中央暦1639年9月25日
第三文明圏外東方フェン王国
首都アマノキ
フェン王国馬廻衆に護衛されながら、特設会場から地下シェルターへ避難中だった剣王シハンや軍祭に参加していた各国の武官たちは、あり得ないものを見たような顔で放心していた。日本国から派遣された艦隊に襲い掛かった列強パーパルディア皇国のワイバーンロード部隊10騎が一騎残らず、鎧袖一触で叩き落されたからだ。
硬い鱗に身を包まれたワイバーンを地上戦力で撃破することは、至難の業である。持ち運びが容易な弓矢はダメージが通らず、バリスタや魔導士の攻撃魔法は不意打ちでもなければ当てることさえままならない。
ましてや周辺国の普通のワイバーンではなく、列強パーパルディア皇国の強化されたワイバーンである『ワイバーンロード』が相手では、例え一騎が相手でもフェン王国の武士団一個大隊を投入しても不足するレベルである。そんな相手10騎を、まるで演習の的のような感じで軽々蹴散らしたのだから、その衝撃は凄まじいものであった。
彼らへの衝撃はさらに続く。味方が撃墜されたことに気付いたアマノキ城や市街地を火炎弾で攻撃していた残りのワイバーンロード部隊10騎、そしてアマノキ港周辺を手当たり次第に襲っていたトンボのような魔獣部隊が波状攻撃を仕掛けるも、廃船に対して行われた火力演習以上の砲撃が加えられ、数分もしない間に全滅させた。
「何だあの魔導船は!?」
「戦闘態勢にあったワイバーンを魔導砲で叩き落しただと! 対艦だけではなく、対空戦も可能な魔導砲なんぞ聞いたことがないぞ!」
「ただのワイバーンじゃない、列強パーパルディア皇国のワイバーンロードだぞ! それがあのようにあっさりと・・・」
「見てみろ、10発近く導力火炎弾を喰らったのに、まるで蚊が刺したかのように何ともないようじゃ! なんと頑丈な船だ!!」
「まさか噂に聞く『ロウリア王国の大艦隊を数隻で軽々蹴散らした化け物のような艦隊』とは、あれのことではなかろうか・・・」
アマノキ上空を飛行していたガハラ神国の風竜騎士団長スサノウと相棒の風竜も、今の戦闘の一部始終を見て、感嘆の声をあげていた。
『凄いものだな、あの巨大艦は・・・。ワシがここまで驚かされたのは百年ぶりじゃ。』
「そうだな・・・。列強国のワイバーンロードを魔導砲で撃墜する船なぞ、私も初めて見たよ。」
『先程お主に話した不可視の光をトカゲや虫けらどもに浴びせ、奴らが飛行する未来位置に向かって魔導砲で攻撃しておる。あれはまるで、長老たちから聞かされた古の魔法帝国の伝承にあった対空魔船のようじゃわい。』
「ミナカヌシ様への報告内容が大変なことになりそうだな・・・。」
この戦闘模様を見ていた各国の武官たちは、興奮した様子で口々に語り合っていたが、外交官の島田は剣王シハンに説明を求めていた。
「シハン様、あのワイバーンとトンボのような特殊生物は一体? 何人かの武官の方々も、あれはパーパルディア皇国の軍だと断言されていましたが・・・」
「おそらくは、かの国の皇国監察軍じゃと思いますぞ。」
「皇国監察軍?」
首を傾げる島田に、剣王シハンの側近である侍大将マグレブが補足説明を始めた。
「パーパルディア皇国には、正規の皇国軍とは別に『皇国監察軍』と呼ばれる我らのような文明圏外国に対し、恫喝や懲罰を行う軍隊が存在しています。以前の会談で剣王様がお話されましたように、我がフェン王国はかの国からの領土の割譲要求を拒否したことがあります。おそらくはその懲罰攻撃として、本日の軍祭が狙われたものと思われます。」
理不尽な要求を拒否したという理由だけで宣戦布告もせず、また関係ない他国の武官や観光客が大勢いるにも関わらず、無差別攻撃を仕掛けてきたパーパルディア皇国のあまりの野蛮さに、外交官の島田も同行していた自衛官も生唾を飲む。
「それにしても、島田殿。こんなところで申し訳ないが、今回は不意討ちを掛けてきた不届き者どもを撃退して下さり、誠に感謝致しますぞ。我らだけでは、とんでもない被害が出ておったじゃろ・・・」
剣王シハンはもちろん、マグレブをはじめとしたフェン王国の首脳陣が深く頭を下げる。
「貴国は皇国の竜騎士部隊を見事撃退なされた。貴国を巻き込んでしまったワシらが言うのも何じゃが、今後、パーパルディア皇国と交渉される場合は、十分にお気を付けなされ。かの国は列強国の中でも、とりわけ高いプライドを持っておる。多くの属国や属領をもつゆえ、他国に舐められまいと常に高圧的じゃ。自分たちに逆らおうとする国には特に容赦をせん・・・」
シハンに続き、マグレブが話を続ける。
「数年前、今回の我が国のようにパーパルディア皇国から、懲罰攻撃を受けた国がございました。その国は襲い掛かってきた皇国監察軍の竜騎士の一人を、数騎がかりで見事討ち取ることに成功しました。しかしその後、報復として皇国の正規軍が襲来し、一か月もしないうちに滅ぼされてしまいました。王族は親類縁者含めて全員が処刑され、服従した民衆は皆が奴隷にされたと伺っています・・・。」
(この世界ってそんな野蛮国が列強国扱いなのかよ・・・)
パーパルディア皇国のあまりの封建時代的な実態に、島田は思わず心の中で悪態をつく。
「これ以上、貴国に迷惑が掛からないよう、奴らが飛んできた西の方角へ近隣を警戒中だった水軍を向かわせておる・・・。じゃが相手は列強国、我が国の水軍では時間稼ぎが関の山じゃ。貴殿や他国の武官殿らが、ここアマノキを脱出するまでくらいの時間は持ち堪えてみせるから、早う行かれよ!」
剣王シハンは、殿(しんがり)を引き受けた武将のような覚悟を決めた顔で、アマノキから脱出するよう島田たちに言い放った。シハンの鬼気迫った口調に、初めて会談した時以上に、身が引き締まるような感覚になる。真の『武士道』の精神を直に感じた島田は、ある覚悟を決めた。
「シハン様、皆さん、お心遣いありがとうございます。私に考えがあります。少しお時間を頂いてよろしいでしょうか。」
島田は同行していた自衛官を通し、沖合の護衛艦群へ連絡をとる。そのまま護衛艦群から日本国の外務省、日本国政府へ緊急の連絡が行われた。
そして・・・
「皆さん、お待たせしました。確かに貴国とは国交開設や通商条約だけで、安全保障や軍事同盟は締結していません。ですが、今回の軍祭に参加されています貴国の友好国には、我が国と『対特殊生物に関する相互協力条約』という条約を締結しています国がございます。」
「今回、ワイバーンやトンボ型の特殊生物が襲撃したことにより、貴国以外の民間人にも多数の死傷者が出ています。我が国としましては、これ以上、民間人の犠牲者を出さないためにも、事態の対処にあたりたいと思います。」
「そ、それはつまり・・・」
「日本政府としましては、貴国の友好国と締結しました『対特殊生物に関する相互協力条約』の第7条に則り、貴国へ派遣しました海上自衛隊の護衛艦隊はフェン王国水軍と協力し、事態の対処にあたることを決めました。」
剣王シハンはもちろん、フェン王国の首脳陣はお互いの顔をみながら放心状態になる。文官のなかには、人目を憚らずに涙を流しているものまでいた。
「あくまでこれ以上、特殊生物による民間人への被害を出さないためです。パーパルディア皇国と本格的に戦争をしようというわけではありません。」
島田は誤った捉え方をされないよう、念のため釘を刺す。
「いや、十分ですじゃ。重ね重ね感謝、申し上げますぞ・・・」
「本題ですが、アマノキを襲ったワイバーンやトンボ型特殊生物はパーパルディア皇国から直接飛んで来たのでしょうか? 皇国本国から貴国までは、結構距離が離れていたと思いますが・・・」
「いや、いかに列強国の改良型ワイバーンとはいえ、そこまでの航続距離はない筈です。皇国には『竜母』と呼ばれる海洋上でワイバーンを運用するための船があると伺っています。おそらくはその船を用いて、ワイバーンやトンボ魔獣を海洋上から飛ばしてきたものと思われます。」
マグレブや武官たちが、アマノキ周辺の海図をみせながら説明する。シハンに許可を取って海図を撮影し、それを護衛艦群へ転送しつつ情報共有を行う。
軍祭へ派遣された護衛艦隊は、アマノキ西の海域に向けて出撃した。