4-1
「防御陣! 集合なさい!」
有栖川今日子が叫ぶと、チーム《アリスアライズ》のメガミ四機はジオラマ内の一点に集合した。
全機が背中合わせになり、それぞれ正面に銃口を向ける。三六◯度隙のない防御陣形だ。
「これをやられると……」
佐倉美沙子の声には焦りがにじむ。
チーム《スパイラルウィンド》のメガミ五機は、その周囲を取り巻くようにぐるぐると回り始めた。
こうなると、《スパイラル・フォーメーション》は機能しない。
縦横無尽、一撃離脱の連続攻撃で相手の得意な動きを封じるのが《スパイラル・フォーメーション》の特長だ。
防御に徹したトーチカと化した相手はそもそも動かないので、その周囲を回って様子をうかがうことしかできなくなってしまう。動かない敵はいい的ではあるが、射撃だけで撃墜し切る火力は《スパイラルウィンド》にはない。
逆に《アリスアライズ》のメガミたちから見れば、スパイラルウィンドのメガミたちは動く的に成り下がる。
幾度となく対戦しているアリスアライズが編み出した《スパイラル・フォーメーション》破りの一手だった。
《アリスアライズ》からは散発的な牽制の射撃がが加えられる。
《スパイラルウィンド》のメガミたちは致命傷にはならずとも、じりじりと削られていく。
「仕方がありません」
神崎綾乃はタブレットに細い指を滑らせ、指示を変更する。
四機のメガミは隊列を変えた。
セシルは一機だけ隊列を離れて遊撃。他の四機を一点集中させて亀の子を崩そうとする。
しかし。
「あ、落ちた」
「こっちも……」
早々に橋本姉弟の声が耳に届いた。
タブレット画面を見れば、猛のウェンディ、凛のアカツキが行動不能の表示に変化している。
どこを崩そうとしても、メガミ一機の正面を取ることになる。
しかも、戦力を集中した機体の方に、隣接したメガミも射撃支援するから、さらに激しい弾丸の嵐に身を晒すことになる。
アリスアライズのメガミからすれば、停止して狙いをつけて射撃できるメリットがある。
美沙子のハヤテも雨あられと降り注ぐ銃弾の前に膝をついた。
『ちょっと……張り切りすぎた……』
綾乃のマリーも崩れるように地に伏した。
彼女はダメージはそれほど負っていない。バッテリー切れだ。マリーはまだ、ロストナンバーの能力である高速機動を、バッテリーマネジメントできるほど使いこなせていない。
残るはセシル一機のみ。
穂高舜は小さくため息をついた。
チーム戦で武装を減らしているとはいえ、セシル一機で勝ちに行くことはできるかもしれない。だがそれでは意味がない。
彼はタブレットを操作してメニューを呼び出す。
そして「サレンダー」ボタンをタップする。
サレンダー――つまり降伏。
『WINNER:チーム《アリスアライズ》』
プロジェクションマッピングで表示されたそのメッセージを、セシルは憮然とした表情で見上げていた。
◆
「ちょっとみなさん! 真剣にやってくれませんこと!?」
有栖川今日子のかん高い怒号に、チーム《スパイラルウィンド》のメンバー全員、肩をすくめるしかなかった。
直近、チーム《アリスアライズ》とは二度対戦したが、いずれも惨敗である。
原因はわかっていた。
舜とセシルが加入したことで、四人で長い間に積み上げてきたチームとしてのバランスが崩れてしまったからだ。
その結果、《スパイラル・フォーメーション》がうまく機能しなくなり、彼らの持ち味は活かせなくなった。
当たり前だった。セシルはチームで戦ったことがないからだ。
彼女は一機でチーム全体を相手にしようとする。だが、敵の前には味方がいて、思うように攻撃ができない。任せればいいのか、加勢をすればいいのか、その判断もつかない。
マスターを通じて送られてくる神崎綾乃の指示は、セシルの常識と大きく食い違っていて、信じていいものか判断できなかった。
そうこうして動けずにいるうちに、チームは瓦解した。
セシル個人としても、チームとしても、本領を発揮できないまま崩れて負けた。そのことにこそ有栖川は怒っているのだった。
しかし、スパイラルウィンドがこうして対戦できているのは、チーム《アリスアライズ》のリーダー・有栖川今日子のおかげだった。
舜がチーム《スパイラルウィンド》に加入した直後、常連たちから陰口を叩かれた。
このホビーショップ・サザンクロスで、他を寄せ付けぬ強さのルーキーが負け組チームに加入するのだ。勝率が上がって当たり前。わざと聞こえる声で「ずるい」という常連もいた。
チーム《ファンタジアン》の三人組はむしろ舜について、
「泣き落としでチームに入るなんて、プライドないのか」
と嘲笑う始末だ。
こうした周囲の反応は予想していた。しかし実際に受けてみて心が傷つかないかといえば、話は別だ。
そもそも舜をチームに引き入れたのは、彼の心に寄り添うためだ。
綾乃は意を決し反論しようと立ち上がった、その時だった。
「まったく……何を情けないことを言っていますの!? 真のメガミマスターならば! 手強いライバルチームが現れたことを素直に喜ぶべきでしょう!」
店の奥まで届きそうなほど大きく響く、居丈高な声。
有栖川今日子である。
彼女は綾乃の方に向き直ると、こう告げた。
「ですからわたくしは、あなた方のライバルになります。穂高様がチームを組むのなら、対戦相手が必要でしょう?
わたくしたちチーム《アリスアライズ》は、新生《スパイラルウィンド》の前に立ちはだかりますわ!」
「《アリスアライズ》は穂高さんに来てほしかったはずでは?」
「確かにそうです。今でも穂高様に来てほしいと思っています。でも、穂高様が選んだのは《スパイラルウィンド》だった。それだけのことです。わたくしは尊敬するメガミマスターの意思を尊重しますわ」
有栖川はド派手な身振りと大きな声でそう言い切った。
その姿は心強く、その心遣いはありがたかった。
そう思いながらも、綾乃はちょっと挑戦的な眼差しで彼女を見た。
「それじゃあ、早速対戦のお願いをしても?」
「望むところですわ!!」
こうして綾乃は、有栖川のチームから二敗を喫することになったのだった。
◆
チーム《スパイラルウィンド》は陰口叩かれつつも、なんとかチームで対戦できている。
《アリスアライズ》とのバトルを見て、面白半分、セシルが加入したチームの実力を試すため、あるいは今のうちにセシルにリベンジしておこうとする意図で挑んできたチームがいくつかあった。
チームに穂高舜が加入して二日。これまでの戦績は七戦七敗。惨敗もいいところだ。
「……すまない」
落ち込んだ様子で頭を下げる舜に、佐倉美沙子はむしろさばさばした口調で応えた。
「穂高先輩が頭を下げることはありません。想定内です。セシルが入ることでチームバランスが大きく変化することはわかっていたことですから」
「まさかここまで連敗するとは予想してなかったけどね」
橋本猛が暢気に頭の後ろで手を組んだ。
その隣で、双子の姉である橋本凛が細い顎に手を当て、首を傾げている。
「シュン先輩がサレンダーしなければ勝てたのでは?」
「そうかもしれない……だけど、残ったセシルで相手チームを一掃したら……チームの勝利とは思ってもらえないんじゃないかな」
舜が加入したことで、ただでさえ陰口を叩かれている状況だ。
チームメンバーが早々に脱落しても、最後にセシルだけがジオラマ上に立っていたのでは、「結局はセシル頼みだ」とさらに批判は高まるだろう。
誰が見ても「チームで勝った」という結果がほしい。
「で、これからどうするの?」
「連携の確認が必要でしょう」
「いえ、それよりも先にやることがあります」
ここでようやく、チームリーダー・神崎綾乃が顔を上げた。
見れば、彼女の大きな瞳が見開かれ、キラキラと輝いている。
舜を除く三人は皆、うんざりとした表情を浮かべた。ああ、これはダメなやつだ。
綾乃は生粋のバトルジャンキーであることは三人とも骨身にしみてわかっている。今までのバトルで、彼女が心躍らせる何かを得たことは明白だった。時としてそれは、チームメイトに厄介事となって降りかかるのだ。
綾乃はテーブル上に集合しているメガミたちに視線を落とし、声をかけた。
「セシルさん」
名を呼ばれたメガミは胸に手を当てると、静かに一礼する。
「神崎様。わたしはメガミですので、さん付けは必要ありません。どうぞ呼び捨てなさってください」
「では、セシル」
「はい」
「今の装備では十分に戦えませんか?」
「わたしは与えられた装備の中で十全に戦えます。そういう訓練を積んでいます」
「では、何が問題なのでしょう?」
「チーム内での身の置き方がよくわかっていません。わたしにチームで戦った経験がほとんどないからです。そこが問題かと」
即答だった。
綾乃は満足気に頷き、それからチームのメンバーを見渡した。
「お聞きになったとおりです。まずはお互いにできることを知るところから、ですね。セシルにチーム戦の基本を身に着けてもらいましょう」
美沙子たち三人はほっとしながら頷いた。思ったよりずっと常識的な提案だった。
舜にも異論はない。
すると、セシルが軽く手を挙げた。
「ならば神崎様、チームメイト一機ずつと組手をさせていただけませんか」
テーブルにいたメガミたちの視線がセシルに集まる。
「そもそもチームメイトの力量がわかっていない。《荒野》ジオラマと、それぞれが得意なジオラマで一回ずつ、一機あたり計二回。お願いします。あ、マリー、貴女は結構」
「なんでよ!?」
「あれだけやりあったのだ。もう力量は把握している」
「……そういうこと」
ぶつかり合うことでわかることがある。
何が出来て、何が出来ないのか。長所は何か、短所はどこか。遠距離での火力、近距離での攻撃力。移動速度と踏み込みの速さ……様々なことを短時間にまとめて知ることができる。
それを知ることで、自分の身の置き方がわかる
敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。
メガミの力量を把握するのには、セシルにはこれが一番だった。
◆
ホビーショップ・サザンクロスのジオラマは六つのエリアで構成されている。
入口近くに広く取られている何もない平地の『荒野』。
隣接した緑色の大地で、ゆるやかな勾配がある『草原』。
緑色が濃くなり、木々が立ち並ぶ『森林』。
森林に隣接し、巨大なジオラマの中央にそびえ立つ『山岳』。
近代的な建築が立ち並び、ハイウェイが通り抜ける『都市』。
そして都市の向こうに広がるアウトローの巣窟『廃墟』。
様々なメガミが持ち味を発揮できるジオラマの構成だ。
マンネリになるのを防ぐため、時々場所を入れ替えたり、新たなエリアと交換されたりする。
セシルはチームメンバーであるアカツキ、ウェンディ、ハヤテの三機とそれぞれが得意とするエリアで向き合っていた。
凛のメガミ・アカツキが選んだのは『都市』ジオラマにある細い路地。先日有栖川の蒼牙とマリーが対戦していた場所だ。
徒手空拳のアカツキにとっては得意のジオラマだ。左右に壁の壁を使っての三次元機動も可能になる。格闘戦にうってつけ、まさにストリートファイトである。
逆に幅の狭いフィールドだから、長柄の武器は振り回しづらい。ハルバード使いのセシルにとっては不利な条件だ。
バトルが始まってすぐに、アカツキはセシルの実力に瞠目することになった。
先に行った『荒野』での組手よりも踏み込めている。手数はアカツキの方が圧倒的に多い。だが、それでもすべて捌き切られた。近接格闘戦の熟練度が半端ではない。
しかも彼女はハルバード一本のみの装備。シールドははずしている。
手数を増やしても、トリッキーな技で意表をついても、あの超重武器で防がれる。
アカツキのプライドは少なからず傷ついたが、驚嘆がそれを上回った。
どれほどの研鑽を積めば、アカツキ渾身の連続攻撃を自分の身長を超える斧槍で捌けるというのだろう。
組手の後、その質問を直接ぶつけると、セシルは言った。
「毎日、鍛錬を続けている。それ以外にはない」
鍛錬を積めば、いつか彼女のように身体を使いこなせるようになるのだろうか。
ならば彼女から学ぼう。
その日からアカツキはセシルを師と仰いだ。
猛のメガミ・ウェンディとセシルは何度か顔を合わせている。夜の環状線バトルではむしろウェンディの方が先輩だ。
人懐っこい性格のウェンディは、セシルにも気安く話しかけた。セシルは塩対応だったが、気にするところが全くない。
彼女との手合わせは『山岳』ジオラマだった。
ウェンディはスナイパーである。敵の頭上を取るのは基本中の基本だ。高低差があり、木々や岩で身を隠せる『山岳』ジオラマは彼女にとってうってつけの場所である。
彼女は崖の上から、下方に向けてスコープを覗いた。
すると、
「《スパイラル・フォーメーション》中に止まって狙撃することはないんじゃないか?」
「うひぇあ!?」
背後からの落ち着いた声に、ウェンディは思わず飛び上がった。
バトル開始早々、同じ崖の上に対戦相手がいるとは夢にも思わない。とんでもない洞察力だ。
セシルは武器を構えもせず、落ち着いた口調で言った。
「狙撃ができるのはわかった。次は連携の時の動きを見せてもらおうか」
ウェンディは内心ビビりながら、二丁拳銃を抜いた。
先程のアカツキとの組手は見ていた。近接戦闘で歯が立つとはまったく思えない。だからこそ狙撃を選んだのだが、今の状況では近接戦闘で立ち向かう他ない。
銃剣付きのハンドガンの二丁拳銃を翻しながら、格闘戦闘で挑みかかる。
「ほう。ガン=カタ、というやつか? 珍しい」
かつてマスターが習っていたという空手をベースに、射撃を組み込んだ近接格闘戦闘。それがウェンディの技だ。アカツキの正統派空手を知っているほど、ウェンディの戦闘法には戸惑いやすい。
だが、セシルはまったく動揺することなく、ウェンディの技をすべてしのいでみせた。
美沙子のメガミ・ハヤテとの手合わせは『廃墟』のジオラマで行われた。
遊撃兵の役割を担うハヤテにとって、建造物に身を隠しながらの射撃が効果を発揮する得意のフィールドだ。
先の二機とは戦法も戦闘のレンジもまったく異なる。
だから勝てないまでもいい勝負には持っていける、とハヤテは考えていた。
だが。
「貴女の機動は素直すぎるな」
セシルのほうが一枚上手だった。
セシルはハルバードを片腕で抱えたまま、マウントしていたアサルトライフルを片手に射撃戦を挑んできた。
ハヤテは隠れつつ射撃しようとするが、セシルを捉えることができない。
それどころか、超重武器を抱えたままで目まぐるしい機動を見せる。
逃げようとすれば前を塞がれ、追っていればいつの間にか後ろを取られる。じりじりと耐久力を削られていく。
メインウェポンを使わなくても自分以上の戦闘を繰り広げるセシルに、ハヤテは戦慄した。
◆
このように、セシルの実力は他メンバーたちを圧倒していた。チームで束になっても敵わないのに、一対一で歯が立つはずもない。
今繰り広げられているアカツキ、ウェンディのコンビとのバトルは、彼女たちが得意な『都市』が舞台になっている。だが、格闘戦で足を止め、頭上を取られて狙撃されているにもかかわらず、セシルの動きには余裕が感じられる。
観戦していた美沙子がつぶやく。
「やっぱりセシルのポジションはタンクよね」
タンクとは敵の攻撃を受け止める防御役のことだ。
セシルがタンクとして敵を引き付けてくれれば、他のメガミは《スパイラル・フォーメーション》を今まで通りに使用でき、有利にバトルを進めることができる。
即効性があり、合理的なプランだ。
だが綾乃は首を振った。
「セオリー通りなら有効な手だとは思います。多くのバトルをする中では、そういう局面も出てくるでしょう。でも、それだけではもったいないです」
「もったいない?」
「セシルは万能ですから。彼女を動かしてこそ《スパイラル・フォーメーション》はさらに効果的に働く、とわたしは考えています」
美沙子には綾乃の考えがよくわからない。
セシルをタンク役にすることは、加入してすぐに思いついたことだ。巨大な楯の防御力はタンク役に申し分ない。ハルバードをメインとした攻撃力は、敵を引き付けるのに十分な脅威だ。
しかし、綾乃は決してセシル一機だけを《スパイラル・フォーメーション》からはずして足止めに使うようなことはしなかった。
そもそも《スパイラル・フォーメーション》は綾乃の感性によるところが大きい戦法だ。理論派の美沙子には今ひとつ理解し難い部分がある。
美沙子はこれ以上意見することはしなかった。
今ここで綾乃が意見を曲げることはないし、間違っていたとわかれば「美沙子が正しかった」と頭を下げて修正する素直さが綾乃にはある。