螺旋の風 ~サザンクロスのメガミたち~   作:トミすけ

1 / 11
第一章 負け姫
1-1


 今日の戦場は荒野。

 砂塵舞うフィールドの先を半眼でにらみながら、セシルは一人立ち尽くしている。

 手には大型の斧槍――ハルバード。握り直す。しっくりと手になじんでいる。この超重の近接武器は長らく共に戦ってきた相棒だ。

 対戦相手が来る。

 今回の対戦相手は三機のチーム。

 赤茶けた土煙をけたてて、相手のメガミ一機が迫りくる。

 迎え撃つべく、セシルは右脚を少し引いた。ハルバードを持ち上げ、構える。

 

「はあああぁぁぁッ!」

 

 相手が気合の声とともに、間合いを割った。

 セシルは無言でハルバードを斜めに振り下ろす。巨大な斧の刃が暴力的な加速で落下する。

 相手メガミはWISM:グラップラー。格闘戦闘を得意とする。カスタムされた脚パーツは俊敏で、セシルの一撃をステップで難なくかわした。

 この時点での他二機のメガミの動向。

 一機はセシルの右手側から銃を構えている。

 もう一機は高速移動でさらにセシルを回り込み、真後ろの中距離から狙ってきている。

 これはマスターからもたらされた情報だ。

 眼前のメガミの動きから予測される、相手メガミの習熟度。

 瞬時に把握した相手チームの力量に、セシルは内心でため息をついた。

 

――また、物足りないな。

 

 そうであれば、長引かせる必要もない。

 斧が地面を叩いた。

 セシルは慣れた動きで斧の刃を返すと、間髪入れず、斧の柄を蹴り飛ばした。

 

「なっ……!?」

 

 相手のグラップラーは意表を突かれた。

 振り上げるハルバードの先端は、振り下ろすよりも遅い。そのはずだ。

 だが、反転してきた斧の刃は、振り下ろされた以上の加速でグラップラーを襲う。

 切り返しの速度を計算に入れて踏み込もうとしていたにもかかわらず、グラップラーは、かわすことはできなかった。

 そのまま斧の直撃を受けて弾き飛ばされる。

 一瞬、グラップラーの身体が光り輝く。バトル中のテクスチャーマッピング演出の効果だ。

 グラップラーは地に落ちると、そのまま動かなくなった。

 バトルシステムのジャッジAIに「破壊」と判定されたのだ。WISM:グラップラーはこのバトル中は行動不能になる。

 まずは一機。

 電子頭脳の片隅で数えながら、セシルは続けて動き出す。

 二機目が右手から射撃で仕掛けてきた。

 セシルは背中から伸びるサブアームにマウントした巨大なシールドを展開。このシールドはバレットナイツ:ランサーを特徴づける武装だ。

 相手の弾丸はシールドの表面で弾かれる。

 別の一機は背中から迫ろうとしている。間もなく撃ってくる。

 セシルは迷わない。

 右のメガミに迫るべく地を蹴った。

 左シールドに仕込まれたスラスターで、荒野を滑るように加速する。足元から土煙が尾を引く。

 狙いを外された後ろのメガミが一瞬戸惑ったように動きを止めた。

 

「未熟だな」

 

 今度はつぶやくと、セシルは目標に定めたメガミに迫る。

 カオス&プリティ:ウィッチをカスタムしたそのメガミは、慌てて下がりはじめる。

 対するセシルは背中のサブアームからマシンガンを伸ばした。

 発砲。脚部を狙う。

 これは威嚇だ。

 

「ひゃっ!?」

 

 驚いたウィッチが足を止めた。

 セシルの目が半眼になる。あまりにも未熟。シールドを持たないメガミが足を止めてどうするというのか。

 セシルはさらにもう一本のサブアームからライフルを展開し、マシンガンとともに一斉射撃する。

 

「うわ、うわわわ!」

 

 慌てながらもウィッチは反撃したが、弾丸は巨大なシールドに阻まれる。

 逆にセシルの銃撃は容赦がない。ウィッチの身体を銃弾がかすめ、耐久力は徐々に削られていく。

 加速したセシルはハルバードを横だめに構えた。

 彼我の距離はもうない。

 すれ違いざまに斧を一戦。

 ウィッチはテンガロンハットを飛ばしながら、声もなく吹き飛ばされた。

 これで二機。

 セシルは止まらない。

 左右のスラスターをさらに開くと、地面を滑るようにターンしながら一気に加速する。

 目指すは残りの一機、朱羅:弓兵だ。

 背中についているオプションパーツが彼女の加速の秘密のようだ。おそらくディーラー製の逸品だろう。

 突進するセシルを迎え撃つ弓兵は、チームの遊撃担当らしく、スムーズな機動で後退しながら射撃で牽制してくる。

 狙いも正確だ。

 

――だが素直すぎる。

 

 セシルは左右に身体を振って弾丸を避けた。しょせんは単発の牽制。かわすのはたやすい。

 さらに加速し、弓兵に迫る。

 弓兵の顔が見える。焦りが浮かんでいる。

 セシルの爆発的な加速のせいで、二機の距離は瞬く間に縮まっていく。

 シールドの先端に装備されたバルカン砲を一斉射。

 

「くぅっ……!」

 

 激しい牽制射撃に、弓兵の機動速度が緩む。

 セシルは手にしたハルバードをまっすぐに構えた。

 先端は片刃の剣になっている。

 突進速度はそのままに、長柄武器の切っ先を突き出した。

 

「あああぁぁっ……!」

 

 弓兵の胴を剣先が貫いた。

 セシルがスラスターの噴射を緩めていき、やがて停止した。

 傾けたハルバードの先端から、弓兵の身体がズルリと落ちる。

 

「まるで……鬼……」

 

 弓兵のかすかなつぶやきがセシルの耳に届いた。

 セシルはやぶにらみで対戦相手を見下ろす。

 赤茶けた地面に横たわったままピクリとも動かない。戦闘不能状態だ。

 それを確認したのと同時、プロジェクションマッピングによるバトルメッセージが空中に描き出された。

 

『WINNER:セシル』

『5 WINS』

 

 表示された連勝数が一つ増えたのを確認し、セシルはため息をついた。

 

「……鬼にもなろうさ」

 

 そのつぶやきは荒野の風にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

◆

 

 西暦二○四六年。

 「機械少女」に「模型の武装」を施し戦わせるバトルプラホビーが始まった。

 そのホビーの名は『メガミデバイス』。

 「機械少女」はフィギュアロボットで、体長一四cm。AIで自律稼働する。

 Mechanical Girls & Armament of miniture

 頭文字を取って「MEGAMI(メガミ)」と呼ばれる。

 「模型の武装」はプラモデルで、「メガミ」に装着させる。取り外しができるように作られるのが一般的だ。

 そして、武装させたメガミをジオラマかあるいはオンライン上でバトルさせる。

 バトルに使用する機体は、プレイヤーが自ら組み立て、完成させなければならない。

 発売から数年、メガミデバイスはいまや全世界を席巻するプラホビーの代表格だ。

 全国のホビーショップやゲームセンターを中心に対戦用ジオラマが整備され、対戦環境が確立された。

 全国大会も数多く行われている。それ以外の非公式大会はそれこそ数え切れないほどだ。

 ここ、C県の主要駅前にあるホビーショップ・サザンクロスも例外ではない。

 県下最大のフロア面積と、こちらも最大のバトルジオラマがあり、県内外からの注目を集めている。

 今日も多くのメガミバトルのプレイヤー――メガミマスターがサザンクロスを訪れる。

 

 

◆

 

 神崎綾乃がサザンクロスに到着し、店内の休憩スペースのテーブルに赴くと、チームメンバーが全員うなだれていた。

 

「どうかしたんですか?」

「姫……とんでもないのが来てるわよ」

 

 がっくりと頭を垂れた親友・佐倉美紗子がぼそぼそと答える。

 

「とんでもないの?」

 

 美紗子は無言で店内を指差す。

 細い人差し指の延長上。

 そこに広がるのは巨大なジオラマだ。

 ショップングセンターのワンフロアを擁するこのホビーショップ・サザンクロスの店内の実に半分を占める面積がある。

 これがすべて、メガミデバイスのバトル専用ジオラマなのである。

 六つのジオラマが組み合わされて、一つの巨大なジオラマになっている。

 その一つ、一番手前の《荒野》ジオラマに、一機のメガミが佇んでいた。

 朱色と灰色に彩られた機体。茶色の髪が風になびいている。

 バレットナイツ:ランサーをベースにしているカスタム機のようだが、武装は大きく異なっていた。

 重装備だ。

 バレットナイツを象徴する巨大な盾が二枚。背面のサブアームに懸架されたマシンガンとライフル。

 そして、手にした巨大なハルバード。先端の斧部分は通常のものより大きく、尋常でない破壊力を持つことが見て取れる。

 綾乃は長らくこの店の常連であるが、初めて見るメガミだ。

 そのメガミは、重い武装を背負っているとは思えないほどの素早い動きで、迫りくる敵を瞬く間に打倒していく。

 店内の壁際には、対戦を実況するモニターがいくつも設置されている。その中で一番大きいメインモニターは今注目のバトルを表示するようになっている。

 メインモニターにランサーの勝利メッセージが表示された。勝利数がひとつ加算される。現在十五連勝中。

 

「ああ~、また勝ったよ。あんなの倒せるのかね」

「猛、あなたは対戦しましたか?」

「したよ。でも全然ダメ。奴に五勝目を献上」

 

 猛と呼ばれた、少し軽い雰囲気の、茶髪の少年が肩をすくめて首を振った。

 伸ばした黒髪を後ろで結んだ長身の少女が、腕組して続ける。

 二人はどことなく顔立ちが似ている。それもそのはずで、彼女は猛と双子の姉弟なのだ。名前は橋本凛。

 

「わたしと猛、美紗子のチームで挑んで完敗。しかも秒殺」

「秒殺……ですか」

「アヤの指揮がなかったとは言え……不甲斐ない」

 

 にわかには信じがたかった。

 この三人の実力は、この店のチームでは中堅レベルだ。それでも、メガミ一機相手に一分もたないような実力ではない。

 

「バトルポイントでこっちが倍近かったんだけどね……反則級の強さだ」

「三人チームで挑んで歯が立たないとなると……たしかに、とんでもないですね」

 

 綾乃は店内に視線を戻す。

 ハルバード使いのランサーは大型モニターを独占し続けている。

 斧槍が風を裂き、またしても一機のメガミが地に伏した。

 その様子を見ていた綾乃は、わずかに首を傾げる。

 美紗子が携帯端末から視線を上げた。

 

「あのメガミ、《ワンマンアーミー》って呼ばれてるみたいね。強いわけだわ」

「ワンマンアーミー?」

 

 美紗子は携帯端末の画面を見せた。調べていた内容が表示されている。

 

「昨年の高メに出場して、I県の県大会優勝。一人チーム、一機のメガミで勝ち進む。だから《ワンマンアーミー》」

 

 高メとは、メガミバトル競技連盟が主催する『高校生メガミデバイス選手権大会』の略称だ。綾乃たち高校生にとっては最大級の競技バトル大会である。

 彼女はチームの情報担当でもある。バトルで疑問なことがあればすぐに検索するのが彼女のクセだ。

 美紗子の情報を見て、綾乃は顎に手を当てると、ふむ、とさらに首を傾げる。

 

「それにしては……少し窮屈そうですね」

「窮屈そう?」 

 

 今度は美紗子が首を傾げた。

 身の丈より長いハルバードを軽々と振り回すメガミが窮屈そうにはとても見えない。

 そうこうするうちに、実況用モニターが《ワンマンアーミー》の一六勝目を告げた。

試合を観戦していたギャラリーがざわめいている。

 やがて、敗北したチームがとぼとぼと対戦ブースを後にした。

 《ワンマンアーミー》が対戦待ちの状態になる。

 

「ちょっと行ってきますね」

 

 自販機に缶ジュースを買いに行くような気安い口調で言うと、綾乃は迷いなく対戦ブースへと歩を進めていく。

 声をかける暇もなかった。

 猛は頭の後ろで手を組むと、ため息まじりに言った。

 

「あーあ、出たよ……アヤちゃんの悪いクセが」

 

 

◆

 

「結局ここも同じか……」

 

 自分のメガミが佇む《荒野》のジオラマを見つめながら、穂高舜はため息をついた。

 この店に来たのは今日が初めてだ。

 肩慣らしついでにお手並拝見、と本気の武装でブースに入ってから十六連勝。

 勝利を積み重ねることが出来たのには理由があった。

 戦い慣れた相手ばかりだったからだ。

 同じ装備、同じ戦い方、同じ価値観。勝敗にこだわるあまり、競技バトルで勝っているメガミをそっくりに真似た装備、真似たチーム構成、真似た戦術が蔓延している。

 今どきはやりのチームとは、嫌というほど対戦してきた。

 しかも、付け焼き刃のチームがなんと多いことか。

 その武装や戦術が選択された意味を紐解き、自分のものにしなくては、本当の強さなど引き出せないというのに。

 そして、自分たちを見る目も同じ。

 そうした付け焼き刃のメガミたちをチームごと倒す。

 はじめは称賛される。しかし、それは徐々に畏怖に変わり、勝ち数が二桁を越えたあたりで批判に変わる。

 いわく、一人チームでそんなに強いはずがない。なにか不正をしているんだろう……。

 

『仕方がないことでしょう。皆結果しか見ていないですから。わたしたちの努力なんて知る由もない』

 

 セシルの声がレシーバーを通して、舜の耳に届いた。

 舜は暗澹たる気持ちで同意する。理解できないことは、結果さえも否定される。それは舜が痛いほどよくわかっていた。

 期待するほうが馬鹿なのか。

 舜がもう一度ため息をついた、その時。

 

「すみません。今度はわたしとお手合わせ願えますか?」

 

 隣のブースから、涼やかな声が聞こえてきた。

 思わず振り向いて……そして息を呑む。

 声の主は少女だった。

 高校生くらいだろうか。制服姿のようだが、ブレザーの代わりに白いパーカーを着て、大きめのスニーカーを履いている。

 小柄で色白、黒くつややかな長髪。そして、優しげな瞳に、すっきりとした目鼻立ち。

 とてつもない美少女だった。

 奥手な舜でも視線を釘付けにされてしまうほどの美貌である。

 その美貌が、舜の顔を覗き込んできた。

 

「あの、お手合わせをお願いしても?」

「あ、ああ……いいとも」

 

 視線を外すことで、かろうじて返事ができた。

 思わず見惚れてしまっていた。こんなことは初めてだ。

 さぞかし人気のあるメガミマスターなのだろう。

 と思ったが、聞こえてきたギャラリーの声は、舜の予想とは違っていた。

 

「おいおい、《負け姫》。またかよ」

「あんたの腕じゃ、勝てるわけねーぞ」

「やめとけやめとけ、時間と金の無駄だ」

 

 からかい調子のヤジが飛び交う。少なからず嘲笑も混じっている。

 その中の一言に、舜は引っかかった。

 

「負け姫……?」

 

 どういう意味だろう。

 この少女のあだ名だろうか。それにしては、ひどい言われようだ。

 しかし、隣の彼女は一向に気にした様子はない。手にしていた携帯端末をブースのスタンドにセットする。

 ブースと言っても、透明な板で仕切られている程度の簡素なものだ。

 ジオラマが広大なので、周囲に設置されたブースに自由に立つことになっている。

 対戦相手が近いほうが声をかけやすい。だから隣か、一つ離れたブースに入るのがここでは一般的だった。

 二人は、端末にインストールされたメガミバトル用のアプリを起動する。

 すると、店内のバトルシステムとリンクし、現在対戦待ちになっているメガミがリストで表示された。

 舜はリストの中から、隣のブース番号で対戦待ちになっているメガミを選択した。

 メガミの名前は「マリー」。

 相手もすぐにこちらのブースを選択し、マッチメイクが完了する。

 アプリの画面がバトルモードへと遷移する。

 彼女のブースから、メガミが一機、《荒野》のジオラマへと降り立った。

 

「珍しい機体だな……」

 

 舜は思わずつぶやいていた。

 

「WISMプロトタイプ《ヴァンガード》……見るのは初めてだ」

 

 WISMはメガミデバイス発売初期の製品である。

 人気アニメの一般兵をモチーフとしたメガミデバイスだ。メガミデバイスの人気はここから火がついた。

 《ヴァンガード》はイベントでの発表時に、メーカーが参考出品した機体である。

 当初はリーダー機と目されていたが、ついに一般販売には至らなかった。ごく少数がメーカーサンプルとして出回ったという幻の機体である。

 そのメガミ・マリーは、WISMの初期装備からずいぶんとカスタマイズされている。

軽装だ。

 WISMのメガミは、人気アニメに登場する帝国婦人宇宙海兵隊(WISM)の一般兵をモチーフとしているから、もともと重装備ではない。だからWISM使いなら、装備を盛るようにカスタマイズするのが定石だ。

 胸部と脚部、右腕は朱羅シリーズのものを流用。左腕はWISM:グラップラーの鉤爪がついた武装腕。武器はWISM標準のマシンガンが一丁。それだけだ。

 脚部の武装が弱いWISMに、朱羅の脚部パーツを流用するカスタマイズは、WISM使いにとって定番メニューではあるが、しかし。

 

「その装備でいいのか?」

「はい」

「バトルポイントで二○○近い差になるけど……?」

 

 バトルポイントで二○○といえば、素組みのWISMシリーズ一体分に相当する。二機のメガミチーム相手に単独で戦うのと同じくらいの戦力差だ。

 だが、

 

「お気になさらず」

 

マリーのマスターは、その一言でさらりと流した。

 

――まあ、人のことは言えないか。

 

 相手が納得しているなら、問題はない。

 かく言う舜も、バトルの設定を合計ポイント一○○○まで、複数メガミ可に設定して、乱入を受け付けていたのだ。

 舜のメガミ・セシルのバトルポイントは今の装備で四○○である。対チーム戦用の重装備だ。

 

 模型の荒野で、二機のメガミが向かい合うのが見える。

 それと同時、店内の実況用のモニターに対戦を知らせる画像が流れた。

 

『セシル VS マリー』

 

 周囲を取り囲む観客たちがざわついている。

 今までとは少し異なる観客の反応に、舜は少しだけ眉をしかめた。

 相手チームを激励する声に代わり、今回は侮蔑と嘲笑が入り混じっている。

 しかもそのほとんどは、自分ではなく、隣の美しい対戦相手に向けられている、ようだ。

 しかし、対戦相手はそれを意に介している風もない。彼女は端末の画面に表示された『バトルスタート』のボタンをタップした。

 舜も同様にタップする。

 すると、向かい合うメガミ二機のまわりが明るくなる。

 樹脂製の荒野に、赤茶けた砂塵が舞い始めた。プロジェクションマッピングによるバトル演出だ。

 空中に文字が投影され、戦いが始まる。

 

『BATTLE START』

 

 

◆

 

 『荒野』のジオラマは赤茶けた土が平坦にならされているだけである。

 別のエリアのように、障害物などは何もない。

 だから、身を隠したり、地形の高低差を利用したりすることもできず、ただメガミの特性を活かした正攻法だけで戦うことになる。

 

――その状況でチーム相手に一六連勝。桁外れね。

 

 マリーは間合いを開けて対峙するメガミを見た。

 しかも一六連勝中、ブースから離れてもいないらしい。簡単な武装の調整などは行っているにしても、バッテリーの充電すらろくに行っていないということだ。

 バトル中のエネルギーのペース配分も完璧に行われている証拠である。

 どう火蓋を切るべきか、ためらっていると、不意に正面から声がした。

 

「どうした? 来ないのか?」

 

 ひどく落ちついた口調。にもかかわらず、緊張と殺気がみなぎっている。

 

「ならば、こちらから行くぞ」

 

 言うが早いか、セシルが地を蹴った。

 超重装備のくせに、滑るように迫ってくる。

 肩に担いだハルバードが大きな孤を描いて振り降ろされた。

 大振りなポールウェポンは、大きさの分だけ軌道も読みやすい。

 マリーは余裕を持って、ステップで横にかわす。

 セシルが足の位置を踏み変えると、次は横薙ぎに振り回してくる。

 同時に、肩越しに伸ばしたアームに設置されたマシンガンから射撃が来た。

 

「ちょっ……!」

 

 踏み込もうとしたマリーの足元に着弾。

 判断を切り替えたマリーは大きく跳び退く。ハルバードのリーチから逃れる。

 マリーが着地して構えたときにはもう、セシルはもう元の構えに戻っていた。

 微塵の隙もない。

 今の攻撃、ハルバードの二撃目は読んでいた。だからかわして踏み込もうと思っていたのだが。

 下手に踏み込めば蜂の巣にされていたろうし、少しでも躊躇したら返す斧に両断されていた。

 

――なるほどね。

 

 セシルの攻撃は常に二段、三段構えなのだろう。それに引っかかった哀れなメガミたちは一瞬にして敗れ去っていったのだ。

 しかし、それはそれでやりようはある。

 あの重装備は特徴でもあり、弱点でもある。

 マリーは腰を落とし、低い姿勢を取る。

 装備されている朱羅シリーズの脚部は敏捷性に優れている。素早い動きでかき回す。あの重装備ではついてはこれまい。

 マリーは横滑りするようにダッシュした。

 

 

◆

 

 はたして、マリーの思惑通りにバトルは進まなかった。

 一撃離脱の戦法で、機動で揺さぶりをかけながら攻撃を仕掛ける。

 しかし、重装備のランサー型は小揺るぎもしなかった。

 バレットナイツの標準装備である巨大なシールドを二枚装備しており、あらゆる攻撃が防がれる。

 射撃武器も満載されているので、近づくのも至難の業だ。

 近づけば近づいたで、一撃必殺のハルバードが襲ってくる。

 まさに難攻不落の城、といった様相である。

 対して、マリーの手持ち武器は、WISMシリーズの標準装備のマシンガンだけだ。

 このままでは埒が明かない。

 

――まずは、あのシールドをなんとかしないと。

 

 そうでなければ勝負にもならない。マスターである綾乃の目的も達成はできない。

 仕方ない。

 マリーは心を決めると、再び走り出す。

 対するセシルは動かずに待ち構える。

 背中にマウントされたサブアームを伸ばす。先端に握られているマシンガンが展開され、 セシルに狙いを定めた。

 発砲。

 しかし、マリーは速度を落とさない。狙いを定めさせないように、ランダムに左右に跳び回りながら突撃する。

 セシルに迫る。

 セシルが左のシールドを展開し、メガミ本体をマリーの視界から覆い隠す。

 マリーは構わず踏み込んだ。

 左腕の鉤爪を握り込み、拳を突き出す。

 

「はあああぁぁっ!」

 

 裂帛の気合も分厚い盾に阻まれる。左拳と盾が接触した。

 何かがきしむ音がする――。

 次の瞬間、シールドに放射状のヒビが入った。

 

「なっ……!?」

 

 さすがのセシルも驚愕し、思わず一歩跳び離れた。

 マリーもまた、後ろに下がって間合いをあけた。

 セシルの視界の隅に、壊れた左シールドが見えている。

 根本の関節部分がグラグラと揺れていて、まともに保持できていない。左シールドがマウントされたサブアームの可動を試すが、やはりまともに動かない。

 

――……何が起きた?

 

 左腕の鉤爪。それをシールドで防いだ。それだけだ。

 WISMグラップルの標準装備のクローでやすやすと切り裂かれる装備ではない。

 しかし破壊された。マリーの拳が触れた部分を中心に、放射状にヒビ割れている。しかも、シールドをマウントしているサブアームの接続部と関節部へもダメージ受けている。

 一体どうすればそんなことが可能なのか?

 考えられることは……。

 その時、舜の声が届いた。

 

『あの左腕、どうやら特別な装備のようだ。接触の瞬間、振動が検知されている』

 

 振動?

 シールドにひびが入り、サブアームまで故障するほどの振動?

 戦歴の長いセシルであるが、今までに出会ったことがない装備だ。

 今のはシールドで防いだが、あるいはあの攻撃がメガミ本体に当たっていたら――ただでは済まない。

 セシルは激しい戦慄に襲われた。

 

 一方、間合いを取ったマリーは少しだけ後悔していた。

 

『マリー?』

 

 自分の主の咎めるような声。

 この能力を使うことは、綾乃にとって禁忌である。

 それを承知いてなお、マリーは使った。そうでもなければ、セシルの鉄壁の防御を切り崩せない。一方的に敗れるだけ。それでは意味がないのだ。

 

「一度だけです。二度と使いません」

 

 マリーは自らのマスターに誓いを立てる。

 綾乃は小さくため息をついた。

マリーが「あの攻撃」を使った意図は理解している。それでも、綾乃はマリーに使わせたくはない。

 だが、相手のシールドを傷つけたことで、マリーの実力を垣間見せることが出来た。バトルの流れが少なからず変わる。

 そして、セシルの本当の姿も見えた。

 

――頃合いですね。

 

 綾乃は隣のブースにいる、長身の青年にそっと視線を送る。

 

 

◆

 

 隣のブースから不意に声をかけられた。

 

「あの」

「……え?」

 

 今はバトル中である。

 バトル中に相手からヤジ以外で声をかけられるなんて、初めての経験だ。

多くの場合、バトルの相手はジオラマを挟んで向かい側にいるから、世間話ができる距離にはいない。

 対戦相手が隣で戦っている状況だからこそ成り立つ会話。ここサザンクロスの巨大ジオラマならではの出来事だった。

 それでもバトル中に会話を仕掛けてくるなんて、マナー違反ではないのか。

 戸惑う舜に、綾乃は告げた。

 

「あなたのメガミの本性を見せていただけませんか?」

「……なんだって?」

「セシルは……ずいぶんと窮屈そうです」

 

 舜は思わず隣のブースの少女を見た。

 彼女も静かにこちらを見つめている。正直な視線。こちらを惑わすような素振りではない。

 

「……本気で言っているのか?」

「はい」

 

 真剣な声。

 舜は内心驚愕していた。

 他の誰も気づいていないセシルの戦いの本質に、隣の少女は触れようとしている。

 彼女は見抜いているのか。

 セシルにとって、背部からマウントされた装備群は「後付け」にすぎないことを。

 その洞察力に、舜は戦慄すら感じていた。

 舜は瞼を閉じる。そして心を決めてゆっくりと開いた。

 瞳に剣呑な光が宿っている。

 それから隣のブースの少女とゆっくり視線を合わせる。彼女は変わらず真剣な眼差しで、まっすぐに舜を見ていた。

 

「……後悔しても知らないぞ?」

「本性を見せていただかないことのほうが後悔します」

「……」

 

 舜は、耳に装着したワイヤレスレシーバーを押さえると、自分のメガミに話しかける。隣のブースにも聞こえるように。

 

「セシル、久しぶりに本気が出せそうだ」

『では』

「そうだ。思う存分振るっていい」

『承知』

 

 荒野に立つ二機のメガミは、武器を構えたまま対峙している。

 セシルはやぶにらみでマリーに視線を送っている。

 その表情に徐々に変化していく。口角が釣り上がる。

 

――久々に修得した技のすべてを開放できる。

 

 口元で嗤う。

 昏い歓喜の表情がセシルを彩る。

 次の瞬間、セシルの背中からバックパックがはずれた。重々しい音ともに地に落ちる。

 大型シールド二枚、火器二丁、複雑な構造のサブアーム群、腰から伸びるスカートの装甲。それらをすべてを捨てたのだ。

 今やセシルの武器は、手にした巨大なハルバード、それのみ。

 しかしセシルは口元に嗤いを貼り付けたままだ。

 

 

◆

 

「え!? ちょっと……なんで!?」

 

 猛が驚きに声を上げた。

 観戦用のメインモニターには、セシルとマリーのバトルが映し出されている。

たった今、圧倒的に有利な状況であるにも関わらず、セシルは背負っていた盾も飛び道具も捨てた。

 周囲の観客もざわついている。

 完全な勝利がほとんど手中にあるにも関わらず、なぜ自ら戦力を落とすような真似をするのか。

 それが綾乃の仕業であることは、猛にはわかっていた。

 綾乃がバトルに求めているのは、相手の本気の姿だ。

 だがそれだけに、セシルが飛び道具もシールドも捨ててしまうことが理解できない。

 

 

◆

 

 そんな観客たちの感想と、マリーは真逆の思いでいた。

 セシルはハルバードの中ほどを持ち、先端のパイクをこちらに向ける形で構えている。

 恐ろしく様になる立ち姿には、微塵の隙も感じられない。

 セシルはかわらずマリーを睨みつけている。

 しかしその眼光は、鋭さ、清冽さを増していた。

 セシルとの距離はまだ十分にある。

 にもかかわらず、マリーは思わず一歩後ずさる。

 

――ちょっと……バックパックつけてるときよりよっぽど……

 

 こわい。

 隙のない立ち姿の中に、躍動を孕んでいる。

 重装備というくびきを解かれた獣。

 マリーにはそう見えた。

 

――「あれ」を出さずにいられるか?

 

 先ほどマスターと約束したばかりだが、自信がない。

 そう思っている間にセシルが来た。

 今まで以上の速度、そして躍動感。

 ハルバードを振り上げ、そのまま踏み込んでくる。

 斧が振り下ろされる。

 セシルのハルバードほどの超重装備なら、速度は破壊力に転化する。

 今の攻撃、斧の先端の速度は、フル装備のときよりも明らかに速い。

 からくもかわしたマリーは、身を翻しつつ反撃に出る。

 左腕を構え、鉤爪をセシルに向けて繰り出した。

 それと同時、セシルはハルバードの柄尻を振り上げた。

 

「!?」

 

 柄尻はマリーの左肘を打ち、攻撃の軌道をそらす。体勢が崩れる

 たたらを踏むマリーの脇に、ハルバードを回し、すくい上げるような斧の一撃が来た。

 

「くっ……」

 

 マリーが加速した。ステップしてかわす。

 セシルは止まらない。

 振り上げたハルバードの柄を肩口で受け、勢いそのままに踏み込んだ。

 反動で先端が跳ね上がり、そのまま振り下ろされる。

 マリーがかわす。

 セシルは身を翻すと、柄を蹴り飛ばし、左から右へ超速の斬撃を送り込む。

 息もつかせぬ連続攻撃。

 しかし、マリーを捉えることはできなかった。

 伸びてきたハルバートの横斬りを、大きく後ろに跳んで回避していたのだ。

 マリーが翻した身体を正面に戻したとき、セシルはすでに元の構えに戻っていた。

 寸分の隙もない。

 恐ろしい獣を解き放った……。

 マリーは戦慄を覚えていた。

 

 セシルもまた瞠目していた。

 今の連続攻撃はまだこのジオラマで見せていない。

 重装備を外した今だからこそ、ハルバードの自由度が増し、繰り出すことができるようになった。

 この一連の連続攻撃に、セシルには絶対の自信があった。

 しかし、マリーは初見でかわしきった。

 見据えた正面に、マリーが腰を落として構えている。しなやかな体躯を持つ猫科の獣のようだ。

 

――よかろう。必ず捉えて見せる。

 

 セシルはまた口元だけで嗤い、ハルバードを構え直した。

 

 

◆

 

――今のは何だ?

 

 舜はバトル用の端末を操作すると、今の攻防のデータを呼び出す。

 マリーの動きに違和感があった。

 連続技の後半、マリーの回避速度が明らかに上がっていた。それは舜が知るメガミの速度域を超えている。

 データが表示される。

 すると、マリーの速度が後半で急激に上昇していることがグラフ示されていた。

 舜は小さく頷く。

 自分の感覚が間違ってはいなかった。

 数値を見れば、セシルの速度域を遥かに超えていることがわかる。

 つまり、マリーは尋常なメガミではない。

 そしてさらに疑念を深める。

 どうしてこれほどの性能がありながら、最初から使わない?

 たとえ緊急用に取っておいたのだとしても、なぜそうする必要がある?

 最初から戦術に織り交ぜれば、もっと効果的に戦えるはずだ。

 そうすれば、もっとバトルで勝てる。

 《負け姫》などというあだ名に甘んじることもない。

 なぜだ?

 疑問は尽きない。

 しかし、この場で考えるだけ出る答えでもない。

 そして、その能力があったとしても、捉えられきれない相手ではない。

 舜はレシーバーに手を当てた。

 

「セシル、前に出ろ。一気に攻め落とせ!」

『承知!』

 

 短く応えて、セシルは地を蹴った。

 

 

◆

 

「すごい……まるで竜巻のよう……」

 

 綾乃は思わずつぶやいた。

 セシルのハルバードさばき。それこそは彼女の本性。

 背面の装備がなくなったことで、ハルバードの可動域が大きく広がった。

 それにより、ハルバードの攻撃は今までよりもはるかに速く、多彩になった。

 間断なく繰り出される攻撃は、まさに竜巻だった。

 その美しさに見惚れてしまう。

 マリーは「あれ」を使っているが、咎めることはできなかった。

 使っていなければ、バトルはとっくに決着している。

 それほどにセシルの攻撃は苛烈だった。

 

 

◆

 

 セシルの攻撃の竜巻はとどまることを知らない。

 間断なくマリーを攻め立てる。

 

――どうすりゃいいってのよ……。

 

 怒涛の連続攻撃を前にして、マリーは「あれ」を使いっぱなしだった。

 そうでなくては、セシルの攻撃を凌ぐことさえかなわない。

 しかも、セシルには隙がない。

 攻撃の間隙を縫って、反撃に出たが、防御は完璧だった。

 むしろ反撃を誘われたのではないかと疑わしいほどだ。

 

――せめて、左腕が使えれば……。

 

 そう思っても仕方のないことだ。

 この力は綾乃が忌避している。それはマリーも納得の上でバトルを続けている。

 たとえ使ったとしても勝てるかどうか。

 セシルは明らかに左腕の「あれ」を警戒している。先程の左腕の攻撃で、左肘を柄の端で打って、攻撃をそらそうとした。ついさっき一度見せただけの、あの攻撃に対して対策をしてきた。

 だから、使ったとしても有効打にはならない可能性が高い。

 今までに無数の敗北を積み重ねてきた。

 しかし、「あれ」を使えれば勝てた、と思うことで、自分を納得させてきた。それで満足だった。

 目の前のメガミは、マリーのささやかな満足感すら奪おうとしている。

 そして、自分には為す術がない。

 こんな絶望的な気持ちになるのは初めてだ。

 セシルが迫り来る。振り上げたハルバードを袈裟斬りに振る。

 反応したマリーはからくも避ける。

 

――振り返しの攻撃が来る。

 

 判断したマリーが後に小さく跳ねた。

 それでセシルの斧の制空権外に逃れられるはずだった。

 マリーが宙に浮いたその瞬間。

 セシルのハルバードの先端が爆発的に加速したかと思うと、マリーに向かって伸びてきた。

 

「!?」

 

 セシルは柄の半ばを握っていた左手を離し、端を握っていた右腕だけでハルバードを支持し、リーチをを伸ばして振るったのだ。

 さらに、振り出す直前に、セシルはハルバードの柄を蹴り飛ばしていた。

 ハルバードを返さず、そのまま振り出したことで、一瞬の間は加速にプラスされた。

 斧の刃の反対側には、一本のパイクが飛び出している。

 鋭いパイクがマリーに迫る。

 飛び跳ねたその一瞬、浮いているマリーは軌道の変更ができない。

 かわせない。

 パイクがマリーの腰部を直撃し、攻撃の勢いそのままに跳ね飛ばされた。

 

「ぐうぅ……」

 

 マリーは立ち上がろうとした。

 が、身体が持ち上がらない。腰の関節が破砕されている。

 セシルがゆっくりと歩み寄る。

 マリーが顔を上げた。

 セシルのシルエットが見える。

 頭の両側から伸びるヘッドセットのアンテナ部が角のように見える。

 まるで鬼だ。

 長柄の斧を持つ鬼。

 その戦いぶりも、鬼と呼ぶにふさわしい。

 もはやマリーは立つことはできなかった。

 敗北に身震いするなんていつ以来だろう。負けるなんて、慣れきったことなのに。

 マリーは思わずつぶやいた。

 

「あ、あんたは、鬼か……」

「……鬼にもなろうさ」

 

 鬼は大きく振りかぶると、ためらうことなく、マリーに向けて斧を振り下ろした。

 マリーの意識は、勝敗の表示を見る前に、途切れた。

 

 

◆

 

「対戦、ありがとうございました」

「あ、ああ……」

 

 対戦相手の少女は丁寧にお辞儀をすると、隣のブースから離れていく。

 舜はその細い後ろ姿を呆然と見送った。

 ブースのテーブル上にセットされた舜の端末には、勝利の表示が明滅している。

 バトルはセシルの勝利で幕を閉じた。

 だが、バトル中のマリーの挙動については、一切わからないままだ。

 そして今、離れ際に見せた、彼女の表情。

 微笑んでいた。

 その微笑がひどく寂しいものに見えた。

 

――なぜそんな顔をする?

 

 自ら望んだバトルで、なんでそんなに寂しそうなんだ。

 思いを巡らす舜の耳に、ギャラリーの話し声が聞こえてきた。

 

「やっぱ『負け姫』だよなぁ」

「いつも通りの負けっぷり」

「何度やったって、勝てるわけねーぞ」

 

 あちこちから野次が飛ぶ。

 綾乃はそれもまた受け流し、微笑んでいる。

 そのことが舜に猛烈な違和感を抱かせた。

 

――負け姫? 弱い? 彼女が?

 

 セシルの武装が後付けに過ぎず、ハルバードの技こそが屋台骨であることを見透かされたことなんて、今まで一度もなかった。

 彼女だけが見抜いていた。

 だからこそ、ハルバードだけの勝負に応じたのだ。

 それから、彼女のメガミ、マリーの能力。大型シールドを一撃で破壊する左腕と、セシルの旋風のごとき攻撃をかわしきる加速。

 強くなる要素こそあっても、負け続ける要素がない。

 しかし、彼女はマリーの能力を使い切ることなく、敗北を受け入れた。

 そして、ギャラリーの嘲笑を甘んじて受けている。

 

――それでいいのか? なぜ全力を出さず、笑われっぱなしでいるんだ?

 

 心の中で放った問いに、舜の胸がざわざわとさざ波が立つ。

 黒い気持ちがあふれ出しそうになるのを、舜は無理矢理押さえつけた。

 今一度、舜は綾乃を見た。

 今しがた対戦した少女は、チームメイトのもとで笑顔をみせている。

 しかし、それがどうしても、今にも泣き出しそうな表情に、舜の眼には映っていた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。