中央暦1640年2月3日
第三文明圏の東 大東洋
日本国 首都東京 東京拘置所
時計の針を約半年ほど過去に巻き戻してみよう。時期的には、皇都エストシラントで実施された日本国とパーパルディア皇国の三度目の会談において、交渉が決裂。お互いがそれぞれに対し、『死刑宣告』を行った頃だ。
東京拘置所に収監されていた特A級竜騎士のレクマイアは、前日の緊急記者会見の内容が特集された新聞記事を読み、独居房の中で石のように固まってしまっていた。
日本国に対する正式な宣戦布告と日本国民への民族浄化宣言・・・。そして、それに対する日本国の返答が、皇国を『特テ国』こと『特殊生物を用いたテロ主導国家』に認定し、全力で排除するという死刑宣告であった。
愛すべき祖国が、『破滅』という名の終着駅に向けて全力疾走を開始してしまったことに言葉を失い、両手で頭を抱えているレクマイアに刑務官が話かけてきた。
『フェン王国の戦い』において侵攻艦隊の司令官であったシウス将軍など、要人の立場にある皇国人が東京拘置所へ連行され始めたため、昨年12月下旬から別室で収監されていた皇国人と今日から同室になるとのことだった。
重い金属製の扉が、不快な金属音を立てて開かれる。
「おい、入れ。今日から同室だ。」
刑務官の無機質な声に促され、日本国の拘置所指定の衣服に身を包んだ男が、狭い独房へと足を踏み入れてくる。男の容疑は不法入国。
レクマイアはベッドに腰掛けたまま、一体どこの商会に所属する商人かと冷ややかな視線を新入りに向けた。何気なく男の顔を見上げた瞬間、レクマイアの全身の血が凍りついた。
端正でありながら、どこか旅慣れた世捨て人のような風来坊の佇まい。しかし、その奥にあるすべてを見透かすような瞳は、過酷な捕縛の身にあっても一切損なわれていない。全皇国臣民が絶対に忘れるはずのない高貴な面影が・・・、現皇帝ルディアスによく似た容姿が、薄暗い照明の下で鮮明に浮かび上がっていた。
「リ、リディウス殿下・・・!? なぜ、このような場所に・・・ッ!」
レクマイアは、ベッドから跳ね起きるように立ち上がった。心臓が早鐘を打ち、呼吸を忘れるほどの衝撃が脳を突き抜ける。驚愕のあまり、廊下に刑務官がいることも忘れ、レクマイアの口から震える声が漏れ出た。
「えーっと、監察軍所属だったレクマイア君だっけ? 静かに静かに! 刑務官たちに聞かれて困る名前はナシだ。今の俺様は不法入国容疑で捕まっちまった、ただの哀れな旅人なわけよ。」
ガハハハと豪快に笑う様子は、祖国がこれから迎えるであろう破滅を予見している緊迫感など微塵もなく、むしろこの状況を心の底から楽しんでいるかのような、圧倒的な陽気さがあった。
先々代、そして先代から続く周辺国への侵略を是とする拡張政策。それに公然と異を唱えたがために、皇位継承レースから事実上失脚させられ、歴史の表舞台から消えていたはずの人物。ルディアス皇帝陛下の腹違いの兄であり、現在は「他国視察」という名目の閑職に追いやられ、周辺国の視察する公務中であった筈の皇族の一人であった。
レクマイアは完全に混乱していた。彼が拘留された時期から逆算すると、『ニシノミヤコ事変』が勃発する前・・・。祖国であるパーパルディア皇国と日本国が、『アマノキ事変』の件で一触即発の状況下にあった頃だ。その最中に、皇位継承権を持っていたはずの最高位の皇族が、他国の偽造パスポートで敵国の首都に潜り込もうとしていたのだ。
「で、殿下・・・。失礼ながら、一体何を考えておられたのですか! ロウリア王国を瞬く間に下した謎の国家、その全貌を暴くための密偵、ということでございますか?」
「まあ、それも半分は正解!」
リディウスは独房の硬いベッドにドカリと腰を下ろし、豪快に笑いながら答える。
「ロウリア王国軍を容易く蹴散らし、うちの監察軍をもあっさりと退けた国だ。どれほどの軍事力と社会インフラがあるのか、この目で直接確かめておく必要はあると思ったからな。たださ、それは建前で、本音は別にあるわけよ・・・。」
リディアスは身を乗り出し、悪戯が成功した子供のように目を輝かせて声を潜めた。
「ロデニウス大陸の商人が言っていたのだよ。この『日本』という国には、大人から子供までを熱狂させる『テーマパーク』とかいうこの世界には存在しない超巨大な魔法の遊戯場が複数あるとな。」
あまりに拍子抜けした回答に、レクマイアが思わず固まってしまう。
「は・・・? 遊戯、場、ですか・・・?」
「そう! 他列強国の無駄に広いだけの退屈な庭園や、血生臭い闘技場にはもう飽き飽きしてただろ? 俺様はさ、昔から言ってたんだよ。」
「『そんなに外貨や資源が欲しいなら、侵略ではなくて他国で高く売れるもの沢山作るとか、自国に金を落としてくれそうな施設を作るほうが、他国から余計な恨みも買わないし、よっぽど効率的だと俺様は思うわけよ。まあ俺様の先進的な考えを理解しているのは、外三のカイオスくらいしかいないけどな』ってさ!」
かつて後継者候補から外され、現在の閑職へと飛ばされる原因となった、あまりにも先進的で合理的な持論・・・。それをこの東京拘置所の独房で、こともあろうに捕虜となった自分に向かって、リディウス殿下はあっけらかんと言い放った。
「だからこそ、その『テーマパーク』とやらを俺様の目で見て、我が皇国に足りないエンターテインメントの真髄を学んでやろうと思ったのに・・・。日本の出入国管理というのは実に見事だなぁ! 魔法の真贋鑑定でもないのに、あの精巧な偽造パスポートが一発で見破られちまった!」
頭を抱えてハハハと笑うリディウスを前に、レクマイアは完全に呆気にとられていた。しかし、同時に胸の奥から湧き上がる奇妙な高揚感を抑えきれなかった。
(ルディアス陛下や皇国軍上層部が『未開拓地域の新興国』と日本国を侮り、滅びの全面戦争へと突き進む中、このお方だけは、日本の本質が『軍事力や技術力』だけでなく、その奥にある『国力や文化』にあることを見抜いていらっしゃる・・・!)
「それにしてもさ、ここの食事、不法入国者用にしては美味いし、ボタン一つでお湯も出るんだぜ? 国力偵察という意味じゃ、すでに十分すぎる収穫だわ。おいレクマイア、お前日本の『カツドン』ってやつもう食ったか? あれはヤバいぞ!」
悪びれもせず、むしろこの不自由な環境すら楽しんでレクマイアの肩を叩くリディウス。レクマイアは、「このお方が皇帝になっていれば、皇国は滅びの道を歩まずに済んだのかもしれない」という深い確信と、「それにしても動機が相変わらず軽すぎる」という強烈な頭痛を同時に覚えるのだった。
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レクマイアとリディウスが同室に数か月・・・。アルタラス島奪還作戦が成功し、ルミエス女王によって新生アルタラス王国の樹立が宣言された頃、東京拘置所の一角にある監視モニター室の空気は、不気味なほどに張り詰めていた。
画面に映し出されているのは、不法入国容疑で収容された自称・放浪の商人である男の独房。そして、その男が運動や入浴のために廊下へと連れ出される、ごくありふれた移動の映像だった。
「・・・間違いないな。やはり、何かがおかしい・・・」
捜査官が映像を巻き戻し、一時停止させた。画面には、廊下ですれ違う二人のパーパルディア皇国人の姿があった。一人は例の不法入国者。そしてもう一人は、フェン王国の海戦で海上自衛隊に敗れ、捕虜となった皇国大艦隊の司令官シウス将軍だった。
映像の中のシウス将軍は、だらしなく衣服を着崩した「放浪の商人」とすれ違った瞬間、まるで雷に打たれたかのように直立不動の姿勢をとっていた。その目は驚愕に限界まで見開かれ、次の瞬間には、日本の刑務官の目を盗むようにして、深々と魂の底から畏怖するような最敬礼を捧げたのだ。
「シウス将軍だけじゃない。こちらも見てくれ。」
分析官が別の書類と映像をデスクに広げる。それは、アルタラス島奪還作戦において重要参考人として移送され、同じくこの拘置所に収容されていたシュサク長官の映像だった。
シュサク長官は皇国本国での出世のため、アルタラス島で苛烈な支配体制を強いていた。一方、自国が不利と悟ると、日本との司法取引であっさり国の秘密をペラペラ話すほど自己保身が強く、計算高い男だ。
そんなシュサク長官が、食堂の動線でこの「自称・商人」の姿を遠目に捉えた瞬間、持っていたトレイを危うく落としそうになるほど激しく動揺した。そして会社役員に媚びを売り、ゴマをする中間管理職ような態度でペコペコと何度もお辞儀をしていた。
「竜騎士のレクマイアは同室で完全に心服している。大艦隊を率いたシウス将軍は廊下で直立不動。計算高いシュサク長官すら、遠くから見ただけで取り乱して最敬礼を行う・
・・」
冷血かつ無慈悲な戦術家と恐れられた皇国の大将軍や計算高いエリート文官の長官クラスの人間が、ただの商人にそこまでへりくだった態度をとる筈がない・・・。
「この男は、ただの密入国者じゃない。将官クラスの皇国軍人や文官の長官クラスが、揃って『個人の意思』でこれ以上ないほどの敬意と畏怖を払う対象だ。パーパルディア皇国の権力構造の最上級に位置する人間・・・いや、それ以上の『何か』だ。」
外務省の分析官が、深く息を吐きながら眼鏡を押し上げた。
「実は、我が国と国交を結んだ友好国・・・、クワ・トイネ公国やムー連邦などの外交ルートを通じ、この男の顔写真を現地に送って緊急の身元照会を行いました。その結果、驚くべき事実が判明したんです。」
分析官は、友好国から返信された数枚の活動記録報告書をデスクに並べた。
「皇国の現体制において、この男は『他列強国や周辺諸国の有意義なインフラや商業施設等を視察する』という、実質的な左遷に近い閑職公務に就かされていました。公式の歴史からは抹消されつつも、他国への公式訪問という形で、国境をまたぐ公的な足跡がはっきりと残っていたのです。友好国の担当者は、この写真を見るなりこう叫びました。『なぜ皇国現皇帝の兄君が、日本の拘置所にいるのだ!?』と・・・。」
捜査官の目が鋭く光る。
「・・・やはり、現皇帝ルディアスと骨格や顔立ちが酷似しているというデータは本物だったか。皇国の拡張政策に異を唱え、後継者から外されたという元第一皇位継承者・・・、ルディアス陛下の腹違いの兄、リディウスその人だな。」
「はい。間違いありません。現体制の拡張政策に懐疑的だったため後継者から外され、世界中を視察させられていた皇族・・・。そのお方が、なぜそんな偽造パスポートなんかで我が国に潜り込もうとしたのか。亡命か、それとも裏での和平交渉かと思われましたが・・・。」
分析官は、押収された男の所持品リストの特定の項目を指差した。
「押収した日記や、現地商人の通信記録を照合した結果、一つの奇妙な目的地が浮上しました。男は日本に入国後、千葉県の舞浜にあるあの『テーマパーク』へ向かおうとしていた形跡があります。他国を視察する公務の中で日本の噂を聞きつけ、どうしても行きたくなったと・・・。」
「は? テーマパーク・・・ディ〇ニーラ〇ドだと!? 列強の皇族が、わざわざそんなことのために不法入国したとでも言うのか!?」
「信じがたいですが、彼の行動原理は『国力の偵察』と『未知の娯楽の視察』、その両方である可能性が極めて高いです。現に、拘置所の食事やインフラを凄まじい精度で分析しつつ、差し入れの日本の漫画を大声と笑いながら熟読しています。」
モニターの中では、リディウスがレクマイアから差し出されたカツ丼の器を掲げ、「おいレクマイア、このタマゴの絶妙な半熟具合、我が国の宮廷料理人にも真似できんぞ!」と豪快に笑い飛ばしている姿が映し出されていた。
「・・・化け物だな。この状況を楽しんでやがる。」
捜査官は苦笑しつつも、その奥にある男の底知れない知性と、これを利用した際の世界情勢の激変を予感し、背筋に冷たいものを感じるのだった。
「これより、この男の重要度を『最上級』に引き上げる。外務省と官邸に即座にホットラインを繋げ。・・・パーパルディア皇国の運命を握るカードは、今、我々の手の中にあるぞ。」
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東京拘置所の最奥。普段は決して使われない防音仕様の特別面会室に、一人の男が案内された。日本の公安警察の幹部、そして外務省の異世界担当の局長クラスが居並ぶ中、だらしなく囚人服を着崩した「自称・商人」は、手錠を外されるなりガハハと豪快に笑ってパイプ椅子にドカ座りした。
「いやぁ、わざわざこんな上等な部屋を用意してくれてありがとう。カツ丼の次は、いよいよ本格的な取り調べってわけか?」
不敵に笑う男に対し、外務省の局長は一切の妥協を排した厳しい目で、一枚の紙を差し出した。
「・・・パーパルディア皇国、現皇帝ルディアスが実兄。・・・これでもまだ、名もなき旅人を名乗られますか、リディウス殿下」
友好国からの証言、そして視察公務の記録。完璧な証拠を突きつけられた男は、一瞬だけ切れ長の目を細めた。だが、すぐにフッと自嘲気味な笑みを浮かべ、背もたれに深く体重を預けた。
「バレちまったか。出入国管理といい、お前たちの情報網は本当に化け物だな。・・・まあいいさ。今の皇国に『俺様』の席はねえ。好きに呼べよ。」
あっさりと正体を認めた殿下に、公安の幹部が身を乗り出す。
「皇国の最高幹部が、偽造パスポートで密入国した。これは我が国に対する重大な主権侵害であり、スパイ行為とみなされても文句は言えんはずですよ。」
「スパイ? 買い被るなよ」
リディウスは鼻で笑い、呆れたように両手を広げた。
「俺様はさ、ただ『テーマパーク』ってやつに行きたかっただけだ。ロデニウスの商人が言ってたんだよ。そこには夢と魔法と、大金を生み出すエンターテインメントの真髄があるってな。他国を視察するつまらん公務の途中でそれを聞いてさ、どうしても俺様の目で直接見ておきたかった。・・・まあ、捕まっちまったのは俺様の不徳だけどな!」
あまりにもフリーダムな動機に、百戦錬磨の公安幹部が思わず絶句する。しかし、外務省の局長だけは、その奥にある男の真意を冷徹に見抜いていた。
「・・・それだけではないはずだ。あなたは、我が国がロウリア王国を下した瞬間に、パーパルディア皇国の『拡張政策』の限界を悟った。だからこそ、国力偵察という名目で、日本という国の本質をその目で見極めに来た。違いますか?」
面会室の空気が、一瞬で張り詰めた。リディウスの顔から、先ほどまでの陽気な笑みが綺麗に消え去る。
「・・・流石は日本の文官だ。話が早くて助かるわ。」
殿下は机に肘をつき、鋭い眼光で局長を見据えた。
「今の皇国の上層部は、どいつもこいつも時代遅れの脳味噌をしてる。未開拓地域だの新興国だのとお前らを侮り、滅びの戦争へまっしぐらだ。外三のカイオスくらいしか、まともな危機感を持ってる奴がいねえ。・・・だが、2月の新聞に書いていたが、外交官が拘束されそうになったってことは、お前たちの担当はカイオスのヤツではなく、十中八九あのヒステリー傲慢女・・・レミールあたりだろ?」
局長が小さく頷く。権力をもった無能な働き者ことレミール皇女のせいで、日本とパーパルディア皇国の外交交渉は完全に決裂していた。『特テ国』認定はしたが、日本側としても、戦後のことを見据えた「まともな交渉相手」を失い、頭を抱えていたのが本音だった。
「お前たち日本も困ってんだろ? 話の通じない愚弟たち狂犬が相手では、どうやってこの戦争を終結させるか・・・。お前らは愚弟たちと違って、敗れた皇国人を皆殺しにするつまりなんてこれっぽちもないだろう。だったらさ、俺様とパイプを繋がねえか?」
「何ですと?」
思いがけない提案をされ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした日本側の面々に対し、リディウスは再び、ガハハと豪快に笑って胸を張った。
「俺様が、日本の『正式な外交窓口』になってやるって言ってんのよ! ルディアスがお前らに喧嘩を売ってボコボコされた後、皇国の新しい舵取りをする人間が必要だろ? 」
「皇国軍や今の体制は解体されちまうかもしれないけどな・・・。俺様なら、お前たちの近代技術も、法治国家としてのシステムも、喜んで皇国に取り入れてやる。侵略なんていう効率の悪い方法じゃなく、商売とエンタメで他国から合法的に金を吸い上げる最先端の国を作ってやるさ。・・・どうだ? 悪くない提案だろ?」
不法入国で捕まったはずの男が、拘置所の面会室で、こともあろうに『戦後の政権交代』の青写真を提示してみせたのだ。その豪快すぎる器と、恐るべき先見の明に、日本側は完全に圧倒されていた。
外務省の局長はゴクリと唾を飲み込み、手元の書類を閉じた。
「・・・あなたをこのまま不法入国で処罰するか、あるいは『未来の最高権力者』として極秘裏に遇するか。一度、官邸に持ち帰らせていただきます。」
「おう、総理大臣とかいう宰相によろしく言っといてくれや!」
リディウスは立ち上がり、刑務官に促されながら扉へと向かう。そして、去り際に悪戯っぽく振り返った。
「あ、そうだ。もしこの取引が成立するならさ・・・特例でいいから、俺様を一度ディ〇ニー〇ンドに連れてってくれよな! 視察としてはそれが一番重要なんだからさ!」
扉が閉まり、静寂が戻った面会室で、公安幹部がぽつりと言葉を零す。
「・・・とんでもない怪物を引き込んでしまったな」
「ええ。ですが、我が国にとって、これ以上ない最高で最強のカードです」
外務省局長は、震える手でスマートフォンを握りしめ、麻生内閣総理大臣への直通回線を発信したのだった・・・。