中央暦1640年8月6日
フィルアデス大陸 列強国 パーパルディア皇国
商業都市イーオン
フィルアデス大陸の西部には、カニの爪のように並んで突き出した二つの半島が存在している。愛知県の渥美半島と知多半島のような地形と思って頂けるとイメージしやすいと思う。
大陸の最も西に位置するフィル半島の南部に文明国の『マール王国』が、北部には皇国の属国である文明国『パンドーラ大魔法公国』があり、大きな湾を挟んだ東側のアデス半島には皇国の『商業都市イーオン』が存在している。
※ 渥美半島がフィル半島、知多半島がアデス半島みたいな感じです。
皇国が支配する領土で最も西に位置しているため、中央世界こと第一文明圏や『ムー連邦』の存在する第二文明圏との交易で急成長した皇国屈指の商業都市だ。
フィル半島南部にある文明国『マール王国』へ領土割譲を要求している現在でも、他文明圏との窓口のような役目を担っている都市であるため、その重要度は高く、パーパルディア皇国の首都『皇都エストシラント』とは専用の鉄道馬車で接続され、中規模の基地も設置されている。
隣接した中規模基地には、日本国本土への攻撃に向けて各属領統治から集められた『メガニューラ』たちが集結しており、貯水湖の湖底には『アルタラス島』から秘密裏に輸送された悪夢の巨大ヤゴ・・・、『メガヌロン』が鎮座していた。
シュサク長官によって『アルタラス島』で試験飼育されていた個体のうち、最も発育状態の良かった一匹が、日本国による『アルタラス島奪還作戦』が決行される数日前、皇国本国へと移送されていたのだ。
通常の生育環境では、『メガヌロン』は2メートル前後まで成長した後はそのまま『メガニューラ』へと変体(羽化)する。しかし、魔素を豊富に含んだ土地で育成された場合には通常よりもさらに巨大に成長することが判明した。
これを知ったアルタラス属領統治機構のシュサク長官は、皇国本国での出世を狙い、魔石坑道跡という高濃度の魔素下での『メガヌロン』の試験育成を実施。その結果、全長は8メートル以上と通常の4倍を優に超える大きさまで急成長し、投入されたバトル・ジェットジャガーを肉弾戦で追い詰めるほどであった。
また『メガニューラ』の素体であるフィルアデスオオヤンマという巨大トンボには、群れの中から発育状態の優れた一匹を選び、周囲の敵を倒し、そして自分たちのテリトリーを広げるための王を生み出すという珍しい特性を持っている。
そのため、『ガイガン』による日本国本土侵攻に合わせ、一人残らず抹殺予定の日本人の生命エネルギーを利用し、この巨大メガヌロンから『メガニューラの王』を生み出すという悍ましい計画が進行していた。
この計画の鍵となる人物は、『魔帝遺跡研究班』の主任研究員にして『アニュンリール皇国』の工作員であったアルバートの部下であり、旧ロウリア王国軍の副将『アデム』であった。
外人任用試験の魔獣使役能力において、皇国内でもトップクラスの成績を出したことでアルバートに見出され、現在はメガニューラ特務隊の隊長として、ここ『商業都市イーオン』で出撃のときを待っていたのだ。
薄暗い基地の片隅で、アデムは濁った瞳で自身の爪を見つめていた。『ロウリア王国』が崩壊し、ただの魔獣使いへと身を落としたあの日から、彼の胸にくすぶる火種は一つしかない。
「日本・・・ッ! 亜人共に味方したあの忌々しき極東の愚か者共め・・・!」
彼は『城塞都市エジェイの戦い』で自分をコケにした日本国への雪辱を誓っており、列強国であるパーパルディア皇国の力を以てすれば、確実に日本国を葬り去れると考えていた。
「アデム殿、出撃の命が下るまで待機だ。皇国軍の・・・、『ガイガン』の圧倒的な戦闘力をもってすれば、日本国など一揉みよ・・・。」
約一か月前、『工業都市デュロ』で直属の上司であるアルバート主任と最期に話したときのことを思い返す。実際、皇国の切り札(実際は『古の魔法帝国』の遺産であるが)と称される新型魔獣『ガイガン』は、これまでの魔獣とは比較にならないほど強力な戦闘能力をもっており、彼の期待は確信へと変わっていた。
出撃命令さえ出れば、この『メガニューラ』たちを日本の地へ解き放ち、今度こそあの愚か者たちの顔を絶望に染めてやる。それだけが彼の生きる糧だった。
しかし、なかなか自分への出撃命令は下されず、また『ガイガン』や魔導戦列艦隊が日本国へ向けて出撃し、華々しい戦果をあげたという話もまったく耳にしなかった。ヤキモキした日々が続いていた最中、偶然スイッチを入れた魔導ラジオで新生アルタラス王国のルミエス女王の演説を聞いてしまい、思わず耳を疑った。
「何だと・・・!?」
アデムの背筋に冷たいものが走る。アデムの脳裏には、『城塞都市エジェイの戦い』で見た一方的な蹂躙の悪夢が鮮烈に蘇っていた。
(あの国は、日本国は本気でこの皇国すら叩き潰す気だ・・・!)
確信した瞬間、アデムの脳内で冷徹な計算が始まった。パーパルディア皇国は負ける。このままここにいれば、自分はまたあの日本の理不尽な兵器の露と消えるだけだ。皇国に対する忠誠など端からない。復讐という甘い果実を味わう前に、自分が死んでは意味がないのだ。
「私はこんな泥舟のような国と心中するつもりは毛頭ありませんからね・・・」
日本国の超兵器を相手に、真正面からぶつかっても決して勝てないことは彼も理解していた。せめて一矢報いるためにも、やり方を変える必要がある。
彼の脳裏に、魔獣使役発祥の地とされる南方の文明圏外大国・・・、『アニュンリール皇国』のことが浮かぶ。かの国であれば、日本国の超兵器に対抗できる強力な魔獣がいるかもしれない・・・。
だが、ただの外国人である自分に、そのような強力な力を使役させて貰えるだろうか・・・。かの国に従軍するにも、何か相手との交渉材料となる『手土産』が必要だと考え、目の前にいる『メガニューラ』と『メガヌロン』に目を向ける。
そして恐ろしい計画を思い着いたアデムの唇が、歪んだ笑みに吊り上がる。彼は懐から禍々しい魔導石のついた錫杖を取り出し、天高く掲げた。
「オーダー66発令・・・。『メガニューラ』たちよ、この町のすべてを喰らえ。そして、我が糧となれァッ!!」
アデムの咆哮とともに、中規模基地に集結していた数百、数千のトンボ型特殊生物『メガニューラ』が基地内へ、そして商業都市イーオン市街地へと解き放たれた・・・。
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三日前の早朝、他の皇族たちと共に緊急御料列車で商業都市イーオンへ到着したルディアス皇帝は、イーオン市街を見下ろす高台に建てられた絢爛豪華な皇族専用の別荘の一室で、出発前にルパーサ相談役と行ったやり取りを思い返していた。
余談ではあるが、『皇都エストシラント』に住まう皇族や貴族は現皇帝ルディアスの一派ら急進派が主流であり、一方『聖都パールネウス』は穏健派貴族たちが中心となっている。
『聖都パールネウス』は、パーパルディア皇国の前身である『パールネウス共和国』の首都であった都市だ。『パールネウス共和国』だった当時、皇国は第三文明圏にある文明国の一国に過ぎなかった。しかし、フィルアデス山岳地帯において地竜リントヴルムの使役と繁殖に成功したことにより、第三文明圏の文明国のなかでも突出した軍事力を有するようになった。
その結果、皇国は現皇帝ルディアスの祖父の時代から覇権国家への道へと突き進み、現在では文明国5ヵ国と文明圏外国67ヵ国を属領として支配する強大な列強国へと成長。首都も内陸部の『聖都パールネウス』から、沿岸部で利便性の高い皇都エストシラントへ遷都された。
皇国発祥の地として聖都と呼ばれているが、ルディアスの祖父の代から続く拡張政策に反対し、急進派との皇位継承や政争に敗れた穏健派貴族たちの左遷地のような扱いになっているのだ。
ルパーサ相談役は皇族でも数少ない穏健派の出身であり、急進派と穏健派の橋渡しを始め、皇国の内政において絶大な権力をもち、圧倒的な外交能力をも持ち合わせていた。
補足ではあるが、パーパルディア皇国の相談役という役職は、日本でいう関白のようなものだ。成人した皇帝をそばで支え、政治の裏方として実質的な最高権力を握っている。
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「・・・なるほど、日本国は本戦争の発端であるレミールを引き渡せば、停戦に応じる可能性が高いというのだな・・・。」
皇帝の座について以来、見せたことがなかった苦渋に満ちた表情でルパーサ相談役に尋ねる。
「その通りです。我が国に対する要求は、『賠償』と『関係者の引き渡し』が基本となっています。陛下は事後報告を受けただけで、直接的に関与したわけではありません。殲滅戦の宣言についても、彼女にたぶらかされ、軍部に突き上げられた結果と弁解すれば、最悪の事態は避けられるでしょう。」
「日本国と停戦交渉さえ出来れば、属領の反乱については属領統治軍が無事なため、なんとかなるでしょう・・・。カイオス局長らが集めた日本国の資料を拝見した感じでは、かの国は皇国本土を要求するようなことは、まずないでしょう。属領の独立を認めるよう要求されるかもしれませんが・・・。」
「国を滅ばしかねないほどの大きな過ちを犯した一人の女、それに対し歴史ある皇国と数千万人もの皇国民の未来・・・、どちらが重要かなど今更天秤にかけるまでもないでしょう・・・。エストシラントの政務は私がすべて引き受けましょう、陛下はイーオンへ避難し、頭をよく冷やしなされ・・・。」
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「なぜだ・・・。なぜ我が国が、あのような極東の蛮族ごときにここまで追い詰められねばならんのだ・・・! 余の世界征服の夢が・・・、皇国の全世界統治による世界平和が間違っていたといでも言うのか・・・。」
即位前の皇太子であった頃、腹違いの兄と皇国の今後について言い争いしたことをルディアスは思い返しながら自問自答する。病に臥せった父は、自分を後継者として宣言したことで、自分の考えが正しいと確信し、これまで世界征服に向けて全力で突き進んできた。
「・・・間違っていたのか・・・。レミールにすべてを任せたこと自体が・・・。いや、そもそも自分たちが世界の覇者だと過信し、超大国としての誇りに目を曇らせ、日本国という規格外の国と全面衝突することを許可したこと自体が・・・」
日本国と全面戦争を開戦する決断を下したあの日を・・・、レミールが提案した日本国に対して殲滅戦を宣言したことをルディアスは心の底から激しく後悔していた。しかし、彼が過去の過ちを悔いる時間すら、世界は与えてくれなかった。
ギチギチギチギチ……!
「な、何だこの音は・・・!? 窓の外に、何かいるぞ!」
別荘の美しいステンドグラスの向こうに、無数の巨大な影が蠢く。次の瞬間、けたたましい音を立てて窓ガラスが粉々に砕け散り、巨大な複眼と凶悪な顎を持つ『メガニューラ』の群れが室内に乱入してきた。
「陛下、お下がりください! ギャあああああッ!?」
ルディアスを庇おうとした近衛兵たちに、『メガニューラ』が容赦なく襲いかかる。長い尾の針が肉体を貫き、体内の生命エネルギーを凄まじい勢いで吸い上げていく。数秒前まで自分たちを護衛していた屈強な近衛兵たちは、瞬く間にミイラのように干からび、崩れ落ちた。
ルディアス皇帝は恐怖に腰を抜かし、豪華な絨毯の上を這いつくばる。
「やめろ、やめろぉぉぉ! 余は五大列強国の一国『パーパルディア皇国』の皇帝だ! 我が皇国が、こんなところでぇぇぇ――がはっ、あ、あああぁぁぁ……ッ!!」
無数の『メガニューラ』がルディアス皇帝に群がり、その絶叫はすぐに命を吸い尽くす不気味な音へと変わった。世界征服という大それた野望を胸に抱き、特殊生物を生物兵器として生み出して使役した皇国の若き皇帝。開戦を後悔しながらも、かつての栄華にしがみついた絶対君主は、ただの「餌」としてその命を弄ばれ、無残な骸へと変わり果てた。
鋭い顎と針のような尾を持った『メガニューラ』たちは、パニックに陥る皇国兵や商業都市イーオンの市民たちに次々と襲いかかっていた。
「ぎゃあああ!? なんだこれはッ!」
『メガニューラ』たちは人間や飛竜、地竜たちの肉体を貫き、その体から生命エネルギーを凄まじい勢いで吸い上げていく。エネルギーを吸い尽くされた人間は、瞬く間にミイラのように干からび、崩れ落ちていく。悲鳴と血生臭い風が、基地から市街へと広がっていく。
レミール皇女によって発案され、これまで皇国が侵略対象の国々へ見せしめとして行われてきた凶行・・・、『メガニューラ』を用いて『村人全員をメガニューラの餌にし、生きたままミイラ化させる』という悍ましい行いが、そのまま自分たちへと跳ね返ってきた。
「素晴らしい・・・! もっとだ、もっと吸え! 一人残らず吸い尽くせ!!」
皇国軍の兵士や地竜や飛竜、イーオンの住人たち、そしてルディアス皇帝を含めたエストシラントから避難してきた皇族たち・・・。これら10万以上もの命から吸い上げられたドス黒い生命エネルギーの奔流が、貯水湖の湖底で眠る一匹の巨大なヤゴの特殊生物『メガヌロン』へと一斉に収束し、役目を終えた『メガニューラ』たちは次々と力尽きていく。
潤沢な生命エネルギーを注ぎ込まれた巨大『メガヌロン』は、瞬く間に羽化して巨大化。その全長は約50メートルにも達し、鋼鉄のような鈍い光を放つ四枚の翅と凶悪極まりないトゲに覆われた外殻、そして凶悪な複眼をもった超巨大な怪物トンボ『メガギラス』として爆誕した。
「ハハハハ! 見ろ、この圧倒的な力を!」
アデムは超巨大トンボ型特殊生物『メガギラス』の頭部へと飛び乗り、その外殻に強くしがみついた。眼下では壊滅した基地や市街、そして逃げ惑う人々の地獄絵図が広がっている。
キィィィィィィン――!!
空間を強烈に歪ませるような、超高周波の羽音が響き渡る。『メガギラス』が翅を羽ばたかせた瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、周囲の建物の窓ガラスを粉々に砕き、いくつかの民家を吹き飛ばした。
爆発的な加速で商業都市イーオンから飛び立ち、フィルアデス大陸の南の大空へと急上昇していく『メガギラス』とアデム。後に残されたのは、大命を果たして力尽きた『メガニューラ』たちと干からびた骸ばかりが転がる、壊滅した商業都市イーオンの惨状だけだった・・・。