中央暦1640年8月14日
第三文明圏の東 大東洋
日本国 首都東京 総理官邸
総理官邸地下の極秘応接室。リディウスが魔導通信機のスイッチを豪快に入れると、受話器の向こうから聞こえてきたのは、数日前とは一転して、すべてを成し遂げた男の冷徹な声だった。
「リディウス殿下、カイオスです。こちらの仕込み、すべて完了致しました。」
「おう、カイオス! 予定通りだな!! あのクソ女の・・・、レミールの首はしっかり押さえたんだろうな?」
「はい。ルパーサ相談役をはじめ、現体制の暴走に危機感を抱いていた穏健派皇族たち、また宮廷医師団、および厨房の料理人たちと結託致しました。レミールの夕食のスープに、一時的に激しい不整脈と虚脱感を引き起こす特製の毒薬を混入しました。レミールは緊急会議中に倒れ、『極度の心労』という名目で皇宮の奥深くで寝たきりとなりました。」
通信の向こうで、カイオス局長は酷く冷たい笑みを漏らした。
「この『発病』により、レミールは急進派の上層部たちが進めていた『商業都市イーオン』への避難計画から完全に脱落致しました。歩くことすらできぬあの女は、結託した宮廷医師の診断もあり、この皇都に置き去りにされました。」
「がはは! さすがは俺様の未来の外務大臣だ。あの尊大なお局様を薬でベッドに縫い付けるとはな。愚弟の野郎や他の急進派の皇族どもも、皇都に戻ってきたときにすべてが終わっていたら、さぞ腰を抜かすだろうぜ!!」
リディウスの発言に対し、カイオスがもたらした次の一言は、同席していた日本の麻生総理の目すら鋭く見開かせるものだった。
「・・・リディウス殿下。先ほど緊急会議が開催され、ルディアス皇帝陛下、および同行していた急進派の皇族一同、全員が避難先の『商業都市イーオン』で命を落としたと報告がありました。」
「なんだって?」
「元ロウリア王国軍の副将だったアデムという男を外国人部隊に雇っていました。この者は外人任用試験の魔獣使役能力において、皇国内でもトップクラスの成績を出したため、『メガニューラ』隊の隊長として避難先のイーオン中規模基地で出撃待機中でした。しかし大敗した皇国に完全に見切りをつけ、現地で反乱を起こした模様です。」
「数千匹の『メガニューラ』を操るアデムの手により、十万を超す住人たちや中規模基地の皇国兵、そして避難されていたルディアス陛下や急進派皇族の方々は、全員生命エネルギーを吸い取られ、ミイラと化していたようです・・・。皇国を滅ぼそうとした急進派皇族の中で、今この世界に生き残っているのは、皮肉にも我々が皇都に足止めした、あのレミールただ一人となりました。」
部屋に、一瞬の静寂が流れた。かつて世界を震撼させた列強の支配者層が、日本の圧倒的な戦力や国力を見せつけられた結果、内部の裏切りによって自滅したのだ。さらにカイオスは、通信機の向こうで、深く、憐れみすら混じったため息を漏らした。
「・・・ただ、殿下。そのレミールですが、もはや日本へ引き渡す『手土産』としての価値があるかどうかは怪しいところです。」
「あぁん? どういうことだ? 薬が効きすぎて、そのまま本当に死にやがったか?」
「いえ、肉体はむしろ、宮廷医師団の思惑通りに見事な回復を遂げました。数日後には薬の効き目も完全に切れ、彼女は意識をはっきりと取り戻していたのです。そのタイミングで、ルディアス陛下がアデムの反乱によって崩御されたという、確定したばかりの凶報を彼女の耳元で直接突きつけました」
カイオスの声が、その瞬間のレミールの凄惨な様子を克明に語り始める。
「それを聞いた瞬間、レミールは信じられないといった様子で目を見開き、まるで内臓を抉り出されたかのような、この世のものとは思えぬ叫び声を上げて絶叫したようです。皇宮の廊下にまで響き渡るほどの声で、狂ったようにルディアス陛下の名を呼び、涙と鼻水に塗れながらのたうち回ったのです。・・・そして、叫び疲れて声が出なくなった直後、彼女の頭の中で、何かが完全に弾け飛んでしまいました。」
カイオスのトーンが、冷徹な観察者のものへと戻る。
「最愛のルディアス陛下を失った衝撃、そしてすべての元凶である自分だけが生き残ってしまったという絶望・・・。現在の彼女は、焦点の合わない目で天井を凝視したまま、ただ泥人形のようにボロボロと涙を流し、ぶつぶつと意味不明な言葉を呟き続けています。」
「周辺国を見下していたあの傲慢な態度はどこへやら、衣服を汚すことも厭わず、声をかけても反応しない。・・・一度完全に絶望しきった果てに、中身が全て抜け落ちた『壊れた人形』そのものです。」
何の罪悪感も感じずに文明圏外国家の住民を大虐殺し、未開拓地域の野蛮人と嘲笑っていたあの冷酷な皇女の、あまりにも哀れな末路。それを聞いたリディウスは、一瞬だけ神妙な顔をして天井を仰いだが、すぐにフッと冷たい笑みを浮かべた。
「がはは・・・。まあ、自業自得ってやつだな。ルディアスのバカに狂信的な恋いを寄せて、世界のバランスも見誤った挙句がそれか。はっきりと現実を突きつけられてブッ壊れたなら、あいつの傲慢な人生の締めくくりとしては滑稽だわ。日本の司法へ引き渡すにしても、心神喪失で裁判にすらならんかもしれんが、まあ生きてるだけマシだろ。」
「ルディアスの野郎も安全な地方都市に逃げたつもりが、飼い慣らしていたつもりの野犬に噛み殺されやがったか! 怪獣兵器なんて物騒なものを使役して、世界征服なんて身の程知らずな野望を抱いたヤツにお似合いの最期だな! おい麻生総理、聞いたか? お前たちがわざわざ怪獣退治の超兵器を動かすまでもなく、あのバカどもは勝手に自滅したぞ!」
麻生総理は腕を組み、重々しく頷いた。
「現政権の完全な崩壊、および元凶の無力化は確認できた・・・か。これで我が国は、パーパルディアに対する大規模な地上侵攻の必要性はほぼ無くなったな。残るは皇都の治安維持と、新政府の樹立のみだ。」
リディウスは通信機に向き直ると、その顔から笑みを消してカイオス局長へ指示を出す。
「よし、カイオス。ルディアスらが死んで上層部が完全に空っぽの状態になった今が、最大のチャンスだ!」
「御意。明日の朝、日の出の時刻と同時に、我々穏健派の同志による武装蜂起を決行致します。皇都と皇宮を完全に制圧し、寝たきりのレミールの身柄を確保。日本の皆様が到着される頃には、我が国のすべての鍵を開け、新生パーパルディアの誕生を宣言してみせましょう!!」
「頼んだぞ、カイオス。お前たちが内側から皇都をひっくり返すタイミングで、俺様も日本の『超ハイテクな鉄の鳥』に乗って本国へ帰還してやる。・・・麻生総理、明日の朝、俺様たちのクーデターに合わせて、皇都の上空にあの空飛ぶドリル戦艦でも浮かべて、ハクをつけてくれや。我が国の民衆と生き残った急進派の軍部のバカどもを黙らせるには、お前たちの圧倒的なビジュアルが一番効果的だからな!!」
麻生総理はフッと口元を緩め、力強く応じた。
「いいだろう。明朝、我が国の自衛隊が、貴君たちのクーデターを空中から全面支援しよう。パーパルディアの新たな夜明けだ。」
「穏健派を代表し、感謝致します、麻生総理大臣。・・・それではリディウス殿下、明日、皇都のパラディス城でお会いしましょう!」
パチリ、と魔導通信が切れた。元凶たるレミールだけが生き残り、明日の朝には、列強パーパルディアの歴史が完全に塗り替えられる。
東京拘置所の独房から始まったこの奇妙な物語は、異世界の勢力図を根底から引っくり返す、完璧なチェックメイトへと向かって動き出したのだった。
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中央暦1640年8月15日
フィルアデス大陸 列強国 パーパルディア皇国
皇都エストシラント
翌朝、皇都エストシラントに太陽が昇ると同時に、地響きのような銃声が皇都を揺るがした。第三外務局カイオス局長の仕込んだ穏健派の武装蜂起が、ついに始まったのだ。
ルパーサ相談役によって説得された穏健派皇族たちの近衛隊、カイオス局長傘下の監察軍を中心とした軍部、さらには穏健派貴族たちの私兵までもが加わり、クーデター軍の戦力は現体制の急進派戦力を圧倒していた。
「穏健派の武装蜂起だ! パラディス城の全出入口を封鎖せよ!」
「抵抗する者は容赦なく無力化しろ! 狙うはルディアス陛下亡き後の司令部だ!」
カイオス局長やルパーサ相談役の緻密な手引きにより、皇都内に潜伏していた穏健派の兵士や文官が一斉に動いた。主戦派の上層部が壊滅し、完全に指揮系統が空白となっていた皇都は、文字通りの大混乱に陥っていた。
その混乱の最中、パラディス城の最奥にある一室では、かつて権勢を誇ったレミール皇女が、ベッドの上で呆然と座り込んでいた。薬の毒からは完全に回復したものの、最愛のルディアス皇帝の死を突きつけられ、狂ったように絶望の叫びを上げた彼女の瞳には、もはやかつての傲慢な知性はひとかけらも残っていない。
ぶつぶつと意味不明な呪詛を呟き、ただ涙を流すだけの「壊れた人形」と化した彼女の部屋の扉を、カイオス局長の手の者が手際よく蹴り開けた。
「レミール様。あなたたちの時代は、ここで終わりです・・・。」
冷徹な宣告。しかし、壊れたレミールはその声にすら反応しない。穏健派の兵士たちが彼女の細い腕を掴み、日本の司法へと引き渡す『最高の手土産』として速やかに拘束した。
一方、パラディス城の外郭では、ルディアス皇帝の狂信的な思想に染まった急進派の残党兵たちが、未だ激しく抵抗を試みていた。
「怯むな! 穏健派の裏切り者どもを一人残らず射殺せよ!」
「魔帝の遺産が・・・、『ガイガン』が敗れたなど日本の虚報だ! 我が皇国にはまだ我々が残っている! 徹底抗戦だ、文明圏外の野蛮人どもを迎え撃て!!」
主戦派の将校が狂ったように剣を振り回し、部下の兵士たちに魔導銃を構えさせる。切り札であった『ガイガン』が敗れ、皇国内にまともな戦力が残っていないという最悪の凶報を耳にしながらも、彼らは自尊心を保つために現実から目を背け、泥沼の抵抗戦へ突入しようとしていた。
その時だった。皇都の建物の窓ガラスが、ビリビリと激しく震え始めた。地響きではない。天から降り注ぐ、空気を文字通り裂くような、聞いたこともない重低音の駆動音。
「な、何だこの音は・・・!?」
激しい風圧と共に、朝焼けに染まる皇都の雲を割り、それが静かに降臨した。全長150メートルを超える鋼鉄の魔船・・・。ごうてん型対特殊生物戦闘護衛艦の1番艦『ごうてん』だ。
艦首に備えられた超大型ドリルが鈍い銀色の光を放ち、船体に並ぶ四基の三連装の砲塔がゆっくりと旋回し、急進派の立て籠もる建物へと照準を合わせていく。
さらに、その左右を固めるように巨大な航空兵器『スーパーXⅢ』と『量産型ガルーダ』たちが追随していた。二週間前、圧倒的な力で皇都エストシラントを守護する二つの象徴・・・『皇都防衛軍基地』と『エストシラント海軍本部』を消滅させた機体たちだ。
「あ・・・、ああ・・・」
ついさっきまで徹底抗戦を叫んでいた急進派の将校の手から、カラン、と魔導銃がこぼれ落ちた。目の前に現れたのは、皇国の常識を遥かに超越した『超科学技術の威圧』そのものであった。これ以上の抵抗など無意味を通り越して自殺行為でしかないことを、その圧倒的な威容が一瞬で理解させたのだ。
「皇国はおしまいだ・・・。本当に、全て終わったんだ・・・。」
急進派の兵士たちは、武器を握る手をガタガタと震わせ、戦意を完全にへし折られてその場に次々と膝をついた。
そんな絶望に沈む皇都の全域に向けて、『ごうてん』に即席で設置された巨大スピーカーから、突如としてノイズ混じりの、しかし誰よりも聞き覚えのある豪快で陽気な肉声が響き渡った。
「よぉーう、久しぶりだなエストシラントの皆の衆! 聞こえてるか? 俺様だよ、俺様!」
「ルディアスの大バカ野郎が勝手に自滅して、最後の玩具も日本の超兵器によって一瞬で粗大ゴミにされちまった。上層部のバカどもに付き合って、これ以上無駄に死にたい奴はいるか? いねえよなあ!?」
『ごうてん』のブリッジの特等席で、マイクを握ったリディウスは、ガハハと豪快に笑い飛ばしながら、皇都を見下ろして叫んだ。
「いいか、全員よーく聞いて安心しろ! 上に浮かんでる日本の物凄いドリル戦艦たちは、お前たちを皆殺しにするために来たわけじゃねえ! 他ならぬこの俺様が、日本の総理大臣とかいう宰相と直々に、ガッチリと講和の密約を交わしてきてやったからだ!」
「み、密約・・・!? 日本の宰相とだと・・・!?」
どよめきが皇都全域に広がる。リディウスはさらに胸を張り、スピーカーが割れんばかりの声で言葉を続けた。
「日本の奴らはな、話の通じねえルディアス一派の狂犬どもを駆除しに来ただけだ! 俺様という『話の分かるヤツ』がリーダーになるなら、このバカげた戦争を終わりできるってさ! 侵略だの怪獣兵器だのという時代遅れの非効率な真似は、今日この瞬間をもって全部終わりだ! だから残党のバカどもは大人しく武器を捨てて、俺様の未来の外務大臣であるカイオスたちの指示に従え!」
その圧倒的な自信、そして何より「日本とは既に話がついている。もう爆撃に怯える必要はない」という絶対的な事実。リディウスの呼びかけは、絶望していた民衆や急進派の残党たちの心から恐怖を完全に消し去った。
パラディスの内外で、バラバラと武器が地面に落ちる音が響き渡る。日本の絶対的な武力を背景に放たれた、リディウスのあまりにも頼もしすぎる「密約宣言」は、一滴の血も流すことなく、パーパルディア皇国の錆びついた旧体制を完全に、そして完璧に沈黙させたのだった。
パラディス城のバルコニーから『ごうてん』を見上げていたカイオスは、胸のすくような思いで、手元の魔導通信機を起動した。
「リディウス殿下、麻生総理。皇都の制圧、完全に完了致しました。殿下の仰る通り、我が国の民衆も残党も、その御声と空中戦艦の威容の前に全員がひれ伏し、歓声を上げております。」
日本の超科学兵器が朝日に照らされ、威風堂々と浮遊する中、パーパルディア皇国の百年にわたる侵略の歴史、そして一人の傲慢な皇女の凶行から始まった第三文明圏を巻き込んだ戦争は完全に幕を閉じた。
なお余談ではあるが、戦後に戦犯の一人として裁かれることに恐怖した皇国軍の最高司令官アルデは、パラディス城を脱出して逃亡を試みていた。しかし、シルガイアという掃除夫から逃亡資金をカツアゲしようとした際に返り討ちに合い、そのまま御用となったのであった。