中央暦1641年4月10日
第三文明圏・第二文明圏
日本国の友好各国
日本国政府が発表した『新防衛力整備計画』。それは、表向きには「東洋の平和愛好国による過度の軍備増強」あるいは「先のパーパルディア戦を経た防衛力の過渡期的な改修」として受け止められていた。
なお、エモール王国に伝わる『空間の占い』で得られた古の魔法帝国こと『ラヴァーナル帝国の復活』に関する予言。そして『三カ国共同調査プロジェクト』によって判明した「ラヴァーナル帝国=外宇宙からの侵略者とその末裔」という戦慄の真実・・・。
これらの最高機密は、現時点ではいずれも厳重に秘匿されていた。あまりにショッキングな内容であり、不用意な公表は全世界規模の大パニックや経済的混乱を引き起こしかねないと判断されたためだ。
神聖ミリシアル帝国とエモール王国の強い要請を受け、これらの情報は来たる『先進11ヵ国会議』における正式発表の瞬間まで、世界の表舞台から完全に伏せられることとなったのである。
そうした沈黙と緊張の裏で、各国は着々と「来たるべき事態」への備えを深めていた。
【クワ・トイネ公国、クイラ王国などロデニウス大陸諸国】
資源獲得を狙う旧パーパルディア皇国の暗躍に端を発し、旧ロウリア王国がカマキラスを切り札として侵攻した『ロデニウス事変』。その激動の戦禍を潜り抜け、日本国の食糧・資源パートナーとして急速な絆を深めたロデニウス大陸諸国にとって、日本国とのつながりはまさに絶対的な生命線であった。
日本側にとっても、両国との関係強化は国家の存亡に関わる最重要課題であった。貿易摩擦の低減と友好国の技術的・経済的発展を図るため、日本の農産物輸入の生命線であるクワ・トイネ公国には大規模な農作物加工場や食品工場の建設が進められている。
一方、石油や鉱物資源の生命線であるクイラ王国には最新鋭の採掘施設や精錬工場が相次いで建設された。これにより、現地での雇用創出と付加価値の向上、そして日本への安定的な物資供給という揺るぎない相互互恵体制が確立されたのである。
こうした背景もあり、クワ・トイネ公国は、自国領内にある『エジェイ自衛隊基地』の戦力拡充を全面的に支持。対特殊生物用超大型メーサー砲台『マーカライトファープ』や巨大レールガンの新規設置に向け、インフラ整備工事への全面協力を即座に決定した。
さらに、日本はこのロデニウス大陸との間を結ぶ生命線である重要航路を守るため、通信の高速化と安定化を図る『海底光ケーブル』の敷設を推進。同時に、周辺海域の航路には潜水艦や未知の水中兵器を捉える音響監視システム(SOSUS)、ならびに水棲怪獣の接近や地下からの異常振動を察知するGセンサー網を過密に構築していった。
憲法上の制約から、自衛隊による直接的な軍事教育や訓練指導などは一切行われなかったものの、強固なインフラと監視網によって、ロデニウス大陸諸国への航路は文字通り「日本国の絶対防衛圏」として守護されていくこととなった。
【新生アルタラス王国】
旧パーパルディア皇国の苛烈な支配から解放され、日本の復興支援によって劇的な発展を遂げつつあるアルタラス王国。第一文明圏のある『ミリシエント大陸』や第二文明圏の中心である『ムー大陸』を結ぶ海上交通の要衝(チョークポイント)に位置する同国は、日本ーロデニウス航路に次ぐ最重要海域として位置付けられていた。
折しも、共同プロジェクトを通じて真の脅威を察知した神聖ミリシアル帝国から、アルタラス王国へ向けて魔導エネルギーの源となる『魔石』の異例な大量発注が舞い込んでいた。
この膨大な物流と急速な増産要請に応えるため、日本はODA(政府開発援助)を積極投入。アルタラス国内の大型港湾施設の拡充や、シルウトラス鉱山をはじめとする魔石鉱山と港を結ぶ鉄道等の輸送ネットワーク整備を急速なペースで推し進めていた。
またパーパルディア皇国からの再独立時、すでに先行設置されていた『ルバイル基地』の『マーカライトファープ』に加え、巨大レールガンの配備と自衛隊の確固たる駐留体制を確立。さらに日本は、この要衝を取り巻く周辺海域に対し、日本ーロデニウス航路と同様に音響監視システム(SOSUS)およびGセンサー網を密に構築・展開していった。
かつて侵略者に踏みにじられた王国は、日本のODAによる経済・輸送インフラの近代化と過密な警戒網によって、第三文明圏を支える「絶対的な物流と哨戒の一大拠点」としての地位を確固たるものとしていた。
【ムー連邦】
第二文明圏の雄ことムー連邦においては、昨年締結された日本国との経済協力協定に基づき、商業都市マイカルが「経済特区」に指定されたことで急速な社会変革が進行していた。
特区内には日本の技術支援により、石油化学や家電、さらには自動車の現地生産工場が次々と建設された。なお、製造される製品群は技術流出の防止と現地での保守性を高めるため、機能を適度に制限・最適化した「モンキーモデル」が採用されていたが、それでもムーの技術水準と市民生活を飛躍的に向上させるには十分すぎるインパクトを与えていた。
さらに、鉄道網の近代化においても大きな進展が見られた。未だ蒸気機関車が輸送の主力であったムー連邦であったが、その線路規格を調査したところ、奇跡的にも地球の標準軌(1,435mm)や狭軌(1,067mm)と同一のレール幅であることが判明したのである。
※ 首都であるオタハイトや商業都市マイカル、工業都市オロセンガといったムー大陸東海岸近くの大都市は平野部が多いため標準軌。一方、アルーやキールセキといった大陸西部の空洞山脈ことマルムッド山脈近傍にある地方都市は、山がちでカーブが多くなるため狭軌。
これにより、日本国内で退役・旧式化した在来線の通勤型・近郊型電車やディーゼル機関車(気動車)が経済協力の一環として安価で大量に輸出された。黒煙を上げて走る旧時代の蒸気機関車に代わり、静粛で頼もしい日本の車両がムーの都市間を疾走し始める光景は、同国のモビリティ革命の象徴となった。
また、今年度から日本国内で本格化した「異世界からの留学生受け入れ事業」においても、同じ機械科学文明の土台を持つムー連邦が存在感を発揮。日本の大学や研究機関に留学する理学系・工学系の学生は、そのほとんどがムー連邦の出身者で占められ、次世代を担う技術人材の育成と両国の精神的絆をより強固なものとしていた。
防衛面においては、昨今のグラ・バルカス帝国の不穏な動向と、自国領海(マイカル沖)深海での異変が重く受け止められていた。未知の潜水艦に対する日本の警戒情報を受け、守護竜『マンダ』の手によって刺客を深海へ沈めたムー海軍は、日本から提供された海洋探査用ソナー技術の解析と自軍艦艇への組み込みを推進。
日本国の自衛隊が航空護衛艦(DDV)の新規建造や原子力潜水艦の増備といった大拡張へ舵を切った報に接し、ムー側もまた『マリン』をはじめとする主力兵器の近代化を決定。追いつけ追い越せの精神のもと、日本の背を追い続ける決意を固めていた。
【グラメウス大陸諸国(エスペラント王国、ヘイスカネンなど)】
アニュンリール皇国の暗躍によって邪竜アジ・ダハーカが復活するという未曾有の災厄に見舞われたグラメウス大陸のエスペラント王国や鬼人族の国ヘイスカネン。
彼らは、日本の重力子兵器『ディメンション・タイド』の圧倒的な虚無の光によってアジ・ダハーカを消滅せしめられた光景を鮮明に記憶していた。この縁を契機として、日本国の主導・仲介により、エスペラント王国やヘイスカネンとトーパ王国との間で歴史的な国交樹立が実現。旧来の種族や地域の隔たりを越えた新たな協調体制が誕生した。
さらに、このグラメウス大陸において、重力制御技術の中核物質である稀少元素『タナトニウム』の大鉱床や、その他重要鉱物資源の存在が新たに判明。
両国は日本の技術支援のもと採掘・供給拠点としての協力を全面化し、日本国が推し進める新防衛計画、特に『重力子兵器の拡充』を裏から支える揺るぎない資源パートナーとしての道を歩み始めたのである。
【トーパ王国】
かつて『魔王事変』の舞台となったトーパ王国。高緯度に位置するこの国は年間を通じて気候が極めて冷涼であり、農作物の自給が著しく困難な土地であった。
日本との国交締結以降、凍える厳冬を凌ぐための携帯カイロや石油ストーブ、防寒衣料をはじめ、乾麺や冷凍食品といった長期保存可能な食料品の輸入が急速に拡大。国民の生活水準が飛躍的に向上した一方、同国では膨らみ続ける対日貿易赤字の解消が急務となっていた。
そこでトーパ王国国王ラドス16世が講じた起死回生の一手が、自国の誇る豊かな水産資源を活用した「日本企業(水産加工メーカー)の積極的な誘致」であった。
日本の高度な急速冷凍技術や缶詰加工プラントが港湾都市へ次々と建設され、現地で加工・出荷された水産缶詰や冷凍水産物は、日本やムー連邦をはじめとする友好国へ向けて大量に輸出を開始。貿易赤字は少しずつ解消に向かい、両国間に強固な産業互恵関係が築かれつつあった。
また、かつて『魔王ノスグーラ』率いる魔王軍の襲来によって破壊され、魔物の脅威に晒されていた『世界の扉』ならびに城塞都市トルメスの復興プロジェクトも着実に進行していた。日ト首脳会談での合意に基づき、日本からゼネコンの技術者が多数派遣されたほか、大規模な再建工事にともなって周辺諸国からも多くの出稼ぎ労働者が流入。
かつての戦禍と閑散とした面影は消え去り、城塞都市トルメスや港湾地区は活気に満ち溢れた復興バブルの熱気に包まれていた。
だが、その輝かしい復興と経済活動の裏で、誰一人として気づかぬ異変が起きていた。
かつて高緯度のグラメウス大陸で出現した邪竜アジ・ダハーカを滅せしめる際、最大出力で打ち込まれた『ディメンション・タイド』のマイクロブラックホール。それが時空間に与えた限界以上の歪みと極小の次元の亀裂。そしてそこからこの世界へと漏れ出し、人知れず冷たい海へ漂着した未知の異星生命体・・・。
体長わずか数センチメートルほど、黒く蠢くオタマジャクシに酷似したその異形は、グラメウス大陸沖の北方海域から南下する強力な寒流に乗って漂流し、やがて復興に沸くトーパ王国の主要港へと辿り着いていた。
「これよりバラスト水の排水・・・いや、規定量まで吸入を開始する。吸水口オープン、ポンプ始動!」
トーパ港の埠頭に接岸していた、ムー連邦行きの大型貨物船。船体を安定させるため、海水吸入口(シーチェスト)から強烈な水流とともに大量の海水が船底のバラストタンクへと吸い上げられていく。
激しい濁流に揉まれながら、不気味に赤く光る二つの眼点を蠢かせる小さな粘液の塊は、フィルターの網目をすり抜け、暗く汚泥に塗れたタンクの底部へと吸い込まれて行った。
日本国の超兵器が引き起こした歪みから出現した悪夢の生命体は、船の暗闇の中で僅かな汚染物質を貪り、第二文明圏へと向かう長い航海の中で、静かに、そして確実に脱皮と増殖の時を待ち構えていた。
世界の秩序が静かに、しかし劇的に塗り替えられていく。
かつて世界の覇権を競い合っていた国々は、いまや目に見えぬ「共通の恐怖」と「希望」を胸に、日本という未知の技術と理念を持った国家を中心に束ねられつつあった。
果てしない大東洋の波間に夕陽が沈み、群青の夜が訪れる。
遥か西の彼方で蠢く新興軍事国家の野望。人間の起こした超次元の歪みから解き放たれ、公害の海を渡る黒い災厄。そして星の古道から戻りつつある外宇宙の脅威・・・。
迫り来る三重の嵐を前に、人類の生存を賭けた決戦の準備は、静かに、知識と産業の芽を育みながらその刻を迎えようとしていた・・・。