中央暦1640年6月8日
フィルアデス大陸 列強国 パーパルディア皇国
皇都エストシラント パラディス城 玉座の間
『ムー連邦』のパーパルディア皇国駐在大使ムーゲとの会談の結果、皇国上層部は自分たちがとんでもない認識違いをしていたことを理解した。
第一外務局のエルト局長は、第二外務局のリウス局長と第三外務局のカイオス局長にも協力を要請し、それぞれの外務局が担当する文明国、文明圏外国の動向と各外務局が把握していた日本国の情報について共有を実施。
ムーパ会談から約一週間、これまで空想絵巻や絵空事として破棄されていた文書も含め、すべての全外務局総出で情報が洗い出され、十分な裏付けのもと吟味された。
そのまとめられた資料をもって、エルト局長はリオス局長、カイオス局長を伴い、ルディアス皇帝のもとを訪れていた。
「ムー連邦との会談結果を踏まえ、日本国に対する情報を精査しました。その結果、件の飛行機械をはじめとする超兵器群は日本国自ら開発し、運用しているものと判明しました。」
「さらにこれら超兵器やそれらを運用可能としている機械科学文明の高さは、ムー連邦や神聖ミリシアル帝国はおろか、古の魔法帝国に匹敵するレベルであり、国力もそれ相応であるという証言も得ています・・・。この度の対日戦争ですが、この先は我々ではとても判断しかねる領域であるため、陛下に今後の方針をご決断いただきたく存じます。」
目の下に化粧で取り繕えないほどのクマをつくり、完全に憔悴しきった様子のエルト局長の様子を見て、ルディアス皇帝も事態の深刻さは理解していた。
「お前たちは、日本を怖がっておるのか?」
「私たちは外交の専門家であり、戦いの専門家ではございません。しかし、正直・・・勝てない戦いはするべきではないと愚考致します。日本国と国交を締結している第三文明圏周辺の国々はおろか、皇国よりも上位列強であるムー連邦ですら、皇国からの避難を始めています。昨日には、同じく上位列強である『エモール王国』からも、大使館の引き上げと自国民の退去を通達してきました・・・。」
皇国よりも上位の列強国は全世界で三か国あり、第二文明圏の雄である『ムー連邦』、そして中央世界こと第一文明圏の『神聖ミリシアル帝国』と『エモール王国』が該当する。
その三か国のうち、二か国が日本国と対等な立場で国交を締結しており、さらに皇国からの大使館の引き上げと自国民の退去を開始している。
特に『魔力絶対主義』として有名なエモール王国が、文明圏外国家の日本国と対等な関係で国交を樹立し、日本国からの退避勧告にも素直に従っているという事実は、皇国上層部に更なる衝撃を与えたのであった。
「ふむ、では我が皇国が日本国に決して負けない理由を教えてやろう。」
ルディアス皇帝は、自身満々な様子で持論を述べ始める。
「まず、戦いは攻めるよりも守るほうがずっと楽に戦える。一般的な話だが、『城や要塞の攻略には、守備側の約三倍にも及ぶ戦力が必要』と言われている。また全域の陥落すらできていなかったフェン王国はさておき、アルタラス島も属領化して半年足らずの地域であった。それらとは異なり、我が皇国が何年にも渡って基地や軍施設を築きあげてきたフィルアデス大陸内の勢力圏は、まさに要塞といえるほどの鉄壁の防御を誇る。そう易々と打ち破ることはできないだろう。」
「次に前述の『三倍戦力の必要性』を加味した話だが、日本国は年間予算において、軍事関連予算へたった5パーセント前後しか割り当てていないことは、昨年末の帝前会議で共有されていただろう。その情報についてだが、日本国はその予算すべてを国土防衛のための戦力に充てていることが判明した。如何に兵器の質が優れていようと、対外進出向けの兵器がないのであれば、この三倍法則を超えることはできない!」
「そして最後に『古の魔法帝国レベル』と評していた技術についてだが、所詮は『機械科学文明において』という点だ。世界第二位である『ムー連邦』は機械科学式文明、一方、世界第一位の『神聖ミリシアル帝国』、そして古の魔法帝国こと『ラヴァーナル帝国』は魔法文明を基礎にしている。」
「言葉で言えば、二位と一位の差は大したことがないように聞こえるが、実際の国力や技術には極めて大きな隔たりがあり、それが機械科学文明と魔法文明の差といえるだろう。我が皇国が保有している『ガイガン』は、魔法文明の頂点にして原点である『ラヴァーナル帝国』の遺品であり、それが機械科学文明に負ける筈がない!!」
ルディアス皇帝は、持論を述べ終わると一息つく。第二外務局のリウス局長はルディアスの言葉に光明を見たのか、少し明るい表情となっていた。一方、エルト局長とカイオス局長は、漠然とした不安をいまだ払えずにいた。
実際のところ、エルト局長とカイオス局長の不安は的中していた。
ルディアス皇帝の述べた『攻撃三倍の法則』だが、一般にはランチェスター戦略の一つとして知られている。具体的には、相手の約3倍の戦力を投入すると大体勝つことができ、それよりも多い4倍になると『圧勝』することができるとされる『必勝の法則』というものだ 。
ただし、これには『戦闘力 = 兵士数 × 武器効率』という前提(第1法則の弱者戦略)があり、仮に人数が少なくても武器の性能が圧倒的に高い場合には、それこそ一騎当千ともいえる戦力になってしまう。
日本国の場合はまさにこの状態が当てはまり、皇国側でまともに対抗可能な戦力が、工業都市デュロで絶賛コールドスリープ解除中の『ガイガン一体のみ』という時点で圧倒的に不利な状況なのだ。
そもそも各地に建造された要塞や軍事施設についても、皇国の射程外から攻撃してくる各種誘導弾やメーサー砲をはじめとした指向性エネルギー兵器などの前ではハリボテ同然であり、さらにはありとあらゆるものを文字通り消滅させる『奈落の妖星』が宇宙空間に待機している・・・。ガイガン一体で、これらの超兵器たちから広大な皇国勢力圏を守り切れるわけもなく、まさに絶望という名のトッピングが全部載せのような状態であり、まったく勝ち目がない。
そんな絶望的な状況であるとは露とも知らず、日本国の力をムー連邦やミリシアルを多少超える程度と過少評価していたルディアスは、話を続ける。
「ムー連邦が『古の魔法帝国に匹敵する』とまで評価したのだから、お前たちが心配に思うのも無理はないだろう。そこでだ。余は万が一の事態も考慮し、『兵研』のアルバートへ『ガイガン』のコールドスリープの解除を可能な限り早めるよう勅命を下してある。」
「これまでの戦いで、エビラやアンギラスが日本国の兵器に太刀打ちすらできないことが判明したからな。培養途中であったそれらをすべて放棄し、それらの育成に充てていた魔導機関のすべてをガイガン復活へ回すように指示した。そのおかげで当初の8月頃から7月初旬にまで短縮できる見通しとなったそうだ!」
「それに今戦は相手がたとえ神聖ミリシアル帝国であったとしても、超えなければならぬ。これは世界を統べるべき皇国に、神が与えた試練なのだ。」
得意げな顔で皇国敗北の可能性を一蹴したルディアス皇帝は、最後に根性論で締めくくる。
後の歴史書において、世界三大悪女として殿堂入りしているレミール皇女と並び、暗愚な指導者の一人として記載されているルディアス皇帝だが、中央暦1640年のこの勅命だけは好手であったと評価されている。
『皇国』の暗躍により、日本国が計画していたパーパルディア皇国主要基地施設への一斉攻撃が一か月近く遅れたこともあるが、もしこの勅命がなければ、稼働準備中であったガイガンもろとも、『ディメンション・タイド』ですべてが消滅していた可能性があったためであった。
もしそうなっていた場合には、日本国が『ラヴァーナル帝国』の実力や兵器の特性を十分に把握できず、また後の戦いにおいて極めて重要な戦果を残した『巨大兵器』の建造も行われない。その結果、ラヴァーナル帝国との戦いにおいて、正史以上の苦戦を強いられることになっただろうと推測されていたのであった。