特別な彼女の引き立て役Aです   作:大森依織

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Aも前に進むために

 

 

side.メム

 

 

 

 宮城県への旅行後。

 投稿した3曲のPVはこちらが想定していたよりもかなりバズった。

 

 ヒムラさんが作った曲はルビーのどこか『死』に近いような深淵を感じさせるMVが呼び水となり。

 

 アキが作ったかなちゃんメインの曲は女の子の可愛くとも『ツンとデレの配合比率に黄金を感じる』とのことで、とある層にはブッ刺さり。

 

 私がメインにして作ってもらった曲は『何回も聴きたくなる中毒性』やら『合法接種できる電波ソング』などと、とんでもない呼称をされつつも、2つに負けない再生数を稼いだ。

 

 どれもこれも100万再生をあっという間に超え、B小町公式のチャンネル登録者数で言えば、私の個人チャンネルの登録者数に迫る人気っぷり。

 個人での仕事のオファーも来ていて、今こそお客さんの稼ぎ時……と、B小町は順風満帆なんだけど。

 

 

【……】

 

 

 ボケーっと事務所の虚空を眺めて、放心状態の子、アキ君がいるんだよねぇ。

 

 受験生ということで仕事も殆ど取ってない。

 旅行の後からアイさんがいなくなって、心はぽっかり空いている。

 狼人間の力も4分の3無くなったとのことで、味覚以外は使えなくなっちゃったらしい。

 

 身体能力も成人男性より少し凄い程度まで弱体化したらしいし、私が事務所にいる時はできる限り家まで送ってるけど、最初の頃は顔色もなかったから本当に怖かった。

 

 1ヶ月経った今でも、喪失し過ぎた抜け殻状態は中々脱出できてないみたいだし。

 大事にしてたものを一気に無くし過ぎて、ぺちゃんこ状態のアキ君。

 

 何とか元気にしたいんだけど、どうしたものかなぁ。

 かなちゃんは「事務所に来れるだけの元気があるだけマシでしょ」って言ってたけど、心配なものは心配だもん。

 

 

「本当にどうしようかな」

 

 

 何となく呟いて、アキ君をチラリ。

 何故かスマホを手に持っている以外は上の空だし、変化なしと。

 

 ……これ、どうやって励ましたら良いかなぁ。

 

 うんうんと頭を悩ませていると、突然、バキッと何かが割れるような音が響いた。

 

 どうやら、音の発生源はアキ君らしい。

 信じられないことに、彼は自分の会話手段であるスマホを地面に叩きつけるという暴挙に出ていた。

 

 

「え、アキ(くぅん)!?」

 

 

 素っ頓狂な声が出てしまったが、それよりもアキ君の行動の方が衝撃的だ。

 

 結構良いお値段の保護シールを貼っていることもあって、破片が飛び散ってることはなさそうだけど、叩きつけられたスマホの画面は蜘蛛の巣のように割れている。

 

 手を見ても血はなさそうだし、外的部分は大丈夫そう。

 問題は精神的な傷だろうか。これ以上衝動的な行動をしないようにアキ君の両肩を手で押さえて、アキ君の様子を伺う。

 

 

「10万円のスマホを雑に投げ捨てるとかどうしたの? ご乱心かな?」

 

「……っ」

 

 

 スマホを失ったアキ君から言葉が紡がれることはなかった。

 口を開けては閉じて、その顔はまるで溺れている人のように苦しげだ。

 

 泳がなきゃいけないから頑張って飛び出したのに、溺れちゃいました、みたいな。

 上手く言えないけど、そんな感じのニュアンスがぴったりな様子に見えて。

 

 アキ君はスマホを2台持っていたことを思い出し、鞄からもう1台、スマホを取り出す。

 アキ君に2台目のスマホを手渡すと、彼は震える手でそれを受け取った。

 

 

【……ありがとうございます】

 

 

 今度は投げ捨てることなく、タップしてくれたらしい。

 何となくアキ君の衝動的な行動の意味がわかった気がして、落ち着いてほしいという気持ちも込めて、頭撫でた。

 

 

「そんな慌てて、変わろうとしなくてもいいんだよ。潰れちゃうかもしれないでしょ」

 

【すみません】

 

「ほら、順番が大事っていうじゃん。そんな急に変わらなくても、誰も責めないから大丈夫だよ」

 

 

 むしろ、責めてくるような奴がいたら私が追い出してやるんだから。

 そういう意味も込めて、ブンブンと相手を殴るフリをすると、アキ君は吹き出すように笑った。

 

 

【ちょっとだけ、元気出ました。ありがとうございます】

 

「そう? ならよかった」

 

 

 ふにゃりと笑う彼は美形なだけあってかなり可愛らしくて、締め付けられるような胸の高鳴りを感じる。

 

 ……っていや、待て。待つんだよ私!

 相手のお顔はどっちかというと女の子。性別は異性でも、年齢はほぼ一回り下の子!

 血迷っちゃいけない。勘違いだよ、勘違い。

 

 

【メムさん……?】

 

「いや、ちょっと自分の将来が心配になって」

 

【あぁ。そういえば昨日、今後の方針について話してたらしいですね】

 

 

 ちょっと違うけど、アキ君は勝手に解釈して勝手に納得してくれた。

 ツッコまれたら私が大火傷して死んでしまうので、慌ててアキ君の言葉に乗っかった。

 

 

「そうそう。PVがバズってから、私達3人とも仕事が増えてねぇ。テレビ、ラジオ、雑誌とか色々と声をかけてもらってるんだ。このチャンスをモノにしないとね!」

 

【おぉ、それは凄いですね。おめでとうございます!】

 

「あー、うん。ありがとう」

 

 

 我が事のように喜んでくれるアキ君に、私もぎこちなく頷く。

 こちらの異変には敏感なようで、アキ君は黒い目を細めた。

 

 

【もしかして、何か悩み事ですか?】

 

「……贅沢な話だから、大したことないよ」

 

【ボクでは頼りないかもしれませんが。話すだけでも、少しは楽になりませんか?】

 

 

 自分も整理できてないのに、人のことを優先するのは癖なのか。

 

 毛色は違うかもしれないけど、ある意味、アキ君と似たような方向の悩みといえばそうなのかもしれないし。

 少しでもアキ君の気が紛れるのなら、そのネタになるのも吝かではない、かな。

 

 そんな気持ちもあったので、私は最近思ったことを雑談程度に話してみることにした。

 

 

「いやさ、話の途中でルビー達が大学卒業ちょっと前ぐらいまでなら、アイドルを続けてもいいなって話になって」

 

【長い間アイドルができるってことですか。すぐに解散しなくて良かった……と、そう単純な話ではなさそうですね】

 

 

 アキ君も打ち込みながら、考え込むようなフリを見せる。

 

 そう、音声通り、アイドルを続けるのも簡単な話じゃないんだよね。私の場合だと特に。

 

 

「長い間アイドルやるって話、夢を叶えた私からするとすっごく嬉しいし、ありがたい話なんだ。でも、ちょっと時間とかさ、色々と考えることもあって」

 

【あぁ】

 

 

 察しの良すぎるアキ君はわかったみたいだけど、ルビーやかなちゃんと違って、私には時間がね、限られてるんだよね……うん。

 

 

 ──私をアイドルになっているという夢から現実へと引き戻したのは、1枚の葉書だった。

 

 

 幸せそうな中学時代の友達と、旦那さんが写っている写真には『結婚しました』というありきたりな文面。

 その時は気にしてなかったし、私も漸く夢を叶えたのだから、特に気にもしてなかったんだけど。

 

 

「ルビー達が大学生を卒業する頃って、5年は最低でも経っているんだよなーって、思うとちょっとね」

 

【アイドルやっている間にお付き合いしようとか、考えないんですか?】

 

「炎上するリスクは年齢以外、作りたくないしね。両立できる程、私は器用じゃないからさ」

 

【じゃあ、アイドル卒業した後にお付き合い、って話になりそうですね】

 

「……そう、なるんだけど。かなり難しいと思う」

 

 

 アキ君は不思議そうに首を傾げているんだけど、事はそんなに簡単な話ではないのだ。

 かなちゃんとかなら全然大丈夫なんだけど、アイドルの旬が早いように、結婚の旬だって意外と余裕はない。

 

 

《30代、結婚経験も彼氏もナシの、結婚願望アリ》

 

 

 さて、この言葉を聞いて、どんな女性のイメージを男性の皆様が持つだろうか?

 なんかヤバそうって感じない? バツイチよりも魔物みたいな女の人って感じがするでしょ?

 

 人柄とかわかんないじゃん。経歴とかそういうので判断するじゃん、普通の人は。

 で、私がアイドルって夢を追った結果、出せる経歴がコレ(・・)なんだよ。しかも、備考欄には元アイドルという恐ろしい文字が踊るタイプ。

 

 夢を追いかけて叶えた結果、お母さんに心配されそうな独身の女が出来上がる。

 それでなくてもお母さん、私のことを倒れる前も倒れた後も心配してくれてるのに、これ以上心配になる種を増やすなんて……笑えないよね。

 

 応援してくれてるし、反対もされてない。

 でも、周りの評判とか、親戚の話とか色々聞くと、本当にこれでいいのかって考えが頭から離れないのだ。

 

 

「今、夢を追いかけてる最中にさ。贅沢な悩みだし、我儘言ってる自覚はあるんだけど……自分の選んだ道って、とんでもなく怖いなって思って」

 

 

 アキ君が声をかけなければ、見ないように目を閉じて、耳を塞いで知らんぷりしてた悩みだ。

 でも、話してみてほしいと暴かれてしまえば、何とも情けなくて贅沢な話なのかと自分でも呆れてしまう。

 

 

「あー、話し始めて悪いんだけど……ごめん、忘れて! すっごい恥ずかしいからっ」

 

 

 別に『今すぐそういう関係になりたい!』と思う人もいないし、先のことは未来の私が考えればいいだけなのに、中学生の子にして良い話じゃなかった。

 

 忘れろビーム、なんて茶化した動作をしてみるぐらいに冗談だと笑って欲しいのに、アキ君の目は真剣そのものだった。

 

 

【その悩みが解決しそうなら、メムさんも夢を追うのに集中できますか?】

 

「そりゃあ解決したら良いけど、そんな簡単な問題じゃないし」

 

【解決したらいいなーって、思ってはいるんですね】

 

 

 狙ってた反応と違っていて、私の頭が『まずいんじゃないか?』と警鐘を鳴らす。

 しかし、相手は狼人間。奇襲はアキ君の方が1枚上手だ。

 

 

【では、アイドルやめる頃までにそういう人がいなかったら、ボクがメムさんを貰ってもいいですか?】

 

「へ?」

 

【中学生に言われても困るだろうなって、言わなかったんですけど。それでメムさんが集中できるなら、好意を持つ存在がいるってこと、伝えても良いかなと思いまして】

 

 

 無視するか流して欲しかったのに、返ってきた反応は予想の斜め上のモノだった。

 

 アキ君は何かを決めたような真面目な顔をこちらに向ける。

 黒から琥珀へ変色した目は獲物を狙っているかのように眇められていた。

 

 自然と背筋が伸び、変な緊張感が私の体を支配する。

 そんなこっちの異変に気がついていないのか、アキ君は【声が出なくて申し訳ないんですけど】と前置きをしつつも、私の目をまっすぐ見て音声を再生した。

 

 

【ボクはメムさんのこと、恋愛的な意味で好きですよ】

 

「す、好き?」

 

【はい。今思えば……メムさんにアイドルになりませんかってスカウトした時には、ボクは貴女に一目惚れしてたんです】

 

 言いたいことやどうでもいいこととか、受け止めきれないその他諸々の言葉が頭の中を巡り、処理できなくて固まってしまう。

 その間にもアキ君は立ち上がり、鞄から何かを取り出す。

 

 

【これ、預けておきます】

 

「え、え?」

 

【メムさんがアイドルを辞める頃には、ボクも丁度良い年齢だと思いますし。その時に相手がいないのなら、返事してくれると嬉しいです】

 

 

 何が何だかわからないまま、アキ君が部屋を出ていくのを見送る。

 

 恐る恐る、アキ君から手渡された箱の中を確認すると、ダイヤモンドのネックレスが入ってて口から変なものが飛び出しそうになった。

 

 よく見ると箱の中に1枚のメモ用紙が挟まれていて、『1ミリもそんな気持ちがないなら売ってください』なんて言葉が添えられてる。

 

 

 婚約指輪とかならファンにバレるとかそういう心配もあるし、あえてネックレスを選んだのかなー、なんて。あははー。

 

 ……うん、現実逃避過ぎるね。

 

 アキ君がどういうつもりでこんなとんでもないもの渡したのか、気持ちが処理しきれない。

 軽いはずの箱がとんでもなく重く感じるし、私の頭はありとあらゆる悩みを消し飛ばされちゃうぐらい、大混乱だ。

 

 

「こんなの……どうしたらいいのか、わかんないよ」

 

 

 漏れ出たため息がいつもよりもかなり熱く感じたのは、気のせいだと思いたかった。

 

 

 

 

 

 

 

side.メムend

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

side.アキ

 

 

 

 なーに勢いに任せてやらかしてるんだ、自分め!

 

 今までは歳の差的にメムさんが困るだろうから、胸の内に秘めておこうって思っていたのに。

 なのに勢いに任せて告白とか、本当に馬鹿! 阿呆! 脳味噌ピンク色!

 

 確かに、宮崎でアイさんの最後を見届ける前に『アイドル相手だと指輪は露骨過ぎるから、プレゼントするならコッチがいいよ』って、ネックレスを選んだ事実は存在する。

 『私がいなくなったら、遠慮せずに好きな子にアタックするんだよ』って唆された事実もある。

 

 しかし、本当に告白もプレゼントも予定にはなかったのだ。

 

 だというのに、目の前に(チャンス)があったから飛びつくなんて、ボクは発情期の獣か!?

 ……うん、(ケモノ)だったね。

 

 

(はぁ……直接言えたらまだマシだったのに。声が今日も出てこなかったし)

 

 

 事務所の無人の部屋の扉に背中を預ける。

 いつもの癖で宙を見ても、誰もいないし声をかけてくれない。

 

 やってしまったものは仕方がないし、メムさんへの気持ちも嘘じゃない。

 ただ、今まではアイさんがいたし、年齢差的に伝えても迷惑だからと、気持ちを無視していただけで。

 

 

(メムさんの負担になりたくないし)

 

 

 メムさんが変な心配もなく、夢を叶えられるならそれでいいのだ。

 他に好きな人ができたとしても、それでメムさんが幸せなら構わないし、その時はまた、気持ちに蓋をしてしまえばいい。

 

 

 そう言い訳してみても、ボクはどうやら悪い狼らしい。

 アイさんの真似しちゃいけないところばかり学んで、ズルいことばかり考えていた。

 

 

(ちょっとぐらい。アピールしても、いいだろうか)

 

 

 無人の部屋に溶ける呟きに、箱から顔を覗かせる自分の気持ち。

 

 5年以上もあれば、相手も負担にならない程度に追い込んで、狩れちゃうんじゃないかって、そんな悪い考えが頭に思い浮かぶのだ。

 

 




《アキ君の無くしもの》
・生命力や血(1ヶ月の間、ずっと無気力になってました)
・狼人間の聴覚(比較的人よりは耳が良いままですが、心の声とか聞こえなくなりました)
・狼人間の触覚(触っても情報も何もわかりません)
・狼人間の嗅覚(人よりは臭いを拾えても、情報は拾えません)
・狼人間の運動能力(成人男性よりは高いけど、スクーターと並行して走れません)
・特殊能力(アイさんに似せる為に固定していた身長が伸びちゃいます。顔もアキ君本来のものとアイさん混じりの、女装の似合う子に成長します)
・前世(かなり思い出し難くなってしまいました)
・声(精神的なショックで一時的に出なくなりました。この後、MEMちょが協力してくれるので、近いうちに取り戻すことでしょう)
☆幽霊なアイドル(送り狼としては満点の、長い永い送迎でした)

結果:残ってるのはMEMちょへの恋心と狼人間の味覚のみ。

次回は禁じ手の時間跳躍、6年後〜してからの、最終回です。
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