中央暦1639年7月4日
クワ・トイネ公国 旧ギムの町
ロウリア王国陸軍の東方征伐先遣隊は、4月頭に占領したギムの町に砦を築き、クワ・トイネ公国への侵攻拠点として陣を敷いていた。
ギムの町の築かれた砦には、副将アデム率いる東方征伐先遣隊に加え、応援として東部諸侯が率いる騎士団が合流していたため、歩兵や騎兵の数でいえば、ギムの町を陥落させたときから4万にも増えている。
しかし、陣の中で侵攻作戦を練る指揮官たちの顔は、昼間にも関わらず皆暗い。
1か月ほど前、ロウリア王国三大将軍の一人であり、354騎のワイバーン隊を引き連れて海軍とのマイハーク攻略作戦に向かったスマーク将軍が、漁村跡に設営した前線基地を放棄してギムの町まで撤退してきたからだ。
撤退してきた歩兵や騎兵の数は殆ど減っていなかったが、354騎もいた竜騎士は一人も戻って来ていなかった。
青ざめた顔で戻ってきたスマーク将軍から、衝撃の事実が伝えられる。
・ 海将シャークンからの応援要請で、354騎もいた竜騎士を出撃させた。
・ 数時間経っても一騎も戻ってこず、旗艦ロウとも魔信の連絡が取れなくなった
・ 1週間後、マイハークに放っていた間諜から、『ロデニウス大陸沖大海戦』の大敗北の結果が伝えられ、竜騎士が全滅したことを知る。
・ ワイバーン隊の上空支援なしは満足に戦えないため、撤退してきた。
4400隻もの大艦隊の完全敗北とワイバーン隊全滅という戦闘結果は、自分たちの圧勝を確信していた彼らにとって、まさに青天の霹靂であった。
その後も悪い知らせは、たたみ掛けるように積み重なる。
副将アデムが、城塞都市エジェイへの威力偵察に出していた複数の部隊からの連絡が一切取れなくなっていたというものだ。
城塞都市エジェイは、町自体がギムの町以上の巨大な城壁と三重の堀で囲まれた文字通りの要塞であったため、アデムはエジェイへの避難民や補給線を狙って複数の威力偵察部隊を放っていた。
特に魔獣使役の素質をもっていた第15騎馬隊隊長の「赤目のジョーヴ」には、先遣隊の半数近くの魔獣を預けており、よほどの大部隊が相手でない限り、簡単に壊滅するような戦力ではなかった。
しかし第15騎馬隊から連絡が取れなくなった周辺に向かわせた斥候が見つけたのは、黒焦げに炭化したオークロードの一部や粉々になったサイクロプスの肉片、内側から爆発したかのように変形した騎兵の軽鎧であった。
もしクワトイネ軍が100人規模の高位魔導士をかき集め、高出力魔法を発動させて攻撃したのであれば、戦闘となった場所には使いきれずにばら撒かれた魔素の残渣が発生する。
しかしそういった形跡は全く見られず、魔力探知にも一切反応が無かったのだ。
陸では複数の部隊が一人残らず消滅し、謎の戦闘痕だけが残る。
海では大艦隊が完全敗北し、竜騎士が全滅する。
一体前線では何が起きているのか、一体何を相手に戦っているのか、あまりの不気味さに侵攻作戦を練る諸侯たちは、当初予定していた城塞都市エジェイへの攻撃を踏み切れずにいた。
「我々は本当に、クワ・トイネやクイラの連中と戦っているのだろうか・・・。魔素の残渣や魔力を発せずに、部隊を消滅させられる方法があるのだろうか?導士ワッシューナよ、魔導士である其方はどう考える?」
東部諸侯団を取りまとめるジューンフィルア伯爵が、魔導士ワッシューナに意見を求めた。
「ハーク城に仕えています友人の魔導士から・・・現実離れしており、荒唐無稽な内容の話を先日聞かせて貰いました。。。あまりにも非現実的すぎて私も信じてはいなかったのですが・・・。」
魔導士ワッシューナは、目を泳がせながら話続ける。
「ギムの粛清後に、日本という国が両国の援軍として参戦してきたらしいのです・・・」
ワッシューナは、ハーク・ロウリア34世に報告された内容とほぼ同じことをジューンフィルア伯爵をはじめ、諸侯たちに話した。
よくある戦場伝説の類なのか、それとも、このような突拍子もない話がまさか本当なのか・・・。諸侯たちは考え込み、陣の中は沈黙が支配する。
「陸戦は数こそすべて!この大軍で一気に侵攻をかければ、敵の正体もおのずとわかるでしょう~。こちらには大王様より預かったカマキラスもいるのですよ。まさかぁ!『歴戦の将』たる皆さまがぁ!!このような御伽噺話にぃ!!!恐れをなしたのではあるますまいな!!!!」
沈黙を破って、副将のアデムが嫌らしい顔をしながら諸侯たちを大声で煽った。
理由はともあれ、ワイバーン隊を全滅させたスマーク将軍は、事情聴取のために王都ジン・ハークに戻っており、またギムの町を陥落させた副将アデムの権限が拡張されていたこともあり、実質、ギム砦における現時点の指揮権限はアデムにあるようなものであった。
現最高指揮官であるアデムの命令に背けば、自分自身はおろか、国元に残してきた妻子や家族の命も反逆分子扱いされて惨殺されかねない。
殆どアデムの苛烈な意見が通るかたちとなり、10日後の7月14日、アデムが率いるカマキラスを含めた魔獣部隊を先方に、東部諸侯軍と東方征伐先遣隊、及び本体の全兵力4万をもって、城塞都市エジェイを攻略することとなった。
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城塞都市エジェイ
クワトイネ公国軍西部方面師団長にしてエジェイ司令のノウ将軍は、エジェイの北に自衛隊が建設した『ダイタル基地』の方向を複雑な気持ちで見ていた。
城塞都市エジェイは、クワトイネ公国がロウリア王国との全面衝突に備え、要所として築かれた公国最大の陸軍基地であった。前述したの巨大な城壁と三重の堀で囲まれた強固な守りに加え、軍西部方面師団約3万人が駐屯しており、まさにクワトイネ公国陸軍の拠点であった。
数か月前まで、ロウリアがいかなる大軍をもってしても、この都市を陥落させることは出来ない、侵攻を跳ね返すことが出来ると彼は自信満々であった。
しかしギムの町の陥落において、生き残りの証言やそのとき撮影された魔写から、ロウリア軍が巨大カマキリを使役していることを知らされた。
「堀を飛び越えることが出来、城壁よりも巨大な敵に対し、本当に守り切れるのだろうか・・・」
彼は不安な日々を過ごしていたが、2か月ほど前、転機が訪れた。援軍として参戦した日本国の艦艇9隻に、ロウリア王国海軍の大艦隊が完膚なきまでに叩き潰されたことを知らされたのだ。
荒唐無稽な戦闘内容と結果に加え、自国の領空を侵犯し、力を見せ付けた後に接触してきた日本国に対してあまり快く思っていなかったこともあり、ノウ将軍は脚色されたものと訝しんでいた。
また首脳陣が土地の使用許可を与えたこと自体も、国土を好きにされているようで鼻もちならない気分であった。
しかし町の北側に建設された基地とそこに配備され始めた鉄竜や鉄蠍を見て、またロウリア軍の威力偵察部隊の襲撃から救われた避難民たちの話を聞いて、先の海戦の内容は本当のことではないだろうかと思い始めていた。
ノウ将軍は、ロデニウス大陸派遣部隊の指揮官である大内田と会ったときのことを思い返す。
『もし巨大カマキリが出てきたら、その相手は自分たちに任せて欲しい。ロウリア軍がその隙を付いてくる可能性やこちらの攻撃に巻き込んでしまう恐れもあるため、そちらは町の防衛に専念してほしい。』
おそらく自分たちだけでは、ロウリア王国軍の巨大カマキリをはじめとした魔獣部隊には勝てない。だが、たった6000人の兵と数台の鉄竜や鉄蠍で本当に勝てるのだろうか。。。
ノウ将軍は、期待と不安が入り混じった目で『ダイタル基地』を見つめるのであった。