特別な彼女の引き立て役Aです   作:大森依織

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A達のターン

 

side.アクア

 

 

 

 休みの日。

 監督の家から帰る途中で、そいつは前に現れた。

 

 

【また会いましたね、アクアさん。お時間、貰えますか?】

 

 

 アイの顔なのに無表情で現れるのはやめてほしい。お前の方が幽霊に見えるんだが。

 目を細めて無言で訴えると、アキは察したのかにっこりと笑った。わざとらしい奴である。

 

 

「ここで話すのか?」

 

【いいえ、その辺の個室のカフェで話しましょう】

 

 

 もちろん、お金はこちら持ちで。

 そう言って妖しげな笑みを浮かべるあいつは、やはり外見以外はアイに似ていない。

 

 何を企んでいるのかはわからないが、俺は奴の話に乗ることにし、あいつの後ろをついて行く。

 

 

 

 

 

 ──アキがいうカフェは近くにあった。

 

 裏路地の民家のような場所を改造して、カフェにしているらしい。

 マスターとは顔見知りのようで【個室借ります】と音声を流せば、簡単に通された。

 

 俺が手前の椅子に座ると、アキが向かいの椅子に座る。

 コーヒーを2つ注文してから、アキの話は始まった。

 

 

【さて、改めまして。黙ってここまで来てくださり、ありがとうございます】

 

「俺もお前に聞きたいことがあったからな」

 

【そうですか。今日はアイさんもいませんし、2人っきりで内緒話もできますよ】

 

 

 貼り付けた笑みに機械音声。微動だにしない体から読み取れる情報は殆どなく、アキの話す内容が本当なのか嘘なのかが判断できない。

 

 もしも、アキが思わせぶりな行動が得意なだけの詐欺師だった場合は?

 今更、むくむくと湧き出てきた警戒心によって躊躇う俺に、アキは1冊の紙束を差し出してきた。

 

 

 

【これを読めばあり得ないと思うような事も、少しは信じられると思いますけどね】

 

 

 

 冊子のタイトルは『星野家調査記録』。

 その中身を飛ばし読み、幾つもの知らないはずの情報を浴びる。

 我慢の限界値に達した俺は思わずアイツの服を引っ張り、首を掴んでいた。

 

 

「お前、これをどこで知った!?」

 

 

 調べた、なんて単語では生ぬるい情報の数々。

 

 俺やルビーの前世の話や父親の情報が当然のように載っていて、俺も忘れていたエピソードから感情分析まで載っているソレは、誰が見ても『気持ち悪い』と思うモノ。

 ルビーの前世とか、気にしてられないぐらい頭に血が昇る。

 

 首を絞める勢いで掴みにかかっているのに、アキは余計に笑みを深めた。

 

 

【あぁ、良かった──あなたなら殺しにかかる勢いで来てくれるって、信じてました】

 

「は?」

 

 

 意味がわからなかった。

 

 あともう少し力を込めたら、殺せるところに手が伸びてたんだぞ?

 またアキのペースに持って行かれているのを感じる中で、一つの言葉を思い出す。

 

 ……人は未知なるものや、理解できないものに恐怖を覚えるという。

 

 これと、今のそれは同じだろうか。

 俺は掴んでいたものを、自分勝手に投げ飛ばしていた。

 

 

【あはは、は。あー、苦し。殺すなら植物状態にできる形でやって下さい。体は大事なんですよ?】

 

 

 ゲホゲホと咳き込む声よりも大きい音声が再生される。

 

 

「お前は何をしたいんだよ」

 

 

 輪郭が見えそうで見えないから怖いのだ。

 わからないから怖いのだと、俺は思い込んでいたのだろう。

 

 その質問がさらなる沼へと突き落とすものとは知らずに、俺は投げかけていた。

 

 

 

【アクアさんの目標にゴールしてもらおうかと】

 

「俺の父親がどこにいる誰なのか、教えるってことか?」

 

【まさか。ちょっと前に死んだ人のことを知ってどうするんですか? それに、知りたいなら父親って項目を読めば全部書いてますよ。経歴も死因も、全部】

 

 

 すっと冷える頭と、勝手にページを捲り出す手。

 

 確認しなくてはいけない!

 確認したくない!

 

 正反対のことを叫ぶ心は置いてきぼりで、操られてるかのように冊子の『父親』の部分を見た。

 

 

『対象は既に、火事を装って処分済み』

 

 

 復讐の対象は、たった一文だけであっさりと殺されていた。

 俺の復讐は、見つける前から終わっていた……というのか?

 

 

 叩きつけられる情報の波に俺が翻弄されていても、アキは休む間もなく次の手を打ってくる。

 

 

【ボクがやったんですよ。アクアさんの悔しくて悲しくて、どうしても復讐したい奴を、苦しむことなくあっさりと焼き殺したんです】

 

「何が、言いたいんだよ。何がしたいんだよ、お前は……」

 

【少なくとも、アクアさんの望み()叶えたいなぁとは思ってますよ】

 

 

 奴はアイの外見(かわ)を被った狼だ。

 獲物を弱らせ、思考力を奪って、誘導する狼。

 

 

【だってアクアさんは……復讐して、ご都合主義みたいな奇跡を起こしたいんでしょ?】

 

 

 (アキ)が青白い顔のまま、机の上に細長いガラスのケースを置いた。

 緑色の液体が入っている注射器。

 明らかに普通の医薬品には見えないソレを、アキは俺の目の前に差し出す。

 

 

【それはね、アクアさんの大切な復讐劇を邪魔をしたボクが、苦しみながら死んでいく薬です。そして、アイさんが復活する為の、魔法のお薬でもあります】

 

「死者蘇生の薬とでも言いたいのか? 知ってると思うが、俺は医者だったんだ……そんな薬、この世にあるわけがない」

 

【対価があれば復活する薬なんて、世間に知られてるわけないですよ。それも、世界に1匹しかいない《狼男》の命だけしか対価にできない奇跡の薬なんて、誰も見向きもしません】

 

「はっ、まるでお前が《狼男》だと言ってるみたいだな」

 

【その通り! ボクはこの世にいちゃいけない不純物(オオカミオトコ)なんです!】

 

 

 くそ、こいつも厄介な役者(ヤツ)だ。

 どこからどこまでが嘘で、何処からどこまでが本当なのかが全くわからない……!

 

 

【狼男ってね、味覚、嗅覚、触覚、聴覚の4つの感覚から個人の記憶や情報を手に入れる力を持ってるんです。そう聞いたら、あら不思議。その冊子の情報を知っている理由と合致しませんか?】

 

「……その荒唐無稽な話を信じたら、確かにそうだな」

 

【でも、可能性は捨てきれませんよね? どこからどこまでが本当なのか、わからないから】

 

 

 アキのいうことは図星だ。

 

 情報が圧倒的に足りないのは俺の方で、相手は俺の情報を知り尽くしている。

 こっちの手札は全部バレているのに、相手の手札は全くわからぬままダウトをしているようなものだった。

 

 

「お前のことは知らないが……俺にお前を殺す理由がない」

 

【本当に? 1つ……ボクはアクアさんの復讐を『先取り』して、2つ……アクアさんの大事なアイさん(推し)を『独占』して、3つ……ボクの死がアイさんを復活させる為の鍵なんですよ? ほら、3つも理由があるのに、ないって言うんですか?】

 

 

 狼の勢いは止まらない。

 

 

【難しく考えるからダメなんです。そうだ、丁度いいし、明日の夜に人狼ゲームをしましょう!】

 

「ゲーム、だと?」

 

【ええ。ボクが人狼で、アイさんが村人。アクアさんは村人を守る狩人ですかね。人狼が村人を食べる前に、狩人が人狼を吊るんです。そしたらゲームが終わって、村人が生き返ります。素敵でしょ?】

 

 

 止めどなく音声が流れる。

 

 

【人狼を仕留める薬は、今アクアさんに渡したソレです。人狼(ボク)村人(アイさん)を取られたくなければ、明日の夜……貴方の復讐が始まった場所まで来てください】

 

 

 (アキ)は立ち上がり、俺の目前まで顔を近づける。

 

 

「【それであなたの苦しみも一緒に連れて行きます】」

 

 

 最後に放った言葉は、合成音声と肉声が重なって聞こえた。

 

 

【明日の夜、アクアさんが来るのを待ってますから】

 

 

 アキは言いたいことを言って満足したのか、もう一冊冊子を渡すと、部屋を出て行った。

 話をするやら、質問を返すと言っておきながら、一方的じゃないか。

 

 まるで嵐のような時間だった。精神をゴリゴリと削られた気がする。

 

 

「何が、狼男が正体だ……悪魔の間違いだろ、お前」

 

 

 アイツに翻弄されっぱなしというのもムカつく。

 明日の夜ということは、時間はあまりない。手渡された情報の精査をして、伸るか反るか決めなければ。

 

 俺は集中する為に、近くにあったカフェインを飲む。

 

 

「……ぬるっ」

 

 

 注文したコーヒーは、何とも言えないぬるさになっていた。

 

 

 

 

 

side.アクアend

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

side.アキ

 

 

 

 

 大学ノートにびっしりと並んだ手書きのチェックボックス。

 ソレの最後から2つ前のものにチェックを入れてから、カバンの中に仕舞った。

 

 

 ──アイさんの話を聞いたあの日、あいつを処分したのは正解だったらしい。

 

 

 先程まで掴まれていた首を撫でて、ボクは反省していた気持ちを翻す。

 

 処分してから『思わずやっちゃったけど、勝手に処分するのは不味くない?』と考えた日もあった。

 そんな反省も、アクアさんに首を掴まれた瞬間に消し飛んでしまったが。

 

 

 ……アイさんを殺した奴が復讐で殺される? そんな贅沢過ぎる待遇、望まれていてもボクは許せなかった。

 

 

 首を握る手から読み取ったアクアさんの感情は、あんな存在に向けていいモノではない。それぐらい焦がれたモノで、相手が羨ましい。

 

 

 ああいう奴は全く関係のない無差別殺人者に殺されるか、自然災害であっさりと、あっけなく、無感動に殺されてしまうのが1番だと、ボクは思っている。

 意味もなく、ただその他大勢のように無価値な死に埋もれて消えてしまえばいい。

 

 価値も意味も与えてはいけない。ただ、屠殺する豚のように処分すべきだ。

 その方が最後としてかなり悔しくて、惨めな気持ちになる。

 

 物語だって終わりよければ全てよしと言うだろう?

 最後が良ければ、序盤がつまらなくても名作になり得るだろう?

 

 だかこそ、惨たらしく死んで欲しい奴ほど(おわり)に意味を持たせてはいけない。

 呆気なく消えて、お前なんて取るに足りない存在として「そんな奴いたっけ?」と思われるぐらい、記憶の中からも消えてしまえとボクは思っている。

 

 ……といっても、それはボクだけの話だというのも理解している。

 そういう死に方をしてないと理解できない感情だから、理解してもらおうとも思っていない。

 

 ざまぁ、なんて物語のジャンルが流行ったり『目には目を、歯には歯』というぐらいだ。

 因果応報。法律で裁けないのなら、自分の手でと思うのも人間だろう。

 

 

 だから、アクアさんにあの注射器を渡した。

 アクアさんの邪魔した(ボク)を復讐心ごと消し去るために、唯一の薬を手渡した。

 

 

 あの薬はどの機関で調べたとしても、用途を知らなければただの水溶液である。

 しかし、アレは対人狼用に今世の父親が用意した、安全装置にして殺人狼薬なのだ。

 

 ボクをボクたらしめる狼男の遺伝子を破壊し、人間の部分だけを残す薬。

 元々、アキという人格は狼男の遺伝子から情報を読み取り、形作られたモノだ。

 狼男の要素が1番表に現れる『満月の日』にその薬を使えば、狼男の要素ごとアキという人格も綺麗さっぱり消えてなくなる。

 

 狼男(アキ)が消えた後、残された抜け殻は肉体に適合する中身──アイさんを求め、人間に変態するだろう。

 狼()の要素が薬によって消えるのだから、アイさんがこれから使う体は女性へと変化する。

 

 そうすれば、この世界では明治時代に絶滅していた狼男も消え去って万歳。

 星野家に少々若返ってしまった母親も戻ってきて万々歳。

 

 ボクも前世のような無意味な死ではなく、意味のある最後(おわり)を迎えられる。

 

 器として最高だったと証明して、死んだアイさんを復活させて、星野家に起きた不幸も、纏わりついた復讐心も欲張って……全部、全部持っていく。

 

 今度こそ、器として、無価値で無意味に死んだ、狼男の亡霊として、意味のある最後を迎えるんだ。

 

 

 ──ねぇ、アキ君はなにかやり残したこととか、ないの?

 

 いつの日か、そう聞いてきたアイさんの質問に、今なら答えられる。

 

 

 

「明日の夜に、ボクの最後に『やり残し』たことをやるよ、アイさん」

 

 

 




?柱「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」
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