中央暦1640年10月5日
第二文明圏ムー大陸から西に約5000キロメートル
グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ
グラ・バルカス帝国の首都『帝都ラグナ』の中心に位置するニヴルズ城・・・、その城内に置かれた帝王府では、大本営作戦会議室内に帝国軍の重鎮たちが集結していた。
遮光カーテンによって外光を完全に遮断された薄暗い室内に、独特な機械音が響いていた。カタカタとせわしなく回る大型映写機の放つ強い光が、正面の巨大な壁面を白々と照らし出している。
そこに掲げられていたのは、神話的な装飾が施された羊皮紙の地図・・・。帝国が圧倒的な軍事力によって蹂躙し、植民地とした旧レイフォル領をはじめとする諸国から強奪、精査した『この世界の世界地図』であった。
円卓を囲むのは、サンド・パスタル軍本部長をはじめ、帝国三将と謳われる三大将、そして重厚な軍服に身を包んだ軍令部の重鎮たちである。
「二年後の中央暦1642年。神聖ミリシアル帝国が主催する『先進11ヵ国会議』の席上において、我が帝国は全世界へ宣戦を布告する。すなわち、『世界征服宣言』である。」
パスタルの重々しい声が響く。本来であれば、軍人たちの血を沸き立たせる覇業の宣言。しかし、室内に歓声はなく、あるのは剃刀のように鋭く冷徹な緊張感だけだった。
「これより、宣言と同時に発動される全軍の進撃計画、作戦名『ツァイト・ラウム(時間と空間)』の概要を説明する。諸官も知っての通り、我が帝国の至高の師であり、陛下に盟友と呼ばれた大参謀アドルフが遺した最大の教訓は二つ・・・。」
パスタルは、手元の指揮杖で『ムー大陸』の西端、赤く塗りつぶされた旧レイフォル領を強く叩いた。
「一つ、急激な戦線拡大は補給線の破綻を招き、自滅の道を歩むということ。二つ、いかに個々の兵器性能が勝っていようとも、敵の圧倒的な『物量』の前に防衛戦を強いられれば、戦術的勝利は戦略的敗北へと覆るということだ。」
出席者たちは一様に深く頷いた。かつて元いた世界『ユグド』での『冬戦争』において、若き皇太子であったグラ・ルークスの前に現れ、電撃戦の真髄を授けたチョビ髭の亡命者・・・。
彼は公式の軍の階級を持たぬまま、グラ・ルークス直属の『大参謀』として、血と炎に包まれた自らの故国の破滅から得た血の教訓を、グラ・バルカスのドクトリンとして骨の髄まで叩き込んでいた。鉄と硝煙、そして計算されたロジスティクスこそが勝利をもたらす。その教えがあるからこそ、今のグラ・バルカス帝国軍部は傲慢な勝利の美酒に酔うことなく、極めて慎重に牙を研いでいる。
「まず、現在完全掌握している旧レイフォル領を絶対的な橋頭堡、および一大兵站基地として機能させる。ここを起点とし、世界征服宣言と同時に周囲へ打って出るが、最初の標的はムー連邦ではない・・・。」
パスタルの指揮杖の先が、映写機の光に浮かび上がるムー大陸の周辺諸国へ移動する。
「まずは、ムー連邦よりも軍事的に脆弱な『ソナル王国』および『二グラート連合』。この二国を、我が陸海軍の圧倒的な電撃戦によって瞬時に完全陥落させる。戦線を広げず、局地的な『数的優位』を常に維持し、確実に息の根を止めるのだ。この周辺諸国を完全に我が領土とし、兵站と補給線を完璧に確立・構築する。その上で・・・ムー大陸最強を誇る『ムー連邦』へ一気に攻勢をかけ、これを圧殺する!」
「弱者を各個撃破し、地盤を固めてから大物を叩く。かの大参謀の『電撃戦』と、その最大の弱点であった『泥沼の消耗戦』を克服する・・・。完璧な二段構えですな。」
『帝国の三将』の一人であるカイザル海軍東方艦隊司令長官が、獰猛な笑みを浮かべて賛同する。
「その通りだ。だが、真の難敵はさらにその先・・・第一文明圏の絶対王者『神聖ミリシアル帝国』だ。我が方は奴らの軍事力の全貌を未だ掴めてはおらん。だが、ムーの如き機械科学文明とは異なり、奴らはこの世界の『魔法文明の長』として君臨している。謎多き魔法文明とやらの底力、侮れば我が国も大参謀の祖国の二の舞になりかねん・・・。」
パスタルの手元でカチリと音がすると、映写機に投影された地図が切り替わり、神聖ミリシアル帝国のある第一文明圏、そしてその東に広がる第三文明圏の広大な海洋が壁面に大きく映し出された。
「そのため、作戦発動までのこの二年間を使い、海軍は密かに動き出す。最優先目標は、『ムー大陸』と海を隔てた先にある第一文明圏・・・、未知数の魔法文明国『神聖ミリシアル帝国』だ。これに次いで、大陸側から陸路での進攻も可能な『ムー連邦』の徹底的な偵察を行う。投入するのは、我が海軍の誇る隠密兵器『潜水艦隊』だ。」
「しかし本部長・・・。」
一人の兵站担当官が挙手した。
「ラグナからムー東側や第一文明圏までの距離はあまりに長大です。我が帝国軍の潜水艦の航続距離をもってしても、往復の燃料が持ちません。公に港を借りれば、ミリシアルや他国に我が方の意図を察知されます。」
「フッ、案ずるな。海軍はすでに、各文明圏への結節点、および外洋に点在する無数の『無人島』の選定に入っている。 二年間のうちに、これらの無人島に潜水艦用の秘密燃料補給基地を極秘裏に建設する。」
パスタルはそこまで言うと、不敵な笑みを深くした。
「我が帝国情報局が、植民地とした旧レイフォルの現地高官や高名らしい学者たちを徹底的に尋問し、また他国へ潜入した諜報員からの報告を精査した結果、ある確実な事実が判明している。・・・この異世界の人間どもには、『潜水艦』という兵器の概念そのものが存在しないとな。」
その言葉に、軍議室の空気が一瞬だけ和らいだ。パスタルは続ける。
「この異世界の未開人たちにとって、海を往く船とは水上に浮かぶものであり、海中に没した船はただの『沈没船』だ。意図して海に潜ったまま隠密行動を続け、魚雷という見えない刃で一方的に牙を剥く兵器など、奴らの貧弱な想像力では夢にも思い至らん。この圧倒的な秘匿性こそ、かの大参謀が元いた世界で証明された、我が軍だけの絶対的なアドバンテージだ。」
「我が潜水艦隊は、誰にも知られることなく深海を往来し、無人島で息を潜めて燃料を補給し、ムーとミリシアルの喉元を監視し続けるのだ。二年後、世界征服の火蓋が切って落とされた瞬間には、敵の全軍配置、港湾の位置、すべてのデータが我が大本営の机上に並んでいる状態にする!」
パスタルはそこで一度言葉を区切り、地図の最東端にぽつりと浮かぶ『日本国』へと視線を向けた。
「なお、東端の第三文明圏の果て・・・。我が国と同じ『転移国家』とされる日本国についてだが、情報局の報告では、法に手足を縛られた一万トン級の巡洋艦しか持たぬ弱小国とのことだ。しかし、我が国と同じく、『外の世界から来た国家』という点だけは油断ならん。大参謀の教訓に照らし合わせ、転移国家特有の未知のイレギュラーが眠っている可能性を、完全には排除できん。」
パスタルの鋭い眼光が海軍将官たちを射抜く。
「ゆえに、第三文明圏の偵察に関しては後回しとする。第一文明圏への隠密索敵網が完成し、無人島への秘密燃料補給基地の建設がある程度完了し、我が方の地盤が完全に固まった段階で、満を持して日本の偵察を開始する。 各個撃破と段階的な情報集約。これこそが、確実なる必勝のプロセスだ!」
完璧なまでの国家総力戦への布石。ヒトラーという地球の狂気を受け継ぎ、その失敗すらも科学的なロジックで血肉に変えたグラ・バルカス帝国軍は、合理的かつ着実に、この異世界を「漆黒の太陽」で塗りつぶす準備を進めていた。
「世界征服宣言まで、あと二年・・・。諸官、我が帝国の輝かしい勝利と、偉大なる大参謀の遺志を果たすため、抜かりなく準備を進よ!」
「オール・ハイル・グラ・バルカス!!」
映写機の駆動音が響く薄暗い会議室に、軍靴の音と一糸乱れぬ敬礼の号令が轟いた。しかし、パスタル本部長のこの完璧な計画には、あまりにも致命的な盲点が存在した。
確かに、パスタルが旧レイフォルの現地人から集めた情報の通り、本来のこの世界の住人には水中に潜行可能な艦船を造る技術も概念もなかった。だが、彼らが次の本命の標的と定めている『ムー連邦』だけは、完全に例外だったのだ。
元よりムー連邦には、独自の「水中戦の概念」とその備えが存在していた。彼らがこの異世界へと転移したその瞬間、彼らと共に地球の深海から転移を果たした大いなる一族・・・。かつて地球の海底国家『ムウ帝国』において神として崇められ、世界の生態系の頂点の一角を占めていた巨大な守護竜『マンダ』の一族がいたからだ。
ムー連邦は古来より、この圧倒的な海竜の力を借り、領海の水底の守護を完全に委ねていた。彼らにとって、海中とは最初から「最強の絶対王者が蠢く絶対防衛圏」だったのだ。
さらに昨年、突如現れた『日本国』との国交締結により、ムー連邦の水中戦への認識は恐るべき次元へとアップデートされることになる。
『マンダ』から直々に認められ、『商業都市マイカル』へと堂々入港した日本国の海上自衛隊の艦隊。ムー連邦の海軍関係者は、水上をゆく通常の護衛艦のみならず、水中を自由自在に航行可能な二隻の護衛艦を直接目撃していた。
一隻は、水中戦に特化した海上自衛隊初の原子力(レーザー核融合炉搭載)潜水艦である『はくげい』。そしてもう一隻は、艦首に装備された超大型ドリルが特徴的なごうてん型対特殊生物戦闘護衛艦の2番艦『しんてん』だ。
日本国の超科学に触れたことで、彼らは「海中を動き回り、一方的に攻撃を仕掛ける戦闘概念」を明確に理解し、未知の水中兵器に対する警戒レベルを極限まで跳ね上げていたのである。
なお、軍上層部に潜水艦の脅威を積極的に訴えたのは、技術士官マイラスであった。彼は戦術士官ラッサンと共に何度も日本を訪れ、日本の潜水艦技術や近代兵器のドクトリン、さらには『メカゴジラ』をはじめとする対特殊生物向け超兵器群に関する克明なレポートを作成し、本国へ共有していた。
ただし、ムー連邦と日本国が国交締結してからまだ一年足らずであり、さらにムー連邦の工業力では、立案された機械的な対潜迎撃網や新兵器の構築までは、未だ完成には至っていない。
しかし、彼らには『概念』があった。
日本国から『潜水艦』の概念を知ったムー連邦の軍上層部は、「西のグラ・バルカスのような野心的な覇権国家が、海中から音もなく忍び寄ってくる危険性」を即座に理解。この未知の脅威について、領海を守る守護竜マンダの一族へ直々に情報を共有していた。
「海中を潜航し、領海内に隠密裏に侵入してくる『鉄の鯨(潜水艦)』に警戒せよ」と・・・。
何も知らぬグラ・バルカスの鋼鉄の潜水艦が、音もなくムー連邦の領海へと這い寄ろうとしている。自らの科学力を盲信し、「この世界の住人に潜水艦の概念などない」と高を括る鉄の鯨たち。だが、彼らが侵入する深海では、すでに日本から潜水艦の脅威を教わり、冷徹に「鉄の獲物」を待ち受ける深海の支配者が、その妖光を放つ眼眸を怪しく見開いていた。
大参謀アドルフの戦術すら通用せず、日本国の海上自衛隊すらも認めた深海の支配者による「無慈悲な締め潰し」の洗礼が始まるまで、あと僅かであった・・・。