中央暦1640年6月5日
第三文明圏の東 大東洋
日本国 首都東京 総理官邸
皇国上層部が『ムー連邦』のパーパルディア皇国駐在大使ムーゲと会談を行い、自分たちがとんでもない認識違いをしていたことを理解した頃、永田町の総理官邸地下深くにある極秘応接室の扉が開いた。
そこへ案内されたパーパルディア皇国のリディウス殿下は、手錠こそないものの、前陣を指揮する最高権力者の凄まじい威圧感を放つ初老の男と対峙することになった。
内閣総理大臣、麻生孝昭。かつて国連G(ゴジラ)対策センターの実働部隊『Gフォース』の司令官として、『二代目ゴジラ』をはじめとする数々の巨大怪獣たちと死闘を繰り広げてきた伝説の軍人宰相である。
「座りたまえ、パーパルディア皇帝の兄君」
麻生は低く、地響きのような声で促した。その眼光は、歴戦の猛者そのものだった。
リディウスはガハハハと豪快に笑いながら本革張りのエグゼクティブチェアを引くと、全く物怖じせずにドカ座りした。
「いやぁ、まさか日本のトップが直々に拝謁させてくれるとは光栄だねぇ、麻生総理大臣。だが、その顔を見るに、俺様をディズニーランドに連れてってくれる雰囲気じゃなさそうだ」
「冗談を言っている余裕は無いはずだ。・・・現在、我が国はアルタラス島を貴国の支配から解放し、前線基地を建設した。近々、君たちの本国へ向け、歴史上類を見ない規模の大規模攻撃が発動される。」
麻生総理は、プロジェクターに人工衛星から撮影された皇国本国の詳細な戦術マップを広げた。リディウスはそのマップを一瞥し、フッと笑みを消して目を細めた。
「ルディアスの大馬鹿野郎が、魔帝の遺跡なんぞに手を出すからこうなる。・・・だが麻生総理、うちの皇国軍が使役していた人工魔獣どもは、お前たちにとって少々手強かっただろ?」
皇国軍が誇る人工魔獣兵器・・・、かつて周辺諸国を恐怖に陥れた存在を挙げ、リディウスは挑発的に笑った。しかし、麻生総理は眉一つ動かさず、冷徹に言い放った。
「手強かったか、だと? 笑わせるな」
麻生はデスクに別の写真を叩きつけた。
そこには、『ごうてん型護衛艦』の超低温レーザーによって氷漬けにされ、艦首大型ドリルで粉々に粉砕された『エビラ』、『M8500TCS』によって巨大な炭クズと化した『カマキラス』、巨大なトゲトゲした甲殻だけを残し、ウェルダンにされた『アンギラス』の姿が映し出されていた。
「君たちの言う人工魔獣など、我が国がかつて戦った『本物の絶望(ゴジラ)』に比べれば、ただの大きな虫やトカゲに過ぎん。我が国の自衛隊は、このような特殊生物を相手することに関して、元いた世界『地球』で最も長けていた。君たちの切り札は、我が国には一切通用しなかった。それが現実だ。」
「・・・がはは! そりゃいい、痛快極まるな!」
リディウスは頭を抱え、今度は心底愉快そうに笑い飛ばした。
「やっぱりな! 俺様が本国にいた頃から言ってたんだよ! カイオスあたりにもさ、『あんな不細工な大トカゲや虫けらを育てる暇があるなら、もっと高く売れるもの沢山作るとか、自国に金を落としてくれそうな施設を作るほうが、他国から余計な恨みも買わないし、よっぽど効率的だ』ってな! あいつら、俺様の先進的な考えを無視して『人工魔獣部隊による世界の統一』だの、おめでたい夢を見てやがった。案の定、お前たちの本物の技術に木っ端微塵にされたわけだ!」
ガハハと笑うリディウスだったが、その切れ長の瞳の奥には、祖国の破滅を確信した冷徹な光が宿っていた。リディウスは身を乗り出し、麻生総理の目を真っ直ぐに見据えた。
「で? 駆除のプロフェッショナルである総理大臣閣下が、作戦開始の直前に、なぜわざわざ不法入国者の俺様に会いに来た? 皇国を文字通り『焦土』にする前に、俺様に何をさせたい?」
「たとえ『特テ国』に認定した国とはいえ、我が国は、無益な殺生・・・、特に民間人の犠牲を好まない。だが、現皇帝ルディアスが降伏を拒み、我が国民の安全を脅かす以上、皇国本国の軍事施設や軍需工場等は完全に破壊する。大切なのは、その『後』の話だ。」
「戦後処理(ポスト・ウォー)、か」
「そうだ。ルディアスの現体制が崩壊した後、あの広大な領土と国民を統治し、我が国と『話の通じる対等な外交窓口』となれる、新たなる指導者が必要だ。拡張政策を否定し、エンターテインメントと経済による国力を理解している君なら、戦後のパーパルディアを平和的な法治国家へと導けるはずだ。」
麻生総理は鋭い眼光をリディウスに向けた。
「君が新政府の首班となるなら、我が国は全面的に君をバックアップしよう。インフラ等の復興支援も惜しまない。・・・どうする?」
部屋を支配する沈黙。歴史の表舞台から消されていたリディウスが、日本の元Gフォース司令官から、国家の命運を託された瞬間だった。リディウス不敵な笑みを口元に浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。
「いいぜ。ルディアスのケツ拭きをしてやるよ。侵略だの人工魔獣だのという時代遅れの玩具は、全部お前たちが叩き壊してくれ。特に魔帝の遺跡みたいな面倒なものが残っていると、戦後に『ミリシアル』が色々絡んでくるかもしれないからな! その綺麗な更地の上に、俺様が世界一のエンタメ国家を築いてみせる。・・・ただし、麻生総理」
リディウスは麻生に向かって、悪戯っぽく親指を立てた。
「その戦後交渉の第一条は、俺様の『千葉にあるテーマパーク』への年間フリーパスの発行だ。そこの視察を終わらせなきゃ、俺様の新政府は始まらねえからな!」
麻生総理は一瞬だけ呆気に取られたが、すぐにフッと口元を緩めて力強く席を立った。
「交渉成立だ。・・・作戦完了後、君を臨時政府のトップとして本国へ送ろう。」
麻生総理の言葉に、殿下はガハハと豪快に笑いながら首を横に振った。
「いやいや、麻生総理。お前たちの最強のトカゲ退治、特等席で見物させてもらうのは大歓迎だがね、ただ指をくわえて見てるほど俺様も暇じゃないわけよ。愚弟が駄々を捏ねたときに備え、内側から鍵を開けさせる仕込みもしておくべきだろ?」
「仕込み、だと?」
麻生が鋭い目を向けると、外務省の局長が、皇国の監査軍から押収した特殊な『高等魔導通信機』をデスクの上に置いた。
「お前たちの情報網なら知ってるだろ? 俺様の先進的な考えを皇国上層部で唯一理解していた、第三外務局のカイオスだ。あいつは、レミールによってお前たちの担当を外されて冷や飯を食わされている筈だ。だがな、あいつのコネクションと組織力は本物だ。戦後の新体制にどうしても欲しい人材なんだよ。ベストなタイミングであいつに連絡を取り、内側からも愚弟たちの現体制を崩壊させられるよう協力させたい・・・。」
こうして、パーパルディア皇国の歴史を、そして異世界のパワーバランスを根底から覆す「極秘の日パ密約」が、総理官邸の地下で結ばれたのだった。
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中央暦1640年8月1日
フィルアデス大陸 列強国 パーパルディア皇国
皇都エストシラントにあるカイオス局長の自宅
「・・・あいつらは正気か。この期に及んで、国民全員を巻き込んで枕を並べて死ねというのか」
皇都エストシラントにある自宅に戻った第三外務局のカイオス局長は、薄暗い執務室で頭を抱えていた。緊急御前会議で、ルディアス皇帝とアルデら軍上層部が下した結論は、狂気的な徹底抗戦だった。
このままでは皇国が消滅してしまうと絶望のあまり、胃を雑巾のように絞られるような激痛に耐えていた、その時だった。
執務室に設置された魔導通信機から着信を知らせるアラーム音が鳴り響く。この魔導通信機の番号を知っている者は、懇意にしている商人や個人的な繋がりのある情報屋など、カイオス局長とプライベートな付き合いをしている相手ばかりであった。
カイオス局長が震える手でスイッチを入れると、スピーカーからノイズと共に、酷く陽気で、しかしこの世の誰よりも豪快な声が部屋に響き渡った。
「よう、カイオス! 随分と派手にやられたみたいじゃねえか。生きてるか?」
「なっ・・・!? その、信じられないほど不謹慎で豪快な声は・・・ま、まさか、リディウス殿下ですかッ!?」
カイオス局長は思わず椅子から跳ね起きた。公式には歴史から抹消され、他国視察の閑職に飛ばされていたはずの最高位の皇族・・・ルディアス皇帝の腹違いの兄から突然の隠密通信が届いたから無理はない。
「殿下、一体どこからこの回線へ!? 今、皇都の防衛拠点は日本の攻撃によってボロボロです! それなのに御前会議で上層部たちは、『古の魔法帝国』の遺産・・・『ガイガン』を主軸にした一大反抗作戦に出るつもりで、私は今、自宅で頭を抱えて・・・」
「知ってるよ。っていうか、俺様は今、その日本の総理大臣の部屋で飯食いながらお前の泣き言を聞いてんのよ。」
「は、はいぃぃッ!?」
カイオスの裏返った悲鳴が響き渡る。通信の背景からは、フッと呆れたように鼻で笑う、麻生孝昭総理大臣の気配すら伝わってきた。リディウスはガハハと笑いながらも、一瞬で声を低くし、冷徹な事実を突きつけた。
「いいかカイオス、御前会議に出ていたバカどもは、まだ戦う気満々かもしれないがな・・・。最後の切り札だった『ガイガン』は、今日の夕方の時点で既に木っ端微塵にぶっ壊されているぞ。」
「・・・な、何ですって・・・!?」
耳を疑うカイオス局長に、リディウスは哀れむように、しかし容赦なく言葉を続けた。
「日本国はな、お前たちの言う『最終兵器』を遥か空の上から完全にマークしてたんだよ。『スーパーメカゴジラⅡ』とかいう巨大な機械の神龍がデュロに出撃し、空飛ぶドリル戦艦との連携であっさり撃破されちまったぞ。ついでに言うと、戦闘の余波もあってデュロの軍需工場や魔帝の研究施設跡も壊滅状態だ。」
受話器の向こうから、カイオスの絶望の限界を超えた息を呑む音が聞こえてくる。皇国が誇る最大の工業都市デュロ。そして、世界の覇権すら握れると信じていた魔帝の遺産『ガイガン』。それが、日本の誇る『超科学の怪物』の前に一日も持たずに敗退してしまった。最悪の想定のなかで、最も実現してほしくない予想が、現実のものとなってしまったのだ。
「ルディアスの時代遅れの侵略政策は、ここで完全に詰みなんだよ。このままいけば、皇国は本当に滅びる。だがな・・・、俺様は滅ぼさせねえよ」
リディウスは魔導通信機に向かって、力強く、圧倒的な覇気に満ちた声を響かせた。
「俺様はさ、日本の麻生総理大臣と取引したんだ。ルディアスのバカが勝手に自滅した後、俺様が新しい皇国の舵を取る。侵略だの怪獣兵器だのという非効率な玩具は、全部日本に叩き壊してもらった。その綺麗な更地の上に、他国で高く売れるものを沢山作り、自国に金を落としてくれそうな超巨大遊戯場をぶち建てて、合法的に世界中から金を吸い上げる最先端の国を作ってやるってな!」
通信の向こうで、カイオスは激しい衝撃に打たれていた。かつて宮廷で、リディウス殿下が熱っぽく語っていた理想の国家像そのものだったからだ。
「だからカイオス、お前も動け。ただ怯えて隠れてる時期は終わりだ。」
「お前の人脈を使って、話の通じる文官や穏健派の軍人を集めて準備してしろ。日本の第二波攻勢が始まったら、その大混乱に乗じて皇都で武装蜂起(クーデター)を起こすんだよ。」
「ぶ、武装蜂起・・・!? 我々が、内側から皇都を制圧するのですか!?」
「そうだ。日本が外から愚弟らバカどもの防衛線を完膚なきまでに叩き壊す。その瞬間に、お前たちが内側から大元をブン殴って鍵を開けろ。無駄に死ぬな、ルディアスと心中する義理なんかお前にも俺様にもねえ。内側から新政府の基盤をひっくり返して維持してくれれば、戦後、お前を新政府の『外務大臣』にしてやるよ。」
さらに、リディウスは切れ長の目を凶暴なまでに鋭く光らせ、通信機へ向かって低くドスの効いた声で念を押した。
「・・・それとな、カイオス。一つ絶対に忘れるなよ。今回の全面衝突を招いた当事者であり、日本を本気で怒らせた元凶・・・レミール。あのクソ女だけは、何が何でも絶対に逃がすな。どんな手を使ってでも生け捕りにして、五体満足で日本に引き渡すんだ。あの身の程知らずの女狐の首を差し出すことが、俺様とお前、そして新生パーパルディアが日本と講和するための、絶対条件だからな。」
弟の妃最有力候補とされていたレミール・・・、義妹になるかもしれなかった者への冷徹な処断。それを聞いたカイオスは、窓の外から見える夜空を見つめながら、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
『ガイガン』すら消滅した今、ルディアス皇帝率いる現政権の敗北は100%確定している。そして、リディウス殿下はすでに「戦後」を見据え、日本への手土産・・・レミールの確保まで完璧に計算しているのだ。カイオスの胸の奥からは、先ほどまでの絶望が消え失せ、身震いするほどの高揚感が湧き上がっていた。
「・・・ハハ、相変わらず恐ろしいお方だ。ですが、ルディアス陛下やレミールに付き合って国ごと心中するよりは、殿下の途方もない大ボラに命を懸ける方が、よほど未来がありそうです・・・。分かりました。これより穏健派の皇族方や外務局内、および皇国軍の穏健派たちへ極秘裏に連絡を回し、武装蜂起とレミール拘束の手筈を整えます。』
「おう、話が早くて助かるわ! 頼んだぞ、未来の外務大臣!」
殿下が通信を切ると、総理官邸地下の特別応接室で、麻生総理が腕を組んでフッと口元を緩めた。
「身内に一瞬でクーデターの手筈を整えさせるとはな。おまけに、我が国が最も求めている戦犯(レミール)の身柄まで手土産に用意するとは、大した男だ。」
「がはは! だから言ったろ、俺様の先進的な考えを理解できるのはカイオスくらいだってな! 」
満身創痍の皇国へ、外側から日本国による攻撃が、内側から新時代への変革の牙が剥かれようとしていた・・・。