中央暦1640年1月12日
第三文明圏外東方フェン王国
首都アマノキ
パーパルディア皇国の外務局にて、第三外務局のカイオス局長が皇族レミールに糾弾され、日本国の外交担当を無理やり解任されていた頃、フェン王国でも問題が発生していた。
正月休みが明けた1月といえば、何を連想するだろうか。20歳前後の学生や社会人であれば成人式、学生であれば入学試験といった人生の節目となるようなイベントを思い浮かべるだろう。
そんな重要な時期に、狙ったかのように高い感染力で流行し始め、感染すると高熱や全身の倦怠感で一週間近くも寝込んでしまうという厄介な感染症がある。そう、インフルエンザだ。
ムー大陸史における天然痘の件をはじめ、この世界のウイルスや細菌の種類が地球と似通っていることが確認されていたが、インフルエンザウィルスもその例に漏れず、この世界において存在が確認されていた。
この世界では感染症に対する治療魔法が民間にも広く広がっているため、天然痘やペストなどの致死率の高い感染症と比較すると、インフルエンザはそこまで脅威ではない。だが、例外にあたる国も存在する。
フェン王国は、まさにその代表的な例に相当する。剣に生き、剣に死ぬような生き様を是としている国柄のため、魔法を使用した技術が殆ど発展しておらず、医療水準は日本の江戸時代と大差ない。そういった背景もあり、フェン王国では昨年末からインフルエンザが大流行し始めて以降、免疫力の弱い老人や小さい子供が亡くなる事例が次第に増加していた。
昨年の9月、パーパルディア皇国の皇国監察軍がアマノキで開催されていた軍祭を襲撃し、無差別攻撃を行った『アマノキ事変』の件は日本国でも報道されており、日本国政府からはフェン王国への渡航制限(渡航中止勧告)が出されていた。
しかし、この世界においても『国際人道法』のようなものがあり、『紛争地における医療への攻撃』がタブー視されていることをムー連邦といった友好国から聞かされていた。何より、疫病に苦しんでいる人たちを放っては置けない・・と、『国境なき医師団』のような民間で非営利の医療・人道援助団体がフェン王国の首都アマノキを訪れ、医療支援活動を行っていた。
「ふう、まさか異世界にもインフルエンザが蔓延しているとはな・・・。だが、この世界の住民にもタミフルやゾフルーザなどの特効薬が効いて良かった。」
医療水準の低いフェン王国に向け、手洗いやうがいといった感染予防の周知、さらに症状が重い患者には、本人の同意を取ったうえで臨床試験を兼ね、地球で開発されていたインフルエンザの特効薬が投与されたこともあり、アマノキの患者は少しずつ減少に向かっていた。
「先生、少しよろしいでしょうか? 仮設診療所の外に先生に面会を求めている方がいらしています。」
仮設診療所の外に出ると、『ニシノミヤコ』を治める西城の城主ゴタンが遣わした使者が待っており、深々と頭を下げて医師団の代表にお辞儀をする。使者の目的は、ニシノミヤコでもインフルエンザが蔓延し始めており、もし可能であれば医師や看護師を派遣して貰えないか・・・と依頼するためであった。
ニシノミヤコはフェン王国西部に位置しており、もしもパーパルディア皇国と戦争になった場合には、最前線となるであろう町であった。それゆえ、『アマノキ事変』以降、防衛のために約2000人もの武士団が増員されていた。
そういった背景もあり、町の規模に対して人口密度が高くなっており、蔓延が始まると一気に感染爆発が発生することが予想されたゆえの派遣依頼であった。
「わかりました。まだ蔓延初期のため、少人数を派遣するように致しましょう。」
その二日後、ニシノミヤコに向けて10人前後の医療グループ、さらに密着取材をしていたジャーナリスト数人が出発したのであった。
医療従事者や医療施設、医療用車両など、紛争地帯においても『医療への攻撃』は人道に反する恥ずべき行為である。転移後のこの世界においても、本認識は共通ではあり、パーパルディア皇国においてもエルト局長やカイオス局長のような外務に精通したものであれば常識であった。
しかし、『列強である自国を中心に第三文明圏は回っており、その皇族である自分の決定が最も遵守されるべきもの』と驕り高ぶった愚か者には、そういった国際常識すら欠如していたのであった・・・。
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中央暦1640年1月14日
第三文明圏の東 大東洋
日本国 種子島宇宙センター
日本国には、宇宙への玄関口が三ヶ所存在する。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が管理する『種子島宇宙センター』と『内之浦宇宙空間観測所』のロケット発射場、そして沖縄県にあり、在日米軍やGフォースと共同利用しているマスドライバー『カグヤ』である。
宇宙ステーションきぼうからの観測結果をもとに、これら三カ所はすでに稼働を開始しており、最初に日本国の生命線となっているロデニウス大陸間の航路確保のため、気象衛星などのリモートセンシング衛星や通信衛星などが先行して打ち上げられていた。
残すは情報収集衛星だけという局面であったが、水を差すようなトラブルが発生した。昨年の11月、種子島宇宙センターに向けて情報収集衛星・・・光学衛星とレーダー衛星が輸送されている最中、輸送トレーラーが交通事故に巻き込まれてしまったのだ。
※ ギアナ宇宙センターなど世界的に有名な宇宙センターと異なり、種子島は長大な滑走路のある空港がないため、衛星を積んだ大型の輸送機が直接着陸できない。そのため、島内にある島間港まで海路で運搬され、さらに種子島に陸揚げした後にもトレーラーで一般道を通って宇宙センターまで陸路で輸送する必要がある。
幸いなことにまだ打ち上げ前であったため、各所の点検や修繕が実施されることとなり、打ち上げスケジュールが翌年の1月中旬まで延期してしまった。
国家転移によって全ての人工衛星を喪失した日本国にとって、情報収集衛星による惑星全域の把握や防衛網の構築は重要課題の一つであったため、非常に痛い遅延となった。
14日現在、種子島宇宙センターのロケット発射台には、光学衛星とレーダー衛星が積載された強化型H-2Bロケットが鎮座している。カウントダウンは既に開始されており、ロケットのメインエンジンが点火されると同時に轟音を響かせ、数秒後には白煙を残しながら大空へと打ち上げられていった。
打ち上げは無事に成功し、数日後には予定されていた低軌道での運用が開始されたが、この1ヶ月弱の打ち上げ遅延が、後に取返しの付かない事態を招いてしまうのであった・・・。