ライブオーディションの回です
なんと本作品PAさん初登場です
バイトの初給料の日から一週間後。
ひとり達結束バンドにとって大事な日がやってきた。ライブオーディション本番その当日である。
スターリーに到着するや否やひとりは虹夏達に誘われ最後の調整をすべくスタジオへと向かっていってしまった。
本番まで時間はまだある中、一人取り残された俺はホールに居た星歌さん達と暇つぶしならぬ軽い雑談に興じるのであった。
「あー心配だ…………緊張するぜくそ…………!」
「何で演奏する訳でもないお前が緊張してんだよ」
「そりゃ緊張しますよ。自分の妹がこんな立派なステージに立って演奏するんですもん。失敗しないかな大丈夫かなってもう心配で心配で」
「シスコンですね〜」
「だな」
「こっちは真剣に悩んでるのに……茶化すのやめてください」
咎めるような目で目の前の二人を睨みつける。片方は星歌さんで、もう片方はスターリーで働くスタッフさんで皆からはPAさんという愛称で親しまれている女性だ。
PAとは役職の名前であり、この人の名前のアルファベットでは無い為あしからず。まあ知り合ってもう一年も経つのにこの人の本名を未だに知らないんだけど。
そんな俺とPAさんは星歌さんと同じくらい良好な間柄で、こんな風に三人で会話をすることもそれなりに多い。
「まあでも後藤くんが不安がる気持ちも少し分かる気がします」
「PAさん……」
「ほら、後藤くんの妹さん初めてここでライブした時、その随分とやらかしてますからね…………その時の事があるから今日の演奏が不安なんですよね?」
「そうです! まさにそれ! PAさんよく気がついてくれました!」
「ああ、あのマンゴー仮面の時か…………」
流石はPAさん、よく分かっておいでで!
初ライブの日、あの日の演奏はひとりにとっても俺にとっても物凄く苦い思い出となっている。ひとりなんか忘れたい黒歴史がまた増えたと嘆いていたほどだ。
「あの子にとって、もし、あの日の事がまだ尾を引いていたら……? それのせいで今日の演奏に支障を来たしたら……? そう考えだすとドンドン思考がネガティブな方向に向かって行ってしまって…………あー心配だ…………」
「重症だなコリャ」
「こういうところを見てると二人は兄妹なんだなって実感させられますね」
そうなんです。普段はあんまり似てないだのなんだの言われる俺とひとりですが、こういう性格の根っこの部分っていうのは凄く似てるんです。同じなんです。
「…………まあ、でも、ほら。いつまでも湿気た顔なんてしてるもんじゃねえよ」
「そうですね。後藤くんも折角応援に来たんですからもっと明るい顔しないと」
不安で塗り潰された顔というのだろうか。鏡がないし確認のしようが無いので何とも言えないが、二人が励ましの言葉をくれる程、今の俺の顔は相当酷いものらしい。
「…………確かにそうですね。俺なんかよりひとりの方がずっと不安なはずなのに、俺まで暗い顔してたら余計にあの子の不安を煽るだけですもんね」
「そうそう。お前はお前らしくいつもの様にしてればいいんだよ。アイツらの演奏を真正面からちゃんと受け止めてやればいい。それだけで十分だよ」
俺は俺らしく…………か。
ひとりにプレッシャーを掛けたくは無いし、結束バンドにはライブオーディションを突破して貰いたい。なら今の俺に出来ることは彼女たちを信じて見守ってあげることだろう。
大丈夫。不安になるな俺。皆今日という日の為に猛特訓して来たじゃないか。大丈夫、大丈夫──……
ステージ前に用意された椅子に座った俺は普段の目線よりも少し高い位置を見つめている。視線の先に居るのはステージ上に立っている四人の少女達。
俺から見て一番手前にギターボーカルの喜多ちゃん、その奥にはドラムの虹夏、左手側にはベースのリョウが居て、右手側にはリードギターのひとりがいる。
全員顔が強ばっていた。多分というかまあ絶対に緊張しているんだろうな。普段から笑顔を振りまいているあの虹夏と喜多ちゃんから笑顔が消えているのが何よりもその証拠だろう。
なんなら今俺もこの緊張感増し増しの空気にあてられてアイツらと同じように緊張している。緊張しすぎて腹の調子がおかしくなってきた。やべえトイレ行きたいかも。
「け、結束バンドです! 『ギターと孤独と蒼い惑星』って曲やりまーす!」
虹夏のよく通る大きな声がホール内に響く。
虹夏の方にメンバー全員が振り返りアイコンタクトを取ると頷きあって全員正面に向き直る。ひとりと目が合う。相変わらず顔は強ばっているものの目が先程よりも増して鋭く力強い眼光を放っていた。
そんなひとりの様子を見て少し安堵すると、同時にドラムのカウントが聞こえ遂に演奏が始まった─────
△ ▼ △ ▼
曲が終わった。余韻と興奮で体の震えが止まらない。鼓動は未だにバクバクと少し早く脈打っている。
───結論から言おう、結束バンドの演奏は文句無し最高の出来だった。演奏に大きな狂いは無かったし、一生懸命に演奏する彼女たちの姿に心打たれた。
俺が一番危惧していたひとりへの心配も演奏を聞いているうちにどこかへと吹き飛んでいった。初めは可もなく不可もない演奏を続けていたひとりだったが、曲がサビに入った瞬間一気に演奏の安定感が増した。
俺が審査員なら間違いなく合格にしてあげるところだが、
所詮は観客でしかない俺にそんな権限なんてある筈も無い為、ひとり達が合格出来るように心の中で祈るばかりである。
審査員である星歌さんは少しだけ考える素振りをし、やがて視線をステージ上にいるひとり達に向けると一言こう放った。
「いいんじゃない?」
っしゃああああああああ!!!!
俺は心の中で全力ガッツポーズを決めた。
まあそりゃそうだよな。今の演奏を聞いて不合格にする理由が見当たらない。どうやら星歌さんも平静を保っているようだけど、その内心はきっとアイツらの演奏に心打たれて感動している筈で─────
「と、言いたいところだけど」
─────は?
「ドラム肩に力入り過ぎ、ベース自分の世界に入り込み過ぎ、ギター二人下向き過ぎ」
ステージに立つ全員に対して矢継ぎ早に次々とダメ出しをしていく星歌さん。それを聞かされたひとり達の表情は見る見るうちに曇っていく。
…………なんだなんだ? 今完全に合格の流れ来てたよな? 今のところアニメだったら勝ち確演出で主題歌が流れる場面だよ? なのに何か雲行きが凄く怪しくなってきたんですけど?
「まあお前らがどんなバンドかはよく分かったから」
「星歌さーーーんっ!? 待ってくださいよ!? それってつまりそういう事ですか!?」
「あん? 何だよいきなり大声出して。そういう事ってなんだよそういう事って」
「そんなのこのライブオーディションの結果に決まってるでしょうが!」
「オーディションの結果? それなら今ちゃんと全員の前で伝えたろ?」
「アドバイスありがとうございました…………」
「え? いや、何、その反応……? お前ら何でそんなに暗い顔してんの?」
「そりゃそうでしょ! こんな結果を受けて皆喜べるはずが無いじゃないですか!」
「…………? ここ喜ぶところだと思うんだけど?」
「人の心とか無いんか!?
「は? おい待て。不合格って一体何の話だ?」
星歌さんがそう言って首を傾げたのを見て、俺は思わず口を噤んだ。
最初は「何をとぼけたことを」とも思ったが、星歌さんの「そんな事言った覚えは無いけど?」と言いたそうな態度を見てその考えは撤回した。
…………確かにそもそも星歌さんは不合格とは一言も口にしていないような…………。いや、何かそういうニュアンス的な事を思わせるような事を言いはしたけども。あれ、これってもしかして、そもそも俺とひとり達のただの早とちりなんじゃ…………
「多分、合格って事だと思いますよ」
事態を重く見たからなのか、居ても立ってもいられなくなったからなのかは分からないが、不意にPAさんがそう言った。
「「「「え?」」」」
「ご、合格?」
「だからさっきからそう言ってんだろ。合格だよ合格」
「いや合格なんてそんな事一言も言ってないじゃん!?」
「零人くんの言う通りだよ! お姉ちゃん分かりにく過ぎ!!」
このツンデレ店長め。どうしてこう回りくどい言い方をすんのかな。大事なことが何一つ伝わってきてないって。
でも良かったあ………………。
安堵から緊張の糸が切れた俺は背もたれに体重を預けると大きく息を吐いた。そして、そのままゆっくりと視線をステージに向けると合格の喜びを分かち合うひとり達の姿が目に入った。
ひとりに抱き着いて喜びを露わにする喜多ちゃん。
「やったわね! 後藤さん!」と喜多ちゃんが言うと「はっはい!」と嬉しそうに返事をするひとり。何ともまあ微笑ましい光景である。
虹夏とリョウはそんな喜び合う二人を見ながら何かコソコソと話をしていた。虹夏の方は何だか神妙な顔をしていた。
何を話してんだろ。気にはなるけど、まずは俺もひとり達に何かお祝いの言葉を言ってあげないと。
「ひーちゃん、皆、オーディション合格おめで─────」
「ゔっ! 喜多さんすみません…………」
「え……? 後藤さん?」
俺がステージに近づいて皆にお祝いの言葉を発した瞬間、突然、喜多ちゃんの事を振りほどいたひとりが両手を口で覆ったままステージの隅の方に駆け出して行った。ひとりの突然の行動に呆気にとられていた次の瞬間。
「後藤さーーーん!? 先輩! 早くこっちへ!! 後藤さんが!!」
「あはは…………慣れないことをしたせいで胃腸がびっくりしちゃったんだな」
既に限界だったらしいひとりダムは決壊を起こすとそれを床の上に盛大にぶち撒けた。俺は急いでひとりの側に駆け寄るとかがんで丸まっている背中を優しくさすってあげる。さっきは慣れないことをなんて言ったけど、最後までよくやり遂げたよ。本当によく頑張ったな。
「…………やっぱりあたしの勘違いなのかな?」
そんな小さな呟きが聞こえたような気がするけど、ひとりの介抱に夢中だった俺は特に気に留めなどせずその呟きをただ聞き流してしまうのだった。
▲ ▽ ▲ ▽
惨事となったステージをひとりと一緒に掃除し、モップを元の場所に戻しにきたところ、先にバケツを片付けに行っていたひとりが星歌さんと一緒にいるところに遭遇した。一言か二言、何か会話を交わすとひとりがその場から立ち去って行く。
ただ、去っていくひとりの足取りは何故かふらふらで顔面も血の気が引いた時のように青白くなっていた。星歌さんも彼女にしては珍しい柔らかな笑みを浮かべながらそんなひとりの後ろ姿をずっと見つめていた。
何このチグハグな状況は…………。不気味過ぎて怖いんですけど。
「星歌さん。ひとりと何を話してたんですか?」
「ん? 何だお前か。別に大した話はしてねえよ。ただ、ぼっちちゃんに『お前の事ずっと見ているからな』ってそう伝えただけだよ」
「…………ストーカー宣言?」
「っば!? んなわけあるか! ぼっちちゃんギターかなり上手いのに明らかなチームプレイの経験不足で自分の実力を発揮出来ていないから自分を認めてくれる人間が周りに沢山いるって気づいてもらおうと思ってだからそうやって声かけたんだ! 分かったか!?」
「は、はあ…………」
何か滅茶苦茶早口で捲し立ててくる。
でもおかげでひとりの顔面が蒼白になっていた理由も星歌さんが珍しく柔らかい笑みを浮かべていた理由も分かった。
ただ、二人ともどうやら気付いていない。両者の間に認識のすれ違いがあるせいで大きな誤解が生まれてしまっていることに。
ひとりとの距離をちょっとでも縮めたいと思っている星歌さんと、そんな星歌さんに対して恐怖を感じているひとり。
俺は思った。なんて面白い構図なんだと。
別に今ここで星歌さんの勘違いを指摘して誤解を解いてあげてもいいんだけど、このまま放っておいたら放っておいたで面白そうだし指摘しないままにしておこう。
「何をニヤニヤしてんだお前」
「いえ別に? 何でもないですよー」
「…………? ま、いいや。それよりもお前に頼みたい事があるんだけど」
そう言って星歌さんが取り出したのはライブチケットの束だった。ここでバイトしてる時にもよく目にする物なので俺にとっても馴染みの深いものでもある。
「それ片付けてからでいいから、これを虹夏たちに渡して来てくんない?」
「いいですけど……これって」
「うちで予定してるブッキングライブのチケット。来月、結束バンドにはこれに出て貰うつもりだから」
「なるほど。これが…………でもこれ虹夏たちに渡してどうするんですか?」
「いや、何とぼけたこと言ってんだ。ノルマだよノルマ。虹夏からライブの仕組み聞いてるはずだろう?」
「あ」
そう言えばひとりが結束バンドに加入して間も無い頃にバイトの話と一緒にそんな話をしてた気がする。俺とした事がすっかり忘れてた。
うん? ということは…………つまり…………?
「これ誰かに売らなきゃいけないってことですよね?」
「ああ、全員で協力してな。とりあえずアイツらに課そうと思ってるノルマは二十枚だから、四人で分担したとして一人五枚ずつってところだな」
「へ、へー…………」
つまり、このチケットをひとりは見知らぬ誰かに五枚も売らなきゃいけないっていう…………いや、俺と両親が買えばとりあえず三枚は無くなる。残る二枚は………………
「あのー、星歌さん?」
「ん?」
「一応、確認なんですけど、ここって小さな子供とかペットの入店ってOKでしたっけ」
「子供は年齢にもよるけどウチは小学生以上でないと基本的には入れないぞ。あとどこのライブハウスも大体そうだと思うけどペットは原則厳禁だ」
ですよねー…………。
という事でチケット二枚は確実に余る事が確定しましたよと。
家族に頼れないとなると…………あれ、やばくない…………?
せっかくライブオーディションも無事に終わって不安から解放されたと思ったら、また新たに別の不安が生まれた件について。
一難去ってまた一難、果たして俺とひとりに安寧の時はいつやって来るのだろうか。
俺はそんな事を考えながらモップを元の場所に戻すと、チケットを渡すためひとり達の元へ向かうのであった。
お久しぶりです
前回の更新から半年以上期間が空いてしまって、本当に申し訳ない。これから先も不定期更新となりますが、執筆は続けていきますので、よろしくお願いいたします。
そして、更新が長らく停滞していたにも関わらず、新たにお気に入り登録して下さった皆様、本当にありがとうございます!