インビジブル・デルタ 作:ニゲル・ガレット
1話じゃヒントが少ない、という方のためにもう一話(頭に降りてきた分を投下する言い訳)。
ついでにタグをちょっと改修してたりします。
『ご乗車ありがとうございます、次は───、───に停まります。その次は……』
孤児院に向かう電車に揺られながら、デネブは回想にふけっていた。
「……」
普段は口数の多い彼女も、思考に引っ張られて独り言をこぼすような真似はしない。ちなみに回想でなくとも車内で時間を潰す方法なら他にいくらでもあるが、自分の原点であるその場所に行く道中はいつもそうしている。
自分の最も古い記憶は、院長との出会いであり、記憶が鮮明になったのはそこからだった。
忘れもしないあの日。月光すらもない闇夜の中で、自分は座り込んでいた。手足が異様に重たく動くことすらままならず、何の学もなかった当時の自分は、本能が感じ取る生命の危機を、絶望にも似た倦怠感を覚えながら受け止めるほかなかった。
ふと見上げた先にあった星の大群を、最期の景色とする腹を決めながら。
そこに彼が通りがかったのは、一生分に相当する幸運な偶然だったのだろう。
「お、お前さん!?どうしたんじゃ!?」
驚愕をまるまる込めた声とともに駆け寄ってきた彼の方を、唯一自由が利いた首を動かすことで見やる。
「こんな真夜中にひとりなんて普通にナシじゃろ!名前は、家は!?」
その問いかけに、自分は無知と疲労から応えることができなかった。並ならざる事態であると感じたらしい彼はすぐさま自分をおぶるとどこかに駆けていった。そうして連れていかれた先が、その孤児院だったのだ。
孤児院に入ると玄関で一度降ろされ、ちょっと待っとれ、とその場を離れていく彼をおぼろげに捉えながら時が過ぎ、やがて職員であり妻でもあるらしい女性を伴って現れた彼らにされるがままに風呂に入らされたり着替えさせられたり飲み物をもらったりしたあと、改めて経緯の話をされた。
最もそのやりとり自体は、あの路地で何をしていたのか、なぜ手足にものがくくりつけられていたのか、親はいるのか、名前は何であるのか、などの問いすべてに自分が首を横に振っていくだけだったのだが。
「ん〜……ま、とりあえず今日はここにおるとええわ」
取りつく島もなく苦笑しながら頭を掻く院長には、今思えば無茶尽くしで申し訳なかったと感じる。
間もなく自分用として引っ張り出された布団にくるまることになったのだが、そのときに勝る温もりを感じたことは今の今までない。
次の日、院長含めた職員4人の前に引き立てられた自分は晴れてここで世話になるのだ、と告げられた。
昨夜はそれどころではなくてわからなかったが、よく見ればサル顔の明るい院長と、母性あふれるその奥方と、子供たちの先生兼いろいろをしているらしい小柄で中性的な顔立ちの男性と、反対に長身でなぜか顔色が異様に悪い男性の二人を前にしながら唖然とする自分に、眼前まで歩み寄ると屈んで頭に手を置いた院長はまたひとつ贈り物をくれた。
「名前がないなら、わしが付けちゃるわ!デネブリスペクターじゃ!」
ニカっと笑いながら授かったその名は、この時に観られた星座を元にしているらしかった──まあ夜中に出会ったからそう名付けたのだろう──。一等星に敬意を持つもの……それが自分に与えられた名の意味だ。
その後、他にも引き取られていた子供達とも顔を合わせ、いよいよ孤児院生活は始まった。歳相応の教育は、二人の先生に授けてもらった。小柄な方の先生は教えているとき以外は暇さえあれば寝てばかりだったし、顔色の悪い方の先生はなんだかおっかないし厳しかったしで何というか大変だったが、おかげでトレセン学園に入れるだけの学力は身につけることができたので感謝以外ない。
やがて孤児院での記憶が現在に近いところまで追いついてきたタイミングで、デネブはフフ、と笑みをこぼした。
他人が聞けば同情するような生い立ちだろうが、自分は不幸とは思っていない。そしてそう胸を張って口にできる人生をくれたあの孤児院を、何よりも大切に思っている。
『間もなく、───。───に停まります』
目的の駅に着いたことをアナウンスで察したデネブは荷物を手早くまとめ席を立つ。そして停車とともに開いた扉を意気揚々とくぐっていった。
(帰ってきたーーっっ!!)
プラットフォームに足を着け、声に出さない代わりに内心で叫んだ。しかし表情の変化までは抑制しきれず笑いをこらえているような滑稽な顔になっていることにデネブは気付いてはいなかったが。
そして改札に切符を差し込んで通過した彼女は、何気なく辺りを見回す。田舎、と呼べるほど緑々としているわけではないが、都会と呼ぶには程遠い、そんな変わらぬ街並みを捉え、感激に浸ると次に目的の方角を見やった。
「待っててね、院長」
小さく呟き、足首などの関節をくるくると回したデネブは目の前の道を駆け出した。リュックを背負い、片手に土産を携えた身であるゆえに全力とは程遠いスピードだが、それでもそこらの自転車乗りとは比べ物にならない。
バスを使う手もあるにはあるのだが、ウマ娘の肉体のアドバンテージと孤児院仕込みの倹約癖がそうさせていた。
──やっぱり、楽しいな。
一歩一歩踏み込む度にあふれ出るこの感情に、笑みをこぼしながら駆け抜けていく。車道を走るパトカー等乗用車がすれ違っていくのを見届けながら。
(……時々よぎる
それと同時に心配事を内心で洩らす。
デネブには、走っているとき時々得体の知れない映像が脳裏によぎることがあった。ぼやけて何を映しているのかは読み取れず、まずまず非現実的な光景であること以外はわからない。しかしそれが見える度に悪寒が走るような感覚に襲われるため、彼女はこの体験を苦手としていた。
せめて孤児院までは視えてくれるなよ、と脳みそに語りかけ、デネブは駆けていった。
⏰
「おーおー、来たぞ!」
孤児院へ向かってくるデネブを最初に捉えたのは院長だった。外遊びをしていたらしい子供たちも、彼の声に続いてデネブの方を見やった。
こちらに向けられる視線を感じ取ったデネブは、手を振って応える。
「わわっ、みんな!久しぶり!」
そして孤児院の敷地へ足を踏み入れると同時に、自分めがけて集まってくる子供たちに内心驚きながら笑いかけた。
空いている方の手で手近な子の頭をなでてやったりしていると、院長が歩み寄ってきた。
「いやー、久しぶりじゃのう!前に会った時とは見違えるようじゃ!」
「そう?ふふっ、ありがと!」
壮健らしい院長の姿に安堵しながら返事をする。さほど身長などに変化があったワケでもないが気にすることではない。自分が帰ってくる度に彼がいつも言うジョークのようなものだからだ。
そうだ、と片手の袋の存在を思い出したデネブは早速差し出すことにした。
「これ土産!」
そう袋を突き出し掲げたあと、中身を取り出した。小遣いを切り詰めて購入した、学園の近辺にあるちょっといい店の菓子折りである。
「おぉ〜!ありがたくもらっとくわ……おいおい、焦らんでも後で分けちゃるから待っとれ!」
箱を受け取った院長に、中身が菓子であると察したらしい子供たちが寄ってくる。笑いながら子供達をなだめる院長を見て愉快げに笑みを浮かべたデネブは、久々の孤児院に足を踏み入れるのだった。
⏰
「だーっ、疲れたぁーっ!」
夕方ごろ、子供たちのわがままにひたすら付き合ってきたデネブは、ふらふらとした足取りで院内の一室に飛び込んだ。
「……子供の戯れに付き合ってその有様とは、
ぐてんと広めのローテーブルに突っ伏していると、湯呑みを片手に一服していたらしい先客が語りかけてくる。口調と声色から察するに顔色の悪い方の先生だった。相変わらず手厳しい、と内心で苦笑する。
「面目ないでぇす……」
数キロメートルを走るのと子供達との遊びに付き合うのでは体力の使い方は違うだろう、と言い返してやりたかったがデネブは無難な返事を選んだ。自分は無用な波風は立たせない主義なのだ、決して彼と口論しても敵わないからというような理由で放った言葉ではないのだと、疲れた脳みそで自分を正当化しながら反骨心をやり過ごす。
「知らんぷり先生は?」
「知らぬ」
まだここに来てから会えていなかったもうひとりの方の先生の居場所をついでに訊いてみればにべもなく突き放された。ちなみに知らんぷり、というのは彼がいつもとぼけた顔で仕事を抜け出す悪巧みを働くことからきていたあだ名だ。誰も知らないならきっとどこかで昼寝でもしているのだろうとアタリをつけて、変わらず組んだ腕に顔を埋めるその体勢を続けていたデネブの前に、コト、と音がした。
顔を上げると、目の前には湯気が立ち上る湯呑みと、その奥には机の中心部にきゅうすを戻す先生の姿があった。
これ幸いとその茶を取ると、何食わぬ顔で自分の湯呑みを手に取り直していた先生とともに茶を啜る。
敢えて礼の言葉を口にしなかったのは、そう言えば大抵要らぬと返ってくるからだ──もう一人の先生はこれを照れと形容していた──。
「変わってはいないようだな」
「あ、子供っぽいって思ってる?私だってもう高等部なんだからっ!」
「理由をつけて背伸びをするその様こそ、子供である証左だ」
出された茶にがっつく様を見て口にされた言葉を皮肉と捉えたデネブが噛み付くもやはり一蹴される。波風を立たせぬとは何だったのであろうか。
「むぅ〜〜、でも私は──」
頬を膨れさせながら茶を飲み干す自分を呆れたように見つめる先生の視線を無下にした彼女が次にぶつけようとしていた言葉は、孤児院の前を通り過ぎたパトカーのサイレン音で遮られた。
「またサイレン?」
「……近くの建物の捜査だ、じきに収まる」
実は今日だけで3、4度は聴いていたそれに対し訝しげに呟くと、すぐさま注釈が入った。そういえば孤児院に向かう途中もパトカーに何度かすれ違っていた気がする、と疑問のタネをひとつ消化したところで、そんな大規模に人員が動いていることを不思議に思った彼女は早速訊いてみることにした。
「こんなに人が集まって、一体なんの捜査なの?」
「……卿が気にすることではない」
しかし珍しくはぐらかす答え方をした彼に、デネブがそれ以上突っ込むことはできなかった。
ひたすらに芝が広がる空間に、容姿の似通った二人のウマ娘が対峙していた。
うち一人の名は、アドマイヤベガ。孤独の旅路を望む物静かなウマ娘だ。そして彼女の相対しているのは、自身の原動力であり呪縛とも言える存在だった。
「元気そうだね、お姉ちゃん」
そうアドマイヤベガに話しかけるのはそう、双子の妹だ。……この世に生きて産まれることのなかったもうひとりの家族。
自分に妹がいたということは、かつて誰かに誘われて出場した、幼少の子供同士で行われるレース『ポニーカップ』の後に母に教えられた。出産のとき、自分が問題なく生まれたのに対し、既に息絶えていた妹がいたのだという事実を。
生きているはずのない彼女とアドマイヤベガがなぜ対面できているのかと言えば、ここがアドマイヤベガ自身が見ている夢の中であるからだ。
「お父さんやお母さんは元気にしてる?私は会ったことないからさ──」
「……ごめんなさい」
その会話が醸し出す雰囲気は、仲睦まじい姉妹のものではない。妹の顔を見つめることは到底できず姉は謝罪を口にする。
双子のどちらかしか生き残れない、そんな状況下で未来のチケットをのうのうと手にして生きているだけの自分を、妹が許すはずもないと考えたから。
こうやって死に別れたはずの妹と対することは一度や二度ではなかったので、体験自体に慣れてきていない訳ではないが、それと負い目が小さくなることは別勘定だ。
「……はぁ。せっかく私の代わりに助かったんだから、もっと楽しんで生きればいいのに」
「……ご、めん」
私ならもっと謳歌できたものを、と言外に告げたのであろう妹の言葉に姉は惑う。怨嗟に似合わぬ明るい声色で発されたのがなにより恐ろしかった。
代わってやれるのであれば、今すぐにでもそうしてやりたかった。その願望はあのポニーカップの後、まるで自分の体ではないようにあふれ出てくる歓喜の正体が妹のものであったのだと気づいたときから変わらない。
レースを、走りを誰よりも愛していたのであろう彼女の生を自分が奪ったのだという事実は、姉として耐えがたかった。
「私なら大丈夫だからさ、お姉ちゃんはお姉ちゃん自身のために──」
「待って、私は──」
徐々に遠くなる妹の声に、夢の終わりが近づいていると感じた彼女はすがるように手を伸ばすが、その手が妹に届くことはついぞなかった。
「──うっ」
そしてそのまま飛び起きてしまった。辺りを見回せば毎朝変わらず見る寮内の景色だ。隣を見れば同室の生徒であるカレンチャンが穏やかな寝息を立てている。
妹のいた空間から隔たれたことを感じ取った彼女は何も口にすることなく俯いた。徐々にクリアになり始めた思考は、先ほどまでの記憶を回想していた。
(私のために……何?)
強く思い出すのは、目の覚める最後に飛び込んできたその言葉。生きてくれ、走ってくれ、とでも言いたかったのだろうか。微妙に気にはなるが、もう一度眠って続きを聞く気にはなれない。
(いや、なんだって変わらない。あなたが心配することは何もないわ)
だが、と彼女は笑う。
自分自身のために走ること。仮にそれが妹の望みであるならば、何ら懸念する点などなかったからだ。
「──私は……ずっとそうしてる」
彼女のために走ることが、自分の願いであるのだから。
孤児院の人らのキャラ付けは某無双ゲーから拝借してますがそんなに意味はないです。誰でもよかったので。登場してない方の先生は某青雲さんのごとく昼寝好きで猫好きで策士なあの人なんじゃないでしょうか(何人の読者様が知っているかは分かりませんが……)。
当然ながら話の着地点を見据えていないので続きはありません。