中央暦1640年8月13日
フィルアデス大陸 列強国 パーパルディア皇国
皇都エストシラント
軍司令部参謀局の司令執務室では、皇国軍の最高司令官アルデが胃痛を我慢しながら頭を抱えていた。毎日のように執務室の扉がガンガンと強くノックされ、その度に緊急の内容・・・、それも皇国にとって良くないことばかりが報告されていた。
『古の魔法帝国』の遺産であった『ガイガン』すら撃破した日本国に対し、どういった戦略をとるべきか全く良いアイディアが浮かばない。あまりのストレスで胃は穴が開きそうになっており、またここ数日で抜け毛が増えるなど、今にも心労で倒れ込みそうになる体に鞭を打って執務に取り組んでいた。
彼が日本国という存在を最初に認識したのは、ロウリア王国が今まで耳にしたことがない無名の文明圏外国家に敗れたという報を聞いたときであった。第三文明圏の覇者である皇国にとって、有象無象に過ぎない文明圏外国家同士が行った戦争など、全くといっていいほど気にも留められておらず、アルデの頭からも日本国という名はすぐに消えてしまった。
その次に日本国を意識したのは、皇国の要望を蹴ったフェン王国に懲罰を加えるため、首都アマノキで行われていた軍祭を襲撃させた皇国監察軍が、同国海軍によって全滅したという報告を受けた時だった。皇国正規軍とは異なり、竜騎士たちの絶対数も少なく、また魔導戦列艦も旧式であったとはいえ、文明圏外国家に皇国が一時的とはいえ押し返された事は驚きであった。
その後の流れは、今更詳細に説明するまでもない。第三文明圏最強と謳われ、周辺国に恐れられていた精強な皇国軍は、今や見る影もない。皇国海軍は皇都本部ごと9割以上もの戦力を、一方皇国陸軍は三大極大陸軍基地すべてを消し飛ばされた。そして、次世代皇国軍の主力になると期待されていた人造魔獣たちは、日本国の超兵器に手も足も出ず、虎の子であった『古の魔法帝国』の研究施設跡も完全に破壊されて消滅。二度とこれらを生み出すことが出来なくなってしまった・・・。
今日も、執務室の扉をノックする音が響く。
「ああ・・・今度は何だ、何の悪い知らせだ・・・?」
「報告します! すべての属領において発生していました武装蜂起ですが、全属領統治機が陥落しました・・・。」
すべての属領が反乱軍の手に落ちた・・・。これは、パーパルディア皇国の前身である『パールネウス共和国』・・・、現皇帝ルディアスの祖父が周辺国に侵略戦争を開始するよりも前の時代にまで、国土が戻ってしまうことを意味していた。約100年に渡り、皇国が築き上げてきた侵略の成果、そのすべてが無に帰した瞬間であった。
「さらに悪い知らせが・・・。」
「何だ! これ以上まだ悪い内容があるのか!!」
アルデはキリキリと痛む腹を左手で抑えつつ、右手で顔を覆いながらヒステリックに問う。
「反乱を起こした各属領軍が互いに通信を行い、『フィルアデス大陸解放軍』を名乗り、我が国に宣戦布告してきました。現在、数万もの大軍勢が地方都市アルーニに向け、行軍中です。また解放軍には、文明国である『リーム王国』の軍勢が同行しているとの未確認情報もあります!」
アルデの顔が引きつったように硬直する。北の要衝である地方都市『アルーニ』、そしてその南方のフィルアデス山岳地帯に『聖都パールネウス』とこれらを守護する極大陸軍基地『聖都防衛隊陸軍基地』が存在していた。
皇国三大陸軍基地の一つであった『聖都防衛隊陸軍基地』に配備されていた戦力は圧倒的であり、仮に複数の文明国の軍勢が侵攻してきたとしても、十分に押し消せるほどであった。
しかし約10日ほど前、『量産型スターファルコン』の宙対地爆撃と『フィルアデス山』の大噴火により、『聖都防衛隊陸軍基地』や周辺の小中基地施設、そして繁殖場のすべてが消滅。現在の残存戦力は、アルーニに配備されている守備隊だけと非常に心もとない状態であった。
「マズイことになったぞ・・・。至急、イーオンに避難されているルディアス陛下にご連絡を取り、緊急の魔導通信会議の開催を・・・」
アルデが映像付き魔導通信機(アマノキ事変の惨状を中継する際にレミール使用した魔導機器)を用いたリモート会議の手配を命じようとしたところ、別の伝令兵が息を切らせて執務室へ飛び込んできた。余程の緊急事態なのか、ノックし忘れたことすら気付いていないようであった。
「き、緊急事態です! 『商業都市イーオン』において、ル、ルディアス陛下が・・・陛下が、崩御されましたッ!!」
アルデの思考が、一瞬で真っ白になる。
「馬鹿な・・・! 反乱軍はまだアルーニにも到達していない筈だ! 日本国の飛行機械による爆撃か!? それとも、奴らの超長距離兵器が陛下を捉えたとでもいうのか!?」
詰め寄るアルデに対し、伝令兵は絶望に顔を歪め、首を激しく横に振った。
「違います! 日本国ではありません! ・・・アデムです! 我らが雇った外国人部隊のアデムが、反乱を起こしました模様です!!」
「何・・・だと・・・?」
「数日前から『イーオン』中規模基地との連絡が途絶したため、皇都から数名が緊急鉄道馬車で確認に向かいました。街は生命エネルギーを吸い尽くされ、ミイラと化した元住民や皇国兵たちの骸の山となっていたようです。ルディアス皇帝陛下は、他の皇族方共々、皇族専用別荘エリアにて生気を吸い尽くされた遺体として発見されました・・・。」
「頑丈な地下室へと逃げ込み、運よく生き残った者たちの証言によれば、空を覆い尽くすほどのメガニューラの群れが、突如として街に襲い掛かってきたとのことです。街にいた10万人もの住民は、ただ逃げ惑いながら生気を吸われ、干からびた肉の塊へと変わっていったようです・・・。」
「これほどまでの『メガニューラ』の大群を使役可能な者は、外国人部隊のアデムしか該当しません。イーオン中規模基地で出撃待機であったヤツが、反乱を起こしたものとみて間違いないかと・・・。」
アルデの手から握られていた高級万年筆が滑り落ち、絨毯の上を転がっていく。アルデは信じられないものを見る目で天を仰ぎ、ぶつぶつと意味をなさない言葉を呟いている。超兵器で皇国へ迫り来る『日本』という現実の脅威の背後で、自らが手なずけていたはずの『野犬』が牙を剥いたのだ。
ルディアスという皇国の大黒柱を失ったという衝撃の情報は、すぐさま皇国上層部へと共有され、緊急会議が開かれた。
「終わりだ・・・。我がパーパルディア皇国は、完全に終わった・・・」
「落ち着け! 嘆いている暇はない! 陛下を失った今、我々はいかにして日本との講和条約を結べばいいのだ!?」
「講和だと!? 笑わせるな! 亡きルディアス陛下は『日本への徹底抗戦』を掲げられてたるのだぞ!!」
「現実を見ろバカ者が!! 皇国軍の大部分を喪失し、反乱軍がアルーニに迫りつつある今、どうやって日本国と戦うというのだ!!」
皇国の絶対的な頂点を失ったことで、会議室は一瞬にして怒号と罵声が飛び交う混沌の坩堝(るつぼ)と化した。ある者は現実を受け入れられずに虚空を睨み、ある者は反乱軍の報復を恐れ、すでに逃亡の算段を頭の中で巡らせていた。
一方、この喧騒から完全に切り離されたかのように、豪華な椅子に腰掛けたまま微動だにしない女がいた。傲岸不遜な態度で周辺の文明圏外国家を蛮族と見下し、日本国と皇国が全面衝突することになったすべての元凶・・・、レミール皇女であった。
彼女の顔からは、かつての冷酷なまでの威厳も、日本への激しい憎悪も、完全に消え失せていた。衣服は薄汚れ、髪は乱れたままその眼からは生気が一切消え失せ、まるで硝子玉のようだった。彼女の視線は誰を捉えるでもなく、ただ部屋の何もない虚空の一点を見つめ続けている。
「陛下・・・」
日本国による一方的な蹂躙、そして自らの短絡的な行動がきっかけとなり、栄華を誇った皇国が崩壊寸前まで追い詰められているという現実。それに耐えかね、すでに精神の均衡を欠いていた彼女にとって、最愛のルディアス皇帝の死という凶報は、最後の精神的支柱をへし折るに十分すぎる一撃だった。
一方カイオス局長やルパーサ相談役など、危機的な状況下にある皇国を何とか救済しようと水面下で藻掻く面々は、まるで『生贄』を見定めるかのような視線で、壊れた人形と化したレミールをチラチラと見つめるのであった・・・。
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中央暦1640年8月14日
第三文明圏の東 大東洋
日本国 首都東京 東京拘置所の食堂
特A級竜騎士のレクマイアは、毎朝の日課である新聞を読んでいた。この日は祖国である『パーパルディア皇国』の特集記事が中面見開きで掲載されており、各国政府が発表した最新の内容を交えて記載されていた。
新聞を読み進めるレクマイアの眉間にしわが依り始め、顔は次第に険しくなり、全身から汗が吹き出して指先まで震え始める。
「大丈夫かレクマイア殿? 新聞に何か悪いことでも書いてあったのか? まだ私はまだ日本語が読めないから、すまないが教えてくれ。」
明らかに様子のおかしいレクマイアを心配し、シウス将軍が話しかけてきた。朝食を食べ終え、近くの席で一息ついていたシュサク長官も興味をもったのか、一緒に近づいてくる。
フェン王国の戦い以降、捕虜になった皇国兵の数は既に1000人を超えており、彼らの大部分は山口県の離島に仮設された捕虜収容所へと収容されていた。戦闘後に救助され、捕虜として連行された全員が収容所へ連行されているわけではなく、フェン王国侵攻艦隊の司令官であったシウス将軍やアルタラス属領統治機構のシュサク長官など、要人の立場にある者は東京拘置所へと移送されていたのだ。
「ふー、ふー。シウス将軍、シュサク長官、心して聞いて下さい。」
日本国との戦闘を経験し、その強さを身をもって体験した二人は悪い知らせであろう予想をする。
「アルタラス島を奪還した日本国は、ムー連邦が建設した空港施設を大幅に拡張する改良工事を行いました。同時に湾口施設の整備も行い、これらを前線基地として皇都へ大規模攻撃を行ったようです。」
皇都には国海軍の総本山である『エストシラント港海軍本部基地』と皇国三大基地の一つである『皇都防衛軍基地』が設置されており、第三文明圏において最強と評されるほどの戦力が存在していた。しかし・・・
「日本国の飛行機械の前に、新たに配備されたワイバーンオーバーロードですらまったく歯が立たず、皇都防衛隊竜騎士団は全滅。皇都防衛軍基地も、跡形もなく破壊されました・・・。」
「また皇国海軍の方ですが、迎撃に向かった第一・第二・第三艦隊、そしてエビラが全滅。ドック等の施設を含め、海軍本部も消滅し、皇国海軍は機能を喪失しました・・・。」
あまりの被害の大きさに、流石のシウス将軍は持っていた朝食のパンを床に落としてしまう。隣で聞いていたシュサク長官も絶句し、開いた口が塞がらなくなっていた。
「これだけではありません・・・。同日午後、日本国の別働隊が『工業都市デュロ』へ侵攻。『魔帝遺跡研究班』が強力な新型魔獣を投入したようですが、これの存在を事前に察知していた日本国は『スーパーメカゴジラⅡ』とかいう機械の神龍を派遣していたようです。」
(新型魔獣のことまでは、私は日本国に話していないぞ!?。というかそんな切り札が存在していることなど、流石の私も全然知らなかったぞ・・・。一体どうやって日本国は知ったんだ?)
という顔をして困惑しているシュサク長官をよそに、レクマイアは説明を続ける。
「侵攻してきた日本軍の攻撃、そしてそれらの激闘により、デュロの工場群や『デュロ防衛隊陸軍基地』は壊滅したようです・・。投入された新型魔獣も敗北し、人造魔獣製造施設も完膚なきまでに破壊されました・・・。」
「またその明朝には、最後の極大陸軍基地である『聖都防衛隊陸軍基地』にも攻撃が加えられ、さらに『フィルアデス山』で発生した大規模な火山災害も発生し、周辺の繫殖場ともども消滅したようです・・・。」
シウス将軍とシュサク長官は二人とも声を失っており、完全にお通夜のような雰囲気になってしまっていた。
「また皇国は丸裸になってしまった皇都防衛のため、属領統治軍を皇都に引き上げました。このタイミングを見計らったかのように、新生アルタラス王国のルミエス女王がこれらの情報を全世界に暴露し、属領へ反乱を炊きつけました。これにより、全属領で大規模な反乱が連続して発生し、すべての属領を失っています。」
「さらに属領同士が連合軍を結成し、皇国に宣戦布告しました。連合軍には文明圏のリーム王国も加勢しているようで、皇国の地方都市アルーニが一昨日に陥落しました・・・。」
あまりに絶望的な状況に、説明しているレクマイア自身も泣きそうな顔になっている。
(せっかく日本国と司法取引を取り交わし、戦中と戦後の保身もバッチリだというのに帰る祖国が無くなっては意味がないではないか!!)
他の皇国人とは異なり、日本国との司法取引に応じたことで気分的に余裕のあったシュサク長官も、大粒の汗を流して狼狽している。
「このままでは・・・、すべてが終わってしまう! 皇兄殿下にすべて託されるしかないか・・・。」
日本国がパーパルディア皇国第三外務局のカイオス局長らと最悪のファーストコンタクトをとったのとほぼ同時期、偽造パスポートで入国しようとしていたことが発覚し、不法入国容疑で収監された皇国人がいた。
日本国とパーパルディア皇国皇国の全面戦争が始まった以降も身分を隠し、レクマイアと共に東京拘置所に収監されていた。しかし祖国の危機的状況を知り、ついに自身の身分を日本国へ明かし、水面下での停戦交渉を開始していたのであった・・・。