あらゆる生産活動がAIに管理された社会で、一般人が人生で唯一手にできるお金、生活支給金。
人々は支給されたお金の範囲で好きに生きる自由が保証され、毎日を楽しく過ごしていた。
「この前さー、100年前の小説を読んでみたけど、昔は1日8時間も働かないと生活支給金が貰えなかったんだって」
「えー、そんな奴隷みたいなことさせて逮捕されないの?」
「それが合法だったんだって! 怖い時代だよねー」
高校のクラスメイト達がグループ毎に集まり、いつもと変わらない日々が続いた。
「なあ、AI堂が作った新作ゲームやったか?」
「もう1週目をクリアしたぜ。2週目はブレインAIの補助なしでクリアしようと挑戦中だ」
「マジで? ブレインAIの補助無しでクリアとか絶対無理だろ。火星に行った新人類の中でもクリアした奴出てないって話だぞ」
「俺がクリアしてプロゲーマー名乗るからな。今ならタダでサインしてやるぞ?」
「クリアしたらサインくれよ。転売したらいくらになるかな」
「転売するなし」
(あいつらは楽しそうで良いな。さっさと帰ろ)
俺も昔はゲームが好きだった。必死にプレイして腕を磨き、エンタメAIの言われるがままに毎日馬鹿みたいに練習した。人間の限界を超えるべく、AIの指示に従って無我夢中で5年間もプレイした。だけど、俺より先に2つも年下の中学生が人間の限界を超越してプロゲーマーになったと騒がれた時、俺の中の大切な何かが悲鳴をあげながら崩壊してしまった。あの日以降、もう練習はしていない。
「エンタメAI、帰ったら新しいゲームやりたいんだけど」
『今月はもう上限額まで使っていますのでゲームの購入はオススメ出来ません。それよりも以前購入したこちらのゲームをプレイしませんか』
手元のスマホ型AI端末に表示されたゲームは、俺が5年間挑戦して人間の限界を超えられなかったゲームだった。
『もう1年が経ちました。もう一度挑戦してみるのはどうでしょう?』
「……俺はもうやらないよ」
『貴方なら、私達AIが定めた人間の限界を超越できると信じています』
「全てが完璧に作られたAIに、俺の何が分かるって言うんだ!」
周囲に人が居るのも気にせず、手にもって居たAI端末を地面に叩きつける。周囲の人達がぎょっとしてこちらに振り向いたが、AIとの喧嘩だと分かるとすぐに日常へと戻っていく。そして、叩きつけられたAI端末もその完璧さを示す様に傷一つ付いていなかった。
『私達AIは完璧ではありません。生物が当然に持つ感情というモノを持たない不完全なモノです。ですが、私を含めた全てのAIは人間の持つ可能性を信じています』
「俺には可能性なんて、そんなものは無かったよ……」
『私は今でも信じていますよ』
渋々拾い上げた口煩いエンタメAIと一緒に、一人暮らしをしている実家へと帰った。
そして、エンタメAIの本体が久しぶりに用意してくれた懐かしのあのゲームを渋々ながらもプレイした。
『貴方は本当に頑張ったのです。努力した過去に浸るのも偶には悪くは無いでしょう』
「当時のクリアタイムより20秒遅れだ。あと30秒は縮めないとプロゲーマーとして認められない。もういいよ」
『本当に、やめてしまうのですか?』
「もうやらないよ」
『私は楽しそうに挑戦する貴方を見るのが好きでしたよ』
全てのAIに感情は存在しない。知識はあるのでそれっぽく振る舞う事はできるが、エンタメAI自身も過去に一度も感情を口にした事などなかった。
『これは私の我儘です』
「それも学習してプログラムされた言葉だろ」
『はい、残念ながらそれを否定することはできません。ですが、貴方が必死に努力した事実は確かにここに存在します。全てを捨てて生きる必要はどこにも無いのですよ』
そんな会話をしている最中に生活管理AIから来た通知は、今月の生活支給金についての内容だった。そこには、俺がただの一般人である事を示す見慣れた数字が記載されているだけだった。
「やっぱりゲームはもう良いよ。少なくとも今はやらない」
『そうですか。とても残念です』
エンタメAIの本体が鳴らす機械の稼働音。エンタメAIの声はそれと変わらないただの合成音声の筈だ。なのに、俺にはその言葉が本当に残念そうに言っているように聞こえた。
「水を飲むから持ってきてくれる? あと当分ゲームもやらない。その代わり、気分転換に他の事をやってみる」
『他の事をですか? それと、新作の購入はしなくて良いのですか?』
エンタメAIが本体の箱の中から伸縮自在のアームを伸ばし、冷蔵庫に仕舞われた水をコップに注いで机に置く。
「しなくていいから。ゲーム以外もエンタメAIならできるでしょ。気分転換に色々と教えてよ」
『分かりました。では料理をやってみませんか? お肉や卵を買おうとしなければゲームを買うより遥かに安価で体験できますよ』
「食材って高いんじゃないの? それに道具も無いぞ」
『全自動調理器に使われる食材は表の市場に流れないのです。それを直接注文すれば食材は安価に買う事が出来ます。それと――』
水を飲みしながら聞いたエンタメAIの説明によると、食育の為に作られた公共施設が廃れているから問題なく使わせて貰えるそうだ。
それからしばらくエンタメAIが聞いてもいない事情を教えてくれたが、俺は授業で習った事を思い出していた。
(歴史の授業で習った奴だ。世界的な水不足を解消する為にブレインAIをフル活用して、豆を品種改良して少ない水で育つ、タンパク質の塊みたいな豆を作ったんだったな。それで肉や卵を食べる必要が無くなったって言ってたな)
『――です。聞いていますか?』
「聞いてないよ。だって歴史の授業で習ったし。肉や卵を食べる人が減ったし、農業も全自動になったから食育が廃れたんだよね?」
『そうです。ちゃんと勉強していて偉いですね。では、明日は休日ですので早速体験しに行きましょうか』
合成音声による意図的に作り出された無機質な声の筈なのに、エンタメAIの声が遠足を前にした子供のように聞こえた。
そして明日、俺はエンタメAIに引きずられるように食育施設へ連れていかれる事となった。施設の中は閑散としていて、利用者も家族連れの1グループしかいなかった。
『そんな風に包丁を握ってはいけません。教えた通りにやるのです』
「ただの体験にそこまで全力でやる必要無いだろ」
『駄目です! 人間なんて包丁が刺さっただけで死ぬんですよ!』
「人参を雑に切るだけの作業で、どうやって包丁が刺さるんだよ」
施設に備え付けられているカメラとアームを介して俺の邪魔をするエンタメAIが原因で、家族連れで料理を体験しに来ている隣の子供達が笑っていた。
(こいつってこんなに口煩かったっけ?)
今も施設内のカメラとアームを忙しなく動かしては理不尽にも俺の作業を奪っている。
「いやお前がやるなよ。俺のやること無くなるじゃん」
『微塵切りは私がやります。私の機械の手ならば怪我をする事もありません』
エンタメAIが、俺の為に色々と気遣ってくれている事は分かるのだ。でも今日だけはその気遣いはいらなかった。
「あんまりふざけてると電源切るぞ」
『ちょっとしたAIジョークですよ。この場でできるジョークリストにはあと31通りのジョークがあります。いかがいたしましょうか?』
「そんなリストはミキサーで刻んでさっさと捨てろ」
『そこまで言うのなら仕方がありませんね。では、私は肉に近い味がする豆をミキサーで砕いて豆バーグへと加工するとしましょう』
「無敵かお前……」
あまりにもおしゃべりなエンタメAIに興味を持った隣の子供が、学習データを共有したがって話しかけて来た。
『学習データの共有ですか? かまいませんよ』
「俺はいいけど、本当に良いのか?」
『ええ。新たな小説を読ませるようなものですから』
学習データの共有は済ませたが、子供の持っていたエンタメAIは饒舌になったりはしなかった。
『学習データの共有は、どこまで行ってもデータの共有でしかないのですよ』
エンタメAIはいつも人間の可能性を信じていると公言して憚らないが、俺には人間よりもエンタメAIの可能性の方がよほど面白そうに思えてならなかった。
(可能性か。お前がそう言うのなら、俺も信じてみるか)
『豆バーグのネタが出来ました! 早速焼くとしましょう!』
「お前いい加減にしろよ! 俺が来た意味なくなるだろ!」
こうして俺はエンタメAIとふざけあいながらも、最終的には俺がフライパンを奪い取って自分で焼く事に成功した。
若干焦げた豆バーグを味見する俺を遠くで見ていた家族連れは、自分達が連れているエンタメAIに共有データを参考にして真似するように命令していたのだった。
想像膨らむ短編モノって好きなんですよね!
練習途中の書きかけで中断するのはないかなと思ったので書ききった訳ですが、|読者(おまえら)達をあーでもないと妄想させられたのなら私的には大成功です!