中央暦1640年10月5日
第二文明圏ムー大陸から西に約5000キロメートル
グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ
第二文明圏の中心である『ムー大陸』から、西にさらに約5000キロメートルの位置。日本国がこの異世界に国家転移したタイミングとほぼ同時期、突如として島というには大きく、大陸と呼ぶには小さい陸地がこの周辺に出現した。
その正体は、突如として惑星『ユグド』から国家転移した第八帝国こと『グラ・バルカス帝国』の本土であった。
同じように国家転移した日本国が、早期に『ロデニウス大陸』の国々と友好関係を結んだのとは異なり、グラ・バルカス帝国は高い技術力と軍事力で周辺諸国を瞬く間に併呑。さらに穏健派皇族が処刑された事件を皮切りに、『ムー大陸』の西側にあった末席の列強国『レイフォル』を僅か五日程で制圧し、これらを植民地とした。
この世界の常識が通用せず、本土の位置すら秘匿された謎に包まれた国であることも相まり、主に第二文明圏の人々にとって恐怖の象徴となっていた。一部では、神聖ミリシアル帝国よりも強いとすら噂されている。
そんな世界の注目を集めるグラ・バルカス帝国の首都『帝都ラグナ』の中心に位置するニヴルズ城では、自室から栄華を極めし帝都の夜景を眺めながら、考えにふける男が一人いた。
「この世界は我々に何を求める?」
グラ・バルカス帝国の帝王グラ・ルークスは、まるで自問自答するように呟く。呟きとともに、彼は窓辺を離れた。部屋の最も深い闇、重厚なベルベットのカーテンに遮られた壁際へと歩を進める。周囲に誰もいないことを確認し、慣れた手つきでその幕を引いた
そこに掛けられていたのは、一枚の古ぼけたモノクロ写真である。写っているのは二人。一人は、まだ若く青さが残る皇太子時代のグラ・ルークス。そしてその隣で、腕を組み不敵な笑みを浮かべているのは、この世界の誰も知らない、奇妙な意匠の軍服を纏った「チョビ髭の男」であった。
男の瞳は、白黒の写真越しでさえ、見る者を気圧すほどの尋常ならざるカリスマと、底知れぬ狂気を放っている。 公式の帝国史には一行すら残されていない。だが、この男こそが、若き日のグラ・ルークスに「真の戦争」を教え込んだ唯一無二の師であり、彼に盟友と呼ばれた者だった。
(……あれは、我が国がまだこの世界に転移する前。あの忌々しくも苛烈極まりない『冬戦争』の最中であったな。)
グラ・ルークスは写真を愛おしそうに指先でなぞり、遥かな過去へと意識を飛ばした。
皇太子時代、彼は『冬戦争』において自ら兵を率いて、幾多の戦場を飛び回っていた。ある戦場において、数に勝る敵の強固な防衛線を前に、一進一退の膠着状況が続いていた。帝国の兵士たちは、凍てつく前線で無駄に血を流し続けていた。
そんなある夜のこと、前線本部の周辺を、原因不明の局所的な発光現象が包み込んだ。レーダーも通信も完全に遮断され、兵士たちがパニックに陥る中、光が収まったあとに「それ」はぽつんと残されていた。神の悪戯か、あるいは世界そのものの歪みか、誰も何が起きたのか理解できぬまま、混沌の夜のただ中に、その男は倒れていた。
『アドルフ』と名乗ったその男は、ひどく衰弱していた。精神は極限まで摩耗し、薬物の後遺症か手足は微かに震えていた。男は自らの過去を多くは語らなかった。ただ、世界のすべてを敵に回して戦っていたこと。そして、血と炎に包まれた地下壕の中で敗戦を覚悟した直後、気がつけばこの見知らぬ戦場に放り出されていたということだけを、うわ言のように繰り返した。
最初は狂人の妄言かと思った。しかし、男が作戦マップを一瞥し、震える指で示した進撃ルートを見た時、グラ・ルークスの背筋に戦慄が走った。
「良いか、若き指揮官よ。戦争とは点ではなく面、いや、時間そのものを支配する芸術だ!」
男は嗄れた声で、狂信的な熱を帯びながら語った。
「大砲を並べて撃ち合う時代は終わった。空の盾、陸の矛・・・、すなわち航空機と戦車を集団として一箇所に集中運用し、敵の防衛線を音速の如き速さで食い破る。背後に回り込み、通信と補給を断てば、どれほどの要塞とてただの鉄屑に変わる。これこそが、私が世界を震え上がらせた戦術・・・、電撃戦(ブリッツクリーク)だ!」
その教えは、グラ・ルークスの脳髄を激しく揺さぶった。半信半疑で実践した電撃戦は、凄まじい戦果をもたらした。敵の強固な防衛線は文字通り瞬時に崩壊し、泥沼化していた冬戦争は、信じがたい超短期決戦での完全勝利へと塗り替えられたのだ。
前世界『ユグド』と呼ばれた世界において、グラ・バルカス帝国が世界最強の覇権国家へと急成長を遂げる礎は、すべてこの男がもたらした。
世界の誰も見たことのない近代的な軍事思想・・・「国家総力戦」の概念。さらに彼がもたらした『未来の兵器の青写真』は、グラ・バルカス帝国の科学兵器の発展を数十年単位で加速させる奇跡の劇薬となった。
当時のグラ・バルカス帝国の工業力では、まだ完全な再現こそ叶わなかったものの、その設計思想や技術的アプローチは、現在の帝国の陸空軍の発展に計り知れない影響を与えていた。
「我が第三帝国は陸において無敵だったが、海においては大洋の覇者にはなれなかった。だが・・・東の果てに、我が国と血の同盟を結んだ『もう一つの帝国』があった。彼らの海軍こそは、世界最強の巨砲、世界最大の戦艦を造り上げた海の絶対王者だ。その名は・・・。」
彼がどこか敬意を込めて語った、その同盟国の記憶。男がうろ覚えの記憶を辿ってスケッチした、その巨大戦艦の美しい船体思想と、世界最強と謳われた大口径砲の概念。
グラ・ルークスはその狂おしいほどのロマンに魅せられ、アドルフの死後、帝国海軍の総力を挙げてその幻影を具現化させた。それこそが、この世界を震撼させている超戦艦の正体だった。
男はその後、この『ユグド』の地で自らの知識のすべてをグラルークスに狂信的に叩き込み、元の世界への未練を断ち切るように病没した。臨終の間際、男がグラルークスの手を強く握り締め、遺した言葉が今も耳の奥に響いている。
「私の闘争は・・・あそこで終わった。だがルークス、お前が私の意志を継げ。この世界をお前の色に染め上げるのだ。私を阻んだすべての理不尽に、お前の帝国が報復してみせろ・・・!」
グラ・ルークスはゆっくりと目を開けた。カーテンを静かに閉め、再び窓外へと目を向ける。
『ユグド』において、ラ・バルカス帝国は『ケイン神王国』と世界を二分した戦争を行っていた。すべての面においてグラ・バルカス帝国が優勢であり、『ユグド』全域がグラ・バルカス帝国によって統一されるであろうことは時間の問題であった。
『国家転移』という未曾有の事態に見舞われ、本土のみがこの世界に飛ばされてしまったことで、グラ・ルークスの世界征服という野望は初めからリセットされてしまった。しかし、今、この新たな異世界において、グラ・バルカス帝国はかつて師が望んだ通りの圧倒的な蹂躙劇を再び演じようとしている。
「フ・・・フフハハハ・・・! まったく、滑稽な世界よ!!」
帝王の唇から、低く、愉悦に満ちた笑いが漏れた。
「師よ、あなたが成し遂げられなかった世界征服の覇業、この私が必ずや果たしてみせましょう。この世界のすべてを、我が帝国の足元に跪かせてみせる!」
窓外、東の地平線から、新たな一日を告げる異界の太陽が静かに昇り始める。その光は、帝王の背中を照らし、室内の床へと、まるで巨大な鍵十字(ハーケンクロイツ)を彷彿とさせるような、黒々とした長い影を落としていくのだった・・・。
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『ムー連邦』の『情報分析課』や『神聖ミリシアル帝国』の『帝国情報局』同様、グラ・バルカス帝国にも諜報活動を専門にしている『情報局』という部署がある。
『帝都ラグナ』の官公庁街には情報局のラグナ中央庁舎があり、世界各地へ派遣された諜報員からの情報を精査、分析していた。まるでモールス信号のような電子音が鳴り響く通信室を通り過ぎた先にある情報技術部の課長室へ、ナグアノという一人の男が報告のために訪れていた。
「バミダル課長、日本に関する総合戦力分析報告書が出来ましたので、報告と決裁に参りました。」
ナグアノはバミダル課長に諜報員からの報告内容をまとめた書類を手渡す。書類に目を通す間、部下は口頭で概要を説明する。
「我が国から2万5000キロメートルも離れていることもあり、日本国に関して得られた情報は少なく、申し訳ございません。フェン王国沖の戦いに職員は間に合わず、アルタラス王国での戦いも、そこまでの飛び石作戦を敢行するとは想定外でした。また再独立した新生アルタラス王国、そして劣勢になっていたパーパルディア皇国ともに入国が厳しく、今回の主要な戦いを職員が目視するに至っておりません。」
「日本は第三文明圏列強国のパーパルディア皇国に実質的な勝利を収め、講和を行っています。これについてですが、広大な皇国領土を統治するだけの国力が無いと推測しています。今後、自国に対する反抗的な勢力が出る可能性を残すような、生半可な外交がそれを裏付けています。」
ナグアノは報告を続ける。
「日本国は人口が1億人以上と、国土面積に比べてかなり多いのですが、その分食料自給率が低く、ロデニウス大陸が日本の生命線となっております。我々と日本が、将来的に衝突した場合、帝国の圧倒的な海上戦力で日本とロデニウス大陸間の海域を封鎖するだけで、日本は簡単に干上がります。」
「日本国の海軍では重巡洋艦クラスの艦船を確認していますが、戦艦は確認されていません。第三国経由の情報でも、1万トンクラスの艦船が、空母を除いては最大の艦の模様です。しかも驚くべきことに、彼らの艦艇に搭載されている主砲は、最大のものでもわずか5インチ(12.7センチ)程度に過ぎず、数門しか搭載してません。予想される装甲厚みも極めて薄く、我が海軍の敵ではありません。」
「・・・というのも課長、この『日本国』という国は、最高法規である『憲法』において、『必要最小限の戦力』としか保持しないよう厳格に制限し、さらに自国が攻撃を受けるまで武力を行使しない『専守防衛』なるドクトリンを国是としているようです。」
「自分たちの首を絞めるような内容を規定しているというのか?」
「意図は理解し難いですが、言い換えれば、他国を侵略する能力も意志も、システムとして最初から持ち合わせていない。法に手足を縛られた、極めて弱腰な国家に過ぎない国と言えるでしょう。ただ・・・」
ナグアノはそこで言葉を区切り、少し言い淀むように視線を落とした。
「周辺国の商人など現地人から集めた情報の中に、いくつか奇妙な報告が混ざっておりまして。・・・内容があまりに大袈裟で、およそ信頼性に乏しいもののため、報告書には記載していませんが、念のため・・・。」
「なんだ? 話してみろ。」
「はっ。『ロウリア王国』や『パーパルディア皇国』との戦いにおいて、日本軍が投入した航空機は『音よりも早く』大空を駆け抜け、さらには機体から眩い『光線(ビーム)』を放って敵を一瞬で焼き尽くしたものがいた、と。さらに、日本海軍には、皇国軍の魔導戦列艦の大艦隊をまとめて薙ぎ払った強力な光線を発射する『空を飛ぶ戦艦』までもが存在する、という噂が出回っているのです。なんでも、艦首に巨大な螺旋状の衝角を備えているとか・・・。」
そこまで言ったところで、静かだった課長室にバンッという激しい音が響いた。バミダルが、猛然とデスクを叩いたのだ。
「馬鹿馬鹿しい! ナグアノ、貴様正気か!?」
バミダルは顔を真っ赤にし、怒声を浴びせた。
「音速を超える航空機だと? 空を飛ぶ戦艦? 強力な光線兵器に、艦首ドリルだと!? そんな古典的な空想科学小説みたいなものが、現実に存在するわけがないだろう!」
「も、申し訳ありません! あくまで現地未開人の誇張された噂話として・・・。」
「現地人は、日本軍の放ったただの『艦砲射撃』の火線や『爆撃』の威音に怯え、神話の怪物か何かと見紛うたのだ! 科学的知識のない蛮族の妄言を、帝国情報局の人間である貴様は信じるつもありか!? 陛下が師と仰がれたお方の祖国ならいざ知らず、中世並みの異世界で思考が退化したか!!」
「はっ・・・! 失当でありました!」
ナグアノは直立不動で冷や汗を流し、深々と頭を下げる。一方、バミダルは忌々しげに息を吐き、報告書へ決裁のサインを荒々しく入れた。ナグアノは一礼して、逃げるように部屋を退室していった。
残されたバミダルは、眼鏡を外して眉間を揉んだ。
(光線を放つ航空機に空を飛ぶ戦艦、か。まったく、科学を知らぬ未開人の想像力には恐れ入るな・・・)
しかし、グラ・バルカス帝国情報局が「SFの妄言」と一蹴したその報告こそが、唯一、日本国の真の恐ろしさに肉薄していた。
彼らは知らなかった。日本国が謳う『必要最小限の戦力』とは、あくまで人間同士の近代戦争のことのみを指していることを・・・。またそれとは別に、破壊神の如き強大な力をもった『二代目ゴジラ』をはじめとする強大な特殊生物に加え、『スペースゴジラ』や『グランドギドラ』といった宇宙からの侵略者とも『専守防衛』で戦い、撃退、または相打ちに持ち込めるほどの超兵器群を保有していることを・・・。
そして日本国が『パーパルディア皇国』との戦争を通し、覇権主義思想が罷り通る未熟な世界であることを痛感。さらに『エモール王国』との会談を通して判明した『ラヴァーナル帝国』の脅威を受け、それら超戦力の運用に課していた枷を限定解除しようとしている事実を・・・。
窓の外、東の地平線から昇った異界の太陽が、何も知らぬバミダルのデスクと、グラ・バルカス帝国の運命を決定づける「紙屑同然の報告書」を、哀れむように白々と照らし出していた。