side.ルビー
あのライブの日を最後に、アキとは会っていない。
何か、取り返しのつかないことをしちゃったみたいな気がして、会うのが怖いんだ。
お兄ちゃんもあの日から様子が変だし、会わせようって思ったことが間違いだったのかな。
どうしよう。どうすれば、いいんだろう。
家にも居たくなくて、フラフラと彷徨っていると、いつの間にかお墓の前まで歩いていた。
お母さんのお墓。
いつもならお母さんに報告する為に寄ってる場所が、今は恐ろしい扉のような何かに見えていた。
『【もしも、1人を犠牲にして大切な人が生き返るとしたら、あなたは生き返ってほしいですか?】』
結局、あの質問は何だったのだろう。
1人を犠牲にって、それって誰を選んで誰を生き返らせる話なの?
いつものお兄ちゃんなら『怪しい』やら『情報が少ない』とか言いそうなものなのに、そんな台詞も言わずに答えてたっけ。
もしかしてお兄ちゃん、何か知ってるのかな。
答えてくれない墓に向かって、私はどうしようもない疑問を問いかけた。
「ママ。私、どうすればいいと思う……?」
──ピロリン。
タイミングよく通知音が響いた。
「うわっ……何で今更」
連絡をしてきたのはアキだった。
こっちは今、君によって大混乱なのにさ。呑気に連絡してくるとは、いい度胸してるよね……!
ムッとした気持ちを抑えきれないままアプリを開くと、何とも言えないおかしな文面が目に飛び込んでくる。
『ルビー、おはよ〜"(ノ*>∀<)ノキャー
最近、ちゃんと寝れてる? 睡眠って大事だよねぇ。ルビーが元気に過ごせてたら嬉しいな。
それでさ、この間の件で私から話したいことがあるんだ。
今から下の住所まで来てくれないかな? できれば早く来てくれると嬉しいなぁ。待ってるね! できる限り、ずっと待ってるから(ㅅ´ ˘ `)オネガイ♪
住所:……………』
何だろう、この違和感。
多分、今の私はチベットスナギツネのような顔をしていると思う。
それぐらい何とも言えない文章だった。
今までのアキの連絡なんて全部、『拝啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます』みたいな文章から始める変な子だよ?
私は一体誰と連絡してるの? って思うぐらい堅苦しい、個人間のやり取りとは思えない文章だったのに。
そんな人間がいきなり顔文字なんか使う? 使わないよね!?
今日送られてきたものは明らかにおかしい。異色を放ってるよ。
こんなの誰が何回見たって
……あれ?
「別人が送ってきたようにしか見えない?」
ママのお墓の前だったこともあって、頭の中に一つの可能性が過ぎる。
もしかして、私の予想が正しいのなら。
「行かなきゃ」
住所と部屋番号は昔、よく行っていた場所。
ママがいなくなってしまった、原点。
あのマンションへと、私は走り出した。
…………………………
ここに来ると、嫌な汗が出てくる。
お兄ちゃんならもっと酷いかもね、私も人のこと言えないけど。
「……ここは、やっぱり」
記憶を辿って同じ部屋の前に行くと、『篠塚』と書かれたプレートが見える。
数年前までは『星野』と書かれていたプレート。
変化していて当然なのに、私はそれに寂しさを覚えた。
感傷に浸っている場合じゃないよね、インターホンを押さなきゃ。
バクバクと響く心臓を押さえて、ボタンを押す。
ピンポーン、と軽快な音が響くと、扉の奥から何かが近づいてくる気配がした。
アキが来ているのだろうか。ちょっと足音が響いて聞こえる。
「ごめーん、呼んだのに待たせちゃったかな?」
出てきたのはママにそっくりな方のアキだった。
どうぞ〜とジェスチャーして、アキは家の中へと入っていく。
……いや、ちょっと待って。
信じられないことだけど、記憶にある家そのままだ。
数年前だから記憶違いもあるかもしれない。でも、覚えてる限り家具の種類も位置も全部一緒。
流石にファンからもらったものは無いけれど、どれもこれも大体同じ。
ありえないはずなのに、思い出がそのまま再現されたような家。
──それが、逆に不気味だった。
だってそうでしょ。思い出の場所は既にアキが住んでいる家のはずなのに、ここにはアキの痕跡がない。
この家には『彼らしさ』がどこにもないのだ。それが不気味さを増幅させてる。
「ルビーはここのソファーに座って待ってて。ちょっと準備してくるね」
「あ、お構いなくー?」
ガチャガチャとキッチンで準備をするアキの後ろを見たら、この家だけ時間が止まってるみたいだった。
改めて観察すると、やっぱりおかしい。
どうして彼は、私達以外には知らないはずの家の内装を知ってるんだろう。
どうして彼は、ママとそっくりなんだろう。あまりにも重なり過ぎていて、怖い。
「お待たせ〜。緑茶だけど大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「そっかー。一気に飲んだら火傷するから、ルビーも気をつけるんだよ」
そりゃあ、熱々のお茶を一気飲みしたらそうなるよね。
これ、絶対合成音声使ってる方のアキじゃないよ。雰囲気も全然違うもん。
「この部屋、なーんにも変わってないでしょ? ルキ君ったら私に聞き込んで再現しちゃったんだよね。すごい執念だったなー」
「ルキ君って誰……?」
「あっ、アキ君だったね! ごめんごめん」
また間違えちゃったー、えへ。
既視感のある、この人の名前を覚えられない態度。やっぱり、間違いや勘違いなんかじゃない。
「ママ、なの?」
「……うん。初めて会った時は言えなかったけど……今はママだよ」
「ママッ……ママ!」
やっぱり、やっぱり!
勘違いなんかじゃなかったんだ。机を避けてママに抱きつく。
一生このまま抱きついてたい! もう2度と離したくない!
「ごめん、あまり長時間動けないんだ。先に用件を終わらせなきゃ」
……という願いも、ママ本人の手によって防がれてしまった。
そうだよね、私をここに呼んだ理由があるはずだもんね。
「それに、気になることもあるでしょ?」
「……答えてくれるの?」
「私が知ってるところは全部、時間が許す限りは答えるつもりだよ」
星が輝く強い目に『嘘』が感じられない。
ママ、本気なんだ。
「その、今のママってどうなってるの?」
「これー? ママがロキ君……じゃなくて、アキ君の体を借りてる状態なの。本当のママはこの部屋に縛られた地縛霊。今は上手いこと睡眠薬を飲むように誘導して、アキ君の意識がない状態で喋ってるんだよね」
「アキ君っていう鬼のいない間に作戦会議しなきゃ〜」って笑ってるけど、かなり綱渡りの状態だよね、これ。
アキ君がいなければ意思疎通も何もできない
転生じゃなかったのかぁ。でも、会えないと思っていた人と再び会えるのってとても嬉しい。
「で、ママからルビーへの用件がこれ」
ママが取り出したのは、2つ分のコピー紙の束を重ねた分厚い物体。
多分、元の用紙を印刷したものなのかな。所々、印刷した跡のような汚れがあるし、ちょっと文字が粗い。
冊子のタイトルは『星野家調査記録』と『計画書』。
……これ、まとめちゃいけないのも入ってない?
思わずママの顔を見ると、同じことを思ってるのか、ママもちょっとだけ困ってそうなを顔している。
もしかしてアキって間抜けなのかな?
「ネギ君、几帳面なんだよね。全部記録取ったり、まとめたり。だから隙を見てチョチョイと大切そうなモノをコピーしたんだ」
ママ、真面目な話してるけど、アキの名前が緑の野菜になってるよ。
ママとアキが出会ったのは何年前からかはわからないけど、このやり取り、どれだけ長い間やってたの?
そう考えるとちょっと、可哀想だよね。
「ママからの話で大事なのがこれ、計画書の件なの」
「計画書って、2冊目のこれだね」
この冊子、
──そんな計画書の内容としてはまぁ、ぼかされてるけど『私達を巻き込んだ盛大な自殺』だった。
この『狼人間としての遺伝子を破壊すると、アキとしての自意識が消える』とか、少々厨二病チックな暗号が使われてるが、文脈的に自殺の計画書なのは間違いない。
それにしても、アキも男の子だったんだねぇ。自分が狼男だと思ってるなんて。
遺伝子とか記憶を読むとか云々、設定がよくできてる。作家とか向いてそう。
まだ中学生だし、こういうノートを書いていてもおかしくないんだけど……黒歴史ノートを読んじゃって、本当に申し訳ない気持ちの方が強いかも。
「ママの肉体から
「大枠はね。ママはそれを止めたくて、ルビーを呼んだの」
「そっか。ママが止めたいっていうなら私も反対する理由もないし、手伝うよ」
というか、私としてはそれ以外の選択肢なんてほとんどないから。
それに……友達を見殺しになんてできないし。
「ありがとう、ルビー!」
軽く返事しただけなのに、ママはすごく嬉しそうに手を握ってきた。
うん、推しが喜んでくれるだけで大満足です。
そこから少し話して、家に帰り。
改めてママから貰ったもう一冊の冊子をこっそり、自室で開いていた。
「何これ……」
──そこで初めて、私は事の重大さを理解した。
『星野瑠美衣……星野アイとカミキヒカルの間に生まれた双子の娘。
双子の兄と同じく前世の記憶を持つ。前世では『
兄の方がアイ殺人事件の手引きをした父親を追っており、既にこちらが処分したことを話題に煽れば、妹よりも計画に巻き込める可能性あり。
妹を巻き込む場合には兄の事情を知られる事なく、感情を煽ればいけるかもしれないが、やりたくない』
誰にも話してない内容が記載された冊子。
『双子の兄の方は前世の記憶として、アイの出産経過を担当し、出産前に行方不明(死亡)になった産婦人科医師『
それよりも、私の目に留まったのはアクアの項目が私の目に留まる。
「お兄ちゃんが……先生?」
本人以外は誰も知らないはずの情報が載ってる冊子は、この件が普通じゃないことを示す『異物』だった。
side.ルビーend
☆★☆
side.アイ
あーあ、やらかしちゃったなー。
指一本も動かせない幽霊の体に、私はバレてしまったことを悟った。
嘘は得意だけど、現場を目撃されたら難しい。
アキ君に生命力を取り上げられたら、人に見えず、触れられない私は無力だった。
「アイさん……ボクに睡眠薬を盛って、コソコソ動くなんて酷いですよ。言ってくれたらお願い事ぐらい叶えるのに」
はは、言ったって今回の件は動くつもりはないのに、そんなこと言っちゃって。
「本当、いつから計画してたのやら。アイさんがそのつもりなら、僕も数時間分、1人で動きますから」
アキ君が出ていく姿を見送って、私は目を閉じる。
あーあ。これは本当に、数時間は動けないかなぁ……残り時間は、もう僅かなのに。
『ルビーがしおりに気づいてくれたら、いいんだけど』
アクアとアキは連絡の交換をしていないので、アイはルビーしか呼べませんでした。悲しい。
《現在の構図》
元アイドルの幽霊&双子の妹VS双子の兄VS狼男の娘
ちなみに作者はギャグ好きハピエン主義です。読む時は雑食ですけど。