螺旋の風 ~サザンクロスのメガミたち~   作:トミすけ

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「そうでした、猛。今週末の予定は空いてますか?」

 

 不意に綾乃が猛の方を向いて、そう言った。

 チーム・スパイラルウィンドの四人は、いつものようにホビーショップ・サザンクロスのテーブルに集まり、メガミのメンテナンス作業に勤しんでる。

 猛も綾乃に顔を上げる。

 

「週末? なにかあるの?」

「バトル用のタブレット端末を買いに、秋葉原に行きたいんです。付き合ってください」

「わざわざ秋葉原まで?」

「はい」

「タブレット端末だったら、別に秋葉原じゃなくてもいいと思うけど?」

「他のショップも見て回りたいんです」

「ふーん」

 

 猛は顎に手を当て、少し考えるふりをした。

 週末の予定は特にない。メガミのパーツや模型の材料を買いに、秋葉原まで足を伸ばすのも悪くはない。

 だが、ここは一つ、兄らしく妹に世話を焼いてみようじゃないか。

 猛は頷いてみせた。

 

「いいよ」

「では、土曜日の一○時に駅の改札口で」

 

 猛が断らないことはわかっている。だから用意していた待ち合わせ場所を即座に言った。

 綾乃と猛は本当の兄妹のような呼吸だ。

 だが、猛が今思いついた企みまでは、綾乃も知る由はない。

 凛と美沙子は、二人の会話を聞くともなしに聞いていた。

 

 

 

「秋葉原?」

「はい。土曜日に行きたいんですけど、一緒にどうかなって。メガミのパーツ見に行きたくて」

 

 その日の夜八時過ぎに、穂高舜はサザンクロスに姿を現した。

 綾乃を避けていたわけではない。大学のレポートが忙しかったためだった。

 店に入ってすぐに、猛に声をかけられた。週末一緒に出かけないかという提案である。

 

「そういや俺もパーツショップ見に行きたいんだよな」

 

 ここホビーショップ・サザンクロスも品揃えはいい。舜の地元に比べれば雲泥の差である。

 しかし、より専門的なパーツや、ディーラーが作る希少なパーツになると、さすがに取り扱っていない。今、舜には調達したいパーツがあったが、サザンクロスには置いていなかった。

 秋葉原の専門店なら見つかる可能性が高い。

 

「じゃあ、一緒に行きましょうよ」

「いいよ」

 

 舜は頷いた。

 友人と出かけること自体は経験がある。

 しかし、メガミのパーツを誰かと一緒に見に行くなんてことは初めてだ。

 そう考えると、急に週末が楽しみになってきた舜であった。

 それが猛の罠であるとも知らずに。

 

 

 

 瞬く間に土曜日がやってきた。

 朝一○時の一五分程前にT駅に到着した舜は、待ち合わせ場所である改札口前に向かった。

 舜が住むアパートの最寄駅からT駅までは五駅ほど離れているから、少し余裕を見てきたが、余裕がありすぎたらしい。

 

「まあいいか」

 

 切符売り場近くに陣取って猛を待つことにする。

 ちなみにセシルは留守番だ。自主練していたほうが有意義だと断られた。今頃部屋で黙々とハルバードを振り回していることだろう。

 ほどなくして、涼やかな声がかけられた。

 

「穂高さん? おはようございます」

「おはよう……って、あれ? 神崎さん?」

 

 聞き慣れた声だから反射的に返事をしてしまったが、待ち合わせをしていた少年のものではない。

 視線の先に立っていたのは神崎綾乃だった。

 週末だけあって、今日は私服姿だ。

 ブラウスの上からパーカーを羽織り、スカートのように裾が広がった丈の短いパンツ、大きめのスニーカー。トートバッグを肩にかけている。

 彼女の私服姿は目にしているはずだったが、舜はちょっと意外に思った。

 

「意外に活動的な服装だね」

「はい。楽な格好が好きなんです」

「……よく似合ってる」

「ありがとうございます」

 

 軽く会釈した綾乃が微笑む。

 舜はどぎまぎして、思わず視線をそらしてしまう。

 彼女に特別な感情を抱いているわけではないが、直接向けられる笑顔はあまりにも眩しい。

 舜はとまどいながら話題を変えた。

 

「と、ところで今日は誰かと待ち合わせ?」

「はい。猛と秋葉原に行くことになっていまして」

「え?」

 

 舜は思わず綾乃に顔を上げた。

 彼女は小さく首を傾げて舜を見ている。

 

「穂高さんもどなたかと待ち合わせですか?」

「いや……俺も猛と秋葉原に行くことになってる……んだけど……」

 

 それを聞いた綾乃は、少し不思議そうな顔をしている。

 彼女も舜が一緒だということは知らされていないようだ。

 どういうことだ。

 舜が思考を巡らせようとしたところで、軽快な電子音が鳴った。

 綾乃の携帯端末だ。

 彼女はパーカーのポケットから端末を取り出すと画面を確認する。

 

「猛からです」

 

 そう言って、メッセージを表示した。

 

『風邪引いて寝てるから行けないや。シュンさんと二人で行ってきて』

 

 綾乃は笑顔を消した。わずかに眉根を寄せ、半眼になり、薄い唇が真一文字に結ぶ。

 余計なお世話です、と綾乃は口の中だけでつぶやいた。

 

「どうかした?」

「猛が急用で来られないそうです」

「そうなのか。猛が来ないんじゃな……今日はやめとくか」

 

 まさか彼女と二人で行くわけにもいかないだろう。少し残念だが仕方がない。

 そう思って去ろうとした舜の腕を、綾乃が掴んだ。

 

「……穂高さん、タブレット端末にはお詳しいですか?」

「え? まあ……それなりには」

「メガミバトルで使用するもので何がいいのかも?」

「まあ、だいたい」

「それでは、わたしにお付き合いいただけませんか? どうしてもタブレット端末を早く手に入れたいんです」

 

 舜は思わず綾乃を見返した。

 彼女の表情は真剣そのものだ。なんの迷いも感じられない。

 だからこそ舜は不思議に思って尋ねた。

 

「……君はいいのか?」

「?」

「いや……俺と二人で、なんて……さ」

「お誘いしてるのはわたしです」

 

 彼女の返答には淀みがなかった。

 他意はないのだろう。彼女は純粋にタブレット端末のアドバイスがほしいだけなのだ。

 こうして誘われているのは、メガミマスターとして信頼されているということなのだろう。

 またしても自分が気を回し過ぎているのか。

 そう思って、舜はうなずいた。

 

「神崎さんが気にしないなら……いいよ。俺もメガミのパーツ見に行きたいし」

「わたしも見たいです。ご一緒させてください」

「じゃあ、行こうか」

「よろしくお願いいたします」

 

 綾乃は丁寧にお辞儀をした。

 

 

 

 二人がホームに降りると、この駅から始発の電車が待っていた。

 電車の中は空いている。綾乃の案内で後ろから三両目あたりに乗ると、二人は並んで座った。

 

「で、タブレットがほしいって?」

「はい。メガミバトル専用に、少し画面が大きめで、反応がいいタブレットを買おうと思って」

「なんで大きめ?」

「わたし、チームの指揮を取ることが多いので、大きい画面のほうが操作しやすいし、便利なんです」

「え? 神崎さんがチームの指揮をしてるのか?」

「はい。チーム《スパイラルウィンド》のリーダーですから」

「そうなのか……」

 

 舜は少し意外に思った。

 このお姫様がチームの指揮をしているというのか。てっきり美沙子がリーダーなのかと思っていた。

 ならばメガミバトル用の端末がほしいというのも納得がいく。

 先日のバトルで、綾乃は携帯端末を使っていた。

 メガミバトルにのめり込むほど、バトル中に参照する情報も、操作する項目も増大する。チーム戦となればなおさらだ。

 指揮を取る立場なら、さらに多くの情報をさばく必要がある。競技バトルに出場する選手の中には、ノートパソコンと複数のタブレットを持ち込む者もいる。

 発車ベルが鳴り、列車のドアが閉まった。

 二人を載せた電車はゆっくりと動き出す。

 今度は綾乃が尋ねた。

 

「セシルの装備についてお聞きしてもいいですか?」

「いいよ」

「セシルは今流行の競技バトル向けの装備とは少し違った方向性とお見受けします。どういった理由であの装備になったのですか?」

「ああ……あれはさ……対チーム戦特化の装備なんだよ。一対複数、短期決戦、破壊力重視。そうなると、どうしても信頼性が高い武器が必要なる」

「それがハルバードなのですね」

 

 ソロでチームを相手にするなら、一機に対し時間はかけられない。速攻で倒す必要がある。だから、攻撃力が高く、破壊力重視の武装が必要になる。

 あの大型ハルバードであれば、たいていのメガミは一撃で倒すことができる。

 

「そう。まあ、はじめに選んだのがハルバードだったっていうのもあるんだけど。ハルバードの運用を中心に、対チーム戦を想定して組んでいったらああなった……って感じだよ」

「あのハルバードには何か思い入れが?」

「初めて行ったイベント買ったディーラー製のやつなんだ。名前は《ノイズメーカーⅡ》。カスタムしてずっと使い続けてるから、思い入れは結構あるね」

 

 こうして、二人の会話は途切れることなく続き、気がついたときには電車が秋葉原駅のホームに滑り込んでいた。

 

 

 

「ただいま」

 

 空手道場の稽古から返ってきた凛は、家のリビングで猛を発見した。

 

「あんた、アヤと秋葉原に行くんじゃなかったの?」

 

 その約束は凛も聞いていた。二人が一緒に動くなら、当然スケジュールは頭に入っている。凛にとっても綾乃は妹同然の存在だ。

 今は午前十一時過ぎ。待ち合わせ時間はとうに過ぎている。

 にもかかわらず、猛はソファーに寝そべり、動画配信で映画を見ながら、ポテトチップスをかじっているではないか。

 猛はテレビ画面から目を離さず、気だるそうにのたまった。

 

「ああ、その役目は穂高さんに任せた」

「はあ!?」

 

 凛は猛の胸ぐらをつかんで引っ張り上げた。

 

「ちょっと! どこの馬の骨とも知れない男にアヤを任せたっていうの!?」

「ほら、アヤちゃんは穂高さんをずいぶん気に入ってるみたいだったしさ~。穂高さんはそういう事する心配はなさそうだし」

「そんなことわかんないでしょ!」

 

 弟の能天気ぶりに、凛は怒り心頭である。

 凛にとっての穂高舜は、つい最近知り合ったメガミデバイスに詳しい年上の男、というだけである。見ず知らずの男に毛が生えた程度の認識だ。

 大切な妹をよく知らない男に任せるなど信じられない行動だった。

 凛はテレビの電源を消し、ポテトチップスの袋を取り上げた。

 

「……ちょっと、なにすんだよ」

「行くよ。あんたも来なさい」

「え? どこへ?」

「秋葉原に決まってるでしょ。アヤを追うよ」

「ええ~? せっかくのんびりしようと思ってたのに」

「あんたの差し金なんだから、責任持ちなさい!」

「俺、病欠ってことになってるんだけど……」

 

 ブツブツ言いながらも、猛は立ち上がった。

 二人のことは対して心配していない。舜が綾乃になにかするとは思えない。だけど、二人の様子が間近に見られるなら、それはそれで悪くない。

 

 

 

 秋葉原。

 戦後復興のときに立ち上がった闇市を発祥とする商業の街。高度経済成長期を経てこれまで、商業の街として発展してきた。

 ラジオ、家電、パソコンを経て、今は『ホビーの街』として世界的に知られている。

 綾乃が向かった先は、メインの通りとは逆側にある巨大な家電量販店だった。

 改札口を出て、迷うことなく店にたどりつき、入口をくぐった。

 そのまま一階奥の情報端末売場にあるタブレットコーナーまでやってくる。

 そこまでの歩みに迷いがないことに、舜は少し驚いていた。綾乃の後ろから静かについていく。

 売り場にはたくさんのタブレット端末が展示されている。

 綾乃は展示機の値札に記載された型番をチェックし、目当ての機種を探している。

 そこへ、

 

「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」

 

 落ち着いた口調で店員が話しかけてきた。

 綾乃は尋ねた

 

「N社の一○インチタブレットを探しているのですが、どちらにありますか?」

「それでしたらこちらになります」

 

 展示機の前に案内される。

 すると綾乃はタブレット端末の画面をタッチし、フリックする動作を入念に確認する。

 その後、アイコンの反応速度や機能の内容をみて、頷いた。

 綾乃は再び店員に尋ねる。

 

「もう一つ、I社の同じ大きさの機種はありますか?」

「はい、こちらです」

 

 二つほど隣にその機種が展示されていた。

 綾乃は同様に操作すると、顎に手を当てて少し考える。真剣な表情で二つのタブレットを見比べていた。

 不意に舜の方に顔を向けた。

 

「穂高さんはどの機種がバトルに向いていると思いますか?」

「操作性だけで言えば、リンゴマークのタブレットがいいと思うけど」

「……それは予算オーバーなんです。UIも独特ですし」

「最初から候補じゃない……と。だったら、N社かな。前に同じメーカーの使ってたけど、結構キビキビ動いてくれたよ。I社も評判はいいけど、個人的にはこっちかな」

「ありがとうございます」

 

 綾乃は店員の方を向くと、N社製のタブレットを指さした。

 

「それでは、こちらのタブレットをお願いできますか」

「ありがとうございます。在庫を見てまいりますので少々お待ちください」

 

 しばらくして店員が製品を持ってきた。綾乃はそのまま会計を済ませる。

 瞬く間にレジから綾乃が戻ってきた。

 

「お待たせしました」

「ずいぶん手早く買ったね」

「事前にほしい機種は調べていましたし……せっかく秋葉原に来たので、他のところも見たいですから」

「なるほど」

 

 舜は内心、舌を巻いていた。偏見かもしれないが、女性の買い物はもっと時間がかかるものだと思っていた。今日の買い物も、迷いに迷って帰りにやっとタブレットが買えた、という展開になると思っていた。

 綾乃がエレベーターの方を指さした。

 

「上のホビーコーナーに寄っていきませんか?」

「いいよ」

 

 六階のホビーコーナーは広大だ。

 サザンクロスの品揃えも素晴らしいが、ここはあらゆる商品が網羅的に品揃えされている。

 

「いつものことながら、この品揃えは圧巻だよな……」

「こちらに来られたことが?」

「二、三回だけど」

 

 舜は高校まで田舎住みだったから、秋葉原まで来る機会はほとんどなかった。なにかの用時にかこつけて立ち寄るか、大会の遠征時に立ち寄るか程度だった。

 綾乃は舜を塗料コーナーに連れてくる。

 彼女はまたしても迷うことなく、ラッカー塗料の小瓶を手に取った。

 

「神崎さんはエアブラシ使うのか?」

「はい。猛に借りてます。穂高さんは?」」

「俺はもっぱらスプレーと筆塗りかな」

「少し意外です」

「エアブラシも持ってるけど、今はあんまり使ってないな。セシルの塗装はバトルでできた塗装剥げの修正がほとんどだからね。それだったら筆でちょこっとやるほうが早いし」

「先日の新しいシールドは? 筆で塗りつぶすにはいささか大きいと思いますけど」

「あれはスプレーで大まかに塗って、筆で細かいところを塗り分けてる。色も決まってるから、その方が早いんだ」

「セシルはいい感じにウェザリングが入っているように見えました」

「汚しは少しやってる。『隠密』のポイントが上がるからね。あとは……塗装剥げの修正がそれっぽく見えてるんじゃないかな」

 

 舜は苦笑した。

 実際のバトルで補修した部分がリアルに見える、というのはなんともおかしな話だ。実際のバトルで傷つき、塗装が剥がれた部分を塗り直しているのだから、それ自体リアルだというのに。

 メガミバトルは塗装も重要なポイントである。より実戦的な塗装を施したほうが『隠密』のポイントは上がる。競技バトルならロービジ塗装が定番だ。

 補修を重ねることでバトルが有利になるなら、それに越したことはない。

 綾乃は選んでいたラッカー塗料に加えて、舜に勧められたウェザリング用の塗料も購入した。

 

 

 

「早めにお昼にしませんか?」

 

 綾乃の提案に舜は頷いた。

 週末の秋葉原は人でごった返す。昼食時の食事処はどこも行列ができる。希望の時間に昼食を取るのは至難の業だ。

 綾乃の案内で、二人は手近のマクドナルドへと向かう。

 並んで歩くと、綾乃が少し遅れ気味になることに舜は気がついた。これは背丈の違いからくるものだ。舜は背が高い方だが、綾乃は女子でも小柄である。身長にして三○cm近く違うだろう。

 

――まあ急ぐ必要もないしな……今日はのんびり行こう。

 

 舜は歩くペースを落とすと、再び綾乃に並んだ。

 ほどなく、マクドナルドに到着する。

 二人はまとめて注文すると、二階のテーブル席へと向かった。店内は幸いにして空いていた。

 

「お陰様で納得のいくタブレットが買えました。家に帰って設定するのが楽しみです」

「それはよかった」

 

 綾乃はほくほく顔でハンバーガーにかぶりついている。

 そんな彼女の姿に、舜は思わず見惚れてしまう。

 自分が食べているのと同様のハンバーガーが、彼女の小さくて薄い唇に挟まれては消えていくのを見ると、現実とは思えなかった。まるで魔法か手品のようだ。

 二人がハンバーガーのセットを早々に片付けたところで、綾乃が尋ねてくる。

 

「このあとはどうします?」

「メガミのパーツが見たいから……ラジオ会館でも行こうかと思うけど」

「いいですね」

 

 綾乃はすぐにうなずいた。

 ラジオ会館は秋葉原駅の真向かいにある雑居ビルで、大小の店舗が所狭しと軒を連ねている。

 ラジオ製作の昔から、秋葉原に来る好事家たちの憩いの場だ。

 現在はホビーショップも出店しており、メガミデバイスのパーツを扱う店も少なくない。

二人は建物の中央にあるエスカレーターで上の階へと昇る。

 まず立ち寄ったのは中古のホビーショップだ。

 

「限定メガミがこんなにたくさん……」

「WISMのリアルタイプのパッケージ、初めて見ました」

 

 WISMのリアルタイプカラーはイベント限定品である。再販もされていないため、レア化している。

 他にも、限定カラーなどのレアメガミが、学生ではとても手が出ない金額の値札が付けられて、ずらりと並んでいた。

 次に、パーツを売っている店に向かう。

 メガミデバイスの専門店で、メーカー品だけでなく、外部パーツやディーラー製のパーツも扱っている。

 種類も豊富で、メガミ本体のメンテナンスパーツや、キット内パーツや武装のバラ売り、 剣や銃などの武装、楯や装甲などの防具、デカールなどのドレスアップパーツまで並んでいた。

 舜は機動力強化のパーツが下がっている棚を丁寧に見ていく。

 

「このあたりなんだけど……」

「……スラスター、ですか?」

「ああ。ちょっと楯を強化しようと思って」

「セシルには十分な推力があるようにお見受けしましたけど」

「試したいことがあってね」

 

今度は綾乃の希望で、武器パーツの売り場を物色する。

マシンガンが並ぶ棚を見ている綾乃の表情は真剣そのものだ。

 

「いい銃はある?」

「うーん……どれも今ひとつ……」

「どんなの探してるの?」

「ウェンディが持っているようなのがいいんですけど……射撃も近接も行けるような」

「ロードランナーのビームハンドガンは? あれなら中古で安く手に入りそうだけど」

「なるほど……うーん、でも、マシンガンみたいに連射できるのがいいのですが……」

 

 なかなかに悩ましい問題のようだ。

 真剣な表情の綾乃の横顔を眺めた、その瞬間だった。

 ふと舜は我に返ってしまった。

 思わず口元を抑え、顔をそらす。

 

――なんだこれ、めちゃくちゃ楽しい。

 

 今まで意識していなかったが、今日はここまでとにかく楽しかった。

 綾乃との会話も行動も、まったくストレスがない。

 会話は常にスムーズだ。ほとんどメガミデバイスの話しかしていないが、綾乃はメガミデバイスの造詣が深いし、バトル論も独特の考えがあって興味深い。

 行動もテンポよく進む。お互いの求めるものが一緒だからなのか、行き先で迷うことはないし、意見が異なることもない。

 今まで、舜には仲間がいなかった。だから、こんなふうに誰かと話をしながらメガミデバイス関連の買い物をするのははじめてのことである。

 それが気の合う仲間だと、こんなにも楽しいものなのか。

 舜は改めて綾乃の横顔を見た。悩める彼女は、気になる武器を手にしては、真剣な目つきで品定めしている。

 その美しくも真剣な表情に、舜は思わず見惚れてしまっていた。

 

 

 

 舜と綾乃が物色している棚から三つほど離れた棚の陰から、二人の男女がその様子を見守っていた。

 橋本凛と猛の双子である。

 猛の眼には、二人は仲睦まじそうに見えた。まさにしてやったりである。

 

「大丈夫そうじゃない?」

「まだわからないよ」

 

 逆に凛は仏頂面を崩さない。眉根を強く寄せて、綾乃の隣に立つ背高の男を睨みつけている。

 か弱い綾乃を守る騎士の役は、幼い頃から凛の役目だった。

 だから、綾乃に言い寄る男にいい印象を抱いていない。まず疑うことが身についてしまっている。猛のように脳天気な気分ではいられない。

 

 

 

 買い物を終え、ラジオ会館を出ると、時刻は午後二時になろうとしていた。

 二人とも今日の目的は達成していたが、帰るにはまだ早い時間である。

 

「少しだけ、バトルを見ていきませんか?」

「いいね。行こう」

 

 今日はまだまだメガミデバイスに浸っていたい。意見が一致した二人はメガミバトルのジオラマに寄ることにした。

 秋葉原のメインストリートである中央通りと神田川が交差するところに橋がかかっている。

 万世橋だ。

 そのたもとに、地上七階建ての大きな建物がある。ビル一棟がすべてホビーショップになっていた。舜と綾乃はそこにやってきた。

 エレベーターに乗ると、五階のボタンを押す。

 扉はすぐに開いた。

 すると、二人を熱気が襲ってきた。

 フロアはすでに人で溢れかえっていた。

 多くの人がジオラマを囲み、盛り上がっている。

 ホビーのメッカ・秋葉原とはいえ、様子がおかしい。

 

「何かあるのでしょうか?」

「どうも交流戦をやっているみたいだ」

 

 フロアに三つあるジオラマのうち、真ん中の《岩山》のジオラマで二組のチームが対峙していた。その周りを多くの観客が取り囲んでいる。

 店内に配置された観戦用モニターは、これから始まるその一戦を映すために準備されている。画面に大きく『交流戦』の表示が見えた。

 

「ちょっと隅に行っていようか」

「はい」

 

 二人は邪魔にならない壁際に移動すると、観戦用モニターを眺めた。

 画面が切り替わり、これから始まるバトルの詳細が表示されていく。

 

『チーム《スチールハート》 対 チーム《ケイオスリーグ》』

 

 対戦カードのチーム名が映し出されると、両チームのメガミの紹介、ジオラマの見どころとチームの合計バトルポイントなどの情報が次々と流れてゆく。

 やがて、店のスタッフがマイクで実況をはじめた。

 格闘技イベントのような喋り口調で、両チームのメンバーを紹介する。

 ケイオスリーグというチームが遠征してきての交流戦のようだ。

 対戦形式はチーム戦。合計のバトルポイントは一○○○。

 三対三のオーソドックスなチーム戦となっている。

 

「チーム名に心当たりありますか?」

「いや……ないな。高メや大メに出てたチームを全部把握してるわけじゃないけど。でも対戦する《スチールハート》は明駿大学の伝統的なチーム名だ。大メの常連だよ。チーム構成からすると……Aチームかな」

 

 大学の競技バトルは「大学対抗メガミバトル選手権」という。

 大学ごとに代表チームを出して争うトーナメントだ。

 学内予選でAとBの二チームを選出する。ほとんどの場合、Aチームが実力があるチーム、Bチームがアイデア重視のチームである。

 明駿大学のチーム・スチールハートは、全機とも競技バトルでよく見られる装備である。

 最近の競技シーンではオールマイティで空中戦も可能な機体が好まれる。スチールハートの機体はそれに加えて、肩や胸、膝などに装甲が追加されている。重装甲は明駿大学チームの伝統だ。

 対するチーム・ケイオスリーグのメガミたちは機種も装備もバラバラだった。塗装も派手で、およそ競技バトル向きではない。

 対象的なチームの対戦だった。

 観客はみなスチールハートに声援を送っている。地元チームなのだから当然と言えば当然だ。

 しかし、ケイオスリーグの面々は気にした様子がまったくない。アウェーであるにも関わらず、自信に満ちた表情だ。

 チーム紹介が終わると、マスターたちがジオラマに各々のメガミを送り込む。

 観客のボルテージもさらに高まっていく。

 それにしてもこの盛り上がり方は異常ではないか、と舜には思えた。

 実はこの交流戦は、チーム・ケイオスリーグ側からかなり挑発的に申し込まれた一戦なのだが、舜たちは知る由もない。

 ジオラマ上が明るく照らし出される。バトル演出用のプロジェクションマッピングが始まった。

 続いて、観戦用モニターに対戦カードが表示される。

 

『スチールハート VS ケイオスリーグ』

 

 観客の声援もさらに大きくなる。チームやメガミの名を呼ぶ声、声。

 カウントダウンが始まる。

 舜と綾乃は、じっと観戦用モニターを眺めている。

 視線の先で、カウントがゼロになった。

 

『BATTLE START』

 

 舞台となる《岩山》ジオラマは、フィールドの片側が岩場の平地、大小の岩山になっている。岩山の斜面は切り立っていて、飛行能力なしに登るのは容易ではない。

 

 明駿大学の《スチールハート》は現在最新とされる競技バトル仕様だった。

 メガミの装備はほぼ統一されている。狭いフィールドを想定し、ローター型の飛行ユニットを背負っている。ライフルに剣などオーソドックス武器で過不足なく武装している。

 二機先行、一機がフォローの逆デルタ型のフォーメーションで飛行している。二対一の状況を常に作り続ける隊形だ。

 オールラウンドに対応できる装備で、逆デルタ隊形――それが競技バトルのトレンドだ。

 対するケイオスリーグは三機バラバラに移動を開始した。メガミの種類も装備もバラバラで、およそ連携が取れているようには見えない。

 歓声に嘲笑が混じっているのは、昨今の競技バトルではセオリーから外れていることを知っている連中が発しているのだろう。

 舜の目から見ても、セオリー無視の、まるで初心者チームのような動きに見えた。

 ケイオスリーグの一機が加速し、平地の中央で停止した。

 装備から見てバレットナイツ・シリーズのようだ。陣羽織のようなアーマーを身に着けてはいるが、軽装備である。

 武装は鞘に収まった長刀を手にしているのみだ。

 そして、目をずっと閉じている。

 観戦用モニターの表示を見ると、エクレールという名前が見て取れる。

 エクレールは刀の柄に手をかけ、静かに立っている。

 空中から、スチールハートの二機が仕掛けてきた。一機がマシンガンを撃ちながら接近、もう一機がアサルトライフルで牽制しながらすぐ後方を飛ぶ。三機目は残る敵メガミ二機を警戒している。

 先頭の一機が迫る。マシンガンを乱射しているが、エクレールには当たらない。

 エクレールが姿勢を低くした。

 敵機が地上すれすれのところへ来た、その瞬間だった。

 エクレールの姿がかき消えた。

 一瞬の後、敵機の後方に現れる。

 キン、という高い鍔鳴りの音がした。

 刹那、先頭のメガミは地上に激突すると、胸部と胴体のつなぎ目付近で二つに分かれ、そのまま動かなくなった。

 舜の背筋に、ぞわっとした感触が走る。

 目にも留まらぬ踏み込みと、神速の抜刀。鋼鉄の刃が重装甲のつなぎ目へを滑り込み、一刀のもとに斬り捨てた。

 状況を見ればわかる。しかし、目で捉えることはできなかった。

 セシルならばあるいは見えただろうか。

 

「……強い」

「メガミも相当に作り込まれてるみたいですが……それだけじゃないですね」

 

 綾乃も、顎に手を当て、真剣な眼差しでバトルを見ている。

 歓声が止んだ。

 観客の異様な熱気は、あの寒気を催す一刀に振り払われていた。

 

 ケイオスリーグのメンバーに一人、長身の青年がいる。

 舜よりも少し年上だろうか。派手なスーツをきちんと着こなしている。非常に整った顔立ちの男だった。

 その姿は、メガミマスターというよりホストと言われたほうがしっくり来る。

 彼がケイオスリーグのチームリーダーであり、エクレールのマスターであるようだ。

 彼は首を回して、周囲の観客たちをゆっくりと眺めやる。

 そして微笑みながら頷いた。

 

「準備は整いました」

 

 よく通る声が聞こえると、指をパチン、と鳴らす音がした。

 

「圧倒せよ」

 

 それが合図だった。

 エクレール以外の二機が空中へ躍り出ると、スチールハートの残機に襲いかかる。

 ケイオスリーグの二機は朱羅:九尾とWISM:アサルトがベースのカスタム機だ。

 ちぐはぐな二機は、競技バトルのお株を奪う巧みな連携で、スチールハートの一機を翻弄した。

 スチールハートのメガミは、まもなく翼を折られると、地上へと墜落し、地面に激突する前にエクレールに斬り捨てられた。

 二機の猛攻は止まらない。残る一機は耐えきれずに空中で撃墜された。

 プロジェクションマッピングでジオラマ上に勝利メッセージが描き出される。

 

『WINNER:チーム・ケイオスリーグ』

 

 観客は水を打ったように静かになった。

 今までノリノリで実況していた店員も呆然としている。

 さきほどの派手なスーツを着た青年が、芝居がかった仕草とともに、観客に語りかける。

 

「素晴らしい一戦をありがとうございます。続いて二戦目に行きましょう。どうぞ準備をお願い致します」

 

 その後、交流戦はチーム編成を変えて三戦行われたが、いずれもチーム・ケイオスリーグの圧勝で幕を閉じた。

 終わる頃には、五階フロアの空気は完全に冷え切っていた。

 

 

 

 交流戦を見終えてすぐに、舜と綾乃は帰路についた。

 帰りの電車の中で、二人はずっと真剣に議論していた。テーマは先程の対戦の考察である。

 先程のバトルはチーム・ケイオスリーグのデモンストレーションとして使われた、というのが二人の一致した意見だった。

 

「もしかすると、あのエクレールというメガミは……ロストナンバーかもしれません」

「あの高速の踏み込みは、マリーと同様ってこと?」

「そう見えました。メガミ自体の能力がどこまでかはわかりませんが……」

「バトルポイントを見る限りでは、特別な装備はなさそうだった。目を閉じているのがわざとか、盲目なのかはわからないけど……他にも何か能力があるかもしれないな」

「別の二機、九尾とアサルトのカスタム機はどうでしょう?」

「特別な能力がなくても十分に強かったと思う。機体の印象で騙されたよ。あんなにうまい連携ができるとは思わなかった」

 

 二人の早口の議論は途切れることなく続く。

 車内放送がT駅への到着を告げた時、舜と綾乃はようやく我に返った。

 

「あ、わたしはここで失礼します」

 

 綾乃が立ち上がると、舜も腰を上げた。

 

「途中まで送るよ」

「いえ、まだ時間も早いですし、大丈夫です」

 

 日は落ちかけているが、まだ外は明るい。

 それに舜のアパートの最寄り駅は五駅ほど先だ。途中下車するとまた電車を待たなくてはならない。

 だが、舜は、

 

「だったら、改札口まで」

 

 と言った。

 今度は綾乃も断らなかった。

 電車を降り、階段を登った先までの短い距離を、二人で歩く。

 今日の予定はここで終わりだ。

 綾乃は舜に向き直ると、丁寧にお辞儀をした。

 

「今日はありがとうございました」

「俺の方こそ、楽しかったよ。ありがとう」

「わたしもです」

 

 綾乃は微笑んでいた。その笑顔が舜の心を満たす。

 舜の表情も自然と綻んだ。

 二人は笑顔をかわすと、

 

「また明日」

 

 そう言って別れた。

 再び電車にのるべくホームに向かう舜。

 彼の背がホームに消えるまで隠れてみている双子がいるなどということは、露ほども気付いていなかった。

 

 

 

 もうすぐ家に着こうというところで、綾乃の後ろから声がかけられる。

 

「アヤ」

「凛!? どうしたんですか? ……なんで猛も一緒なんです? 体調崩しているはずでは?」

 

 振り向いた視線の先にいたのは、橋本家の双子である。

 綾乃は猛をちょっと睨んだ。

 猛は明後日の方向を向いて口笛を吹いている。

 舜と二人で行かせるために、猛がわざと仮病を使ったことなど、綾乃は最初からお見通しだった。というか、送ってきたメッセージがいかにもわざとらしい。

 そうとわかっていなければ、秋葉原なんて行かずに、猛の看病に向かっている。

 凛は猛を押しやって一歩前に出た。

 

「そんなことより、穂高って人とは何もなかった?」

「何も……って、一緒にお買い物をしました。とても楽しかったですよ?」

「そうじゃなくて、嫌なこととかされなかった?」

「穂高さんは、人が嫌がるようなことをする方ではないと思います」

「いや、そうじゃなくてさ……」

「見ていたのであれば十分におわかりのはずでは?」

 

 綾乃にズバリと言われて、二人は硬直した。

 

「気付いて……いたの?」

「気付いてはいませんでしたけど、尾行していたことはわかります。どれだけの付き合いだと思っているんですか」

 

 綾乃は小さくため息をつく。

 幼稚園に上る前からほとんど兄弟みたいに付き合ってきた仲だ。

 だから二人の行動などお見通しである。こうして後から声をかけられた時点ですべてを察していた。

 

「何もやましいことはありません。凛はもう少しわたしを信用してくれてもいいのでは?」

「もちろん、綾乃のことは信用してるよ。でもさ、彼はまだ知り合ったばっかりで、信用ならない。そんな男と二人きりで遠出するなんて危ないでしょう」

「だから、穂高さんはそういう方ではありません。凛が心配するようなことは何もなかったのだから、いいではありませんか」

 

 二人の意見は平行線だった。

 結局、何もなかったことは凛も見ていたのだから問題ない、ということで納得させられた。

 凛は釈然としなかったが、今日のところは引き下がった。

 綾乃はふくれ面のままだ。

 

「今日一日楽しかった気分が台無しです」

「楽しかったんだ? それはよかった。仮病を使ったかいがあるよ」

 

 猛は綾乃に本気で睨まれた。

 

 

 

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