東宝世界線の日本国召喚   作:T1001

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136. 深海の洗礼

 

 

中央暦1640年11月8日

第二文明圏ムー大陸の東側

ムー連邦 商業都市マイカルの沖合

 

 

ムー連邦領海の東方外洋・・・。一大商業都市マイカルの沖合、領海線のぎりぎり手前の海中。太陽の光も届かない水深100メートルの暗黒の世界を、鋼鉄の凶器が静かに、しかし力強く進んでいた。

 

グラ・バルカス帝国海軍・第4潜水艦隊所属のIXC型Gボート『ヴァール』だ。それは、至高の師である大参謀アドルフが遺した、地球の「UボートIXC型」の設計思想を再現した長距離巡洋潜水艦であった。

 

艦体の両脇に張り出した無骨なサドルタンク(外部燃料タンク)、流線型の細身で美しいシルエット、そして潜航中ゆえに砲身を海水に浸して沈黙している艦橋後方の10.5センチ甲板砲。その外観は、かつて大西洋を恐怖に陥れた「海の狼」そのものを色濃く受け継いでいた。

 

本艦の艦長であるケラー少佐が、ムー連邦の領海ぎりぎりであるこの海域を最初の強行偵察ポイントに選定したのには、極めて合理的な軍事上の狙いがあった。

 

日本国とムー連邦は今年の3月に経済協力協定を締結しており、その一環として、『商業都市マイカル』では港湾整備や空港施設の強化が急ピッチで行われていた。

 

空港設備については、元々建設された滑走路を日本国のジャンボジェット旅客機の発着にも耐えられるよう強化・延伸する工事が6月頃に完了していた。これにより、乗り継ぎ時間込みで日本とムー連邦を約二日で行き来できるようになっていた。

 

一方、整備中の湾口施設は来年半ばには完成予定であり、完成後には大型タンカーも十分に停泊可能となるほどの大規模拡張が行われていた。

 

このマイカル沖は、元々他文明圏からの広大な貨物船や商船隊がひしめき合う海上交通の要衝であった。さらに最近では、前述の背景から、情報局が警戒を促していた極東の転移国家『日本国』の商船や貨物船の往来も頻繁に確認されているエリアだったのだ。

 

ここを潜伏拠点とすれば、潜水艦の秘匿性を活かしたまま、ムーの海軍力のみならず、日本を含む多国籍な艦船の喫水や音響データ、物流の規模を最高効率で一網打尽に盗み見ることができる。長大な航続距離を誇るこのIXC型仕様のヴァールにとって、これ以上ない格好の「獲物の巣」のはずだった。

 

「艦長、本艦は予定通りマイカル沖の航路直下を潜航中です。パッシブ・ソナーによる艦影は確認されず。また周囲に我が方を察知している様子の艦艇も存在しません。」

 

潜水艦特有の青白い照明に照らされた発令所で、水測員の誇らしげな報告が響く。ケラー少佐は、ふっと口元を緩めた。

 

「当然だな。大本営の情報通り、この世界の未開人どもには『潜水艦』という兵器の概念そのものが存在せんようだ。ユグドのときとは違い、対潜爆雷の恐怖とも無縁だ。我々は大参謀アドルフが遺した『見えない刃』。このGボート『ヴァール』の隠密性をもって、連中の情報を根こそぎ丸裸にし、奴らの急所をすべて大本営の机上に並べてみせようじゃないか。」

 

ヴァールの乗組員たちも、ケラー少佐と同じくこの任務を完全に楽観視していた。攻撃を仕掛ける必要もなければ、敵からの反撃を警戒する必要すらもない。彼らにとってこの強行偵察は、自分たちだけが支配する無敵の聖域をのんびりと航行する、退屈な「海の散歩」に過ぎないと思っていたのだ。

 

だが、彼らは知らなかった。その深海の暗闇のさらに奥で、楽観に満ちた鉄の鯨を冷徹に見下ろす「一対の巨眸」が存在していることを・・・。

 

「・・・あれか。人間の言っていた、海を這う鉄の鯨というのは・・・。」

 

海底の暗黒から、音もなく、しかし巨大な質量を持った巨躯が動き出した。全長150メートルを超える、ムー連邦の守護神『マンダ』だ。

 

この世界に棲まうマンダは、1万年以上前にムー大陸と共にこの異世界へと転移してきた一族の子孫であった。

 

地球の歴史において、ムー連邦の前身である『ムー王国』と姉妹国家の関係にありながら、ムー大陸の大陸大転移による地殻変動で海底へと沈んでいった『ムウ公国』。

 

1963年の『ムウ事変』において、『ムウ帝国』を名乗った連中が世界征服のために使役した個体とは異なり、ムー連邦と共に生きてきたこの世界のマンダの一族にとって、「潜水艦」という人工の潜水艇と対峙するのは、1万年の歴史の中でこれが完全に初めての経験であった。

 

本来であれば、未知の機械兵器に戸惑い、先手を許したかもしれない。だが彼らには、日本の『はくげい』や『ごうてん型護衛艦』に衝撃を受け、何度も日本に足を運んでレポートを作成した技術士官マイラスと戦術士官ラッサンの執念により、「海中から襲ってくる近代兵器(潜水艦)」の概念が事前に完璧に共有されていた。

 

何よりこの海域は、国交締結後の経済協力によって、多くの日本の民間人技術者や貨物船が行き交う、ムー連邦にとっても絶対に脅かされてはならない最重要航路である。

 

だからこそ、海竜は迷わなかった。初めて出会う近代科学の産物を、排除すべき不穏な「侵入者」だと正確に認識し、その強大な生態系の頂点たる鼓動を鳴らし始めたのだ。

 

「――ッ!?」

 

突如、ウルフ級ヴァールの水測員がヘッドホンを押さえ、顔を強張らせた。楽観に満ちていた発令所の空気が僅かに張り詰める。

 

「どうした!? 鯨の群れでも横切ったか?」

 

「いえ・・・、スクリュー音ではありません。ですが、何かを拾いました。極めて低い・・・超低周波の音です。」

 

水測員が音響をスピーカーに切り替える。静まり返った発令所に、深海の底から響くような「異音」が漏れ出した。

 

――トクン・・・。――トクン・・・。

 

重く、厚い、不気味な脈動。

 

「・・・なんだこの音は。エンジンのピストン音か? ディーゼルエンジンでもレシプロ機関でも蒸気タービン機関でもなさそうだが・・・。」

 

「いえ、不規則です。これは、まるで・・・何かの『心音』のようです。」

 

「馬鹿なことを。海洋生物の心音が、これほど重く響くか。」

 

ケラー少佐は一蹴しようとした。しかし、音響は確実に変化し始めていた。

 

――ドクン・・・ドクン・・・。

 

音の間隔が狭まり、音量が一段と大きくなる。それは、その未知の音源が『ヴァール』を明確に捕捉し、速度を上げて接近してきていることを意味していた。

 

――ドクン! ドクン! ドクン!

 

「艦長! 接近してきます! 固定ソナー、距離120・・・100・・・近いッ!!」

 

「面舵一杯! 衝撃に備えろッ!!」

 

――ドクン! ドクン! ドクン! ドクン!

 

もはやスピーカーからだけでなく、Uボートそっくりの薄い鋼鉄の耐圧殻を伝って、艦内全体の空気が、乗組員たちの肉体が、巨大な生命の鼓動によって激しく共振し、震えていた。つい先ほどまでの楽観は一瞬で吹き飛び、本能的な恐怖が発令所を支配する。ネジ一本、鉄板一枚に至るまでが巨大生物の心音と不気味に共鳴し、悲鳴を上げる。

 

そして・・・。

 

ズゥゥゥゥンッッ!!!

 

ヴァールの細身な艦体に、凄まじい衝撃が走った。計器類が火花を散らし、警報音がけたたましく鳴り響く。

 

「うわあああッ!?」

 

次の瞬間、発令所は強烈な横揺れに見舞われ、世界が真横に傾いた。鉄パイプを掴んでいなかった乗組員たちは、無残に足元をすくわれ、悲鳴を上げながら床や計器類へと次々に転倒し、激突していった。頭を打ち付け血を流す者、折り重なるように倒れ込む者たちで、艦内は一瞬で地獄絵図と化す。ケラー艦長も司令塔の鉄柱に猛烈に身体を叩きつけられ、激痛に顔を歪めた。

 

「何がぶつかった!? 状況を報告しろ!」

 

「潜望鏡を・・・潜望鏡を上げろ!」

 

ケラー艦長は痛む身体を起こし、狂ったように叫んだ。外部の状況を知る術はこれしかない。油圧の音を立ててせり上がってきた潜望鏡のグリップを掴み、片目をレンズに押し当てる。

 

潜望鏡の狭い視界が捉えたのは、この世のものとは思えない悪夢だった。

 

「・・・な、なんだこれは……ッ!?」

 

艦長は絶句し、全身の血の気が引いていくのを感じた。『ヴァール』のサドルタンクや細身の艦首を、ヌメりとした強靭な鱗に覆われた長大な大蛇のような胴体が、幾重にも締め上げていたのだ。

 

そして、潜望鏡のレンズのすぐ向こう側・・・、暗黒の海水の中で、鋭い牙を剥き出しにし、怒りに満ちた一対の黄金の眼眸を怪しく光らせる、東洋の「龍」そのものの頭部がこちらを凝視していた。

 

「バ、バケモノめ・・・巨大な竜のような生物が、本艦を締め上げている・・・!」

 

艦長の悲鳴のようなうめき声に、発令所の乗組員たちが凍りつく。大参謀アドルフの戦術書にも、帝国の近代科学の教科書にも、こんな生物が襲撃してきたときの対処法はどこにも記載されていない。

 

そして、絶望はそれだけに留まらなかった。

 

ゴォォォォォォ……ッ!!!

 

突如、艦内を包む駆動音が一変した。凄まじい加速度が、『ヴァール』の乗組員たちにのしかかる。

 

「か、艦長! 深度計が狂ったように回っています! 本艦は急速に沈下中!」

 

「馬鹿な! バラスト(排水)全開だ! 機関後進一杯!」

 

「ダメです! 出力が全く足りません! 奴が・・・あの化け物が、本艦を締め上げたまま、力任せに深海へと引きずり込んでいます!!」

 

マンダはヴァールを逃がさぬようその長大な胴体で完全に固定すると、力強い尾鰭の推進力だけで、抵抗する1000トン超の鋼鉄の塊を、音を立てて底なしの深淵へと引きずり込み始めたのだ。

 

120メートル・・・150メートル・・・200メートル・・・。Gボートが想定している安全潜航深度の限界が、瞬く間に迫ってくる。

 

ギチ……ギチギチギチギチッ!!!

 

マンダの締め付けによる圧力と、周囲の海水がもたらす物理的な水圧。そのダブルの破壊力が、ヴァールの艦内を容赦なく圧搾していく。外板が目に見えて内側に歪み、耐圧リベットが凄まじい音を立てて銃弾のように次々と弾け飛んでいく。

 

「ハッチが歪んでいく! 浸水! 限界深度を超えました!」

 

「うわああああッ!!」

 

深度250メートルに達したその瞬間・・・。

 

・・・パキィィィン!!!

 

限界を迎えたGボート・ヴァールの艦体は、マンダの強烈な締め付けと容赦なき深海の圧力によって、中央から瞬時に真っ二つにへし折られた。燃料やバッテリーが激しく誘爆し、暗黒の深海を一瞬だけ赤く染めたが、それも膨大な水圧によって即座に圧殺される。

 

グラ・バルカス帝国海軍がムー連邦へと送り込んだ鉄の間者は情報を持ち帰ることなく、文字通り海の底へと完全に引きずり沈められていった。

 

マンダは冷ややかにその残骸が深淵へ落ちていくのを見届けると、フンと鼻を鳴らし、再び深海の闇へと優雅に消えていった。

 

 

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数日後、技術士官マイラスは、沿岸警備部隊から上がってきた「守護竜マンダからの定時報告」の書類に目を通していた。

 

「・・・マイラス技官、例の件ですが、やはりマンダ様が領海内で不審な『鉄の塊』を処分されたそうです。」

 

部下の報告に、マイラスは眼鏡を押し上げ、隣のデスクに座る戦術士官ラッサンと視線を交わした。ラッサンが深く溜息をつく。

 

「どこかの近代科学国家・・・おそらくグラ・バルカス帝国か? 奴ら、本当に機械式の水中戦闘艦『潜水艦』を送り込んできていたんだな。それも、他国の商船や日本のタンカーが集まるマイカル沖の航路直下を狙うとは・・・。」

 

「ああ。奴らの狙いが純粋な『強行偵察』による情報収集なのか、あるいは我が国の海上輸送網をマヒさせるための『通商破壊工作』を企てた前哨戦なのかは、この報告書だけでは判明しない。だが、人知れず海中から我々の物流や防衛能力を丸裸にしようとしていたことだけは確かだ。」

 

「どちらにせよ看過できんな・・・。」

 

ラッサンが地図のマイカル沖を指差した。

 

「君と私が何度も日本国へ足を運び、本国へ必死にレポートを提出し続けて本当に良かった。あの時、海中からの見えない襲撃という概念を軍上層部に訴えかけ、マンダ様に事前に対策を共有していなければ・・・。もしも奴らの狙いが『通商破壊』であった場合、今頃日本の商船や我が国の民間人に甚大な被害が出ていたところだ。」

 

日本との経済協力協定締結により、マイカルの港湾や空港のインフラ強化が急ピッチで進み、日本の技術者や船員が急増している今だからこそ、目的不明の「正体不明の潜水艦」による襲撃の兆候は絶対に無視できない。

 

「ラッサン、私たちはこれを単なる『我が国の領海侵犯事案』として片付けるわけにはいかないな。もし今後も正体不明の『潜水艦』が出現し、マンダ様の目を盗んでマイカル周辺の主要航路に魚雷でも撃ち込んでみろ。我が国の商船だけでなく、大勢の日本の民間人や他国の商船隊に死傷者が出る最悪の事態になりかねん。」

 

「ああ。日本の民間人の安全にも関わる重大な事態だ。これは現場レベルではなく、国家間の正式な外交ルートで即座に共有すべき案件だ。・・・ラッサン、荷物をまとめろ。明日一番の便で首都オタハイトへ向かい、日本大使館へ直接このデータを持ち込むぞ!」

 

 

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