中央暦1640年4月15日
第三文明圏フィルアデス大陸の南
旧アルタラス王国 アルタラス島
シルウトラス鉱山をはじめとする大規模な魔石鉱山を複数国内にかかえ、かつては文明国に匹敵する国力と軍事力をもっていたと評されていた旧アルタラス王国・・・。昨年11月に列強パーパルディア皇国から侵攻を受け、73ヵ国目の属領とされた現在では、その頃の栄光は見る影もなくなっていた・・・。
アルタラス島の陥落後、パーパルディア皇国の本国からシュサクという男が派遣されて来た。彼は『臣民統治機構』という皇国民や各属領の統治を管轄する省庁に所属しており、かつてアルタラス王国の王都であった『ル・ブリアス』には、彼が長官を務める『アルタラス属領統治機構』が設置された。
フェン王国侵攻時において、ニシノミヤコを占領した皇国正規軍の振る舞いから容易に想像できるように、属領を支配する臣民統治機構の職員や警備兵の傍若無人振りはそれ以上に酷いものであった。属領民となった現地人に対して好き放題に暴力を振るい、裕福そうな家へ押しかけて金品を略奪する、欲望の赴くままに現地女性へ婦女暴行を働くなどの悪行は、どの属領でも日常茶飯事であった。
アルタラス属領統治機構もその例に漏れず、シュサク主導のもと、『若い女性ばかりを反乱分子の疑いで連行し、散々弄んだ後に口封じとして処刑する』という吐き気を催すような邪悪な振る舞いまでもが横行していた。
また日本国との戦争において皇国正規軍が鎧袖一触に撃破されたことや皇都エストシラントから容易く脱出されたことを受け、ルディアス皇帝はワイバーンオーバーロードの量産化を指示。これにより皇国本国からアルタラス属領統治機構に対し、大幅な魔石の増産命令が下されていた。
野心の高いシュサクはこの状況を利用して本国での出世を目論んでおり、多数の旧アルタラス王国民たちを採掘可能な魔石鉱山近くに作らせた収容所へ連行し、犯罪奴隷よりも過酷な労働環境で強制労働を強いていたのだ。
「ちくしょう、今日も胸糞悪いものを見た! 皇国の外道ども!! タダではすまさぬぞ!!!」
元アルタラス王国軍の第一騎士団長であったライアルは、二か月前にルミエス王女が行った宣言を信じ、元アルタラス王国人で構成される反皇国勢力を組織し、これら地下組織をまとめる軍長として指揮していた。
ルミエスが呼びかけた『来るべき刻』に備え、この日も各拠点の準備やアルタラス島へ駐留する皇国兵の情報収集を行っていた最中、目の前で無理やり連行されていく光景を目にしたのだ。
今すぐにでも物陰から飛び出し、助け出したい気持ちは山々であったが、もし今自分が捕まってしまうと全体指揮を執れる人間がいなくなってしまう。最悪の場合、反乱組織の存在そのものが露呈してしまうかもしれない・・・。
後々のことを考えるとただ物陰から見て見ぬ振りをしなければならず、正義感の強い彼は屈辱的な思いをしながら拳を強く握りしめる。怒りのあまり掌には爪が食い込み、血が流れていた。
廃坑となった魔石鉱山の坑道奥に作られた巨大な拠点施設へと帰還した彼は、鬼のような形相で怒りをぶちまける。
「早くパーパルディアの外道どもから王国を取り戻したいものだ。あの魔信からもう2か月近くになるが、ルミエス様は日本国との交渉に成功したのだろうか・・・。」
心配そうな顔で天井を見上げるライアル軍長のもとへ、興奮した様子の副長が何かの紙をもって駆け寄る。
「軍長! 先ほど、ロデニウス大陸とシオス王国を経由してこのような魔信をキャッチしました。こちらをご確認下さい!!」
『明けない夜はなく、日はまた東方より昇る。タスの蕾が芽吹くとき、太陽の強き輝きは苦しみの闇を打ち払うだろう。』
ライアル軍長が紙の文面を音読すると、部屋にいた全員に衝撃が走る。
「・・・全部隊に通達! 一週間後、すぐに戦闘可能なように万全の準備をしておくよう連絡しておけ!!」
ルミエスからのメッセージを受け取ったライアル軍長ら反皇国勢力は、時間をずらしながら構成員を各拠点へと派遣し、戦いの準備を着々と進めていった。
一方、アルタラス属領統治機構内にある警備施設においても、この魔信を傍受していた。
「このような単純な暗号を使うとは、やはり愚かな蛮族だな! 連中が一か月後にある『タスの祝日』に大きな反乱を起こす可能性がある。これまで以上に十分に警戒せよ!!」
一見何かの詩のようにも見える文章でもあるが、勘の良い者であれば、『タス』という花に関する日・・・。旧アルタラス王国において、建国記念日として祝日にされていた『タスの日』に、何かが起こることを意図した単純な暗号であることに勘付くだろう。
しかしアルタラス王国人にとっては、『タス』という言葉以上に『タスの蕾が芽吹く』というキーワードが、特に重要な意味をもっていたのであった・・・。
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中央暦1640年4月22日
第三文明圏フィルアデス大陸の南
旧アルタラス王国 アルタラス島
パーパルディア皇国アルタラス属領統治機構防空部隊所属の竜騎士アビスは、相棒のワイバーンロードに騎乗し、アルタラス島北東の哨戒任務に就いていた。島国だった旧アルタラス王国はすでに皇国の支配下となっており、旧王国軍が手も足も出せずに惨敗したことから今のところ目立った反乱も無い。
ふと雲の切れ間から海を眺めると、怪しい二艘の小舟が航行しており、その後方から統治機構所属の魔導戦列艦ヒデルが追跡していた。魔信で本部へ連絡したところ、昨晩、ここのすぐ近くに設置されたルバイル収容所から10人程度の現地人が脱走したとの連絡があった。おそらく過酷な労働環境に耐えかね、アルタラス島から逃げ出そうとしているのだろう。
すぐさま相棒のワイバーンロードの導力火炎弾で攻撃しようとしたが、本部からは攻撃はせず、そのまま状況を実況するよう命令が下される。
しばらくすると小舟のすぐ前の海面が泡立ち始め、泡の中から出現した巨大なハサミが一艘の小舟に襲い掛かった。旧王国軍の大型魔導船をも破壊する『エビラ』の一撃に脆弱な小舟が耐えられる筈もなく、小舟に乗っていた人たちは海へと投げ出される。
「大人しく魔石鉱山で労働に従事していれば、このような恐ろしい目に合わずに済んだものを・・・」
アビスはエビラに貪り食われる脱走者たちを哀れみを込めた目で見つめ、その様子を魔信で細やかに伝える。
同時刻、ルバイル収容所では早朝にも関わらず、収容者全員が広場に集められていた。毎日の過酷な労働で疲れ切っているのか、皆生気のない死んだような目をしていた。収容所所長の前には魔導スピーカーが設置されており、見せしめも兼ねてアビスからの生々しい実況が最大音量で流されていた。
「昨晩、ここを脱走した愚か者たちが見つかった。小舟でアルタラス島から脱走しようとしていたようだが、アルタラス島周辺海域に『エビラ』がいる限り、貴様たちはここを出ることすら出来ぬ! 属領民となった貴様たちにとって、皇国のために一日中魔石を掘ることこそが、唯一の幸せだと思え!!」
仮に強制収容所を脱走できたとしても、アルタラス島にいる限りいずれは捕まり魔石鉱山へと連れ戻される。アルタラス島から脱出しようとすれば、エビラという最大最悪の障害を突破しなければならない・・・。
収容者全員が生きる希望すら無くし、全員が絶望に染まっていく。
その場から逃げようと、必死にオールを漕ぐもう一艘の小舟にエビラが襲いかかろうとしたとき、異変が起きた。突如、聞いたこともないような甲高い轟音が響き始め、それと同時に青白く輝きつつ、稲妻状に蛇行する光線が雲の隙間から現れ、ハサミを振り上げたエビラに直撃した。
エビラは青白い光線が直撃した周辺部位からパキパキと音を立てながら瞬時に凍結し、上半身を出していた近くの海面諸共、白い煙に包まれる。
状況を実況していた竜騎士のアビスや後ろから追跡していた魔導戦列艦ヒデルの乗組員たちにも何が起きたか全く理解できず、周囲を静寂が包み込む。静寂を破るように、雲の隙間から轟音の発生源である緑色の巨大な怪鳥が出現した。
フェン王国の戦いにおいて、艦隊副指令のアルモス率いる先遣隊やワイバーンロード部隊を各種冷凍兵器で殲滅した『スーパーXⅢ改』であった。
冷凍メーサーでエビラを凍結・沈黙させたスーパーXⅢ改は、そのまま後方から小舟を追跡中であった魔導戦列艦へとターゲットを変更し、両翼の4連装ミサイルランチャーから93式空対艦誘導弾(ASM-2)が発射される。
自国のワイバーンオーバーロードすら大幅に上回る超音速の攻撃に対処できず筈もなく、甲板に直撃した93式空対艦誘導弾は魔導砲弾や魔石を巻き込んで大爆発を起こし、魔導戦列艦ヒデルは木っ端微塵に吹き飛ぶ。
あまりに衝撃的な光景に声を失うアビスであったが、彼ら皇国人にとっての悪夢はまだまだ始まったばかりである。
凍結したエビラから小舟がある程度離れた瞬間、今度は氷像と化したエビラに向かって極太の極彩色に輝く光線が直撃した。極太の光線が直撃した周囲の氷塊は一瞬にして融解・蒸発して消滅し、凍結していたエビラの上半身はこんがりと丸焼きになる暇もなく、灼熱の光線であっという間に焼き尽くされる。
急激な温度変化に肉体が耐えきれず、そのまま巨大な黒炭と化したエビラの上半身はボロボロと崩れ、海の藻屑と化してそのまま海の底へと沈んでいく。
我に返ったアビスが振り返ると、そこには螺旋状の巨大な衝角を装備した漆黒色をした異形の艦船を先頭に、皇国の魔導戦列艦よりも遥かに巨大な艦船が単縦陣で進行してきていた。
アビスは慌てて魔信で報告しようとするが、魔信具を取ろうと伸ばした彼の手は炭クズのようにポキリと折れ、ボロボロと崩れていく。スーパーXⅢ改が発射した冷凍メーサーの直撃を受け、相棒のワイバーンロード諸共、すでに瞬間凍結されていたのだ。
極寒のなかで意識が消し飛んだ竜騎士アビスは、氷塊と化したまま海面へと落下して粉々に砕け散り、彼の報告がアルタラス属領統治機構本部に届く事は無かった。
後の歴史書において、『アルタラス島の戦い』と記載される戦いの幕が開けた。