中央暦1639年12月28日
ロデニウス大陸クワ・トイネ公国
城塞都市エジェイ ダイタル国際空港
日本国が今年の始めに国家転移したこの世界において、最も早く日本国と国交を樹立したクワ・トイネ公国では、食料資源の輸入や『ロウリア事変』の件もあり、日本国の支援によるインフラ整備が急速に進められていた。
一例を挙げると、経済都市マイハークでは、クワ・トイネ公国屈指の国際戦略港湾が完成し、巨大なコンテナを積載した貨物船が行き来するようになっている。
また城塞都市エジェイでは、『ロウリア事変』の際に北側に建設された『ダイタル基地』周辺の滑走路が大幅に拡張され、クワ・トイネ公国初の国際空港としての運用が開始されている。現時点では、ジャンボ旅客機のような大型機の発着が出来るまでには至っていないが、貴族や豪商などの富裕層、政府関係者が開設された日本行の便を利用し始めていた。
そんなダイタル国際空港のロビーでは、貴族のような身なりをした男がエストシラント新聞を読んでいた。
「愚弟のヤツは、相変わらずの戦争バカだな。」
つい一ヶ月前に行われたアルタラス王国侵攻とその掌握が完了した旨の記事を読みながら、呆れたような声で話す。
「殿下、陛下は皇国の繁栄のために日々務めて・・・」
殿下と呼ばれた男を付き人が窘める。
「わかってねぇな。じゃあどうして皇国よりも上位列強の『神聖ミリシアル帝国』や『ムー連邦』が侵略政策ではなく、融和政策をとっているのかお前は考えたことがあるか?」
「侵略ばかりしてると軍の規模がデカくなりすぎて、維持できずにまた侵略の繰り返しになるからだよ。侵略して属国にするのは、非効率で時代遅れってこと。あの戦争バカの頭は、親父と同じ時代で止まっている感じよ。」
「そんなに外貨や資源が欲しいなら、侵略ではなくて他国で高く売れるもの沢山作るとか、自国に金を落としてくれそうな施設を作るほうが、他国から余計な恨みも買わないし、よっぽど効率的だと俺様は思うわけよ。まあ俺様の先進的な考えを理解しているのは、外三のカイオスくらいしかいないけどな。」
餡子とかいう甘く似た豆で作られたものが詰まった和菓子を片手で摘まみながら、やれやれといった感じの声で締めくくる。
「では殿下、なぜこれから日本国に行かれようとされているのですか? フェン王国の軍祭で、皇国が日本国と衝突した・・・なんて話も耳にしていますが・・・。」
「お前、そんなこともわからずに『パスポート』とかいう渡航書を手配していたのか?」
「この前せっかくミリシアルの『カジノ』って賭場で一文無しになるまで視察したっていうのに、愚弟のヤツはおろか、カイオス以外のヤツは俺の送った外遊報告書のことを触れすらしない・・・。皇国で日本国へ行ったことのあるヤツはまだいないから、これから行く視察先のレポートと合わせて日本国の情報を合わせて送ってやろうと思ってな。」
仲良くなった商人から買い取った本を取り出し、ある頁を開きながら説明する。
「日本国には魔法がないらしいが、実は一か所だけ存在するらしい・・・。この『東京ディ〇ニーリ〇ート』とかいう巨大遊技場にな! これから乗り込む飛行機械で日本国の首都東京にある空港まで行けば、すぐ近くにあるらしい。」
子供のようにキラキラした目で意気揚々と飛行機に乗り込む男であったが、日本国の東京国際空港こと『羽田空港』で身柄を拘束されることとなる。到着後の入国審査の際、偽造パスポートで入国しようとしていたことが発覚し、不法入国容疑となってしまったのであった。
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中央暦1640年1月4日
フィルアデス大陸 列強国 パーパルディア皇国
皇都エストシラント
年始休暇が明けた仕事はじめの日、第三外務局長カイオスは第一外務局へ呼び出しを受けていた。外務局間での人事交流があるとはいえ、公的機関である外務局同士で局長クラスの人間に対し、『皇帝の命令書』の基で出頭命令を出すなど、本来であればあり得ないことであった。
第一外務局の局長室に入ると、局長であるエルトら第一外務局の人間に加え、見たことのない20代後半の美しい女性が豪華なソファーに座っていた。
「第三外務局のカイオス、参上しました。皇帝陛下の命令書とは、いったいどういったご用件でしょうか?」
「ふん、そのようなことも分からぬのか? 身に覚えがないわけではなかろう。」
ソファーにふんぞり返るように座った女性が、高圧的な態度でトゲのある言葉を言い放つ。背中を覆わんばかりの長いツイン銀髪縦ロールをした女性の頭には、皇族しか着用を許されていないティアラが飾られていた。
「お前をここに呼び出したのは、昨年末にお前が行った日本国との会談について問いただすためだ。おっと紹介が遅れたな、私は『外務局監査室』のレミールだ。」
外務局監査室・・・、外務局の不正が判明した場合や、外務局の対応に不手際があった場合に備えた設立された監査機関である。外務局を外部から監査し、担当者の処断や必要に応じて担当者を交代させた上で、問題への対処を行ったりする。
こういった職務特性から、ここに所属する人員は全て皇族となっているが、『レミール』という名前を聞いたカイオスは内心酷く動揺する。
カイオスはレミールと直接会うのは初めてであったが、その名前を聞いたことがあった。『狂犬』、『虐殺皇女』・・・外務局監査室にはレミールという名の冷酷無慈悲な皇族が所属しており、陰でこのような物騒な呼ばれ方をしている・・・と外務局職員たちの間では、有名であったからだ。
彼女には、『集落ひとつという最小の犠牲さえ払えば、侵略予定国の心を折ることが可能だ。それだけの犠牲で皇国との戦争を回避できれば、弱小国を数万規模の犠牲から救うことになる。これこそが、列強国の皇族である自分の慈悲である』という歪んだ思想のもと、特に文明圏外国相手には、村ひとつ、数にして数十~数百人を見せしめに処刑するというとんでもない癖があった。
約10年前、かつてパーパルディア皇国の西部に存在した文明国エドリンのある村に対し、運用され始めたばかりの『メガニューラ』を用いて『村人全員をメガニューラの餌にし、生きたままミイラ化させる』という非常に残酷で悍ましい処刑方法を思い付き、集落一つを皆殺しにする見せしめを提案したのも彼女であった。
「会談の議事録を見たが、何だあの国賓に対するような対応は!」
レミールはカイオスを指さしながら糾弾する。
「それにお前がシウス将軍宛に送った親書を監査室権限で確認したが、なんだこの内容は! たかが文明圏外国の蛮族を丁重に扱えだ!?」
レミールは、懐から取り出した親書をカイオスの目の前でビリビリっと破り捨てる。
「帝前会議でルディアス陛下は、日本国に対して『きっちり教育を行え』と仰ったはずだ。それに対し、お前ら第三外務局の行動は何だ? 陛下の御意志もまともに遂行できぬとは実に情けない限りだ、カイオスよ!」
相手が皇族であることもあり、カイオスは慎重に言葉を選びながら答える。
「レミール様、我ら第三外務局にも考えがございます。彼らの乗って来た艦船は、皇国海軍の100門級フィシャヌス級魔導戦列艦に匹敵するほどの大きさであり、またその速力は・・・」
「口答えするな見苦しい! 私もその魔写を見たが、魔導砲のような武器は一門も搭載されていなかったというではないか。相手の実力を過大評価するとは、お前はそれでも列強国の外務局長か!!」
(何も知らない小娘が! 日本国が魔帝の遺物である『魔王ノスグーラ』率いる魔王軍をあっさりと撃滅したことを知らないのか・・・。万が一、日本国が皇国を超える転移国家だった場合、取り返しのつかない事態になることになるのだぞ・・・)
カイオスは額に冷や汗を浮かべつつ、レミールに平伏したような様子を見せているが、奥歯をギリッと噛み締めながら、腹の中で毒づく。
「今後、日本国との外交は、第三外務局ではなく第一外務局が担当する。私が第一外務局へ出向するという形を取り、今後は私が日本国との外交を行う。カイオスよ、皇帝陛下の御意志を汲み取った行動の出来ぬ愚か者は、皇国には要らぬ。今回、処分されなかっただけでもありがたいと思え。」
こうしてパーパルディア皇国内での日本国の扱いは、第三外務局から第一外務局へと権限委譲され、実質的に皇族レミールが担当することとなった。
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突然だが、ドイツの軍人ハンス・フォン・ゼークトが定義したとされる『ゼークトの組織論』では、人間のタイプを下記の四種類に分類している。
まずは、『有能な怠け者』。これは自分から動くのは好まない怠け者であるが、知識や経験をもちあわせた有能ではあるため、自分の代わりに他人を動かす事に長けており、組織の長や司令官といったリーダーに向いているとされている。
次に『有能な働き者』。自力で解決することを良しとする働き者であり、さらに有能でもあるため、参謀などのチームの頭脳に向いているとされている。
次に『無能な怠け者』。自分で適切な判断が出来ない無能ではあるが、言われたことだけを愚直に行い、余計な事をしないため、下級兵士や作業員、肉体労働者といった命じられた通りに動く職に向いているとされている。
そして最後は『無能な働き者』。自分で適切な判断も出来ず、その為の知識もない無能であるにも関わらず、根拠のない思い込みや誤った独断でなんとかしようと勝手に行動し、事態を悪化させるという最悪のモデル。
上記の分類において、カイオス局長は、『有能な働き者』に該当する。一方、カイオスを糾弾した皇族レミールはというと・・・『無能な働き者』である。それも質の悪いことに、『権力をもった無能な働き者』である。
後の歴史書では、大規模な組織における『権力をもった無能な働き者』が、いかに恐ろしい存在であるか・・・について、この中央暦1640年におけるパーパルディア皇国の顛末を事例として紹介されているのであった。