螺旋の風 ~サザンクロスのメガミたち~   作:トミすけ

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 土曜日になった。

 午前授業を終えた綾乃たちは、それぞれ足早に帰宅する。

 綾乃は家の鍵を開け、慌ただしく自分の部屋に飛び込むと、ブレザー脱いで白いパーカーを羽織っただけで着替えを完了させ、荷物を持ち替えて、玄関で白いスニーカーに履くと、再び家を飛び出した。

 昼食はサザンクロスと同じショッピングセンターに入っているハンバーガショップで済ませる。そして、いつものようにサザンクロスへとやってきた。

 綾乃はジオラマの周囲の休憩スペースにあるテーブルの一つに腰掛けた。今日はそこがピットになる。

 やがて、チームの仲間たちもやってきて、テーブルを囲んで座った。

 思い思いにメンテナンスボックスを開ける。

 中にはメガミ本体や武装、交換パーツ、工具などが収納されている。

 各自メガミを武装させ、メガミの電源をオン。起動させる。

 バトル前のチェックをしているところで、テーブルに影がさした。

 綾乃が顔を上げる。

 視線の先に長身の青年が立っていた。

 

「あなたは……」

「準備中すまない。マリーのマスター、ちょっといいかな」

 

 あの一七連勝マスターがそう言ってこちらを見下ろしている。

 ひどく真っ直ぐな視線。綾乃の心の奥底まで見通そうとするように鋭い。

 綾乃は努めて平静を装って、言った。

 

「今度はなんの御用ですか?」

「君にバトルを申し込みに来た」

「……わたしに、ですか?」

 

 長身の青年は頷いた。

 

「全力のマリーと戦いたい」

「……それは」

 

 無理だ。理由は先日話したはずだった。

 言い募ろうとする綾乃を制し、セシルのマスターは続ける。

 

「もちろん、この間の話は承知している。その上で対戦を申し込んでるんだ。受けてほしい」

「ですが……」

 

 綾乃はためらう。

 理由は言うまでもない。対戦相手のメガミを破壊してしまうおそれがあるからだ。いくら対戦相手に大丈夫、それでもいい、と言われても、綾乃には抵抗がある。彼女自身の気持ちの問題なのだ。

 一瞬の間の後、口を開いたのは彼のメガミだった。

 

「ご心配には及びません、マリーのマスター。たとえわたしが粉々になったとしても、マスターもわたしも覚悟の上です。遠慮は無用、存分に能力を振るってください。それでもわたしは破壊されない自信がある」

 

 それを耳にしたマリーは聞き捨てならなかった。

 セシルはつまり、マリーが本気を出したところで圧勝できる、そう言っているのだ。

 ちょっと強いからって、この傲慢な物言い。まったくもって気に食わない。

 そもそも、初めて会ったときから、いけすかない奴と思っていた。

 マリーはセシルを睨みながら言った。

 

「いいわ、受けましょう、マスター」

「マリー……!? いいんですか?」

「いいもなにも、この偉そうなメガミに、お灸の一つも据えてやらなくちゃ気が済まない!」

 

 そのいけすかないメガミは、やぶにらみのまま、口元だけで笑っている。

 マリーは今にも噛みつかんばかりの勢いで睨みつけた。

 気に食わない。たとえ破壊することになっても、その皮肉に満ちた口元の笑みを消してやる。

 綾乃が小さくため息をついた。

 長い付き合いだ。自らのメガミがこうなったら、頑として譲らないことはよく知っている。

 

「では……バトルしましょう。全力でお相手します。お覚悟を」

「よろしく頼む」

 

 舜はにやりと笑った。

 バトルジャンキーだな、と自分でも思う。

 綾乃を救いたいと思うのとは別に、全力のマリーとバトルできることが楽しみで仕方がないのだ。

 

 

 

 《荒野》ジオラマの上でセシルと対峙したマリーは、悪い意味で驚きを隠せなかった。

 先ほど「遠慮は無用」と言っておきながら、セシルの装備は減らされていたからだ。

 シールドは左側に一枚、火器も左側にサブマシンガン一丁。右のサブアームには長剣が装備されている

 長剣は見るからになまくらだ。おそらく市販品のプラモデルで、ランナーから外したゲート跡も処理されていない。

 あとはセシルの代名詞とも言える、長大なハルバード。

 見た目の戦力は、前回手合わせした時の三分の二ほどである。

 

――なによ、舐めてんの?

 

 だが、踏み込むことに躊躇する。装備を減らすことにどんな意味があるのかと勘ぐってしまう。なにしろハルバード使いこそが本質のメガミだ。

 不意に、セシルが口を開いた。

 

「貴女のマスターは傲慢だな、マリー」

「……傲慢!? わたしのマスターが!?」

「そうだ。傲慢だよ。

《ロストナンバー》の能力だかなんだか知らないが……メガミを壊したくないから使わない?

それはつまり『能力を使えばいつでも対戦相手を壊せる』と思っているわけだ。

思い上がりも甚だしい……貴女のことを神だとでも思っているのか」

「違う!」

 

 綾乃はメガミデバイスを愛している。

 マリーを愛してくれている。

 マリーを使いながら、バトルも続けたい。綾乃の優しさの葛藤が自分を縛ったのだ。

 その呪縛を誇りに思いこそすれ、傲慢などと。

 

「あんたなんかに……あんたなんかに、何がわかるっていうのよ!」

「ああ、わからないとも。わたしは貴女とは違う。どこにでも売っている普通のメガミだ。

だからこそ、ぜひ見せてもらいたい。貴女の秘められた力とやらを。……その上でなお言わせてもらおう」

 

 セシルはハルバードの切っ先をマリーに向け、構え直した。

 

「貴女にわたしは倒せない」

 

 マリーはついにキレた。

 出会って間もないメガミにそこまで言われる筋合いはない。

 それに、思い上がっているのはセシルの方だ。装備を減らして、その上で能力を遠慮せずに使えという。自分は倒せないなどと……セシルの方こそ、思い上がりでなくて何なのか。

 綾乃の手前、ロストナンバーの力は極力使わないようにしてきたが、それももう限界だ。

 

「傲慢なのはあんたのほうでしょ! そこまで言うなら見せてやる! その身体に……刻みなさい!」

 

 マリーはジグザグにステップを踏みながら突っ込んできた。

 先のバトルで、セシルの反応速度はわかっている。

 一歩ごと加速し、セシルの目の前でトップスピードに乗る。

 セシルは構えたハルバードを突き出した。加速するマリーへの最短時間の攻撃だ。

 これはマリーへの牽制。

 マリーはそれを難なくかわす。マリーが持つロストナンバーの機動力を持ってすれば、あまりにも容易い。

 セシルの左側に回り込んだ。

 バレットナイツの巨大な盾が視界を塞ぐ。

 しかしそれはマリーの想定通り。

 狙いはこのシールドだ。これを破壊すれば、セシルの防御力は圧倒的に低下する。

 マリーは左拳を突き出す。

 拳に振動が発生する。

 一撃で破壊するつもりで、視界を塞ぐシールドを思い切り殴りつけた。

 

「!?」

 

 違和感。

 固いものを叩いた感触は、あった。

 だが砕けなかった。

 シールドの表面の塗装をわずかに削ったのみ。

 

――なによ、今の感触!?

 

 マリーが感じたことがない感触だった。

 まるで、シールドがたわみ、拳を弾かれたような、そんな感触。

 左拳がインパクトした瞬間、振動波を送り込んだが、その効果もなかったように見える。

 その証拠に、シールドを保持するサブアームがスムーズに動き、盾の影からセシルの本体をあらわにした。

 マリーの振動攻撃の影響は見られない。

 

――いったい、なにが……。

 

 マリーが逡巡している暇はなかった。

 目の前の対戦相手は、斧を袈裟がけに振り下ろそうとしている。あの一撃を受ければひとたまりもない。

 安全圏へ逃れるべくマリーは走る。

 セシルの右手側へ。

 

「うわ!?」

 

 突如、何かに足を取られた。

 そのまま赤茶けた地面にすっころがる。

 三、四転した後に、勢いを利用してマリーは立ち上がった。

 身体は赤土まみれだ。

 

――あれは……。

 

 口元を拭いながら、マリーは見た。

 セシルの右側から伸びているもの。

 剣だ。

 セシルのサブアームにマウントされていた、あのなまくらの長剣。

 マリーはあれに躓いたのだ。

 

――……なんてこと……なんて無様な……!

 

 屈辱だ。

 たった一度の交戦で、ロストナンバーの能力をすべて無力化された。

 セシルは、最初の突きをかわさせて、シールド側にマリーを追い込む。

 シールドで左腕の能力を無効化した上で、今度は斧を振り下ろす。

 当然、シールドとは反対方向に逃げる。

 それを読んで、セシルはあのなまくら剣でマリーの足を引っ掛けたのだ。

 加速能力で通常よりも速度が上がっていたマリーは、勢いよく転がる羽目になった。

 そんなことができるのも、マリーの能力を知った上で、対策した装備で武装しているからだ。

 すべてはセシルと彼女のマスターの手のひらの上だったのだ。

 マリーはセシルを見上げた。

 相手は相変わらずやぶにらみで、悠々とハルバードを構えている。

 対する自分は埃まみれ。それがマリーの屈辱に拍車をかけた。

 もはや、禁忌がどうの、などと言っている場合ではない。

 こいつは本気で、ロストナンバーの能力を全開にしたわたしを負かす気でいる。

 ならば見せてやる。

 本気のわたしを。全力のわたしを!! その身体に刻んでやる!!

 マリーは再び加速した。

 

 

 

 だが、マリーはセシルに決定打を与えることが出来なかった。

 断続的にロストナンバーの力――高速移動と左手の振動を使っている。

にもかかわらず、セシルは怯むことがない。それどころか攻撃の手を緩めないし、マリーの攻撃はうまくさばかれる。

 長大な超重武器であるハルバードを身体の一部のように自在に扱う技術は見惚れるほどだ。

 左手の攻撃に対し、マリーの肘を打ってそらすのは、前回の対戦ですでにやられている。今回も健在だ。

 厄介すぎる。

 奴の思考を超える一手が必要だ。

 

「だったら……これはどう!?」

 

 言いながら、マリーはセシルに迫る。

 セシルのサブアームが動いた。

 なまくらの長剣がマリーに向けて横一文字に繰り出される。ダメージはなくても、進路を阻むのには十分だ。

 だが、マリーは速度を落とさず突進する。

 左手を手刀にすると、下から上へと振った。

 瞬間、長剣があっさりと切り落とされた。

 障害物がなくなり、マリーはさらに一歩踏み込む。

 

「……っ!」

 

 セシルが想定していたタイミングより一瞬速い。

 急いで身を翻し、シールドを展開する。

 マリーの視界が巨大な盾で覆われる。

 またしてもマリーは左の手刀を振るった。

 今度は上から下へ、斜めに走らせる。

 

「なに!?」

 

 思わずセシルが声を上げた。

 シールドの表側から光が漏れている。

 今のマリーの一撃で、シールドに真一文字の裂け目ができていた。

 その隙間からマリーが見える。

 マリーと眼が合う。その目の形が歪んでいる。

 たまらず、セシルは後ろに跳ねて間合いを取った。

 マリーは構えたまま動かない。

 その表情は愉悦に歪んでいる。

 セシルはマリーの左手を見た。五本の指を揃え、手刀の形を作っている。

 左手を振動させ、手刀で使った。結果、バレットナイツの盾をも切り裂く切断能力を発揮したのだ。

 

――そんな使い方があるとは……。

 

 まるで超音波カッターだ。

 これではマスターがシールドに仕込んだ仕掛けも通用しない。

 それどころか、メガミ本体に当たればひとたまりもない。武器で受けることもできない。

 セシルは戦慄する。

 あの手刀攻撃と高速起動が組み合わされたら、自分でもさばききれるかどうか。

 セシルがハルバードを構え直した。

 二機は対峙したまま動かない。

 沈黙が流れる。

 風が吹く。

 砂塵が舞う。

 やがて。

 

「くくっ……」

 

 セシルの歯の間から声が漏れた。

 

「ふふ……」

 

 マリーの薄い唇の間からも、また。

 

「くくく……」

「ふふふ……」

 

 二機の笑いがさらに高まる。

 

「ははははははははは!!」

 

 大きな哄笑が重なった。

 次の瞬間、二機は同時に地を蹴った。

 迫る。彼我の距離が縮む。

 振り下ろされる斧。繰り出される左手。

 当たれば一撃で勝負が決するであろう互いの攻撃を、二機は紙一重でかわしてゆく。

 顔に浮かぶは狂気の笑み。

 

 セシルは昏い喜びに心震わせながら、ハルバードを振るう。

 そう、渇望していた。自分の力を存分に振るえる相手を。自分が修得したすべてをぶつけることができるメガミを。目の前のメガミならば、この渇きを潤すことができる!

 

 マリーは溢れ出る愉悦に眼を歪めながら、左の手刀を突き出す。

 そうだ、渇望だ。認めよう。わたしは禁忌と言われた自分の能力を思う存分使ってみたかった。目の前のメガミは、わたしの全てをぶつけてあまりある!

 

 セシルとマリーは、心の奥底に秘めていた渇望を、互いに激しくぶつけあう。

 戦いは常軌を逸した領域へと加速していく。

 

 

 

「あれが……ほんとうに《負け姫》のマリー……か?」

 

 守田の口から思わず声が漏れた。

 チーム相手に負け知らずだったセシルを相手に、マリーは一機で互角に渡り合っている。

 今日のマリーは、今までの動きとは明らかに違う。

 機動力重視のメガミを連れているからこそわかる。今日のマリーの機動力は異常だ。

 相手がセシルでなければ、勝負にすらなっていないかもしれない。

 

「だったら……今までのはなんだったんだよ……」

 

 そのとなりで、《黄金姫》こと有栖川今日子がうっとりとつぶやく。

 

「これですわ……これこそ、わたくしが求めていた綾乃さんとマリーの本気……」

 

 彼女は綾乃がマリーの力を抑えていることを、なんとなく感じていた。

 綾乃とは中学生からの長い付き合いだ。対戦も数え切れないほどしている。

 しかし、綾乃は有栖川に本当の自分を見せない。様々な対戦相手にメガミの本質を見せろと迫るにも関わらず。

 だから歯痒い思いでいた。ライバルと思ってるマスターに対して。そして彼女の本気を出させることが出来ない自分に。

 有栖川はメガミマスターとして、穂高舜を心から尊敬する。彼は、誰もなし得なかった、綾乃の本気を引き出せるほどの実力だったのだから。

 

 ギャラリーたちは固唾を飲んで見守っている。

 あの負け姫のメガミは、いまや人知を超えた機動で、観戦用ディスプレイの中を所狭しと飛び回っている。

 それを相手にしてなお引くことがない、ハルバード使いのメガミ。

 あまりにも苛烈で狂気に満ちたバトルは、更に加速していく。

 

 

 

――大したものだ。この速度域の戦いでも落ち着いてる。

 

 綾乃の指揮能力の高さに、舜は内心舌を巻いた。

 マリーの速度は尋常ではない。

 バトル経験が豊富な舜ですら、慌てそうになるほどの速度域の戦いだ。

 しかし、隣のブースにいる少女は、落ち着いた様子で指示を出しているようだ。

 マリーの動きは多彩で、闇雲に戦っている様子ではない。明らかにマスターの指示が働いている。

 もしかすると、とんでもないマスターを覚醒させてしまったのかもしれない。

 舜は背筋に嫌な汗が流れるのを自覚する。

 それでも舜の顔は嗤っていた。

 

 

 

――参ったわね……。

 

 先ほどからマリーは、意識の隅にあるバッテリー残量ゲージの色を気にしている。

 隅に灯った赤色。それは、マリーのバッテリーが心もとないことを意味していた。

 そうでなくても、彼女のあらゆる関節は悲鳴を上げ、身体全体がオーバーヒート気味だ。

 ここまでロストナンバーの力を使うことは今までになかった。

 にもかかわらず、あの憎たらしいメガミは、いまだにマリーの前に立ちはだかっている。

 

――なんて奴。

 

 一般販売品の分際で、どれほどの修羅場をくぐり抜ければ、ロストナンバーと互角以上に渡り合える戦闘能力を身につけることができるのか。

 セシルの尋常ではない実力を、マリーは身をもって実感していた。

 それでもこのバトルの勝ちを譲る気はない。

 マリーはまた左の手刀を振るう。

 受け止め続けたセシルのシールドはすでにズタズタだ。縦に振られた手刀を受け止めることはできず、ついに砕け散った。

 中から金属部品が勢いよく飛び出してくる。

 

――スプリング!?

 

 マリーをかすめていったのは、たしかに金属製のバネだった。

 これがマリーの左手対策の仕掛けである。

 シールドの基部とサブアームの接続部と関節部にスプリングを仕込む。すると、ショックアブソバーの役割を果たし、振動をある程度吸収するのだ。それによってシールド本体へのダメージを軽減できる。もちろん、メガミ本体に振動によるダメージは与えられない。

 こんな単純な方法で防いでいたとは、マリーは思いもしなかった。

 

「くっ」

 

 セシルはすぐさま後ろに飛び退いた。同時に、シールドの残骸をサブアームごとパージする。

 相手の防御力は一気に低下した。

 チャンスだ。

 しかし最後のチャンス。

 もはやバッテリーの残量は無きに等しい。

 マリーはためらうことなく前に出た。

 一気に加速する。

 セシルに追いすがる。

 左の手刀を突き出す。

 その刹那、ハルバードが跳ね上がった。

 セシルが柄を蹴り飛ばしたのだ。後退する彼女の体勢が崩れる。

 斧の先端の剣がマリーの左脇に差し込まれ、そのまま左肩の付け根を切り裂いた。

 左腕が落ちる。

 しかし、マリーは止まらない。

 右腕をのばす。手にした銃を構える。

 

『行って! マリーーーッ!!』

「おおおっ!!」

 

 綾乃の叫びに応えて、マリーが吠えた。

 照準。

 セシルが体勢を崩し、地面に尻餅をつく。

 マリーが追いすがる。

 外すはずのない距離。

 トリガーを絞る。

 それと同時、背後からの激しい衝撃で、マリーの身体は地面に打ち付けられた。

 

「うあぁっ!」

 

 銃口は狙いを逸れ、発射された弾丸はセシルの頭のアンテナを砕くにとどまった。

 マリーの背後を襲ったのは、斧だった。

 跳ね上げられた斧は落下し、今度はマリーの背中を直撃したのだ。

 セシルは後ろに下がることで、距離を調整していた。

 重い斧をまともに食らっては、ひとたまりもない。

 

「まだ……まだよ……」

 

 大きなダメージを負いながらも、マリーは右腕を上げた。

 セシルも動かない。地面に座り込んだままだ。

 セシルに狙いをつける……つけようとしたところで、右腕から銃が落ちた。

 そしてそのまま瞼も落ちる。

 マリーは力なく、誇りだらけの地面に横たわり、動かなくなる。

 セシルは尻餅をついたまま、空を見上げた。

 ジャッジAIが試合終了を判定し、上空にプロジェクションマッピングで試合結果を表示した。

 

『WINNNER:セシル』

 

 その文字列に向かって、セシルは、ふう、と小さな吐息をついた。

 

「まったく……こんな無様な勝利も、そうはないな」

 

 つぶやいた口調はちょっと愉しげだった。

 

 

 

 舜は、ふー、と長く息を吐きだした。

 マリーの全力を望んだのは自分だったが、ここまで手強いとは思っていなかった。

 最後のマリーの射撃が決まっていれば、勝敗はわからなかった。まさに紙一重。

 多くの修羅場をくぐり抜けてきた舜とセシルであったが、こんなにギリギリの戦いは久しぶりだ。

 隣のブースを見る。

 長い髪の少女がジオラマを見つめている。

 こめかみから汗が一筋流れた。

 少女がゆっくりとこちらを向く。呆然とした表情でこちらを見て、そしてまた視線をジオラマに戻した。

 彼女のバトル用端末の画面は敗北を表示している。

 

「……しい」

「え?」

「くやしい! くやしい、くやしいです! あとちょっとだったのに!」

 

 舜は呆気にとられた。

 あの大人しげな少女がいきなり癇癪を起こすだなんて、思ってもいなかった。

 きーっ、と言わんばかりに腕をぶんぶん振るう。まるで子供だ。

 ひとしきり地団駄を踏み終わると、ふう、と吐息をついた。

 瞼を開いた綾乃は、いつもの落ち着きを取り戻していた。

 

「対戦、ありがとうございました」

 

 舜に向かってお辞儀をすると、胸に手を当てて、言った。

 

「とってもドキドキしました。こんな気持ちはひさしぶり……」

 

 ひさしぶり?

 綾乃は自分の言葉に、はっとする。

 ひさしぶりだった。

 バトルにこれほど没頭したのも、これほど胸が高鳴ったのも、最後に思わず叫んでしまったのも、敗北が悔しかったことも。

 それがバトルをする喜びであることを、すっかり忘れてしまっていた。

 

――ああ……そうなのですね。

 

 綾乃はやっと悟った。

 舜はそれがわかっていて、全力のバトルを申し出たのだ。

 彼は、マリーの全力を出させるために、対策した武装を作ってきた

 それを見抜くほどのマスターの力量、そして工夫。圧倒的な速度に対応できるメガミの実力。

 マリーの全力を受け止めてなお勝利できると、初めから確信していたのだ。

 全力全開のバトルをすることで、バトル本来の喜びを感じさせる。

 彼らの作戦は見事に成功した。

 綾乃はこのバトル中、余計なことを考えることもなく、すっかりバトルに没頭してしまっていたのだから。

 

 ジオラマ上では、メイドの衣装を着たメガミたちが整備に追われている。

落としたハルバードや破壊された盾を、メイドのメガミたちが集め、マスターたちのもとへと持ってくる。

 メイドメガミがマリーを救護用のベッドに乗せて運ぼうとしている。

 セシルはそばに来ると、それを断った。

 そして、マリーを抱きかかえ、綾乃のブースまで歩いてくる。

 綾乃がジオラマの中へと手を伸ばした。

 

「ありがとうございます、セシルさん」

「いえ。こちらこそ、あなた様への数々の暴言、大変失礼しました。マリーを焚きつけるために口から出た言葉でしたが……メガミの身の程もわきまえぬ物言い、どうかお許しください」

 

 セシルは深く一礼した後、マリーの身体を綾乃の手に横たえる。

 綾乃はセシルに小さく首を振った。

 セシルがホッとした表情で続ける。

 

「おそらくマリーはバッテリー切れです。ロストナンバーの力をむやみに使ったために消耗が激しかったのでしょう。充電すればすぐに目を覚ましましょう」

 

マリーは疲れたような表情のまま眠っていた。

舜も自らのメガミに手を伸ばし、ジオラマから回収する。

 

「ロストナンバーの力は強力だが、それでも武装の一つ程度にすぎない。長引けば不利、という弱点もあるわけだし、過剰に恐れる必要はないと思う。逆にうまく使いこなせれば、強力な武器になることも間違いない」

 

 それは今のバトルを見れば明らかだ。

 チーム相手に連勝を重ねるセシルがぎりぎりまで追い詰められた。もしマリーがロストナンバーの力をうまく運用できる戦い方をしていれば、負けていたかもしれない。

 綾乃は瞼を伏せ、首を横に振った。

 

「でも、わたしはメガミを壊してしまうことが怖いのです」

 

 その思いからはどうしても逃れられない。

 だが、舜はこう言った。

 

「使い所をとどめておけば、滅多なことは起こらないだろう。うまい使いどころを模索するのもいいと思う。いやそうした方がいい。だってさ……」

 

 綾乃が顔を上げ、不思議そうに見つめてくる。

 その眼差しを舜は受け止めた。

 

「このドキドキやワクワクを忘れてしまおうなんて……もったいないじゃないか」

 

 言いながら、舜は気がついた。

 綾乃と同じく、自分もまたバトルの高揚感を久しく味わえていなかったということに。

 競技バトルでは高揚感より結果が先行する。勝たなければ意味がない世界。勝てていても、理由なく排除された自分。

 絶望の中ですっかり忘れていた。

 舜の口から素直な気持ちがこぼれ出る。

 

「俺も久しぶりにドキドキしたよ……またこんなバトルが味わいたいね」

「……また?」

 

 不思議そうに首を傾げる綾乃。

 

「わたしとまたバトルしていただけるんですか……?」

「そりゃ……君さえよければ」

 

 二人は同時に笑い合う。

 綾乃の顔からあの寂しい陰は消えていた。

 彼女の心からの笑顔は、とんでもなく魅力的だった。

 ふと、綾乃は舜に尋ねた。

 

「そういえば、まだお名前を伺っていませんでした」

「ああ……俺は穂高舜。メガミはセシル」

「神崎綾乃です。この子はマリーといいます」

 

 こうして、舜はようやく、この美しいメガミマスターの名前と心からの笑顔を知ることができたのだった。

 

 

 

 対戦から戻ってくる綾乃を、チームの三人は立ち上がって出迎えた。

 

「ああ、なんてくやしいんでしょう!」

 

 明るく笑いながら綾乃が言う。

 猛、凛、美沙子の三人は顔を見合わせた。

 対戦前の綾乃とは、ぜんぜん違う表情になっている。こんなふうに笑う綾乃を見るのは本当に久しぶりだった。

 綾乃が「くやしい!」を連発するのに、三人も思わず笑ってしまう。

 チームのみんなで笑い合うのも久しぶりだ。

 本当に求めたチームの雰囲気はこうだったはずだ。

 穂高舜がメガミバトルを通じて取り戻してくれたのだ。

 猛は改めて舜に視線を送る。少し振り向いた舜と目が合った。

 ふっと寂しそうな笑顔を浮かべている。

 

――なんで?

 

 猛はそんな笑顔に心当たりがあった。

 それは、ついさっきまで綾乃がしていたのと同じ種類のものだ。

 猛は思わず腰を浮かせたが、舜はもう片付け終わってカバンを肩にかけていた。

 彼はそのまま振り向きもせず、迷うことなく店を後にする。

 猛のとなりからは、三人の女の子たちの明るい声が聞こえてくる。

 去っていく広い背中を、猛は釈然としない気持ちのまま見送るしかなかった。

 

 

 

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