中央暦1640年11月23日
第三文明圏の東 大東洋
日本国 九州地方の南西上空
『眠らない魔都』の異名を持つ『神聖ミリシアル帝国』の首都『ルーンポリス』。その南に位置する巨大な魔導インフラの要衝『ゼノスグラム空港』から、数日前、白色に塗装された一機の航空機が飛び立っていた。
同盟国である『エモール王国』からの驚愕の『最優先級の緊急魔導通信』を受け、外務省の外交官に加え、情報局や軍務省、技術研究開発局など、様々な部署から集められた総勢30名にも及ぶ先遣使節団を乗せ、第三文明圏の東の果てに出現した文明圏外国家・日本国へ向かおうとしている魔導式エンジン旅客機・天の浮舟『ゲルニカ35型』だ。
今回の派遣は『ムー連邦』協力のもと、各文明圏に点在する5つの魔導港や空港を経由する空の旅。道中、友好国での熱烈な歓迎に預かる二日間の休暇日を挟み、純粋な航行に五日間を費やす、都合七日間に及ぶ壮大な旅路であった。
具体的にはゼノスグラム空港を飛び立ってから、ミリシエント大陸東に位置する『ミルキー王国』の西端にある『サルジェリッチ空港』と東端にある『アントスコン』で燃料の高純度赤発魔石を補給。
その後、第三文明圏ことフィルアデス大陸の西端にある『パンドーラ大魔法公国』の『タケシッタ魔導港』で燃料補給や機体点検を兼ねた休憩日を挟み、『カナーラ共和国』の『バテロン魔導港』と『ドーリア共同体』の『デュロ空港』を経るというものだ。
余談ではあるが、パーパルディア皇国の生産部を担う一大工業都市であった『工業都市デュロ』だが、『デュロ決戦』において工場群が壊滅したことにより、現在は上述の『ドーリア共同体』という都市国家の一部となっている。
雲一つない青空を飛び続けた天の浮舟『ゲルニカ35型』は、日本国の九州地方の南西約700キロメートルのところまで到達しようとしていた。情報局から派遣されたライドルカ情報官は、シートベルトをかけて大きく伸びをしながら隣に座っているフィアーム外交官へ話かける。
「長かった! 後二時間ちょっとで、やっと着きますね。」
「・・・まったく、不愉快極まりない。」
世界の中心、神聖ミリシアル帝国の最新鋭技術が詰まったそのキャビンは、地上の喧騒とも気流の揺れとも無縁の、極上の快適さが保たれている。しかし、最高級の魔導コーヒーが注がれたカップを前に、外交官のフィアームは忌々しげに顔を顰めていた。
「まったくもっと遠い。世界のリーダーたる我が帝国の外交官が、なぜ第三文明圏のさらに東の果て・・・、世界のどん詰まりにあるような新興国へわざわざ赴かねばならんのだ。局長も私を左遷したいのなら、もう少しマシな口実を作ればよかろうに・・・。」
ライドルカにつられて伸びをするフィアームは、窓の外に広がる果てしなき太平洋の青い海原を睨みつけながら吐き捨てた。文明圏外国家に赴くことだけでも不満が一杯であるが、長時間のフライト重なったことで輪をかけて不機嫌になっている。
ライドルカは手元に印刷された資料から視線を上げ、冷徹な目でフィアームを見つめた。その瞳の奥には、隠しきれない深い呆れが混ざっている。
(・・・やはり、外務省は何も本質を理解していないようだな)
ライドルカは内心で深くため息をついた。これだから外務省の文官どもは困る。前例踏襲と縄張り争いに終始し、世界のパワーバランスがひっくり返ろうとしている激変期にさえ、身内の出世や左遷といった矮小な政治ごっこに現つつを抜かしているのだ。
「フィアームさん・・・『日本国』に対しては文明圏外国家の蛮国という先入観なしに接した方が良いですよ。エモールからの緊急報告を受けた我が国の評議会は色めき立ち、あの気難しい評議員どもが全会一致で今回の日本国への先遣隊派遣を可決したのですよ。皇帝陛下の裁可が下るよりも早くね。」
「評議会が全会一致、ねえ・・・。」
フィアームは鼻で笑い、コーヒーを口に含んだ。
「『パーパルディア皇国』が後先考えずに繰り出し、日本に撃破されたというあの『人工魔獣』・・・いや、魔帝『ラヴァーナル帝国』の遺産ことサイボーグ怪獣兵器『ガイガン』の件でしょう? 話は聞いていますよ。」
フィアームは椅子の背もたれに傲然と寄りかかり、せせら笑う。
「情報局も評議会も大袈裟に騒ぎすぎではないでしょうか。皇国が復活させたガイガンですが、数万年もの間、地中に埋もれていた骨董品なのでしょう? 数万年ですぞ? いかに魔帝のサイボーグ怪獣とて、それほどの時間が経過していれば保護術式は劣化し、機構は錆びつき、本来の力の10%も出せなかったはずだ。そんな大幅に弱体化した出来損ないを、魔法も使えぬ極東の蛮国がムー連邦の科学兵器だか何だかで、運良く仕留めただけの話ではないのですか。」
フィアームは、訝しげな顔をして言い放った。日本が強いのではなく、ガイガンが劣化していただけ。そう考えなければ、世界の中心たるミリシアルの外交官としてのプライドが保てないのだ。
「外務省の文官殿は、おめでたい頭をしておいでのようだ。」
情報局がまとめた資料の最終チェックをしていたベルーノ技術研究開発局開発室長は、それらを鞄に片づけ、眼鏡のブリッジを押し上げながら冷ややかに告げた。
「貴殿は致命的な勘違いをしている。ガイガンという兵器は、純粋な機械人形・・・、ゴーレムの類ではない。金属の装甲や兵器の奥に、肉と血を宿した『生体組織』を有するサイボーグ怪獣兵器・・・つまり、生きた改造生物なのです。もし、貴殿の言う通り数万年の時間経過で“劣化”していたのだとすれば、生体組織はとっくに朽ち果て、細胞は壊死し、起動すらできずに地下で土に還っていた筈だ。」
ベルーノ室長は、冷徹な目でフィアームを見ながら続ける。
「それが目覚め、デュロの工場群が壊滅するほどの破壊を撒き散らして暴れ回った。それが何を意味するか文官の君に分かるかね? 劣化などしていない。数万年を経てもなお完璧な稼働状態を保っていた、あるいはそれに準ずる状態だったのだ。その辺の文明国が総力を挙げたところで、傷一つつけられず国ごと踏み潰される怪物。それを容易く粉砕するほどの軍事力を日本が持っている。その事実こそが異常であり、評議会を震撼させたのです。」
ベルーノ室長の目が、技術者としての狂気と好奇心で怪しく光る。
「さらに、日本側はパーパルディアのデュロにあるラヴァーナル研究施設跡の全面調査権を毟り取り、ガイガンの残骸や詳細データを丸ごと手に入れた。彼らは魔法ではなく、独自の『科学』というアプローチで魔帝の遺産を完全解体し、分析しようとしている。だからこそ、我が技術局もエモール王国も、日本と手を組んで『日本・エモール共同調査プロジェクト』を立ち上げることに合意したのですよ。魔帝の遺産を分析・吸収する日本の『科学』の知見・・・、これに我が国が食いつかないわけがないでしょう。」
フィアームが己の無知と事態のあまりの巨大さに混乱し、言葉を失ったその時、船内に機内放送が案内された。
「間もなく日本国の領空に入ります。なお出迎えと着陸誘導のため、日本国の戦闘機二機、そして護衛艦一隻が本機に接近予定です。」
「それにしても魔帝の遺産である『ガイガン』を打ち倒した日本国は、一体どのような航空機を見せてくれるのか、非常に興味がありますね。」
「だが、護衛艦とは一体・・・? 海上に海軍の艦船でも待機させているのか?」
遥か下には海が見え、機内には魔光呪発式空気圧縮放射エンジンの発する甲高い音と機体が空気を裂く風切り音のみが聞こえている。
突如、二機の機体が窓を横切った。雲を割って現れたのは、優雅なミリシアルの船体とは対照的な、一切の無駄を削ぎ落とした、灰色のシャープな鉄の機体だった。
遅れて轟音が機内を震わせ、座席がピリピリと共鳴する。魔法による推進ではない、純粋な科学技術によって作り出されたジェットエンジンは、大気を引き裂くような爆音(ジェットサウンド)を放ち、天の浮舟の防音障壁を強引に突き抜けてキャビンへ轟く。
「なっ・・・何!? 速すぎる!!」
「しかし、なんて速さだ! 制空型の天の浮舟の速度を凌駕している!!」
フィアーム外交官と軍務省から派遣されたアルパナ軍務次官は、次元を超えた飛翔速度に驚きを隠せない。二機の機体は遥か後方で向きを変え、あっという間に天の浮舟『ゲルニカ35型』に追いつき、先導を開始する。
「ムーの機械科学式の飛行機に使用されているプロペラが無いぞ! はっ!! 機体の前方に空気取入口がある!! まさか日本国も、魔光呪発式空気圧縮放射エンジンを科学で実用化しているというのか!!」
「あの翼型は・・・後退翼だ!! 速度が音速を超えた場合、翼端が超音速流に触れないために考えられた翼型!! 我が国ではまだ研究・・・というか、理論の段階のものですぞ!! 実物がまさか見られるとは!! アルパナ殿、あの戦闘機は少なくとも音速を超えますぞ!!」
ベルーノ室長は、出迎えに来た航空自衛隊の『F-15J改』の機体を観察し、子供のように大はしゃぎする。だが、驚愕はそれだけで終わらなかった。
「下層雲を突き抜けて、さらに巨大な“何か”が上昇してきます!!」
次の瞬間、天の浮舟の遙か下方、分厚い雲海が爆発するように弾け飛ぶ。轟然たる重低音で空を震わせ、ゆっくりと浮上してきたのは、全長150メートルもの異形の巨体。それはミリシアルの知る飛行船の概念を根底から覆すものだった。
艦体全体が不気味なほど艶やかな漆黒色で包まれ、一切の無駄を排除した独特な流線型の曲線ラインで構成されている。そして何より目を引いたのは、その艦首に堂々と装着された、巨大な螺旋状のドリル衝角であった。
「な、何ですかあの巨大な船は・・・!? あの艦首の巨大な螺旋は一体!? 狂気の沙汰だ、あんな異形の鋼鉄の塊が、なぜこれほどの高速で空を舞えるのですか!?」
フィアームはあまりの光景に腰を抜かし、座席にへたり込んだ。彼が「魔法の足元にも及ばぬ」と見下そうとした科学の力が、漆黒の怪物となって先遣使節団を圧倒していた。
「信じられん・・・。魔力反応がゼロだと!? つまり魔力でも精霊力でもない、純粋なエネルギーだけで、あれほどの質量を空中機動させているのか・・・! これが、日本の『科学』というものか!」
腰を抜かしたフィアームを横目に、ベルーノ室長は恐怖と技術者としての興奮で声を震わせている。ベルーノはまったく反応していない魔導測定器と、窓の外で堂々と航行する漆黒の流線型ボディを交互に見つめ、その顔を狂喜の恐怖に歪ませた。
「・・・重力だ・・・! 重力制御(コントロール)技術だ・・・!!」
「な、何を言っているんだベルーノ殿!?」
狼狽するフィアームを無視し、ベルーノは窓ガラスに顔をこすりつけるようにして叫んだ。
「アルパナ殿、あの漆黒の艦体には、大気を捉えるための翼も、浮揚魔石の輝きも一切存在ない! それにもかかわらず、我が帝国の『天の浮舟』の限界巡航速度を嘲笑うかのように同調飛行している・・・! これと同じ芸当ができる船を、我々は一つだけ知っている筈だ!」
アルパナの脳裏に、ミリシアルが保有する至高の古代兵器・・・。魔帝の遺産たる空中戦艦『パル・キマイラ』の威容がよぎる。
「まさか・・・『パル・キマイラ』の浮遊機構と同じだとでも言うのか!?」
アルパナの問いに、ベルーノは激しく首を縦に振った。
「そうだ! あの黒い魔船は、『パル・キマイラ』と同様に、この空間の重力そのものをコントロールして浮いているんだ! いや、それどころか・・・『パル・キマイラ』が反重力魔導エンジンで浮上しているのに対し、あの船からは魔力の残滓が一切感知できない! つまり日本は、魔帝の超技術であるはずの重力制御を、魔法の力を借りず、純粋な物理法則とエネルギー・・・、彼らの言う『科学』の力だけで完全に再現、あるいは凌駕しているんだよ・・・!!」
技術者として、世界の前提を覆された衝撃と興奮。ベルーノの呼吸は荒くなり、眼鏡の奥の瞳は爛々と輝いていた。
「なんという国だ・・・! 魔帝のサイボーグ兵器である『ガイガン』を屠ったというのも頷ける。彼らはラヴァーナルの遺産を解体する前から、すでに魔帝と同等、いや、別のアプローチでそれを超える『神の領域』の技術を確立しているんだ・・・!」
狂喜乱舞するベルーノの横で、情報官ライドルカの顔からは完全に血の気が引いていた。彼は窓の外で不気味に並走する漆黒の巨体・・・、その艦首に備えられた、巨大な螺旋状のドリル衝角を、穴が開くほどに見つめていた。
(待て・・・あの漆黒の曲線的な艦体。あの禍々しくも美しい、異形のシルエット・・・。私は、これを知っている。知っているどころではない、この目で見た・・・!)
ライドルカの脳裏に、あの『フェン王国の戦い』の光景が、鮮烈な恐怖とともにフラッシュバックした。
「どうしたのだ、ライドルカ殿!? いきなり幽霊でも見たかのような顔をして!」
腰を抜かしたままのフィアームが情けなく見上げる中、ライドルカは窓ガラスを拳で叩くようにして叫んだ。
「フィアーム殿! ベルーノ殿! 目の前を飛んでいるあの黒い戦艦を見て下さい! あれはただの誘導船などではない! 我々がまさにこれから調査しようとしていた、ガイガンを撃破した主戦力の一方・・・。かつて私がフェン王国の戦いで偶然撮影に成功し、帝国情報局の最高警戒リストに叩き込んだ、あの『空飛ぶ異形の魔船』そのものです!」
ベルーノの目が驚愕に見開かれる。情報局内で伝説となっていたパーパルディア皇国海軍戦力を海軍本部ごと殲滅し、ガイガン撃破の立役者の一つである『空飛ぶ異形の魔船』。
それが今、目の前にいるのだ。
「エモールから届いたガイガン撃破の極秘資料とも完全に合致します。」
ライドルカが冷や汗を流しながらも、目を爛々と輝かせて言葉を継いだ。
「日本国には、『スーパーメカゴジラⅡ』と称される巨大な鋼鉄の神龍が存在するらしいですが、その神龍と完璧な連携をとり、魔帝の遺産を文字通り肉片へと変えた異形の空中戦艦・・・。それこそが、あれに間違いありません!」
まさか、出迎えにこれほどの「本物」を寄越してくるとは。日本国は、今回の交渉にどれほどの重きを置いているか、言葉ではなくその実力で示してきたのだ。
「あ、あの速度と機動性、圧倒的な質量・・・。どのような大魔法を使えば、あんなものが空を舞うのだ……!?」
先ほどまでの傲慢さを完全に失ってガタガタと震え出すフィアームの横で、ライドルカとベルーノ室長は、窓の外で堂々と航行するごうてん型対特殊生物戦闘護衛艦の1番艦『ごうてん』の雄姿を見つめながら、不敵な笑みを交わした。
※ 見た目は同じですが、フェン王国の戦いに派遣され、またスーパーメカゴジラⅡと共にデュロでガイガンミレースを撃破したのは2番艦『しんてん』です。
神聖ミリシアル帝国から派遣された先遣使節団を乗せた天の浮舟『ゲルニカ35型』は、鉄のハヤブサと異形の空中戦艦に挟まれるように、未知なる可能性を秘めた日本領空へと滑り込んでいった。