中央暦1640年1月27日
フィルアデス大陸 列強国 パーパルディア皇国
皇都エストシラント パラディス城 玉座の間
山姥のような形相でブチ切れていた皇女レミールは、自室で身なりと息を整えた後、皇宮パラディス城にある玉座の間を訪れていた。エルト第一外務局長とアルデ皇軍最高司令官も同行しており、ルディアス皇帝の手には第一外務局の職員が作成したフェン王国侵攻作戦に対する緊急報告書が握られていた。
手渡された報告書を読み進めるにつれ、報告書を持つルディアスの右手はワナワナと震え、痙攣したかのように眉間がピクピク動き始めた。
「以上がフェン王国侵攻作戦の結果です。皇軍はフェン王国の攻略に失敗しました。さらに元アルタラス王国の王女ルミエスが、臨時政府の樹立を日本国内から宣言し、他の属領へ反乱を促すような放送まで行いました。」
「このまま日本国をのさばらせておくことは、皇国にとって百害あって一利なしといえるでしょう。ゆえに、日本国に対する宣戦布告、ならびに同国に対する殲滅戦の許可を陛下から頂きたく、参上致しました。」
レミールが深々と頭を下げると同時に、ルディアスは報告書から視線を外し、ゆっくりと話始めた。その目は見るものを射殺すかのような、冷たく鋭いものであった。
「たかが文明圏外の蛮族どもに、列強国である我が国が土を付けられるとはな・・・。余は非常に不愉快である。レミールよ、お前の言う通りであった。」
「『無礼な蛮族には慈悲など不要』というレミールの意見が正しかったようだ。余はここに、パーパルディア皇国皇帝ルディアスの名において、日本国に対する宣戦布告とその殲滅戦を宣言する!!」
もう二度と後戻りのできない地獄への片道急行だとも知らず、パーパルディア皇国は日本国に対して民族浄化を原則とした戦争を行うことを宣言したのであった。
「さてアルデよ、貴様、此度の侵攻作戦において奢ったな。」
猫のように身を縮め、深々と頭を下げたままの皇軍最高司令官アルデに対し、ルディアス皇帝から鋭い指摘が入る。
「め、面目次第もございません・・・。今回のフェン王国に侵攻で派遣しました戦力は、昨年11月のアルタラス王国侵攻を超える大戦力であり、二国の連合軍とはいえ文明圏外国家に敗れるなどまったく想定していませんでした。」
「文明国に匹敵する国力と軍事力をもっていたアルタラス王国でさえ、『エビラ』や『アンギラス』などの新型魔獣には手も足も出ずに圧勝したことから、此度の侵攻作戦も完勝間違いなしと考えておりました。」
言い訳のようにも聞こえるが、フェン王国侵攻作戦に投入された戦力は非常に強大であった。『エビラ』を除いた海軍戦力だけでも、皇国海軍全体の約35パーセント近くにも及んでいた。アルデの言い分も理解出来るため、ルディアスはそのまま静かに尋ねる。
「なるほど、お前の言い分も理解出来た。つまりこの侵攻作戦において、お前たちの予想していなかったような事態が起きた・・・と言いたいのだな。」
「はは、その通りでございます。本報告を受けてから第一外務局と協力し、フェン王国と日本国に対して緊急の調査を実施しました。情報量や精度は不足していますが、現時点における考察をご報告致します。」
アルデは、第三文明圏周辺の地図と箇条書きにされた調査資料を広げる。それと同時にエルト第一外務局長が説明を始めた。
「此度のフェン王国侵攻作戦において、第二文明圏の列強国『ムー連邦』が観戦武官を日本国側に派遣していたことが判明しました。本件についてムー連邦大使館を訪問して確認しましたところ、我が国に対して敵対する意思はないものの、『ムー連邦は日本国に敵対できるほどの国力をもっていない』といった旨の発言を行いました。」
「さらに昨年末に日本国とムー連邦が国交締結した際、完全に対等な立場で国交開設や通商条約を結んだことも判明しました。いかにムー連邦が融和政策をとっているとはいえ、文明圏外の無名国家と世界第二位の列強国というあまりにかけ離れた国同士が、まったくの対等な立場で国交締結するというのは異常としかいえません。」
エルトが話終えると、次にアルデが話を始めた。
「昨年のロデニウス大陸での騒動やアマノキ軍祭において、日本国が機械科学式艦船や飛行機械を使用していた旨が報告されています。現在、これらの情報の精査や裏付けを進めていますが、ムー連邦の影響が大きい第二文明圏ならいざ知らず、第三文明圏外国家が機械式の兵器を製造・運用できるとは考えられません!」
「先ほどのエルト殿の報告内容も踏まえ、私は『日本国とは、ムー連邦が第三文明圏における影響力を高めるために支援している傀儡国家』ではないかと考えています!」
流石のルディアス皇帝も狼狽したのか、目を細めたまま指先をそっとこめかみにあてて考え込む。
「つまり日本国の背後にはムー連邦がいて、支援された機械科学式兵器を運用していると。今回のフェン王国侵攻作戦では、ムー連邦製の機械科学式兵器の前に敗れた・・・。アルデよ、お前はそう言いたいのか?」
「はは、その通りでございます。残念ながら我が皇軍の魔導戦列艦やワイバーンロードでは、ムー連邦の機械式戦艦や飛行機械『マリン』には勝てません・・・。さらにフェン王国の侍どもまでいることを考慮すると、侵攻軍は質・量とも奴らに劣っていたと言わざるを得ません。」
「見事な考察だが、お前の推測には一つの大きな疑問が残るぞ。いかに科学機械式兵器が優れていたとしても、海中の『エビラ』や上陸した『アンギラス』をどう撃破したというのだ? あれらの新型魔獣は我が国が第三文明圏を統一後、来たるべく第二文明圏や第一文明圏との戦争に向け、何年もかけて準備してきた皇軍最高傑作だぞ。」
アルデの推察に対し、ルディアスが反論する。
「陛下、ムー連邦の支援が科学機械式戦艦や飛行機械だけでなかったとしたらどうでしょうか。私は、かの国が守護神と崇めている『マンダ』をも援軍として寄こしたと考えています。」
「陛下のご指摘の通り、海中に潜むエビラを攻撃可能な兵器など、この世にはございません。従ってそれを撃破可能なのは、同じく水中での活動を得意としています『マンダ』しかありえないと考えています。」
「さらにフェン王国の工作により、アマノキへ通じる街道の橋がすべて破壊されたと報告にございました。アンギラスを含めた陸戦部隊は、迂回ルートでアマノキを目指していたとされますが、どのルートでもアマノキまでの道中には1キロメートルを超える巨大な河川がございます。アンギラスはその渡河中に、マンダに襲撃されたのではと考えています。流石のアンギラスも、水中でマンダに襲撃されればひとたまりもないでしょう・・・。」
アルデの口から、まさか『第二文明圏の列強国と同等の質』を相手にする可能性を報告され、同席していたレミールやエルトも、驚愕した顔でアルデの方を向く。
「現時点ではあくまで推測ですが、今後の日本国との戦闘においては『ムー連邦と同等の質』を相手にする可能性までを想定する必要があると考えます・・・。ゆえに、先ほど陛下が宣言された日本国との戦争、及び殲滅戦を遂行するにあたり、『G型魔獣』の投入許可を頂きたく思います!」
アルデの『G型魔獣』という言葉を聞いたルディアスは、重々しい顔をして考え込む。一方、その詳細を知らないレミールとエルトは困惑した顔をしていた。
「アルデよ、その『G型魔獣』とは一体なんだ? 兵研の『魔帝遺跡研究班』が開発した人工魔獣にそのようなコードコーネームのものはいなかったと思うが・・・。」
困惑したレミールの問いかけに対し、アルデに代わってルディアスが話始めた。
「皇国内でもトップシークレットにあたる内容のため、余やアルデなど一部のトップしか把握していない情報だ。」
ルディアスが執務室の隠し本棚を開き、中から重要そうな書類を取り出す。
「工業都市デュロの近くで発見された古の魔法帝国の遺跡だが、約一年前、遺跡の地下に新たな隠し部屋が見つかってな。その中に純粋な『ラヴァーナル帝国』製の人工魔獣一体が、コールドスリープ状態で保存されていたのだよ。」
手渡された重要書類には、魔写が添付されていた。そこには謎の液体で満たされた透明な巨大な容器のなかに、100メートルを超える巨大な生物が鎮座している様子が写されていた。鋭いカギ爪のような形状をした両腕、ノコギリのような突起の生えた腹部、ゴーグルのような単眼のついた頭部など、生物とは思えないような見た目をしていた。
「一部の文字はかすれていて解読できなかったが、古代ラヴァーナル語で『ガイガン』と書かれており、余たちは『G型』というコードネームでこれを呼んでいる。アルデよ、お前は我が皇国に唯一残された魔帝の遺産である『G型』を、『ガイガン』を日本国との戦争に投入したいということか?」
「はい、飛行能力をもつ『ガイガン』であれば、海中に潜むマンダの影響を受けることなく、直接日本国本土や日本軍を攻撃可能です! また、いくらムー連邦の飛行機械が強力だとしてもその能力は『ワイバーンオーバーロード』以下のため、ガイガンの相手にはなりえません!! 皇国軍の被害を最小限に抑えつつ、ムー連邦と同等の質を撃破するにはガイガンを実戦投入するしかありません!」
「ガイガンのコールドスリープを解除して実戦投入が可能となるのは、調整やリハビリ期間も含めて約8か月前後になると予想しています。その間は、日本国やムー連邦の情報収集に全力を注ぎ、併行して喪失しました海軍戦力の補充を行いたいと思います。ガイガンの実戦投入が可能となった後、補充された戦力とあわせ、全力をもって日本国の殲滅にあたる所存でございます!! 陛下、どうか『ガイガン』の投入許可を!!!」
アルデの熱弁を受け、ルディアス皇帝は古の魔法帝国の遺産『ガイガン』の実戦投入を決断。兵研の『魔帝遺跡研究班』へガイガンのコールドスリープ解除、及び実戦投入に向けた調整を命じたのであった。