特別な彼女の引き立て役Aです   作:大森依織

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視点変更なしです。
もうそろそろいいかなって思って、タグを弄りました。


そしてAは前に進む

side.アクア

 

 

 疫病神といえども神なのか。

 錯乱するルビーの頭を撫でて落ち着かせた奴は、顔だけこちらに向けて語り始めた。

 

 

「まず、君達のお母さん──星野アイが消えそうって話だけど。そもそも、君らのお母さんが消滅せずに今まで存在できているのが『奇跡』なんだよね」

 

 

 今日は烏を連れていない少女曰く、本来ならアイは1年ぐらいで魂が消滅し、転生することなく消えてしまう予定だったらしい。

 

 それなのに、何故かアイの姿を認識できる上に、生命力を分けるだけとはいえ魂に干渉できてしまうアキが現れ、アイが消滅するのを今まで阻止していた。

 

 アキは自分自身の体に憑依させてしまえる程の生命力をアイに渡し続けることで、1年の寿命を10倍近く伸ばしたのだ。

 

 

「血縁関係でも憑依体質でもない狼さんがさ、縁もゆかりもない赤の他人を憑依させるなんて、普通は無理なんだよ。それこそ、『同じ存在だと誤認するぐらい生命力が同化していない限り』不可能なんだ。普通、そこまで生命力を渡したら、渡してる方が死んじゃうからねー」

 

 

 しかし、アキは普通じゃなかった。

 だからこそ死ぬことなくアイの延命のために生命力を与え続けることができてしまい、その結果、意図せずに不可能を可能にしてしまったのだ。

 

 それによりアキは自ら自身をアイに近づけ、アイは気が付けばアキに近づいていた。

 

 

「肉体と魂を誤認させるぐらい近づけて、二人三脚で体も魂も騙してここまで走ってきたものの、それでも10年が限界だったんだ。だから、君達のお母さんは命の使い道を決めたんだよ。それを邪魔するのは悪手だって言ったあたしの言葉の意図、わかってくれたかな?」

 

 

 睨んでいるルビーを宥めるように頭を撫でて、それでもと目を潤ませる妹を慰めるように言葉をかけた少女が、ゆっくりと俺達から距離を取る。

 

 

「そして、狼さんが血を流しているのは、君達のお母さんを意地でも消滅させないようにしてるから。自分の中にある特別な遺伝子で、お母さんさんが受けているダメージを肩代わりしているのが理由だよ」

 

 

 今、アキの体から血が出ている箇所は手足等の『肌』と、『鼻』、そして『耳』だ。

 失血死のリスクがあるのは勿論だが、それよりも致命傷なのが彼の狼人間の遺伝子(アイデンティティ)の消滅。

 

 既に狼人間としての4感の内、3感を失うぐらいのダメージを受けた状態でアイの魂を守ってくれている、と少女は語る。

 

 

「口から血が出てきたら、いよいよ狼さんも手遅れになるからね。狼さん達が時間稼ぎをしている間に、君達双子がやらなきゃいけないのは『2つの縁を切る』ことだよ」

 

 

 少女はピースサインを作った右手を横に振る。

 

 

「1つ目はあの神と君達との縁を切ること、こっちは櫛を投げた時点で完了してるから、あと1つなんだけど。その1つが、2つの運命の交差点になっている君達のお母さんか、狼さんのどちらかを消すことなんだよね」

 

「……それは、他に方法はないのか?」

 

「あったら狼さんがとっくの昔にやってると思うよ。運命の交差点になっている2人の内、どちらかを消すしか方法はない」

 

「アイツが知らない可能性は?」

 

「あたしと器を合わせた時点で、魂の認識って分野では(こっち)側に近づけてるんだよ? それはないだろうね」

 

 

 念のために確認してみたが、俺の言葉はあっさりと否定されてしまった。

 

 少女の言う通り、アキが方法を知っていれば真っ先に試しているのは想像できる。

 今回ばかりは、少女は疫病神として現れたわけではないのかもしれない。

 

 

「君達の本来の《運命の難題》は狼さんが粉砕しちゃったし、ここが君達のターニングポイントかもね──で、だ。君達はこの分岐点で何をするのかな?」

 

 

 三日月に口を歪ませた少女が問いかけてくるので、俺は視線をルビーに向けていた。

 

 ここで俺が答えたっていいが、それだとルビーの気持ちが置いてきぼり過ぎるだろう。

 

 

「ルビーはどうしたい?」

 

「……」

 

 

 努めて優しく問いかけたつもりだったのだが、返ってきたのは困惑の目だった。

 それもそうだ。聞いたとしても、ルビーはずっと蚊帳の外だったし、すぐには決められないか。

 

 なら、ここは俺1人で選んで、決めるしかないだろう。

 そうすればルビーの意思は介在しないのだから、どんな結末であれ、彼女が傷つくことはない。

 

 

 ──そんな風に俺の思考が勝手に進む中、ずっと黙って見守っていた人物の1人が声を出した。

 

 

 

 

「ねぇ、誰か。他に判断できそうなものとか持ってないわけ?」

 

 

 

 アイが3曲目を歌い終わり、4曲目に入るのと同時に、有馬の声が響いた。

 

 早計に判断してしまおうとした俺を咎めるような視線を向けて、有馬はルビーを庇う。

 

 

「そんな得体の知れない奴の言葉を鵜呑みにするなんて、ルビーじゃなくても無理でしょ。アクアは結論を急ぎ過ぎなのよ」

 

 

 有馬の指で額を小突かれた俺は額を右手で抑える。

 何も言えない俺に対して、有馬はため息をひとつ。「割り込むつもりはなかったんだけど」と前置きを呟いてから、両手を腰に当てた。

 

 

「アキは時間稼ぎをしてるって話よね? なら、今回のことで、アンタ達に考える時間が必要だって思っての行動のはずよ。残っている時間は短いかもしれないけど、慌てるような時間じゃないわ」

 

「私もかなちゃんの言う通りだと思うな……ねぇ、MEMちょさん。何かアキちゃんから受け取ってない?」

 

 

 有馬の言葉に続けて、黒川が顎に手を当てて問いかける。

 しかし、本当に心当たりがないのか、問いかけられたMEMちょは首を横に振った。

 

 

「ううん。私が渡されたのはその包装だけだよ。それ以外には受け取ってない」

 

「それ以外は受け取ってないんだね。じゃあ、答えは1つかな。アクアくん、包装の中、見てもいい?」

 

「……ああ」

 

 

 声をかけられただけで黒川の言いたいことが伝わってきたので、俺は花が入っているはずの包装を渡す。

 受け取った黒川が「確認するよ」と一言入れてからリボンを取った。

 

 中が見えない袋で包装されたモノを覗き込んだ黒川は、徐に手を中に入れる。

 花を取り出すのだろうかと見つめていると、袋から出てきた彼女の手が握っていたのは手紙だった。

 

 

「やっぱり。鍵は中にあったね」

 

 

 黒川は微笑みながら俺とルビーの間に手紙を手渡してくる。

 その可愛らしい白のレースの手紙には丸みを帯びた字で『アクア・ルビーへ』と書かれていた。

 

 俺が手を伸ばすのを躊躇っていると、ルビーの手が迷うことなく伸ばされ、その手紙の封を開く。

 手紙の中から出てきた便箋には、同じ丸みのある──恐らくアイの字で文章が綴られている。

 

 手紙の冒頭は『手紙を書くのは苦手だけど、ビデオレターはもう作ったし、頑張ってみるね』とアイらしい一文から始まっていた。

 

 1枚目、2枚目と俺とルビーのことを心配したり、良いところや好きなところと、線を引きながら書かれたそれは、読んでいるだけでもむず痒く感じるモノだった。

 

 何の罰ゲームだと言いたくなるぐらいの親バカや褒め殺しの数々。

 俺は読むのを断念しそうになるものの、ルビーが読んでいる手前、逃げられない。

 

 3枚目を読もうとするルビーに頷き返すと、手紙の雰囲気が親バカ一色から、悩んで書いたのであろう筆跡と消し跡混じりの文章が書かれていた。

 

 

 

 

『実はあの日、最後に2人にとんでもないことを言っちゃったんじゃないかと不安だったの。

 ママの自己満足で、2人の呪いになってはいないかと、心配だったんだ。

 

 だから、これだけは言わせてください。

 

 アイドルも俳優も、嫌ならやめてもいいんだよ。

 私は2人が元気で前に進めるのならそれで十分だから、ママが言ったことなんて気にしないで、2人の道を自由に進んでね。

 

 もしもママに縛られているというのなら、その呪いや困りごととか全部、今すぐママに押し付けるように!

 

 未練がましく幽霊として存在しているのはらしくないので、先に進もうって決めたママが全部持っていきます。

 今しかできないサービスだから、遠慮しないでね。

 

 そういう訳で、笑ってまたねとさよならって言わせてください。

 ママはずっとずっと、アクアとルビーを応援してるし、愛してます』

 

 

 

 

 

 

 読み終えたのと同時に、アイの『愛してる』という歌声が聞こえてきた。

 

 顔を上げると笑顔のアイがこちらを見ていて、体が赤く濡れながらも、キラキラと赤白い光を放っている気がする。

 

 いや、気のせいではない。本当に、体から光の粒が出ているのだ。

 

 

 

「おにいちゃん……花、渡しに行こう」

 

 

 俺と同じくアイを見ていたルビーが、涙を拭って黒川から花を受け取る。

 ピンクの瞳は真っ直ぐアイを見つめていて、覚悟を決めているようだ。

 

 

「いいのか?」

 

「うん。私が消えて欲しくないって思ってるから、ママは今も無理してるんだと思う。だから、ちゃんと伝えなきゃ」

 

「そうか。なら、2人で行こう」

 

 

 少しでもルビーの気が楽になるようにと願って手を伸ばすと、ルビーが指を絡めてきた。

 所謂、恋人繋ぎと呼ばれる手の握り方をした俺たちは、蛍の光みたいな光を体から放出させたアイの側へと向かう。

 

 アイを中心に広がる白い霧と赤みがかった白の光の玉の奔流は、まるで創作物の中に紛れ込んだのではと思うぐらい幻想的で、美しい光景だった。

 

 その中心にいるアイは今では立っているだけなのに、触ってしまえば今にも消えてしまいそうなぐらい儚げで、危うい雰囲気を放っている。

 

 

「ママ!」

 

「──。──」

 

 

 ルビーの呼びかけに反応してアイが口を開くものの、声が全く聞こえてこない。

 口を開いて、動かして。それでも伝わってなさそうな俺達の様子に気がついたアイは穏やかに微笑んで、ゆっくりと最後に口を動かす。

 

 

 ──愛してるよ。

 

 

 そう、アイが笑っているように見えて、胸の中にあった何かが溶けていくような感じがした。

 

 

「おにいちゃん、渡してもいい?」

 

「ああ……ちゃんと、伝えなきゃな」

 

 

 俺が何者であれ、どう思っているのか。

 様々な情報(ノイズ)のせいでわからなくなっていたとしても、事実として星野愛久愛海の母は星野アイただ1人なのだ。

 

 なら、最後ぐらい望み通りに笑顔で送らなきゃ、ダメだろうが。

 

 

 

 

 

 

「ママ! 私も──」

 

「アイ……いや、お母さん、俺も──」

 

 

「「──愛してるよ! いってらっしゃい!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 手を振って、用意していた紫色のスイートピーを2人で手渡した。

 アイは恐る恐る手を伸ばし、スイートピーの花束を抱きしめる。

 

 口も動いてないし、声も聞こえてこないのに、不思議と涙と笑みを浮かべるアイの言葉が手に取るようにわかる気がした。

 

 

 

 

 ──ありがとう、いってくるね。

 

 

 

 

 赤っぽい白の光に紫の蝶のような輝きが混ざり、空高く昇っていく。

 

 霧はいつの間にか消えていて、俺達を追いかけていた亡霊の姿もない。

 昼のように眩しい光が分厚い雲に覆われた夜空を彩り、赤白い光と紫の光で星の川を作り出していた。

 

 

 

「ふぅん。ずっとずぅっと結論を先延ばしにしちゃう君でも、妹と2人なら選べるんだね。見直したよ」

 

「……まだいたのか、疫病神」

 

 

 後ろから追い越すように歩いてきた少女を睨むと、少女は肩を竦める。

 

 

「酷いなぁ。今日のあたしは君達にとって、都合の良い存在なのにね」

 

「今日やら別の日やらと立場を変えやがって……胃の中の話じゃないんだぞ」

 

「あたしは日和見菌だって言いたいの? 胃の中の話なら悪玉も善玉も、どの菌も必要だって事ぐらい元お医者さんならわかるでしょうに。それとも、もしかしてお医者さんだった癖に、ご存じないのかな~?」

 

 

 にやぁと腹立つぐらい小生意気な笑みを浮かべる少女は、アイという支えがなくなって倒れるアキを支えている。

 

 そういうところだぞ。臍を曲げられたら困るから言わないけど、本当にそういうところなんだぞ。

 

 血塗れのアキを不思議な力で綺麗にし、顔色も改善させてしまう少女に湿度の籠った視線を送れば、相手は憎たらしい顔を苦笑に変化させた。

 

 

「はいはい。嫌われてるのはわかったし、お邪魔虫は要件が終われば、退散しますよ〜」

 

「なら、早く退散してくれ」

 

「その前に、1つだけね」

 

 

 心配そうに駆け寄ってきたMEMちょにアキを押し付けた少女が、紫のスイートピーを回収する。

 そのままくるりと俺の方へと体を向けて、人差し指を差し向けてきた。

 

 

「もしも君ら兄妹が夫婦でやることやっちゃう予定があるなら、最低でも5年は待つように」

 

「はっ?」

 

「別に下世話なだけの話じゃないよ? そうした方が良いっていうアドバイス」

 

「……おい疫病神、今度は一体何を企んでやがる?」

 

 

 地を這うような低い声で問いかけると、少女は烏を呼び出して口に手を当てる。

 

 

「負傷を治癒したのも全部、君らが試練を乗り越えた報酬だから。神様は優しいからね。親子の健気な約束ぐらい、叶えてあげる豪胆さがあるあるんだよ」

 

 

 ──5年はその調整期間だから、文句は言わないでね。

 

 なんて気になる言葉だけを残して、少女は空を飛んでいく烏と共に姿を消してしまう。

 

 肝心なことを言わないし、意味深な言葉を残す、嫌な場面ばかり現れる不審人物。

 そんなんだから、疫病神としか呼べないんだよ、アイツ。

 

 

「おにいちゃん」

 

「どうした」

 

「何が何だか、今もちょっと理解しきれてないけど。ママ、ちゃんと次に進めたのかな」

 

「アキみたいに見える訳じゃないから、何とも言えないが……進めてると、いいな」

 

 

 気がつけば山の向こう側から太陽が少しずつ、顔を出している。

 朝だ。殆ど寝ることなく、俺達は寒い山の近くで朝を迎えてしまったのだ。

 

 

「……有馬、黒川、メム。今回の件、話も殆ど聞かずに協力してくれて、ありがとう」

 

「本当よね。疲れたし寒いし、帰って寝るわよ。ほら、ルビーとあかね、あとついでにMEMちょも帰るわよー」

 

「ちょっと、かなちゃん!? 私はついでなのぉ!?」

 

 

 メムの叫び声で、積み重なるような不穏な問題が解決したのかもしれないと思うことができた。

 

 

「ルビー」

 

「なぁに?」

 

 

 黒川とメムがアキを担ぎ、有馬が「引き摺ったら?」と無情な発言をしながら帰ろうとしている姿を横目に、俺はルビーの方へと視線を向ける。

 

 

「俺はさ、ルビーと結ばれるのが許されるのなら、やっぱり君1人を大切にしたいよ」

 

「私も、本当はそう思うよ。でも……いいの?」

 

「アイが、お母さんが許してくれてるんだから、他の声はただの雑音だ。だから、改めて言わせてほしい」

 

 

 ルビーの左手を握って、ズボンのポケットからそれっぽい紐を取って薬指に結ぶ。

 

 

「ルビーのことが好きだ。だから、俺と一緒に進んでくれないか?」

 

「うんっ……あ、でも」

 

 

 ルビーは結ばれた紐の先にある長方形──アキから貰った恋愛成就の刺繍が入った御守りを指で擦り、苦笑いを浮かべた。

 

 

「どうせ貰うなら、おにいちゃんからのプレゼントの方が嬉しいかな」

 

「それは……すまん。旅行後すぐに用意する」

 

 

 

 

 

 

 ──そんな感じで旅館に戻った後。

 

 仁王立ちしたミヤコさんに何故か俺だけ早朝の寒空の下、正座で説教を受けたのは、また別の機会にさせてもらおうか……

 

 

 




アイさんもアクア君達も前に進もうとします。
……アキ君については次回にて。

駆け足だったかもしれませんが、毎日投稿ラストでした。
内容的にお盆に終わらせたかったので個人的には既に走り切った感が……

まだ土日にちょこっと投稿しますので、よろしくお願いします。
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