中央暦1640年9月5日
フィルアデス大陸 列強国 パーパルディア皇国
皇都エストシラント
皇都エストシラントの無血開城から数週間後。パーパルディア皇国のパラディス城にある大会議場において、日本国政府の特使とパーパルディア皇国臨時政府による歴史的な講和会議が開催されていた。
大会議場に設置された会議机の中央に構えるのは、日本政府から正式に派遣された特命全権外交官である朝田と篠原ら数人の外務省職員。その背後には、麻生孝昭内閣総理大臣の全権委任を示す国章が厳然と掲げられていた。
皇国側の席に座るのは、リディウス新皇帝から新政府の舵取りを任されたカイオス外務大臣、そしてその補佐役の外務局長として戦後処理に奔走するエルトの二人である。
「これより、日本国および関係諸国と、パーパルディア皇国臨時政府との講和条約交渉を開始します。カイオス外相、我が国政府および連合軍の要求は、以下の5点に集約されます」
朝田外交官が低く重々しい声で告げると、随行する篠原によって、容赦のない「現実」が記された条約草案の書面がカイオスとエルトの前に滑り出された。
一、正式な謝罪と賠償
日本国、ならびに侵略の被害を受けたフェン王国、アルタラス王国への公式な謝罪と、それらに伴う戦争賠償金の支払い。
二、全属領の解放と奴隷の即時帰国対応
皇国が保有するすべての属領の即時独立・解放。並びに、各属領や他国から強制連行したすべての奴隷の即時解放、および安全な帰国に関わる全費用の皇国負担。
三、戦争責任者の身柄引き渡し
今回の戦争の元凶たるレミール皇女、およびアルデ皇軍最高司令官をはじめとする主戦派戦争責任者たちの身柄を、日本の司法および国際社会へ即時引き渡すこと。
四、属領統治機構職員、および長官の引き渡し
独立した元属領において、過酷な圧政や不当な搾取、虐殺を主導していた属領統治機構の全職員、ならびにそのトップであるパーラス臣民統治機構長官の身柄を、被害国で結成された『73ヶ国連合軍(属領反乱軍)』の裁判へと引き渡すこと。
五、古の魔法帝国研究施設跡の全面開示
工業都市デュロの地下に存在し、今回の作戦で『しんてん』と『スーパーメカゴジラⅡ』によって破壊された『古の魔法帝国』の研究施設跡全域への日本側調査団の受け入れ、および関連する全魔導技術・詳細データの全面開示。
etc・・・
「・・・以上が、我が国の提示する最低条件です。」
日本の朝田外交官の言葉が、ホールを凍りつかせた。提示された要求は、パーパルディア皇国のこれまでの侵略の成果を、文字通り根底から解体するに等しい内容だった。
特に四項目の「パーラス長官らの引き渡し」は、引き渡された瞬間、激怒した元属領の民衆によって生きては戻れぬ凄惨な裁判を意味している。
また書面を凝視していたエルト局長が、第一項に記載された天文学的な数字の戦争賠償金を凝視し、ごくりと生唾を飲み込む。日本国への賠償請求額には、今回の防衛・作戦において自衛隊が使用した全ての燃料費や武器弾薬費、およびアルタラス島に建設した前線基地の全工事費用一式が、1円の狂いもなく計上されていたのだ。
これらの金額は人的賠償金額を遥かに超えており、国力を大幅に失ったパーパルディア皇国には、とても払える額ではなかった。
「これほどの巨額の金銭、今の我が国の国家財政では、たとえ何十年かけても支払うことなど不可能です・・・。」
絶望に顔を歪めるエルトに対し、日本の外交官は冷徹な表情を緩め、どこか穏やかなトーンで口を開いた。
「エルト局長、誤解しないで頂きたい。我が国には、敗戦国となった貴国に過酷な重税を課し、パーパルディアの一般民衆を飢えと貧困で苦しめるつもりは毛頭ありません。それでは、あの愚猛なルディアス前皇帝の暴挙と何ら変わりがない。我が国の麻生総理も、そのような不毛な報復は望んでいません。」
「な、ならば・・・なぜこれほどの巨額な賠償金を・・・?」
戸惑うエルトに、日本の外交官は条約の第一項を指差し、静かに微笑んだ。
「ですから、我が国としても『無い袖を振れ』と言うつもりはないのです。この第一項の金銭支払いに関しましては、皇国が保有するバルサ地区の全地下資源の無償譲渡、ならびに採掘権の完全割譲を以て、我が国への賠償金を完全に補填・相殺(帳消し)とすることも可能である、と選択肢を用意しております。」
「バルサ地区の、全地下資源を・・・?」
その提案を聞いた瞬間、カイオス外相とエルト局長は思わず顔を見合わせ、首を傾げた。バルサ地区・・・、それは皇国の領土の中でも、これといった希少な魔法金属や金銀が出るわけでもない、地質学的にはただの凡庸な鉱物しか出ない退屈な地方として認識されていたからだ。
(・・・なぜ、日本ほどの超近代国家が、あのような大した金属資源もない価値の低い土地を欲しがるのだ・・・?)
カイオスたちの脳裏に強烈な疑問が浮かぶ。しかし彼らはまだ知らない。皇国の魔法技術では「ただの燃えるゴミ」や「不純物の多い泥」として捨てられていたバルサの地下資源の中に、現代地球の日本にとって喉から手が出るほど欲しい希少物質が混じっていたのだ。
数多く開発されてきた対特殊生物向け兵器において、ベストセラーのごとく採用されている指向性エネルギー兵器の一種である『メーサー砲』だが、砲身ユニットの換装をせずに冷凍メーサーこと『超低温レーザー』と通常メーサーを併用することが可能な機体は『ごうてん型対特殊生物戦闘護衛艦』の三隻だけだ。
これにはタナトニウム同様、それぞれの異なる波長を生成・増幅可能な特殊レーザー結晶(利得結晶)の入手が、地球上では困難であったという理由が存在していた。
材料が希少なことに加え、また純度の高い大型結晶を生成するプロセスの歩留まりも高くないため、陸上メーサー車両や『スーパーX』をはじめとする航空機に搭載可能なほど小型化する研究が思うように進んでいなかった。結果として、大型艦船であるこれら三隻のみが、併用可能な機体となっていたのだ。
しかし、賠償金確保のために皇国内の資源調査を行った際、バルサ地区の地層内にこの大規模鉱床が存在する可能性が高いと判明。『デュロ決戦』における『ガイガンミレース』との戦闘から、将来、最大最強の脅威となりえる『古の魔法帝国』との戦いに備えるため、冷凍兵器の拡充が急務であると判断され、この地区の地下資源獲得を命じられていたのだ。
カイオス外相は一瞬だけ思考を巡らせたが、すぐに不敵な笑みを浮かべて顔を上げた。日本が、なぜそこを欲しがるのかは理解できない。しかし、大した価値のない土地の資源を渡すだけで、民衆を苦しめる天文学的な賠償金が「全てチャラ」になるのだ。
これほど美味しい取引はない。何より、新皇帝たるリディウス殿下から託された、未来への確信に完全に合致していた。
「・・・なるほど、そういうことですか。貴国が我々の民を重税で苦しめるつもりがなく、提示された賠償金をバルサの資源で相殺してくださるという温情、深く感謝致します。」
カイオスはデスクの上の書面に、迷いなく力強くサインを入れた。
「提示された五つの要求、我がパーパルディア皇国臨時政府は、すべて無条件で受け入れます。賠償金に関しましては、喜んでバルサ地区の全地下資源の無償譲渡、および採掘権の完全割譲による補填を選択させていただきます。また本戦争の責任者であるレミール皇女、およびパーラス長官ら戦争責任者どもの身柄も、我が新政府が責任を持って引き渡しましょう。」
「交渉成立です。賢明な判断に敬意を表します、カイオス外相!」
日本の朝田外交官はしっかりと、カイオス外相と力強い握手を交わした。日本側としては、皇国の民衆に恨まれることなく、今後の国家戦略に必要不可欠な希少資源の供給源を合法的に、かつ独占的に手に入れた瞬間だった。
「デュロの兵器研究施設跡のプラントに関しても、我が国の対特殊生物防衛技術の観点から徹底的に調査させてもらいます。二度と、この世界にあのような兵器を生み出させないためにも。」
「はは・・・、我が国のリディウス陛下も、同じことを申しておりました。『あんな不細工な大トカゲや虫けらを育てる施設を作る余裕があるなら、今後はもっと集客力のある娯楽施設を作れ』と。」
カイオス外相が苦笑交じりにそう言うと、日本の朝田外交官は麻生総理から事前に聞いていた異世界の奔放な皇族の顔を思い浮かべたのか、今度は心底愉快そうに目を細めた。
さらに、カイオスは懐からリディウスと共に夜を徹して練り上げた『新生皇国統治基本計画書』を取り出し、デスクに広げた。
「我が国は今回の条約を以て、これまでの百年に及ぶ『皇帝専制による軍事侵略体制』を完全に放棄致します。それに伴い、国内の情勢がある程度安定したタイミングを見計らい、政治体制を近代的な二院制の議会統治・・・、貴族院と衆議院へと移行させるつもりです。新皇帝の権力を制限し、穏健派の皇族や旧良識派の貴族から成る『貴族院』と、平民から広く代表を選出する『衆議院』を設立します。これにより、一部の狂信的な特権階級による暴走を制度として永久に不可能なものとします。」
「また独立を求める多くの『元属領』たちの扱いですが、残留や一部復帰を求める地域があれば、我々は彼らを力で再支配するのではなく、『連邦共和国制』へと徐々にシフトしていく方針をとります。貴国の元いた世界の『ドイツ連邦共和国』という国をモデルとし、中央は議会制としつつも元属領の各州に高度な内政自治権を与える。圧政や搾取ではなく、いずれは平民や貴族、旧属領、かつての敵国関係なく共生共栄していきたいと思っています。」
「・・はは、なるほど! 本国の麻生総理が、貴国の新皇帝を『恐るべき大政治家』と評した理由が今分かりました。侵略という古い凶器を捨て、今度は『合法的で魅力的な経済連邦』という網で世界を結び直そうというわけですか。ただの道楽者かと思えば、あなた方の新皇帝は、歴史上類を見ない天才ですね!」
侵略と怪獣兵器で第三文明圏を恐怖に陥れた旧パーパルディア皇国は、その民を飢えさせることなく、無駄な血を流すこともなく、平和的な対談によって完全に解体された。
日本による復興支援、そして議会制と連邦制という「超近代的な国体」を引っ提げた、新皇帝率いる「世界一のエンターテインメント連邦国家」という奇想天外な新時代への扉が、いま高らかに開かれたのだった。
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講和条約が締結された数日後。日本の超精密攻撃によって軍事拠点のみが消滅し、美しい街並みが奇跡的に無傷のまま保たれた皇都エストシラント。その穏やかな波が寄せる湾口の岸壁に、数台の黒い車両が停車した。
車の扉が開けられ、新政府の穏健派兵士たちに促されて外へ引きずり出されたのは、かつて列強パーパルディア皇国の軍事と外交の頂点に君臨していた二人の男女だった。
一人は元皇国軍最高司令官アルデ。かつては「第三文明圏最強の軍隊」を自負する皇国軍を率い、他国を未開拓地域と見下していた男の面影は、今の彼には微塵も残っていない。その鋭かった眼光は完全に濁り、まるで魂の抜けた老人のように猫背のまま、力なく歩いていた。
皇国軍の切り札として工業都市デュロで復活させた『古の魔法帝国』の遺産・・・、『ガイガン』が日本の『空飛ぶドリル戦艦』と『機械の神龍』の連携の前に敗れ、スクラップにされたという現実が、彼の軍人としてのプライドと正気を完全に粉砕していた。
そして彼の隣には、外務局観察室長のレミール皇女が、兵士たちに両脇を抱えられるようにして連行されていた。クーデターによって捕縛された後、彼女は新政府によって環境の酷く劣悪な政治犯収容所(二度目の会談時に篠原をぶち込もうとした所)の独房へと即座にぶち込まれていた。
冷たい石壁と不衛生な床、粗末な食事というぬくぬくした皇宮とは比べ物にならないほど劣悪な拘禁環境。しかし皮肉なことに、その過酷な肉体的ストレスが彼女の身体を刺激し、強引に精神を回復させていたのだ。しかし、はっきりと戻ったその意識が、今度は彼女を別の狂気へと叩き落としていた。
「離しなさい・・・! 離しなさい、不敬者どもが・・・!」
泥に汚れた衣服のまま手錠を嵌められたレミールは、狂ったように首を振り、髪を振り乱しながら兵士たちを睨みつけた。その瞳には焦点が戻っていたが、映し出されている現実は激しく歪んでいる。彼女の脳は、収容所の冷たい床の上で突きつけられた「我が皇国が日本に完敗し、最愛のルディアス陛下が崩御された」というあまりにも残酷な真実を、どうしても受け入れることができなかったのだ。
「何かの間違いよ・・・! 我がパーパルディア皇国が、第三文明圏最強の皇国軍が、あんな未開拓地域の野蛮人どもに負けるはずがないわ! ルディアス陛下は、陛下はきっと今頃、疎開先のイーオンでさらなる大軍勢を率いて反撃の機会を窺っておられるはず・・・! ええ、そうに決まっているわ!!」
悲痛な絶叫の最中、突然狂ったような妄想を響かせるレミール。それは、無敵という名の殻に閉じこもり、現実から目を背け続ける「壊れた人形」の哀れな足掻きそのものだった。彼女を抱える穏健派の兵士たちは、ただ憐れむような目を向け、そのまま静かに歩を進めた。
そんな二人の前に厳然と立ちはだかっていたのは、湾口の青い海を圧するように接岸していたごうてん型対特殊生物戦闘護衛艦の1番艦『ごうてん』であった。
「・・・哀れなものだな。」
岸壁の少し離れた場所からその様子を見届けていた新政府のカイオス外務大臣は、深くため息をつきながら、隣に立つエルト外務局長に声をかけた。
「世界を見誤り、身の程を知らぬ傲慢を貫いたツケだ。彼らが『野蛮人』と見下した日本は、『古の魔法帝国』の遺産すら屠る超科学技術を持ちながら、罪なき我が国の民に重税を課すこともせず、バルサの資源というビジネスの取引で講和に応じてくれた。どちらが本当の『文明国』であったか、彼らは自らの破滅を以て証明してしまったな・・・。」
『ごうてん』のハッチの前では、日本の警察官と自衛官たちが、冷徹な手つきで二人の身柄を引き受けた。
「外務局観察室長のレミール、ならびにパーパルディア皇国元最高司令官アルデ。これより貴方たちの身柄を日本国政府の管理下へと移送します。」
自衛官たちの声は、怒りも憎しみもなく、ただ淡々と事務的だった。それがかえって、彼らにとっては世界の中心から完全に突き放されたような、圧倒的な「敗北」の味を突きつけていた。
「私をどこへ連れて行く気だ!? 陛下! ルディアス陛下、お助け下さい! 陛下ァァッ!」
タラップを引かれ、『ごうてん』の重厚なハッチの奥へと引きずり込まれていく間際まで、レミールは存在しない皇帝の名を叫び、狂ったように現実を拒絶し続けていた。やがてパチン、と重々しい気密ハッチが閉まり、戦犯二人の姿は完全に遮断された。
やがて『ごうてん』の巨大な推進機関が、海の底を震わせるような重低音を響かせ始める。岸壁を離れた鋼鉄の巨体は、ゆっくりと湾外へと進路を向けた。撤退する日本の全権特使らを乗せ、港を出て広大な海原へ出たその瞬間、艦体の各部から凄ましき白い水飛沫と蒸気が噴き上がった。
湾外の洋上で、『ごうてん』はその巨大な艦体を発展させながら、徐々に海面を割り、浮上を始めた。一万トンを超える超合金の質量が、重力を嘲笑うかのようにゆっくりと大空へと舞い上がっていく。激しく空気を引き裂き、朝焼けの雲を突き抜けて上昇していくその姿は、まさに新時代の幕開けを告げる象徴そのものだった。
彼らはこれから日本国内の厳重な拘置所へと移送され、これまでの非人道的な犯罪や戦争責任について、近代的な法の天秤によって厳格に裁かれることになる。艦内の独房の窓から、大空を飛ぶ『ごうてん』の非現実的な光景を見せつけられるレミールは、日本に到着するまで、その「敗北」という真実の重みに何度ものたうち回ることになるだろう。
「さて、エルト。旧体制が散らかしたおもちゃ箱の片付けは、ようやくこれで終わりだ。」
飛び去っていく『ごうてん』を見送りながら、カイオスは胸のすくような思いで、手元の魔導通信機を取り出した。
「これからは、リディウス新皇帝の新しい時代だ。すぐに殿下に報告を入れよう。戦犯の引き渡しも完璧に完了したとな。」
「はは、そうですね。そして次はいよいよ、あの殿下が仰っていた『魔法の遊戯場』へのVIP視察の段取りですか。」
「ああ、これから忙しくなるぞ。侵略よりもよっぽど儲かる、世界一のエンターテインメント国家の建設が、今日ここから始まるんだからな!」
二人の文官は、かつての暗い絶望を完全に払拭し、晴れやかな笑顔で皇都へと歩き出した。空を征く日本の『ごうてん』が見守る中、パーパルディア皇国の錆びついた血と侵略の歴史は、ここに完全に、そして美しく完結したのだった。