幽霊を捕まえちゃう程なんて」

 

 

 ありえない存在には、超常現象をと言わんばかりに対抗しているアイの姿に、有馬と黒川が感嘆の声を漏らす。

 

 

「おぉい、アクたん達、そこにいたら危ないから! こっちこっち!」

 

 

 ぼんやりと眺めていることしかできない俺達に、後ろから声がかけられた。

 3人揃って振り返ると、MEMちょが「おーい」と右手を大きく振って手招きしている。

 

 確かに、今の位置だとアイや亡霊に近過ぎるか。

 おとなしくMEMちょの側に近寄ると、彼女からタオルとペットボトルを渡された。

 

 

「逃走お疲れ様〜。3人共無事で良かったよ!」

 

「あ、あぁ。それよりも、あのアイのライブは何だ?」

 

「アレがアキ君達が用意していた手段なんだって。私はあのライブを最後までできるようにサポートすることと、後はアクたんにこれを渡すようにって、アキ君に渡されたよ」

 

 

 MEMちょから渡されたのは見覚えのある包装。

 最近、アキと一緒に買った花だ。中身を知っている俺は、何故か急に目頭が熱くなるような感覚に陥る。

 

 今はダメだろ。目をぎゅっと閉じて右手で視界を覆う。

 何度も聞いたアイドルソングが鼓膜を撫でる。今はその時ではないと、目から熱を奪い取った。

 

 

「すまん。助かった」

 

「私は殆ど力になれてないから、これぐらいはね?」

 

 

 有馬と黒川にもタオル等を渡しているMEMちょがこちらに顔を向けて、空笑いを浮かべる。

 俺が口を開こうとしたら、背中にいたルビーの手が俺の手を握ってきた。

 

 

「あれ……花の匂い……?」

 

「ルビー、目を覚ましたのか?」

 

「お兄ちゃん、ママは?」

 

 

 目を覚ましたルビーが俺の背中から離れて、急にアイを探し出す。

 

 

「アイはすぐ側にいるが、どうしたんだ?」

 

「百合の花の匂いって──ママのお葬式を思い出したの」

 

 

 そう言われて、俺はあの花の香りの既視感と、その答えに辿り着いてしまった。

 

 

「ママが消えそうな気がするの。だから、止めないと」

 

「ルビー。今、それをするのはダメだ。危険過ぎる」

 

 

 俺が辿り着いているのであれば、ルビーも同じ結論に辿り着いているのは当然の話で。

 アイの声が聞こえる方へとルビーが歩き出したので、俺は慌てて手を掴んだ。

 

 

 ──しかし、その選択肢は間違いだったらしい。

 

 

「お兄ちゃんは、お兄ちゃん達は、ママ達のこと、知ってたの?」

 

 

 アイが3曲目の歌を歌い始めた頃。

 ルビーは俺の手を振り払い、アイが踊る方を指さした。

 

 

「ママ、今にも消えちゃいそうな感じがするよ? それに、アキの鼻から血が出てる。ママだけじゃなくて、アキも無理してるんじゃないの!?」

 

 

 ルビーに言われてから、漸くステージにしている地面が赤黒く汚れていることに気がついた。

 

 よくよく観察してみると、鼻だけではない。赤い衣装だから気が付かなかったが、手や足からも出血している。

 アキ自身も、アイに体を貸すことで自分の中の何かを削っているのだ。

 

 

「ねぇ、ママとアキは大丈夫なの? どうして誰も止めようとしないで、ここで見てるの? あんなの、止めなきゃママもアキも消えちゃうじゃん!」

 

 

 アイが消えるかもしれない。

 そう聞いていたものの、アキまで血塗れになるとは聞いていなかった俺は、ルビーの行動を止めることができなかった。

 

 有馬と黒川も困惑し、メムも自分の手を白くなるぐらい握りしめている。

 誰も止めないことをいいことに、走り出そうとするルビーを、止めたのは第三者である奴だった。

 

 

 

 

「それは悪手かな。君らのお母さんが頑張ってるのに、それを娘である君が邪魔するのは可哀想だよ」

 

 

 奴はさらりと会話に混ざり、ルビーの腕に手を絡めてその場に縫い止める。

 

 

「やっほ。最後の道案内(お仕事)、しに来たよ。だからお姉ちゃんも一旦、落ち着いてよ。ね?」

 

 

 烏を連れた少女であったり、疫病神と俺が読んでいる少女は人差し指を唇に当てて微笑む。

 コイツの登場が吉と出るか、凶と出るか。

 

 わからないものの、流れが変わったのは確かだった。

 

 




少女「野次馬、やじうまー」ルンルン
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