side.ルビー
拝啓、ママへ。
お察しの通り、私の頭の中は大混乱です。
どうしてこんな
娘の私にはママの心を察せませんし、推しのファンである私もアイの意図が読み切れません。
アキを助けようって気持ちはわかりますよ? できることをやろうとした気持ちも汲み取れます。
そこはわかりますが、とりあえず全部渡せばええやろって適当さがありませんか?
必要じゃない情報の方が大きいというか、そっちに目が行くと言うか。今回ばかりはママの粗を見つけてしまう私が憎いです。
あの時のストーカーに共犯者がいると知っても、もう解決(物理)されてますし。
もう面倒になってきたから叫んじゃいますけど──そもそも、お兄ちゃんがせんせーって何なの!?
お兄ちゃんはお兄ちゃんで、せんせーはせんせーで、どちらも矢印の方向は違うけど好きだし、大事な人だ。
でもさ、私ってもう前世より少し長めに生きてるんだよ。今更せんせーとお兄ちゃんを重ねられても、どっちを優先すればいいのか即断できないじゃん。
何よりさ、せんせーに対してあんな姿を晒したり、すごい事を言ってたと思うと、全ての出来事を過去に戻って改変したくなるんだよね……っ!
ミヤえもん! どこかにタイムマシンはない!? うん、ないよね。知ってた!*1
……そろそろ落ち着こう、私。
こういう時こそ状況の整理が必要なんだよ。決して
私の混乱の原因の1つに頼るのはどうかと思うけど、資料から私なりに考察してみようか。
「始まりは『アキが引っ越してきて、ママとあのマンションで出会ったこと』なんだよね」
マンションで出会った2人は成仏する為、させる為に協力する関係へ。
ママの幽霊の体を治療している間に心残りをノートに纏め、解消していくことになった。
そんなこんなで4年の月日が流れた頃に1度、私達に接触。*2
──この接触から、アキとママの目的がズレ始めるのだ。
アキはママの『器』というものになる為。
ママは引き続きやり残したことを消化する為。
別々の方向を向きながらもママの『心残り』を消化して、今、心残りが消えようとしている。
ママから貰った冊子に挟まれていた、栞を装ったUSBメモリ。
『心残りノート』と書かれたノートのデータが詰まったそれにはもう、チェックのついてないボックスが殆ど残されていなかった。
予想だけど、この『心残りノート』のチェックボックスがカウントダウンになってたんだと思う。
途中で本当にママが成仏してたらどうするんだろ? とも思ったけど、この予想は間違ってないはずだ。
アキ的には成仏しても良かったのかもしれないし、とにかくボックスの消化が優先されていたように見える。
私と会って話して、相談とかに乗ってくれたのも、全部ママのため……って考えると複雑だなぁ。
もしかしたら友達だと思っていたのは私だけなのかなって、嫌なことも考えちゃうし。
「でも……どうしてアキは急に心変わりしたんだろう?」
何やっても成仏しなかったから、というのは理由として弱い気がする。
ママは『アキ君の変化はルビー達と接触してからだね』と言っていた。
なら、私とお兄ちゃんと接触することでアキに何かが起きてしまったと考えるのが自然かな?
アキの設定を信じるのなら、狼男の力で私達から『パーソナルデータ』や『記憶』を見てしまったのかも。
その結果、自殺を計画する……? するのかなぁ? そこまで追い詰められるとは思えないんだけど……あぁ、もう。わかんないよ!
「お兄ちゃんなら何か知ってるのかな?」
お兄ちゃんはママの悪いところを真似してる『秘密にしたがり』だ。
前世がせんせーだって事も黙ってたし、犯人を見つけて1人で復讐しようとしてた。
他にも内緒にしてることがあってもおかしくない。
「アキのことも何か知ってるかもしれないし、ダメ元で聞いてみようかな」
近くにあったスマホに手を伸ばし、お兄ちゃんへ電話をかける。
数秒後に少し遠くから着信音らしい音が聞こえてきた。
もしかしたら、家に帰ってるのかも。
ウキウキした気分で音のなる方へ向かうと、光り輝くスマホが目に入った。
「……」
携帯電話ぐらいちゃんと携帯してよ!! もぉっ!
こうなったら
『来い』と一言だけ送った連絡に、既読が付いてから15分。
アキから『あ、はい。ルビーさんのご自宅にお伺いすればよろしいでしょうか?』という文が返ってきたので、もう一度『来い』とだけ返信する。*3
後は保険にもう1人に連絡を入れて、私はアキが来るのを待つことにした。
………………………………
正直、半分ぐらいは来ないんじゃないかって思っていた。
【親しい人の家に来るのって初めてですけど、なんかいいですね】
でも、アキは今まで見たことがないぐらい穏やかな顔で目の前にいる。
『天童寺さりな』って前世があったからこそ気が付くことができたアキの変化。
──選択肢を間違った瞬間に終わる。
今日か、近いうちにこの世から去ろうとしている悟ったような顔に、私は思わず手を握りしめた。
「これ、全部読んだよ。でもさ、どうしてもアキの考えてることがわからなくて」
【だから呼び出したと】
ママに渡されたものを全部見せると、アキは力なく笑う。
【その様子だと、心残りノートも見られちゃいましたかね】
アキの言う《心残りノート》はママを成仏させるために心残りを書き溜めたノートだ。
USBメモリの中にあったそれには各項目にチェックボックスが用意されていて、几帳面なアキらしく日付け付きでチェックされた項目が並んでいた。
……心残りノートにはコピーがないので、誤魔化してもバレないかもしれない。
バレないかもと思ったけど、それ以上に『ここで嘘をついてはいけない』って気持ちが強かった私は正直に頷く。
どうやらそれで間違いなかったようで、音声の続きが流された。
【ボクが叶えられる心残りが一つ以外、なくなっただけなんですよ。アイさんにも……ボクにも】
「アキのも?」
【初めてルビーさん達に接触する前にアイさんに聞かれたんです。心残りとか、ないかって】
その質問、アキの地雷を踏んじゃってない?
背中から嫌な汗が出てくる。
アキは笑っているが、明らかにアキにとって拙いワードをママが言っちゃってるよね?
でもまだ選択としては間違いじゃないっぽいから、話を続ける分には大丈夫そうかな……?
地雷原を全力疾走させられてるような気持ちになりながらも、私はアキの続きの言葉を待つ。
【当時、アイさんに聞かれた時は答えられなかったんですけどね。でも、アイさんがボクに憑依できることを知って、色々思うところもありまして。じゃあ《昔》に持ってた心残りを解消しようと思ったんです】
「でも、器ってのになるだけなら死ななくてもいいんじゃ……」
【ルビーさん達は3人家族でしょ? そこに入り込めるのは斉藤夫妻ぐらいで、ボクは不純物でしかありませんから。そこにボクは必要ありません】
「アキはそう思ったと」
【ええ。それに、長い間、2人からアイさんのことを独占してましたから。家族が受けるはずだった愛も幸せも、ボクが受けてしまったから……だから、そろそろ利子をつけて返さないと】
私達から幸せな家族の記憶とかも読んじゃって罪悪感に苛まれた結果、
実はウチのママは闇金の業者だったりするの? 刃物持ってケジメだーってやりだしそうなママは嫌なんだけど。
詳しく聞けば聞くほど、ここからアキの考えを逆転させるのってかなり困難なのではと思う。
そりゃ、私だけなら利子なんていらぬーって叩き返せば解決できるかもしれない。でも、アキの返済の対象にはお兄ちゃんも含まれてる。
私やママがいくらやめてと言っても、お兄ちゃんが望んでしまったら即アウト。アキは助かりません、残念でしたーってなる。
だから不安要素は消したいんだけど、肝心なお兄ちゃんは消息不明。
今はアキから情報を集めるしか最善の手がない。質問をもっと重ねなくちゃ……
「お兄ちゃんに何かしたり、話したりしたの?」
【やり残したことは解消しなければいけませんから】
やり残しを確信できる程度には話したと。これは繋がりができてると思って動かなきゃ不味そう。
今までの話を聞いている感じ、アキが本当に大事にしてるのは『やり残しの解消』かもしれない。
お兄ちゃんは気合いで乗り切るとして、アキの拘りの比重が『消えること』よりも『やり残し』の方が高いのならば。
ようやくアキへの糸口が見えて、私は油断していたのだと思う。
「私に対してはやり残しとかないの?」
──今は選ぶべきではない選択肢を、ドカンと踏み抜いてしまったのだ。
【……そうですね。最後に顔を見て、話すのがやり残したこと
あっ、と思った時にはもう遅く、気がつけばアキの体が横にあった。
手にはハンカチ。探偵モノの話でよく出てくるけど、アレって効果がないんじゃ?
そう思っていた私が馬鹿だった。
どうやらハンカチに何かの薬を包んでいたようで、口の中に無理矢理突っ込まれたのだ。
歯に当たった瞬間、口の中に液体が広がる。
何かヤバい薬でも使っていたのか、時間が経ったせいなのか。どんどん眠気が酷くなってきて──
「たった1人の友達にさよならぐらいは言いたかったんです。ルビーさん……今まで、ありがとうございました」
アキの呟きを聞いたのを最後に、私の意識は闇の中へと消えていってしまった。
side.ルビーend
☆★☆
side.アクア
オレンジ色の優しい光が、街灯のない夜道を照らす。
今日は綺麗な満月の日だった。
人目を避けるように光の少ない道を選んでいたのに、そこまで暗く感じない道を歩く。
左手に注射器の入ったケースを持ち、フードを深く被る。
気分は洋画に出てきそうな殺人鬼か? ……強ち、間違いじゃないな。
警察に見つかったらややこしくなりそうな外見だが、そういうイベントは全く起きずにここまで来てしまった。
地獄への道は善意で舗装されている、というのはヨーロッパのことわざだったか。
そんなことわざが頭に過ぎるぐらい何もない夜道を歩いていると、目的地まで到着した。
もう二度と来ることはないだろうと思っていたマンションは、少し古くなってしまっているように見える。
あれから10年とまではいかないが、それぐらいは経ってしまっているのだ。変わっているのも当然かもしれない。
記憶を辿ってマンションを彷徨うこと数分程。
ここには感傷に浸りに来たわけではないのに、思い出と同じ所ばかり探してしまう。
時間をかけて見つけた目的地には『星野』ではなく『篠塚』と書かれたプレートが付いている。
思い出の中にはない奴の名前を見て、俺は否が応でも時間の流れを実感した。
ここにいるといつまでも思い出に浸ってしまいそうで、インターホンへと手を伸ばす。
ガチャリ、と鍵が開いた音が聞こえたものの、いつまで待っても扉は開かない。
「……入るぞ」
誰かの返事を期待しているわけでもなく、断りを入れてから扉を開く。
何となく扉を閉めない方が良い気がして、ドアストッパーで扉を半開きの状態にした。
靴を並べて前を見ると、違和感が全くない家が出迎えてくれた。
そう、おかしいぐらい違和感が仕事をしていなかった。
ファンからの贈り物を移動させたのかと思う程度しか、記憶の中と今見ている家の中の違いが存在しない。
「これは……どういうことだ?」
思い出の中に閉じ込められたかのような、錯覚。
扉を閉めたくなかったのは、こういうことかもしれない。冷静な部分で自己分析し、俺は記憶に残っている『テレビがある場所』まで移動する。
「あ……あぁ」
そこに求めていた人がいた。
「アクア……来ちゃったんだね」
最後に見た時と同じ服を着て、ソファーに座っている人物はアイドルらしい作った笑みを浮かべている。
目も力強い星の輝きを感じて、まるでこの一室だけ時間が巻き戻されたかのよう。
「本当に大きくなったねぇ。昔はあんなに小さかったのに、今じゃ身長も抜かれちゃった」
困ったねー、と笑う存在はあの日いなくなってしまったアイにしか見えなくて。
この部屋の中で唯一変わってしまったのは俺だけではないかと、勘違いしてしまいそうになった。
「アイ……なのか?」
「うん。こうした方が『
信憑性か、確かにその通りだ。
目の前にアイがいることによって『アイツの話が本当かもしれない』と更に俺の気持ちが傾き始めている。
あんな奴の思い通りになるのも嫌だが、それよりもアイだ。アイと話がしたい。
そんな俺の願いを聞き届けてくれたのか、アイが問いかけてくる。
「アクアはさ、アキ君の言う通りに生き返ってほしいの?」
「当然だ」
「嘘つきは泥棒の始まりだって言うし、私が死んじゃったのも因果応報かもしれないなーって、思うんだけど──」
「だからって、殺されていい理由にはならないだろ!!」
「私だけの話じゃないんだよ。それでも変わらない?」
「またアイと過ごせるのなら、俺は何だってするぞ」
「そっか……言葉だけじゃ、もう止まんないんだね」
【時間です】
機械音声が部屋に流れ、アイの頭と腰より下から狼っぽい耳と尻尾が生えてくる。
どうやらアイとアキが入れ替わったらしい。アイだった体はまるで創作話に出てきそうな『獣人』を彷彿とさせる姿に変化した。*4
「もう、時間なのか」
アイの外見にケモ耳が生えてきたことよりも、久しぶりのアイとの会話が途中で遮られてしまったショックの方が大きかった。
……いや、ここで落ち込むことはない。これからはアイと沢山話すこともできるのだ。
きっとこの名残惜しいと思う感情も一時的なモノであり、すぐに変わるはずだ。そうに違いない。
今からやる事のために、俺は余計な考えを頭から追い出した。
【さぁ、どうぞ】
袖を捲ったアキが右腕を差し出してくる。
注射なんて前世で散々やったことなのに、手の震えが止まらない。
外から聞こえてくる足音も気にならないぐらい心臓の鼓動が煩かった。
ケースから取り出した注射器を開封し、昔のように手に持つ。
刺すところはどこでもいいらしい。せめて、少しでも痛くならないところに刺してやるか。
意を決した俺は、白くて細い手に注射針を近づけた──
ケモ耳尻尾のアイ。ハロウィン的な何かで描かれないでしょうか……
この話も衝動的に書き始めましたが、二次創作でアイさんが沢山救われててにっこり。(しかも全部面白いから2度幸せ)
そもそもノリでタイトルつけたから、引き立て役が主張激し過ぎてタイトル詐欺なんよ……