螺旋の風 ~サザンクロスのメガミたち~   作:トミすけ

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 居酒屋の座敷席、長テーブルを三つ占拠した呑み会は、異様に盛り上がっていた。

 あちらこちらで会話が盛り上がり、隣で話していても小声では聞こえないほどの喧騒である。

 そんな中、穂高舜は最奥の隅でひとり、グラスの中の液体を見つめている。

 今は四月中旬。入ったばかりの大学での生活も一息つき、一般科目を受けるクラスメイトとも話すようになった頃だ。

 親睦を深めるべくコンパをしよう、という流れになったのも、当然の成り行きであった。

 食べ盛りの若者ばかりだから、ドカ盛りメニューが売りのチェーン店が選ばれた。みんなまだ未成年なので、飲み物はもっぱらソフトドリンクである。

 アルコールが入っていないにも関わらず、皆酔っ払ったようにはしゃいで、大騒ぎになっている。

 舜はそれが嫌なわけではない。気分が良ければ、仲間に入っていけたと思う。

 しかし、今はそんな気分にとてもなれなかった。

 会が始まってからずっと、うつむいたまま考え事をしていた。

 宴会の最初、乾杯の直後に各自自己紹介をしたが、自分が何を言ったかまったく覚えていない。

 クラスメイトは最初こそ入れ代わり立ち代わり話しかけてきた。長身で端正な顔立ちをしている舜に、女の子たちも放ってはおかなかった。

 にもかかわらず舜は「ああ」だの「うん……」だのと生返事しか返さなかったため、会も半ばを過ぎた頃には誰も相手にしなくなっていた。

 手にしたグラスの中で、最後の氷が泡を出しながら溶けてゆく。

 それを見つめる舜の頭の中は、昨日のバトルのことでいっぱいだった。

 

 初めて行ったホビーショップ・サザンクロス。

 元々、大学に通い始めたら、メガミデバイスをやる拠点にしようと見定めていた店だ。

 下調べの前評判通り、品揃えも設備もジオラマも素晴らしかった。

 常連のメガミマスターの質が昨日一日ですべて把握できるとは思っていない。

 昨日見たところでは、層は幅広いように感じた。エンジョイ勢もガチ勢も、自分の楽しみを追求するマニアック勢もいる。それも今の舜にとっては好ましいことだ。

 

 だがなによりも、舜は頭の中で、昨日の最後のバトルを反芻し続けている。

 美少女マスターとレアなメガミ。

 バトルポイントに差があるのに、ソロで挑んできた。

 舜のメガミの本質がハルバード使いと見抜いた目、そして、セシルの盾を破壊した攻撃と、斧をかわした高速機動。

 なのになぜ、どこかセーブした戦い方をするのか。

 そして、どうしても頭から離れないのは、彼女が最後に見せた、あの寂しい笑顔。まるで今にも泣き出しそうな……。

 

「おう、なにをひとりで黄昏れてんだ?」

 

 大きな声が頭上から降ってきたかと思うと、誰かが舜の隣にどすんと座る。

 大柄な男だ。背は舜と同じくらいか。全体的に肉付きがいい。丸顔の坊主頭は一度見れば忘れそうにない。

 さっきから大きな声で会を盛り上げていた奴だ。幹事ではないが、ムードメーカーで、彼の周りでは皆楽しげだった。

 

「俺は守田祐二」

「穂高、舜だ」

「聞いた聞いた、さっきの自己紹介で。それで穂高。なにしてんだ? せっかくの飲み会で、こんなすみっこでよ」

「いや……ちょっと考え事を……」

 

 まさか、昨日バトルした美少女の寂しい笑顔が忘れられない、などとは、初対面の相手に言えるわけがない。

 守田は腕組みすると、訳知り顔で頷いた。

 

「いや~、わかるぜ~」

 

 ……何がわかるというのか。

 舜は社交辞令として受け流そうとしていた。

 だが。

 

「ほんとはこんなコンパじゃなくて、メガミバトルしに行きたいんだろ?」

「!?」

 

 舜は思わず隣の男を見た。

 なぜわかる。

 メガミバトルをやってるなんて、大学のクラスメイトにはまだ誰にも言ってない。

 守田はジョッキに入ったジンジャーエールを煽り、ニヤリと笑った。

 

「見てたぞ~。一七連勝するとこ」

 

 あの場にいたのか。

 ならば不思議でもなんでもない。この丸顔の男は同好の士、というわけだ。

 いまさら自分の趣味を説明する必要もない。

 舜は守田に尋ねた。

 

「守田は……あの店にはよく行くのか?」

「行くよ。常連だし」

「メガミバトルは?」

「もちろんやってる」

「だったら知ってるか? 俺が最後に対戦した、あの……マリーってメガミのマスター」

「え? お前、姫ちゃん狙ってんの? 難しいぜ~、あの娘は。今まで何人も撃沈してる……」

「いやそうじゃなくて」

 

 誰も色恋の話なんてしていない。

 彼女とはバトルのときに挨拶程度の会話を交わしただけだ。名前すら知らない。

 

「あの娘のあだ名……」

「負け姫」

「そう、それ。なんで《負け姫》なんて呼ばれてるのか、知ってるか?」

「知ってる」

「教えてくれ」

「そりゃお前、勝てないからに決まってんだろ。どんな奴にもバトルを挑む。でも全然勝てない。だけど本人はまったく気にしてない。だから《負け姫》」

「彼女は弱い……ってことか?」

「弱いね」

 

 断言して、守田はまたジンジャーエールを煽った。

 舜はまたグラスの中に視線を移した。氷は溶け切っている。

 長らく彼女のバトルを目にしてきた守田の言葉に嘘はなさそうだ。

 だが、それでも舜には信じられない。さらに思考の深みにはまっていく。

 彼女が弱い? 全然勝てない? ほんとうに?

 

 

 

 大盛況の呑み会は、二時間あまりでお開きになった。

 店の出口あたりにたむろしているクラスメイトたちに、幹事が二次会のカラオケの場所を案内している。

 

「守田ー、カラオケ行くだろ?」

「守田くん行こうよー」

「いや、オレはちょっと用事があるから。また今度な~」

 

 えー、という女の子の声に手だけ振り返し、そそくさとその場を後にする。

 その残念そうな声色に、短い後ろ髪をちょっと引かれる思いだったが、守田には今それ以上に興味を惹かれる存在がいる。

 小走りに駅へと向かう。

 目的の人物の背中はすぐに見つかった。

 先に駅へと歩きだしていた穂高舜へと近づくと、どやしつけるように肩を組んだ。

 

「いよ~し、穂高! まだ時間は早いし、もう一軒付き合えよ」

「いや、俺はもう……」

「いいからいいから。すぐそこだし」

 

 守田は舜の肩を組んだまま、強引に引きずっていく。

 裏通りの飲み屋街を抜け、駅までの歩道橋を登る。

 そして駅構内の自由通路を通り抜け、反対側出口を抜けた先のショッピングセンターへと足を進めた。

 

「……って」

 

 連れてこられたのは、昨日バトルで連勝したホビーショップ。

 

「もう一軒って、サザンクロスかよ」

「呑み屋とは言ってないぜ? それに来たかったろ」

「そりゃ……まあ」

 

 図星だった。

 今日は呑み会だったから、セシルを連れてきてはいない。

 だが、サザンクロスに来るメガミやマスターたちを知りたい気持ちは大いにあった。観戦するだけでも十分な収穫があるのは間違いない。

 舜は腕時計を見た。

 夜八時半前。

 

「ここ、夜は何時までやってるんだ?」

「一一時までだ。俺にとっちゃ、この時間からが本番だよ」

「そうなのか?」

「『環状線バトル』は遅い時間に始まるからな」

「環状……?」

 

 バトルの形式の名前だろうか? 舜は聞いたことがなかった。

 夜八時をすぎると、集まってくる客層が変わる。

 年齢層は高めで、大学生や社会人が中心だ。よりガチ勢の実力派が集まってくるのだ。

 ジオラマの周りの熱気は、昨日以上にも感じられる。

 

「高校生が入れるのは夜八時までだから、まあ昨日の連中はいないだろうが」

 

 舜は少しだけ残念に思った。

 できることなら、マリーというメガミの戦いぶりをもう一度見たかった。そうすれば昨日から抱いている疑念も少しは解消できるかもしれない。

 

「俺はちょっとバトルしてく。見るか? 環状線は初めてだろ」

「あ、ああ……って、ちょっと待て。お前、呑み会にメガミ連れてきてたのか!?」

「そうだよ。帰りにここに顔出す予定だったし」

「あのな……」

 

 咎める舜を無視して、肩に下げたデイバッグに守田は声をかけた。

 

「夜宵(やよい)、挨拶しろ」

「はい」

 

 可愛らしい声が聞こえると、デイバッグのサイドポケットから、一機のメガミがぴょこん、と顔を出した。

 そして、丁寧にお辞儀をする。

 

「守田祐二のメガミ、夜宵と申します」

「ああ、ども。俺は穂高舜。今日はメガミ連れてきてないけど……」

「セシル殿のマスターですよね? 存じ上げております」

 

 舜はつられてお辞儀をした。

 守田のメガミの顔には見覚えがある。少し幼い顔立ちは、SOLシリーズのメガミの特徴だ。

 

「褐色肌……ベースはSOLのロードランナーか?」

 

 SOL:ロードランナーはローラーブレードのような脚部装備で高速滑走するメガミだ。

夜宵の装備はロードランナーの標準装備とは形状がかなり違っているが、装備された片足三輪のホイールが高速滑走で戦うことを如実に示している。

 守田は肩をすくめて答えた。

 

「いや、ベースはストライクラプターなんだが、自分の好みで武装を組んでいったら忍者に限りなく近くなっちまった」

「なるほど……」

 

 カスタマイズはメガミの大きな楽しみの一つだ。

 マスターの好みで組んでいったら、元キットの原型をとどめていないことなど、よくある話だった。

 休憩コーナーでは、多くのメガミマスターがメガミのメンテナンスに勤しんでいる。脇を通り過ぎようとしたところで、誰からともなく声がかかった。

 

「おーう、《音速カマキリ》、やっとお出ましか~?」

「カマキリ言うな! 《ナイトストライカー》と呼べ、っていつも言ってるでしょうが!」

 

 可愛らしい夜宵がいきなり怒鳴るものだから、舜は目を丸くした。

 しかしあだ名ですぐに声がかかるということは、夜宵もここサザンクロスでは名の通ったメガミらしい。

 守田は舜を連れて、適当なブースに入る。

 デイバッグからタブレット端末を取り出し、セットする。メガミバトルのアプリを起動すると、『対戦不可』の項目を選択した。

 

「ちょっとウォーミングアップだ。行ってこい」

「はい!」

 

 はきはきと答えた夜宵は、ジオラマの道路に降り立つと、そのまま滑走を始めた。小さな背中はあっという間に見えなくなる。

 守田は夜宵が走っていった道路をなぞるように指さした。

 

「ジオラマの外周に道があるだろ? これが環状線だ。ここのジオラマはエリアごとに定期的に入れ替わるけど、環状線は常に設置されてる。

この環状線の道路を使ってバトルするのが《環状線バトル》だ。

環状線を一定方向に周回しながらバトルする。方式は基本、バトルロイヤル。三周して生き残ってたメガミが勝ち。複数生き残っていたら、ゴールラインでの着順で勝敗を決める」

 

 説明を聞いている間に、夜宵がまるでスピードスケートの選手のようなフォームで両手を大きく振りながら、目の前を滑走していった。カーブをさばき、また長い直線道路に入る。

 彼女は両手に武器を握っている。グリップから腕に沿うように伸びる、蛍光グリーンの刃。

 逆手に握って振るうバックハンドブレードだ。

 見ようによっては、腕全体が鎌のようなシルエットに見える。

 

「なるほど、だからカマキリ……」

「……夜宵に言うなよ。キレ散らかされるぞ」

 

 目の前の環状線を、バイクに乗ったメガミが駆け抜けていった。

 よく見ると、何機かが環状線を周回している。SOL:ロードランナーもいれば、バレットナイツ:ランチャーが武装をエアバイクのようにして乗っていたりもする。

 舜は思ったことを口にした。

 

「ローラーゲームっぽいな」

「そんな感じだな。ドンパチだけじゃなく、首都高バトルみたいなのを求めてるスピード狂もいる。バトルの目的は人それぞれだ」

「レースもしてる……ってことか?」

「まあ、そうだ。さっき話したルールも、ないと不便だからって理由で、勝手に決められたモンなんだよ。

そもそも《環状線バトル》自体、サザンクロスで自然発生したバトルの形式だ。だから、バトルの目的は一緒じゃなくても構わない。勝敗さえ曖昧だ。

システム的には、環状線に入った段階でバトルロイヤルモードに登録される。乱入も離脱も自由。常時オープンで、システム的に勝敗が決することはない。

バトルしたくなけりゃ、今みたいに対戦不可の登録をしておけばいい」

「……それで面白いのか?」

 

 長らく競技バトルに身をおいていた舜には、勝敗が明確に決まらないバトルの価値がよくわからない。

 守田はニヤリと笑った。

 

「面白いさ。勝敗はセルフジャッジ――つまりは究極の自己満足だ」

「満足しないで、勝ちを譲らないやつもいるんじゃないか?」

「いるよ。でもそういうのは『自己満足』じゃなくて、『自分勝手』って言うんだ。そういうやつは誰からも相手してもらえなくなる」

「なるほど……」

 

 バトルはコミュニケーションでもある。対戦相手がいて初めて成り立つのだ。対戦相手がいなければバトルは成り立たない。《環状線バトル》では、よりコミュニケーションが重視されるのだ。

 常時オープンのバトルロイヤルにすることで、自由度が高い、様々な目的のバトルを実現している。

 自由度が高いと言っても、その中には不文律がある。それを守らなくては、楽しむことは出来ない。

 

「守田はチームには入っていないのか?」

「ないよ。オレは一人で気楽にやりたい派だから。それに環状線バトルはチーム戦じゃないし」

「普通のバトルはやらないのか?」

「基本、環状線専門だ。まあ、気分転換にやるときもあるけど」

「そうか……」

 

 メガミに装備されたライトが流星のように環状線を流れていく。

 その光景を見つめながら、舜は思う。

 メガミデバイスに求めるものは人それぞれだ。多様性――それがメガミデバイスの魅力の一つでもある。

 環状線バトルのように、個人を尊重するバトルがあることも初めて知った。

 それが舜の求めるバトルかどうかは別にして、いろいろなバトルを試すことは悪いことではないのかもしれない。

 

――俺が求めるメガミバトルが、いままでの場所にないのだとしたら――。

 

 と。

 不意に店の奥でざわめきが起こった。

 直後に聞こえる甲高い声。広い店内に響き渡っている。

 守田は顔を上げた。

 

「なんだ、まだいたのか、あいつら」

「誰が?」

「見ろよ。サザンクロス名物が始まるぜ」

「名物?」

「そう、姫対決」

 

 守田が喧騒が起きている方を指さした。

 舜が視線を送ると、ちょうどその様子が見える。

 舜たちが立っているところよりも少し奥、『市街地』ジオラマのあたりだ。

 二人の少女が向かい合っている。後ろに控える数人は、彼女たちのチームメンバーだろうか。いずれも高校生くらいの男女だ。制服姿の者もいる。

 そこにいた。

 長い黒髪と類まれな美貌。

 舜が会いたいと思っていた人物。

 負け姫。

 彼女は同じくらいの年頃の少女と向かい合っている。

 そちらは負け姫とはまた違った印象の美少女である。

 負け姫が「清楚」なイメージならば、彼女は「豪奢」といえるだろうか。

 ツインテールの髪型に目鼻立ちがはっきりとした顔、派手で特徴的な服装。舜はあまり詳しくないが、ゴシックロリータと呼ばれるたぐいの服装ではなかろうか。それがまた異様に似合っていて、妙な迫力がある。

 

「《黄金姫》と《負け姫》。しょっちゅういがみ合ってんだ」

「こがねひめ?」

「金持ちのお姫様さ。《アリスアライズ》ってチームのリーダーだ。メガミをとっかえひっかえしてる。今日のメガミは……おお、皇巫:スサノヲの蒼炎バージョンじゃねぇか。また新型機かよ」

「……メガミをとっかえひっかえできる資金力の高校生って……すごいな」

「そう思うだろ? だからついたあだ名が《黄金姫》」

「ああ……」

 

 姫とはいっても、ふたりともいい意味で呼ばれているわけではないらしい。

 

「で、その黄金姫と負け姫が対戦する。だから姫対決」

「なるほどな」

「まあ、黄金姫が一方的にライバル視してるんだけどな」

 

 なにやら両チームで話し込んでいるようだが、ここからでは詳しい内容までは聞き取れない。

 どうも黄金姫が一方的に難癖つけているようだ。

 しばらく様子を見ていると、負け姫と黄金姫の二人だけがジオラマの脇に残った。

 

「どうやらソロ戦で決着をつけるみたいだな。そりゃそうか。もう時間も遅いし」

 

 走り続ける夜宵のことは忘れてしまったかのように、守田は二人の様子に注目している。

 やがて二人の姫は、《市街地》ジオラマのブースに入った。

 壁の観戦用モニターの一つに、対戦のアナウンスが表示される。

 

『蒼牙 VS マリー』

 

「黄金姫のスサノヲが蒼牙か」

「見たとこ、装備はノーマルだな。それでも重装備だが」

「……」

 

 舜はモニターが映し出す二機の対戦に注目する。

 願ってもない展開だった。これであのマリーというメガミの実力が推し量れる。

 蒼牙とマリーのバトルポイント差は一○○以上。蒼牙がノーマルのスサノヲ蒼炎だったとしても、戦力的には圧倒的に有利だ。マリーが不利を覆すには、昨日のバトルで見せたあの左腕の攻撃と機動力を出すしかない。

 

 

 

 舞台となる《市街地》ジオラマは《荒野》とはまったく雰囲気が異なる。

 ビルが立ち並ぶ街中がフィールドだ。光が奥まで差し込まず、いつも薄暗い。

 今は時間が夜であるためか、それとも演出のためか、ジオラマ上はさらに暗い。

 ビルは窓から漏れる照明がその形を表し、街灯が道路のありかを示す。

 蒼牙とマリーは、ジオラマの奥、商店が軒を連ねるストリートで刃を交えた。

 色鮮やかなネオンがストリートを彩っている。

 マリーは蒼牙の前に苦戦していた。

 蒼牙が攻撃するたびに、壁が、地面が、白く染められていく。

 凍っているのだ。

 皇巫:スサノヲ蒼炎は、デフォルト装備でも強力な攻撃能力を持つメガミである。

 その最大の特徴は、光学エフェクトジェネレーターが発生する超低温冷気による「凍結」能力。

 大剣《フロストバイト》は絶対零度の冷気をまとい、触れるものすべてを凍結させる。

 また、エフェクトの噴射の効果により、重装備にもかかわらず、空中戦闘も可能な機動力を持っている。

 だがそれゆえに性能はピーキーで使い手を選ぶ。しかも、光学エフェクトは発光を伴うので、戦闘中は常に敵から丸見えだ。

 販売当初から人気の機体だが、使いこなせずに泣きを見たマスターは少なくない。

 黄金姫もスサノヲ蒼炎を掴みきれてはいないようだ。

 使いはじめてまだ間もないのだろう、蒼牙の動きにはまだ拙いところが多い。

 白い空気を巻きながら蒼牙の大剣が振り下ろされる。

 

――動きがみえみえだ。あれじゃ当たらない。

 

 大型の近接武器は、当たれば一撃のダメージが大きい。しかし、モーションが大きくなりがちで動きが読まれやすい。だから当てるのが難しい。

 《フロストバイト》がまた地面を叩いた。攻撃の切り返しに少しもたついている。

隙ができる。

 攻撃直後の隙も大型武器に共通する弱点だ。その隙をいかに潰すかが、大型武器使い最大のテーマといえる。

 蒼牙はその隙を潰しきれてはいない。

 逆にマリーにとっては絶好のチャンス。

 

――そこだ。

 

 舜は心の中で指示を出す。

 セシルが素早く蒼牙の懐に飛び込んだ。左手を構える。鉤爪の攻撃。

 セシルのシールドを破壊した、あの振動攻撃だ。それで勝負が決まる。

 しかし。

 大型ディスプレイの中のマリーは、鉤爪でひっかくだけにとどまった。

 

「……なぜだ」

 

 いまので勝負は決まったはずだ。

 ただの鉤爪だけでは、蒼牙の装甲をわずかに削っただけにすぎない。

 有効打を与えられなかったマリーは、すぐさま後ろへと跳ねた。

 が、蒼牙の切り返しの方が速かった。リーチの長い大剣を横薙ぎに振るう。

 逃げ切れない。

 《フロストバイト》の刃がマリーの身体をしたたかに打った。

 

『ああっ!!』

 

 マリーは弾かれて、埃だらけの路地の上を転がった。

 大剣が触れた腹部が白く凍結している。

 

「どうして……」

 

 舜の口からつぶやきが漏れた。

 今の攻撃だって、あの高速起動を使えば軽々とかわせたはずだ。

 セシルの斧は、蒼牙の切り返しよりもはるかに速い。

 それをかわしたメガミとは思えぬ醜態だった。

 

「ああ~、今日も結局、黄金姫の勝ちだな」

 

 呑気な守田の言葉通りになった。

 黄金姫のメガミ・蒼牙が、スサノヲ蒼炎独特の「凍結」能力を使ってマリーの動きを封じ、最後は大剣の突きを決めて勝利した。

 直後、バトルをしていた二人がいるブースから、甲高い叫び声が聞こえてくる。

 

「もっとちゃんと戦ってくれませんこと!?」

 

 そのあとも、黄金姫の金切り声の叫びが続いている。彼女は今のバトルに満足していないらしい。

 そちらに視線を向けると、視界の端に負け姫の姿がちらりと映った。困ったようにあいまいな笑みを浮かべている。

 舜の胸が鈍く痛む。

 まただ。

 またあの笑顔。

 今にも泣き出しそうな、寂しい微笑。

 なんでそんな顔をしてまで、バトルを続けているんだ。

 口に出さない問い。それは自問自答でしかない。答えは彼女しか持っていないのだ。

 

 

 

 翌日の夕方。

 店の入口近くの休憩用の椅子に座っていた舜は、入店してきた客を見て、立ち上がった。

 ようやく待ち人が現れたのだ。

 その少女はチームメイトと連れ立って店内に入ってくる。

 舜は迷いなく歩みを進めると、彼女の前に立った。

 

「マリーのマスター」

「……はい?」

「すまない。ちょっと話が聞きたいんだけど、いいかな」

 

 自分でも口調が固いな、と思う。表情もこわばって見えているだろう。無駄に威圧感を与えていないといいのだが。

 舜はちょっと緊張しているのだ。

 一度対戦した相手とはいえ、よく知らない女の子に声をかけるのは勇気がいる。

 マリーのマスターは少し驚いたような表情で応えた。

 

「わたしに、ですか?」

「ああ」

「どのような御用でしょう?」

「……」

 

 明らかに警戒されている。

 彼女とともにいるチームメイトも、訝しげな様子で舜を見ている。

 同好の士とはいえ、よく知らない人物に突然声をかけられて警戒するのは当然の反応である。

 舜は吐息を一つつくと、綾乃をまっすぐに見て、静かに言った。

 

「なぜ君はメガミに全力を出させない?」

 

 綾乃の優しげな瞳が、大きく見開かれる。

 やはり、か。

 彼女は少しうろたえ気味に答えた。

 

「……わたしはいつでも全力です」

「違うな。君にもわかっているはずだ。昨日の夜、黄金姫とのバトルで、マリーは少なくとも三度は蒼牙を倒せるチャンスがあった」

 

 舜がわずかに目を細める。

 

「あの左腕の攻撃を使えば」

 

 その瞬間、目の前の四人が纏う空気が明らかに変わった。

 息を呑む。そして緊張が走る。こちらの思惑を探るような視線が突き刺さる。

 綾乃は瞳をさらに見開くと、舜の腕を掴んだ。

 そのまま引っ張る。

 

「お、おい……?」

「お話します……だから来てください」

 

 小さく、震える声で、綾乃は言った。

 舜の腕を掴んだ細い手も、同じように震えていた。

 

 

 

 ジオラマを取り囲むように、壁際にはテーブルが点在している。メガミマスターが休憩やメガミのメンテナンスに自由に使用していいスペースになっている。

 ジオラマコーナーの一番奥、最も離れたテーブルに、綾乃は舜を引っ張ってきた。

 そこに着席すると、テーブルを囲んで他の三人も座った。

 舜も椅子を引いて腰掛ける。

 

「すみません。あまり他の人に聞かれたくない話なので」

「ああ……」

 

 真剣な声に、舜は罪悪感を覚える。

 別に彼女の秘密を暴き立てたかったわけではない。

 だが、結果としてそうなってしまったことは、舜にとっては不本意だった。

 綾乃が口から言葉を押し出すように言う。

 

「マリーは…………《ロストナンバー》なんです」

「ロストナンバー……」

 

 聞いたことがある。

 試作品、またはエラー品として廃棄されるメガミの中に、時として特殊な力を持つ個体があるという。

 その総称が《ロストナンバー》だ。

 しかし、ロストナンバーが表に現れることはない。そもそもエラー品として処分される個体だから、中古市場に現れることもめったにない。一般販売品に紛れ込むこともなければ、大会に出場することもない。

 だから舜は、ほとんど都市伝説のようなものだと思っていた。

 マリーがその都市伝説の力を持っているなんて突飛な話は、先のバトルで違和感を感じていなければ、信じられなかっただろう。

 しかし、今ならば納得がいく。あの奇妙な左腕の攻撃も、超加速も、ロストナンバーの並外れた力なのだ。

 綾乃は頷くと、静かに話し始めた。

 

 マリーにロストナンバーの力が現れたのは、一年と少し前。ある日突然覚醒した。

 ジオラマバトルで、自らが危機に陥ったときに、セーフティとして発動したのだ。

 それに気づいたときには、特別な力だとは思わなかった。むしろ性能がいい個体だったのだと喜んだ。

 しかし、ある日事件が起こる。

 チームメイトとの模擬戦で、試しに左腕の振動を出力全開で使ってみた。

 バトルの後、対戦したメガミはまともに動けなくなった。

 攻撃を与えた胴体部分から同心円状に、関節がガタガタになり、劣化していたパーツはことごとく破損した。

 ジオラマバトルは実際に戦うとは言っても、破壊されることはない。ダメージや破損はテクスチャーマッピングで表現される。

 破壊された部分が使えなくなるのは、バトルシステム側の指示で、メガミのその部位を一時的に使えなくなるように設定するからだ。

 もちろん実際に武器をぶつけ合うわけだから、破損することもある。だが、動けなくなるようなことはまずないと言っていい。

 そうしたダメージとは明らかに違っていた。

 メガミ専門の修理業者に出し、そのメガミは無事に戻ってきた。

だが、いつも無事で済むとは限らない。メガミが破壊され、二度と戻らない可能性もある。

 綾乃はその事実に恐怖した。

 ゆえに、自ら封印すると決めた。

 だが、マリーは追い詰められると、危機回避のためにロストナンバーの能力……左手の振動攻撃と高速機動を使ってしまう。

 だから勝敗にこだわることをやめた。真剣勝負をあきらめた。勝つこと自体を放棄したのだ。

 そのかわりに、相手の本来の力を引き出す戦いにシフトした。そうすれば、真剣勝負に近いところまで持っていける。

 綾乃は相手メガミの本質を見抜くのが得意だった。そのスキルにも磨きがかけられる。チーム戦でも貢献もできるだろう。そう考えた。

 

「だからバトル中にあんなことを……」

 

 綾乃は頷いた。

 マナー違反ではあるが、相手のメガミマスターに話しかけ、メガミの本来の戦い方を引き出そうとする。

 マリーが軽装備であるのは、相手を侮らせるためだ。重装備では、ささやき戦術かと警戒される。

 ロストナンバーの力はもちろん使わない。

 そんな状況で、重装備かつ本質を引き出した相手と戦って、勝てる道理がなかった。

 黄金姫とのバトルのように、通常のバトルであっても、本当の危険域に踏み込むことはしない。

 だから負け続ける。

 そしていつしか、《負け姫》呼ばれるようになった。

 

「……君はいいのか。ほんとうにそれで……バトルが好きなんじゃないのか」

 

 舜の声はかすれている。

 信じがたい話だ。負けることを前提にバトルを続けるなんて、競技バトルに身を置いてきた彼には到底理解できない。

 綾乃は小さく頷いた。

 

「好きです。メガミデバイスが、メガミバトルが大好きです。でもだからこそ、このままでいるしかありません」

 

 綾乃は顔を伏せたまま続ける。

 

「わたしはメガミを破壊してまでバトルをしたくはありません。ですが、マリーとともにバトルをする限り、その可能性はつきまといます。

もう一機、バトル用のメガミを作ればいい、と言われたことは……一度や二度じゃありません。でもわたしはマリーとバトルをしたいんです。

他のメガミを使わず、マリーにロストナンバーの力を出させず、バトルを続けるには……そのためのモチベーションを保つには、この方法しかありません」

「……」

 

 不意に綾乃が顔を上げ、舜を見た。

 

「わがままですよね」

 

 その顔は微笑んでいた。

 どこか困ったような、どこか寂しそうな、その微笑。

 

「わかってます。マリーを使いたいのも、他のメガミを持たないのも、マリーの力を使わせないのも、勝負にこだわらないのも……全部わたしのわがままです。だから敗北も中傷も、わがままを通すために受け止めなくてはならないことです。《負け姫》なんて呼ばれるのも仕方がありません」

 

 まただ。

 舜は思わず手で胸を押さえていた。

 彼女のこのつくり笑いを見るたびに、胸が苦しくなる。

 胸の奥に抑え込んでいる、どす黒い「なにか」が渦巻き、噴き出そうとしてくる。

 なんでこの娘はこんなに寂しく笑わなくてはならない?

 いや違う。舜にはちっとも笑っているようには見えない。

 笑いながら泣いているのだ。

 それが舜にはたまらなく嫌だった。

 

「君たちはどうなんだ。チームメイトとして……それでいいのか?」

 

 ともにテーブルについている三人に問いかける。彼らは綾乃の事情を知っていたはずだ。

 友人として、チームメイトとして、彼女の悩みをなんとかしようとするのではないのか。

 しかし。

 

「無理ですよ……どうにもなりません」

 

 答えたのは、眼鏡を掛けたボブカットの少女だ。

 美沙子はゆっくりと首を振った。

 

「姫ともずいぶん話をしましたけど、解決策はさっき本人が言った通りです。マリーとは別のメガミを使うしかない。でも本人にその気がないなら……仕方ないじゃないですか」

 

 彼女の口からは淀みなく言葉が出てくる。

 何度も彼女たちの間で議論されてきた結果なのだろう。

 今度はポニーテールで長身の少女が続けた。

 

「マリーの左腕でガタガタにされた最初のメガミは……わたしのアカツキだった。幸いなんとか復帰できたけど……メンテナンスにめちゃくちゃ手間がかかって、もとに戻すのに半月はかかったよね。修理代もバカにならなかった」

 

 凛は眉をひそめ、首を横に振る。

 

「当たりどころが悪ければ、再起不能になっていたかもしれない」

「……」

「あたしは、アヤがメガミデバイスが大好きなのをよく知ってる。マリーが大好きなことも。だから、あの攻撃を使えとも、他のメガミを使えとも、言えないよ」

 

 茶色い髪の少年・猛が続ける。

 

「もうずっとみんなで考えてきたことなんすよ。でも仕方がないんです。正解なんて……どこにもない」

 

 チームのメンバーは皆、綾乃のことを尊重している。

 それだけ彼女が好きだし、大事に思っていることが、舜にもよく分かった。

 だから、みんな諦めてしまっている。

 彼らが今、沈んだ表情でうつむいているのがその証拠だ。

 

――なんだよそれ。絶対に間違ってる。

 

 彼女が辛くないはずがない。

 心無い言葉がかけられるだけでも精神はすり減っていくものだ。

 舜はそれをよく知っている。

 なぜなら自分がそうだったから。

 それでも、舜は耐えられた。

 メガミバトルに全力で挑むことが出来たからだ。バトルの喜びに舜は支えられてきた。

 今の彼女は心からバトルを楽しめているか?

 彼女だけじゃない。チームメメンバーも、少なからず心を傷つけながらチーム戦をしている。

 《負け姫》のチームだから負ける。《負け姫》がいて勝てるはずがない。

 そんな心無いヤジが飛んでいるであろうことは想像に難くない。

 心をすり減らしながらバトルしていたら、いつか嫌になってやめてしまうだろう。

 みんながバトルを本気で楽しく続けられないなら、今の状況は間違っているはずなのだ。

 

――君たちは本当に今のままでいいのか?

 

 だが、舜の口からその言葉が出ることはなかった。

 それを言ったところで、彼らには何も響かない。

 現状こそが答えだと言われておしまいだ。

 しょせん舜は、チームメイトでもなんでもない、ただ一度だけ対戦した新参者にすぎないのだ。

 

 

 

 綾乃たちとの話の後、バトルする気も起きなくて、舜はそのままサザンクロスを出た。

 駅までの道を、舜は黙って歩いて行く。

 不意に、胸ポケットにいたセシルが口を開いた。

 

「……こういうことを言うのは望ましくないと承知しているのですが」

「なんだ?」

「さっきの話、癪に障りました」

「そうか」

 

 舜はくすりと笑う。

 マスターとメガミは似ると言うが……。

 

「俺も同じだよ」

 

 そう、先ほどの綾乃の話に、舜はまったく納得していなかった。

 彼女はメガミを愛し、メガミバトルを愛していながら、愛するがゆえにバトルの真の楽しさを捨てている。

 バトルとはコミュニケーションでもある。本気で挑むことでわかりあえる……バトルの中にはそうした絆が確かにある。

 彼女の戦い方では、そうした絆を結ぶことは決して出来ない。その領域に踏み込む直前で勝負を放棄しているからだ。

 ゆえに彼女は孤独だ。チームの仲間がそばにいたとしても、本当の意味で彼女の孤独を共有できてはいない。

 それも綾乃にはわかっているはずだった。

 そうでなければ、あんな寂しい笑顔は見せないだろう。本当の気持ちを心の奥底に押し込め、そこで泣いている。

 それが舜にはわかってしまう。

 なぜなら自分も似たような思いをしまい込んでいるから。

 だからこそ、彼女があんな笑顔を浮かべなくてはいけないことが、たまらなく嫌だった。

 どうにかしたい。

 そのために舜にできることは一つしかない。

 彼は自分の愛機に問うた。

 

「セシル……全力のマリーと戦って、勝てると思うか?」

「勝ちます」

 

 その返事に舜は頷いた。自分のメガミのこういうところが心強い。

 舜は真剣な口調でセシルに告げる。

 

「全力のマリーと対戦したい。そのための装備を作る。いいか?」

「マスターの望みを叶えるのがメガミの務め。どうぞマスターの心のままに」

 

 潔い答えが返ってきた。

 

 

 

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