週明けの昼休み。
凛からのメッセージで緊急招集をかけられた佐倉美沙子は、学食で購入したサンドイッチとパックの牛乳を持って屋上に向かった。
T高校の屋上は、昼休みには開放されていて、多くの生徒が食事や休憩に利用している。
教室ほど会話に聞き耳立てられることもないし、学年が違う生徒が一緒にいても違和感はない。
美沙子が屋上の扉をガチャリと開ける。
屋上に設置されたベンチはすでに半分がた埋まっていた。
目的の場所はすぐにわかった。右手の最奥のベンチだ。凛と綾乃が座っているだけでやたら目立つ。
美沙子がまっすぐにそちらへと歩を向けた。
「こんにちは。……猛さんは?」
凛が顔を上げ、美沙子を一瞥する。
「今日は女子会」
「凛さんから呼び出しというのも珍しいですね」
「緊急だったからね」
綾乃は小さな唇を尖らせて抗議した。
「凛は大げさなんですよ。佐倉さんまで呼び出すことはないと思います」
綾乃が珍しくむくれている。
美沙子は、綾乃を挟んで、凛の反対側に腰掛けた。
凛が集合をかけた理由――週末の経緯をかいつまんで説明する。
「穂高さんと秋葉原でデート? へえ……姫もなかなかやるじゃない」
なるほど、仕掛人の猛を呼んでは、話がややこしくなる。秘密の女子会、というわけだ。
感心する美沙子の言葉を、綾乃が即座に否定した。
「違います。穂高さんにお買い物に付き合っていただいただけです」
「どうだったの?」
「どう、とは?」
「姫の気持ち的に?」
「とても楽しかったです」
「ふーん、とても、ね」
意味ありげな視線で見る美沙子に、綾乃はの表情は不満げだった。からかわれるのが不本意なのだ。
美沙子としてはからかい半分ではあったが、もう半分は真面目だった。綾乃が男子と一緒にいて「とても楽しかった」などということはめったにない。しかも、猛以外の男性と二人きりでの外出なんて初めて聞いた。
「ミサはどう思う? あの穂高って人」
凛は眉をひそめながら美沙子に問う。
美紗子は上を向いて、穂高の人となりを脳裏に思い浮かべてみた。
見た目は悪くない。服装はシンプルで清潔感がある。温厚で優しそうな印象だ。
そもそも悪い印象は抱いていない。綾乃が閉じこもっていた諦観の殻を打ち破ってくれた人なのだから。
「そうですねぇ……いい人そうに見えますけど」
「……綾乃を篭絡しようとしてるんじゃない?」
「下心があったら、綾乃からちょっと距離をおいてみようとか、しないんじゃないですかね?」
彼は奥手そうに見える。それはこの間、数日ぶりに綾乃と顔を合わせた時の慌てぶりを見ても分かる。明らかに女の子の相手に慣れていない。
「それに、綾乃とショッピングに行って、メガミデバイスだけで話が持つくらいにはマニアってことですよ。そんな人、そうそういないでしょう」
「それは……そうなんだけどね」
当日の様子を、半ばからとはいえ、見ていた凛である。
二人はずっとメガミデバイス関連の店に入り浸っていた。道中メガミデバイスの話しかしていないことは想像に難くない。
凛は納得しかけてしまいそうになる。
そこで綾乃は我が意を得た、とばかりに得意顔で言った。
「ほら、凛は心配しすぎです」
「何が、ほら、なのよ」
凛の心配は本物だ。
凛自身、穂高舜という青年に感謝はある。だが、大切な妹を託せるかどうかは別問題だ。
美沙子からみても、凛は綾乃に対して過保護すぎると思うが、気持ちは理解できる。綾乃と凛、猛の姉弟は、家が隣同士で、お互いの母親が学生時代からの親友だと聞いている。それこそ赤ん坊の頃から姉妹のような付き合いなのだ。
美沙子は、言い合う二人の様子を横目で見ながら、こっそり考える。
――ま、姫がここまで他のマスターにこだわるのも珍しいんだけどね。
しかも、綾乃自身は、あの青年にこだわっていることに気がついていない。
それがわかっているから、凛は警戒している。
さて、わたしはどうしようか。二人の口論を聞きながら、美沙子は牛乳を飲み干した。
◆
一面の黒。
画面は闇に塗りつぶされている。
そこに一本の光がさす。スポットライトだ。
光の中に現れたのは、豪華な肘かけ付きの椅子。
手前から歩いてきた人影が、スポットライトの輪の中に入った。
長身の若い男性だ。彫りの深い整った顔立ち。切りそろえた髪は調髪に整えている。
臙脂色のジャケットに、ピシッと折り目の付いたスラックス、磨き上げられた革靴。それらを一点の隙もなく着こなしている。
気障な仕草で正面を向き、脚を組んで座った。
「こんばんは。ようこそ、ケイオスリーグ・チャンネルへ」
聞きやすく張りのある声が、落ち着いた口調で話しかけてくる。
「今宵もメガミバトルの交流戦の模様をお届けしましょう。
我々《ケイオスリーグ》と対戦するのは、チーム《スチールハート》。そう、明駿大学の選手権代表チームです。そのAチームと対戦しました。
早速バトルの模様を御覧ください」
画面が切り替わり、メガミバトルの対戦の様子が映し出された。
それは、舜と綾乃が目撃した、秋葉原での対抗戦だった。
あの日の対戦の様子があますところなく披露される。
三戦分の動画が流れると、再びスーツ姿の男が現れる。
舜と綾乃が彼の姿を見れば、あのエクレールのマスターだとわかっただろう。彼はケイオスリーグのリーダーの男だった。
「いかがでしたか? 非常に見ごたえのあるバトルになったかと思います。チーム・スチールハートの健闘をたたえます。ご協力に感謝します」
スポットライトの中、男は一人拍手をする。
そして、カメラに向かって、芝居がかった動きで腕を広げた。
「私たちはこれから積極的に交流戦に赴きます。まずは首都圏の各地に伺います。その後は全国各地に広げていく計画です。これは、わたしたちが考える《ケイオスリーグ・プロジェクト》の第一段階です」
男は改めてカメラに視線を送ると、身体の前で手を組んだ。
そして、落ち着いた様子でまとめに入る。
「これからも、交流戦の模様を当チャンネルで公開していきます。どうぞご期待ください。
それでは今宵はこのあたりで。
ケイオスリーグ・チャンネル。
お相手はわたくし、八神正一郎でした」
思えば、この動画は《ケイオスリーグ・プロジェクト》の鏑矢だった。
この動画が大手配信サイトで配信されたその日から、チーム・ケイオスリーグは大きく動き出した。
彼らによる首都圏各所への「侵攻」が始まったのだ。
◆
ある日の夕方、ホビーショップ・サザンクロスのいつものテーブルを占拠したスパイラルウィンドの四人がバトルの準備をしている。
あまり手が進んでいないのは、みんなで話し合っているからだった。
「それで……穂高さんに、チームに入っていただけるようお願いしたいのですけど……どうでしょう?」
綾乃の提案はいずれくるであろうと、美沙子も、凛、猛も予想はしていた。
だからこそ、三人ともあまりいい顔をしなかった。
「わたしはあんまり……」
「俺はいいと思うけどさ……シュン兄はどう思ってるのかな」
凛はまだ穂高舜を信じ切ってはいない。そもそもこのチームは綾乃を中心にした仲がいい者同士の集まりにすぎない。そこに異物が入ることも凛が難色を示す理由だった。
猛は穂高舜をよく思っているし、綾乃と仲良くなるのも賛成だ。だが、本人は自分よりも明らかにレベルが低いチームに誘われて、入りたいと思うだろうか?
美沙子はまっすぐに綾乃を見ると、きっぱりと言った。
「それはさすがに無理でしょう」
「ダメ……ですか?」
綾乃の言葉に、美沙子は首を振る。
「『ダメ』というより『無理』ね。実力差がありすぎるわ。あの人とわたしたちとじゃ、全然釣り合わない」
かたや高メの県大会優勝を一人で成し遂げるメガミマスター。かたや地方のホビーショップでやっと中堅の実力を保つメガミチーム。どう考えても釣り合わない。
舜が入りたいのは、競技バトルをやっているトップチームだろう。
わたしたちでは相手にもされない。しょせん、幼なじみと学校の友達の仲良しチームに過ぎないのだ。
美沙子はそう考えていた。
「そもそも、あの人はチームでやりたいの? ずっと一人でやってきたのに、いまさらわたしたちのチームに入りたいと思う?」
「それは……」
そうかもしれない。
綾乃が彼をチームに誘いたいというのも、ただの余計なお世話かもしれない。
そう思うと、綾乃も何も言えなくなってしまう。
テーブルに沈黙が降りる。
その時、
「よう」
と声をかけられ、四人はぎょっとして顔を上げた。
話題の主だった。
綾乃はなぜか気が動転してしまっている。
「あ、あの……」
「ん?」
穂高舜の様子に変わったところはなかった。
気づかれてはいないらしい。
綾乃は少しだけホッとして、いつものように笑顔で挨拶をした。
他のチームメンバーも胸をなでおろしている。
別に彼の悪口を言っていたわけではない。しかし、本人の前で堂々と話す内容ではないことではあった。
舜は特に気にした様子もなく、テーブルに座ると、不意に猛の方を向いた。
「ああ、そうだ、猛。明後日、環状線見に来てくれよ」
「え?」
「ちょっとセシルを走らせてみようと思う」
「マジすか!? 絶対行きますよ!」
猛は興奮して身を乗り出した。
凛は猛を厳しい目で睨んだ。生真面目な凛は、彼が夜遅くまでサザンクロスに出入りすることをよく思っていない。
次に舜を睨むと、厳しい口調で言った。
「猛を夜遅くの遊びに誘わないでください。店のルールに違反してます」
「これはすまなかった……気をつけるよ」
舜は頭の後ろをかきながら、申し訳なさそうに言った。
凛は生真面目だ。猛が環状線が盛り上がる時間までサザンクロスにいることをよく思っていない。だが舜に悪気のないことはわかっている。だから凛はそれ以上咎めなかった。
そんな会話をしている舜たちのテーブルに近づいた人影があった。
「少しよろしくて?」
声の方に舜が振り向く。
そこには見覚えがある豪奢な美少女が立っていた。
確か《黄金姫》と呼ばれているメガミマスターだ。
彼女の後ろには一人の少女が無表情のまま、所在なげに控えている。
綾乃が少し睨むように黄金姫を見た。
「有栖川さん、今日は何の御用ですか?」
「綾乃さん、あなたにではありません。穂高舜様とお話がありますの」
「俺に?」
舜が自分を指差すと、黄金姫はうなずいた。
胸に手を当て、堂々と名乗りを上げる。
「わたくしは有栖川今日子と申します。チーム《アリスアライズ》のリーダーを務めております」
「ご丁寧にありがとう。俺は穂高舜……」
「もちろん存じておりますわ。綾乃さんとのバトル、感服いたしました」
「それはどうも……」
舜は頭をかいた。まさか黄金姫が自分のことを知っているとは思わなかった。ナミが言う通り、サザンクロスでは有名人になっているらしい。
《黄金姫》こと有栖川今日子はまっすぐに舜の目を見て言った。
「穂高様の実力を見込んでお願いがございます。わたしたちチーム・アリスアライズは、今年の高校生メガミバトル選手権――高メに参戦します。そこで……」
有栖川は優雅な動きで腕をふると、舜の前に手を差し出した。
「あなたを我がチームのコーチとしてスカウトしますわ!」
舜は目をぱちくりとさせると、首を傾げた。
「コーチ?」
「はい。高メでの豊富な実戦経験を買ってのことです。もちろんお引き受けくださいますわね?」
「悪いけど、遠慮するよ」
舜の即答に、有栖川が笑顔のまま凍結した。
斜め後ろで控えている少女が小さくため息をついている。
きっかり五秒後に解凍した有栖川は舜に詰め寄った。
「な、なぜですの!? 理由を教えてくださいます!?」
「それだと、俺がチームで戦えないじゃないか。それに俺はチーム戦の経験ないぞ? チーム必須の高メで、ずっと一人でやってきたんだから」
舜の回答にも有栖川は怯むことなく言葉を続けた。
「それでは、わたしたちのスパーリングパートナーになってくださいませんこと?」
「申し訳ないけど……それも遠慮しておくよ」
「なぜです!?」
「セシル一機を相手にするだけじゃ、練習にならないぞ? 一機チームなんて、高メにはいないんだから。チームに変なクセがつくかもしれない」
高メの規定には「出場チームは二名以上であること」と明記されている。
それを思い出し、舜の胸が少し痛んだ。
しかし、有栖川はなおも諦めない。
「そのような心配は無用です。わたくしたちは他にも多くの相手と練習していますから、むしろ穂高様との練習なら想定外の事態の対応の練習にもなりましょう。
それに、競技バトルに参加していないようなチームへのアドバイスに明け暮れているなら、よほどお暇なのではありませんか?」
「有栖川さん、その物言いは聞き捨てなりません」
綾乃が立ち上がった。有栖川の言動に我慢の限界が来ていた。
なぜわたしたちがいる前で、わざわざ舜をスカウトに来るのか。わたしに対する当てつけではないのか。
しかし、睨む綾乃に対し、有栖川は涼しい表情だ。
「あら、綾乃さん。図星をつかれてお怒りになられましたの?」
「怒ってはいません。穂高さんに対して失礼ではないかと申し上げているのです」
「でしたら、穂高様を開放して差し上げては? 負け姫様のお相手では、穂高様の実力も宝の持ち腐れというものでしょう」
「……あなたから売られた喧嘩を買う準備は常にできています、黄金姫」
次の瞬間、二人は強烈な視線で火花をちらした。
一瞬にして一触即発。すぐにも爆発しそうな勢いである。
が、有栖川が後ろに倒れ込むように一歩下がった。
本人の意志ではない。
有栖川の後ろに控えていた無表情の少女が一歩前に出ると、有栖川を羽交い締めにして後ろに引きずったのだ。
「志津香!? ちょっと、お離しなさい!」
「はいはい、お嬢様。今日はバトルはなし、というお約束でしたよね?」
彼女は有栖川と同じチーム・アリスアライズのメンバーで、上松志津香という。綾乃たちは黄金姫のお目付け役として認識している。
じたばたと暴れる有栖川をものともせず、志津香はずんずんと引きずっていく。
「今日という今日は言ってやらねば気がすまないのです!」
「だめです。離しませんよ。今日はチームで基礎練という約束です。蒼牙をみっちり鍛えないといけないことはわかっているでしょう」
「そ、それは……!」
有栖川の顔がひきつった。
実は、チーム・アリスアライズの中で、リーダーが一番実力が低い。今まで一機のメガミを使い込むことを知らず、とっかえひっかえメガミを替えてきたツケだった。
蒼牙は、有栖川が初めて思い入れを持ったメガミである。
志津香としては、リーダー機が早く自分たちと同じレベルになって貰わなくては困る。高校生メガミデバイス選手権を目指すからには、相応の実力がなくては勝ち抜けない。
志津香は、暴れる主を羽交い締めにしたまま、器用に会釈した。
「お見苦しいところをお見せしました。ですが穂高様、チームのコーチをしていただきたいのは本心です。ぜひご一考を。それでは失礼いたします」
「きー!」
《黄金姫》の金切り声が遠のいていく。
志津香は暴れる有栖川をものともせず、力任せに店の奥へと引きずっていく。
「はは……なんか手慣れてるなぁ」
呑気に苦笑している舜を、綾乃は横目で見ていた。
舜の活躍ぶりに注目しているのは、自分や有栖川だけではないはずだ。
あるいは、リーダーの権限だと言って、彼を強引にチームに誘ってしまうべきだろうか。
だが、舜は有栖川の申し出を断った。
自分が慣れ親しんだ高メの大会に出場希望のチームからの誘いだったにもかかわらず。
穂高舜は、ここサザンクロスで、何がしたいのだろう?
◆
土曜日の夜が来た。
外で早めの夕食を済ませた舜は、再びサザンクロスを訪れる。
たくさんある休憩用のテーブルは七割がた埋まっている。
週末の夜だ。バトルはこれからさらに盛り上がっていく。
舜は友人の姿を見つけると、そのテーブルにメンテナンスボックスを置いた。
「よう」
「おつかれ」
守田はちらりと舜を見て、短く挨拶する。
今彼は、夜宵の脚の装備をバラして、メンテナンスの真っ最中だ。
テーブルの上にいた夜宵が会釈する。
「夜宵、どうかしたのか?」
「さっき環状線で、ちょっと派手にやらかしまして……大したダメージじゃなかったんですが、念のためメンテしてもらってます」
「そうか……ちょっと残念だな。セシルに手ほどきをお願いしたかったんだけど」
その言葉に守田が顔を上げた。舜を見る目が輝いている。
「お、とうとう環状線バトルをやる気になったのか?」
「試しに、な」
舜は苦笑気味に答えて椅子に座る。
そして、新しく作った装備をボックスから取り出した。
シールドだ。
バレットナイツの大型のシールドをカスタマイズしたものだった。
もともとセシルが使う盾には武器やスラスターが仕込まれていて、防御以外にも利用している。
新しい盾には武器は装備されていない。かわりに、普段の装備より大型のスラスターと、 補助用の小型スラスターが組み込まれていた。これは先日秋葉原で買い求めたものだ。
そのシールドをセシルの左側の専用アームに装備する。このアームも通常の倍ほどの長さに調整されていた。
セシルの武装はいつよりも少なめだ。手にしたハルバード、バックパックのサブ アームにはマシンガンが一丁。シールドは新装備の一枚のみ。
「セシル、行けそうか?」
「いつもと勝手が違いますが……まあ、なんとかなるでしょう」
新しい盾が装着されたアームを細かく動かしている。
そんなセシルに、夜宵が声をかけた。
「環状線では、何があっても落ち着いて、まずは走りに集中してください。そうすれば事故に巻き込まれる可能性が少なくなりますから」
そう言ってから、夜宵が肩をすくめた。
「釈迦に説法、ですかね?」
「いや、承知した。アドバイスに感謝する」
セシルは生真面目に会釈した。
こと環状線バトルについては、セシルは素人で、夜宵はプロフェッショナルだ。夜宵からのアドバイスは素直に聞き入れるべきことであると認識している。
二機の会話が終わると、舜はセシルとタブレット端末を手に取った。
「じゃあちょっと行ってくる」
「がんばれよ~」
守田と夜宵が小さく手を振った。
手近なブースに入る。隣では、猛がすでにウェンディを環状線に放っていた。
目の前の環状線の道路を、何機ものメガミが光の尾を引きながら、駆け抜けていく
メガミの流れが切れたタイミングを見計らい、
「よし、行け」
「承知」
セシルは道路上に飛び出した。
着地する前にサブアームを伸ばして、シールドを地面側に展開、先端を前に向け、セシルはその上に乗った。
このシールドの後方にマウントされたスラスターは大型化されている。
これは、先日綾乃と行った秋葉原で買い求めたものだ。
手にはもちろん、ハルバードを持っている。
その姿はまるでカヌーかサーフィンかはたまたパドルボードか。
シールドをサーフボードのように操り、セシルはそのまま加速して流れに乗った。
「『シールドボード』の調子はどうだ?」
『良好です』
舜はセシルが乗る環状線用の新装備を『シールドボード』と呼ぶことにした。
そもそもバレットナイツ・シリーズのシールドは、飛行ユニットを構成するメインパーツの一つだ。環状線用の乗り物として利用するのは理にかなっていた。
セシルは何事もなく、一周を走り抜けた。舜の目の前を通り過ぎ、そのまま二周目に突入する。
その後をウェンディのエアロバイクがピタリとつけていた。
隣のブースから猛の声がする。
「ウォーミングアップはOKですか?」
「ああ」
「じゃあ、シュンさん、行きますよ!」
舜がアプリの設定を「対戦不可」から「対戦可」に変更する。これで環状線バトルに参加するすべてのメガミと戦うことができる。
猛は早速ウェンディに攻撃の指示を出す。
ウェンディはエアロバイクから二丁拳銃を突き出して撃ってきた。
セシルが動く。
二丁のハンドガンの連射を巧みにかわす。まるで波に乗るサーファーのように自在な動きだ。
ウェンディの攻撃の最中にも、他のメガミたちが通り過ぎていく。
その間を縫って、セシルはウェンディに接近した。
ウェンディは撃ってくる。
至近距離の射撃を、セシルは路面にハルバードの先端を突き刺し、そこを軸に旋回してかわした。
ハルバードを地面から離した勢いのまま、振るう。
「うわあ!」
ウェンディはからくも、自分自身への直撃を避けた。
しかし、乗っていたスナイパーライフルの後部を叩かれ、テコの原理で前方が跳ね上がる。
落ち着かせようとバランスを取るが遅かった。
バランスを崩したまま側壁に接触し、クラッシュした。
それを目の当たりにした環状線バトル参加のメガミたちがにわかに色めき立った。そばにいたメガミたちが次々にセシルを襲ってくる。
セシルはそれを巧みにかわしながら、ハルバードを振るう。
舜はまだ環状線バトルを完全に理解しているわけではない。むやみに攻撃をしていては、暗黙の了解に反する可能性がある。
だから、相手にするのは、先にセシルに攻撃してきた相手だけに絞っていた。
しかしそれだけでも問題が浮き彫りになってくる。
「まともに戦ってると、速度が上がらないな」
『バランスが重要、ということでしょうか』
「そういう意味では、夜宵のやり方は環状線に合ってるってことか」
夜宵のバトルを思い出す。すれ違いざまの一撃離脱。余計な動きは見せなかった。だから戦闘しながらでも速く走れる。
「それなら、夜宵のマネをしてみるか」
『承知』
セシルは意識を変えた。前に進むことを優先し、攻撃は一撃離脱で、当たらなきても気にしない。
追い抜きざまにハルバードを振るい、マシンガンで威嚇したりする。当たったかどうかは確認せず、とにかく前に進むことを意識する。
スピードが乗ってきた。
セシルは《都市》ジオラマのエリアに入る。
高層ビルを縫うように設置されたシケインは、現在の環状線で最大の難所だ。両側がビルの壁で見通しが悪く、オーバースピードで侵入するとすぐにクラッシュしてしまう。
セシルはスピードに乗ったままシケインに突っ込むと、巧みなライディングで駆け抜けた。
直後、背後から激しい音が耳に届く。追いすがってきたメガミが二、三機、スピードオーバーで曲がりきれずにクラッシュしたのだ。
その様子をモニターで観戦していた守田が舌を巻く。
「すっげ……あいつ、環状線バトル、マジで初めてかよ」
「へえ……なかなかおもしろいんじゃない?」
「うわっ!? ナミさん!?」
いきなり隣から聞こえた声に、守田は腰を抜かしそうになる。
いつの間にか隣の椅子に高坂佳奈美が座っていた。目を細め、観戦用モニターの中のセシルに見入っている。
サーフィンやスケートボードのように、ボードの上に乗って走る環状線ランナーはいる。しかし、セシルほど巧みな機動を見せるメガミは稀だ。
ナミはスキットルをジャケットのポケットにねじ込むと、かわりにタブレット端末と自分のメガミを手に取った。
散歩にでも行くような足取りで、悠々と歩いていく。
幸いにして、舜の隣のブースは空いていた。
ナミはそこに入ると、慣れた手付きでタブレット端末をセット、アプリを起動し、自らのメガミを躊躇うことなく環状線に放った。
「セシルは一周追加、ね」
いきなり話しかけられた舜は、またしても飛び上がった。
「えっ、ナミさん!?」
「ハァイ」
「それじゃ、今のは……」
たった今、眼の前を走り抜けていった赤い影。
ナミは不敵に微笑む。
「そ。わたしのメガミ、テスタロッサ」
「てことは、チーム・SSFのロードランナー……」
直後、誰かの叫びが聞こえた。
「ロ……《ロードクイーン》だ!!」
瞬間、環状線上の空気が一変した。
あらゆるメガミの視線が、その一機に集中する。
赤色の装備で身を固めたSOL:ロードランナー。その姿は環状線ランナーたちの憧れの象徴であり、標的でもある。
テスタロッサが赤い閃光となって、メガミの間を縫うように走り抜けていく。
すると、彼女に気付いたメガミたちが一斉に彼女の後を追いはじめた。
後方からも、追い抜きざまにも、激しい攻撃にさらされる。
しかし、テスタロッサは気にした様子もなく、息をするようにかわしていく。
『今夜はね、あんたたちはお呼びじゃないのよ』
九○度のカーブを抜けた瞬間、テスタロッサは身を翻した。くるりと一回転しながら、手にした二丁のサブマシンガンをぶっ放す。
その射撃を受けたメガミ数体が次々とクラッシュして後方へと転げていく。
後方のメガミたちは、テスタロッサを追うために加速していたからたまらない。
クラッシュしたメガミたちに次々と躓いては転倒する。後続が次々と玉突きを起こして、大クラッシュになった。
道は塞がれ、後続はなかなか追ってこられない。
これで後顧の憂いはなくなった。
テスタロッサは一気に加速する。
長い直線の先に、姿は見えている。
巨大なハルバードを持ったサーファー。
今日の獲物はセシルだ。
セシルがちらりと背後を見た。
先程からうるさかった他のメガミはいつの間にか消えている。
かわりに、赤色の疾風の姿を視界に捉えた。
セシルはハルバードを持ち直す。
そして、背面のサブアームを展開すると、背後に向けてマシンガンを撃った。
横薙ぎにばらまかれる弾丸。
テスタロッサは射線を読んで巧みにかわす。
かわし切ると、今度はテスタロッサがサブマシンガンを撃った。
セシルがスラロームのような機動を見せ、狙いを定めさせない。
テスタロッサが接近してくる。
セシルは躊躇なくハルバードを横薙ぎに振る。
姿勢を低くしたテスタロッサの頭上を斧の刃がかすめていく。
『くっ……』
いつもと違う感覚にセシルは戸惑った。。
シールドボードはわずかに空中に浮いているから、いつもよりも若干姿勢が高い。それがセシルの攻撃を鈍らせる。
テスタロッサが左右の銃を構えた。超至近距離での射撃。
すかさず、セシルはシールドボードを傾ける。
二丁のサブマシンガンが火を吹く。
しかし弾丸は、セシルがシールドボードを九○度傾けて身を隠し、防がれた。
そのままセシルが離れていく。道幅いっぱいまで移動して、通常の滑走に戻った。
セシルとテスタロッサはさらに加速する。
そしてまた、環状線の中央で交錯した。
「これはなかなか……」
ナミは舌なめずりする。
好敵手とはなかなか出会えるものではない。ホビーショップのローカルルールのバトルでなら、なおさらだ。
穂高舜とセシルは、好敵手になりうる、その実力がある。
ナミはタブレット端末の画面をさらにせわしなくフリックする。
テスタロッサが道路上でさらに加速する。
セシルと絡み合うように環状線を爆走していく。
二機の間で戦闘の火花はいや増すばかりだ。
だが、不意に。
そんな超高速の戦闘機動の中、テスタロッサが後方に下がった。
セシルと少しだけ距離を取る。
――速度を落とした?
セシルのAIに浮かんだ小さな疑問。
次に来る九○度カーブをこの速度で通過できないテスタロッサではないはずだ。
なにか意味があるのか?
その答えにたどり着くより早く、セシルは九○度カーブへと突入した。
次の瞬間、
『うわあああっ!?』
たくさんの障害物が出現し、セシルのシールドボードからバランスを奪った。
カーブにはたくさんのメガミがクラッシュしたまま横たわっている。
先程テスタロッサが後続を片付けた場所だ。
セシルは踏ん張っていたが、シールドのバランスを保てず、内側の壁に激突して吹っ飛んだ。
「セシル!!」
舜が思わず叫んだ。
直後、耳に装着したレシーバーから、
『いたたた……』
と声が聞こえてきた。
舜がタブレット端末の画面を切り替える。ジオラマに設置された実況用カメラを切り替え、九○度カーブのあたりの映像を映す。
ちょうどセシルが身を起こすところだった。
同時にレシーバーから彼女の声が耳に届く。
『無事です。派手に転倒した割にダメージは少ないです。ただ、乗っていたシールドを保持するサブアームは点検したほうが良いかと』
「無事でよかった。戻ってこられるか?」
『バトルしなければ環状線に乗れそうです』
「じゃあ、戻ってきてくれ」
『承知』
舜はアプリを操作し、『対戦不可』の設定に切り替えた。これでセシルは環状線に沿って安全に帰ってこられるはずだ。
続いて、今のバトルのデータを呼び出し、ざっと目を通す。
「やっぱりバランスの取り方が問題だな……」
あのシールドに乗る機動は、サーフィンやウィンドサーフィンを元に考えた。テクニックさえあれば波に乗るように動けると思っていたが、やはり戦闘機動はさらに柔軟で連続した動きを求められる。
そのためには、戦闘機動時のバランス調整に磨きをかける必要がある。舜はそう結論づけた。
セシルが戻ってきた。
その時、隣のブースからナミが話しかけてきた。
「すごいじゃない? 初めての環状線であれだけ走れるなんて」
「いや、まだまだですよ。もうちょっと装備も機動も煮詰めないと」
「だったら環状バトル続けなよ。シュンやん、向いてるからさ」
「……気が向いたら、ですかね」
舜は作り笑いを浮かべた。
新しいことを始めるのは楽しい。こうして手探りで一つ一つ自分のものにしていく感覚は新鮮な楽しさに満ち溢れている。そこをフィールドにしている人々との交流も嬉しく思う。
――だけど……むなしい、な。
口の中だけでつぶやいた。
守田やナミには申し訳ないが、舜が本当にやりたいことは環状線バトルではない。
チームを組み、チームとして参加するメガミバトルに挑む。
それこそ舜が心から渇望していることだった。
――俺はいつになったらチームが組めるのかな……。
しかし今もって実現できていない。
戻ってきたセシルを回収し、守田がいるテーブルに向かおうとしたところで、猛が笑顔で寄ってきた。
「すごいっすよ、シュンさん!」
今のバトルでセシルのどこがすごかったか、早口でまくしたてる。
もともと舜を好ましく思っている猛だったが、さらに尊敬の度合いを深めているようだ。
「マジでリスペクトなんで、シュン兄って呼んでもいいっすか?」
「……好きにしてくれよ」
舜は苦笑した。
そんな風に行ってくれる仲間ができるのは素直に嬉しい。
だが、顔に現れた笑顔は、先日までの綾乃がしていたのと同じ種類のものだった。
そんな表情を猛に向けていることに、舜自身は気がついていなかった。