螺旋の風 ~サザンクロスのメガミたち~   作:トミすけ

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第三章 鬼が泣いた日
3-1


 

「これ、姫と穂高さんが秋葉原で見たっていうバトルじゃない?」

 

 佐倉美沙子は、隣に座る神崎綾乃に、携帯端末を差し出した。

 端末の画面上では、メガミが所狭しと飛び回っている。

 動画投稿サイトに投稿されたメガミバトルの動画だ。

 画面に見覚えのあるメガミが現れた。

 居合抜きを得意とする神速のメガミ。

 綾乃は動画を一時停止して、隣で手を動かしている穂高舜に画面を見せる。

 

「穂高さん、エクレールが出ています」

「……本当だ。間違いなくあのときのバトルだね」

 

 舜も作業をしていた手を止めて、小さな画面を覗き込んだ。

 今日も綾乃に捕まり、チーム・スパイラルウィンドのメンバーと一緒のテーブルでメガミのメンテナンスをしていたところだ。

 橋本姉弟も、何事かと背後から覗き込んでくる。

 バトルの動画が終わると、スポットライトに照らされた、派手なスーツ姿の男が一人、画面上に現れた。

 あの《ケイオスリーグ》とかいうチームのリーダーだ。

 彼がひどく芝居がかった口調で告知をして、動画は終わった。

 

「交流戦をしに、あちこちに行くと行っていましたが……ここ(サザンクロス)にも来るでしょうか?」

「どうかな……でも、C県でも一番大きなジオラマがあるから、来てもおかしくはないと思う」

 

 そう言って、舜は肩をすくめた。

 

――まあ、連中が来たところで、俺には関係ないんだけど。

 

 チーム・ケイオスリーグとの交流戦はあくまでもチーム戦だ。ソロである自分はお呼びでない。

それはわかっているが、エクレールをはじめとしたケイオスリーグのメガミたちとは機会があれば対戦をしてみたい。

だが今のところ、それは叶わぬ望みである。

 舜は内心でため息をついた。

 そんなところに、

 

「神崎さんたち、ちょっといいかな?」

 

 と声がかかった。

 舜と綾乃たちが一斉に声のした方を見る。

 男性の三人組だ。

 ラフな私服姿の大学生である。

 舜には見覚えがあった。サザンクロスの常連チームの一つで、一戦交えたこともある。

 彼らを見て、美沙子と凛が露骨に嫌そうな顔をした。綾乃も眉根を寄せている。明らかに歓迎されていない。

 リーダー風の男が薄い笑みを浮かべながら、話しかけてきた。

 

「あの話、考えてくれたかな?」

「向田さん……そのお話はお断りしたはずです」

 

 綾乃は間髪入れずに返答した。

 だが、そんなことも意に介さず、三人の男はニヤニヤと笑い続けている。

 

「まあまあ、そう言わずに俺たちの話を聞いてくれよ」

「さんざん聞きました。マネージャーと言いながら、ホステスしろっていうことですよね?」

「人聞きが悪いな。バトルに集中できるように協力してほしい、というだけだよ」

 

 美沙子は心底うんざりしていた。以前から何度も断っているのだが、あれこれ理由をつけて声をかけてくる。大変に面倒くさい。

 舜が後ろに立っていた猛に手招きした。耳を寄せてきた猛に小声で尋ねる。

 

「何の話?」

「マネージャーになってほしいって、しつこく言い寄ってくるんですよ」

「なんだそりゃ?」

 

 猛の簡単な説明によれば、競技バトルでのバックアップ役をチーム・スパイラルウィンドに頼みたいという話らしい。

 彼ら《チーム・ファンタジアン》はK大学所属のメガミバトルチームだ。サザンクロスの月例大会でもそこそこの成績を残す常連だし、大学生メガミデバイス選手権にも出場している。

 競技バトルにおいて、役割分担するのは常識になりつつある。バトルをする選手、メガミのメンテナンスや武装作成を行うメカニック、相手チームの情報を集めて作戦を立てる情報担当。余裕があるチームなら、雑事を担当するバックアップもいる。

 彼らが求めているのは、そのバックアップの役割だ。だがそれは、チームとしての体勢が整って、最後に求められるようなものだ。

 

「大会当日はバトルに専念できる環境でやりたいんだ。君たちは公式戦には出ないんだろう? だったら協力してくれてしかるべきじゃないかな」

「君たちは大会にも出ないし、暇だろう?」

「もっとも、大会に出たって勝てやしないよな。《負け姫》なんだから。だったら、俺たちの手伝いをしていたほうが有意義だろ?」

 

 綾乃は眉をひそめたまま、口をつぐんでしまった。

 《負け姫》と呼ばれるほど敗北を重ねているのは事実だから、いい気はしなくても返す言葉がない。

 ニヤけた顔で次の言葉を待っている三人。

 そこへ舜が口を挟んだ。

 

「その辺でやめておけよ。正直、聞くに堪えない」

 

 静かだが、鋭い口調だった。

 チーム・ファンタジアンの三人は、露骨に迷惑そうな表情を見せる。

 

「君には関係ないだろ」

「あるさ。袖擦り合うも他生の縁、っていうだろ。

それに、神崎さんはもう《負け姫》じゃない。これから『勝ちに行く人』なんだ。この間のセシルとマリーのバトル、見ていないのか?」

 

 舜は呆れ、腹を立てていた。彼らがしていることはつまり新手のナンパだ。競技バトルの手伝いをナンパの口実にするなんて、競技者としての風上にも置けない。

 それに、先日のバトルを見ていれば、《負け姫》なんてあだ名がいまや彼女にふさわしくないことはわかるはずだ。

 

「もちろん、チームも彼女に合わせて強くなる。だから、君たちのわがままに付き合うほど暇じゃない。君たちこそ、こんな話をしている暇があったら、練習に当てるべきじゃないか?」

 

 綾乃は目を見開いて、舜の横顔を見つめる。

 チーム・ファンタジアンと対峙する彼の表情は真剣そのものだ。

 《負け姫》ではなく、これから『勝ちに行く人』……そんなふうに思っていてくれたなんて、思いもよらなかった。

 胸の高鳴りが止まらない。

 チーム・スパイラルウィンドの面々は、舜のキレの良い啖呵に、ちょっと胸がすく気分だった。

 逆にチーム・ファンタジアンの三人は、あからさまに不機嫌な顔になり、舜を睨む。

 

「なんだよ、女の子の前だからってカッコつけやがって」

「女の子たちが迷惑してるのに、しつこく言い寄る君たちに言われたくない」

「高校でちょっと成績残せたからっていい気になるなよ? 大学のバトルはレベルが違うぜ?」

 

 今度は舜が眉をひそめた。眼の前の三人を鋭く睨む。

 

「……このあいだのバトルじゃ、俺が勝ってるけど?」

 

 来店初日の一七連勝中の一勝は、チーム・ファンタジアンからあげている。

 そのことを今更に思い出したのか、向田の声はわずかに上ずった。

 

「こ、この前はちょっと油断していただけさ!」

「だったら、もう一度勝負してみるかよ? 大メのレベルってやつを教えてやるぜ」

「……ぜひ教えてもらいたいね」

 

 舜の睨む視線はさらに鋭さを増した。声には剣呑な響きが宿っている。

 綾乃が見る舜の横顔は真剣で、視線は鋭い。勝負に挑む競技者の顔になっていた。

 舜がテーブルの上のセシルに声をかけた。

 

「いいな? セシル」

「もちろんです。胸を借りましょう」

 

 歯切れのよい答えが帰ってきた。

 

 

 

 セシルと装備のメンテナンスもそこそこに、舜はバトルの準備を始めた。

 装備はいつものように、ハルバードと二枚の大型シールド。背面のサブアームにはライフルと六連ミサイルポッドが装着されている。

 タブレットのメガミバトル用アプリを起動し、装備の簡単な動作チェックを行う。

 綾乃が申し訳無さそうに話しかけてきた。

 

「あの……」

「ん?」

「わたしたちのために穂高さんがバトルをするなんて……そこまでしていただかなくても」

「ああ……気にしなくていいよ。きっかけは君たちだったけど、直接バトルをふっかけられて受けたのは俺だから」

 

 視線を合わせず答えた舜の声は硬かった。

 いつもの優しくて控えめな印象は拭い去られている。

 真剣で鋭い視線はすでにバトルモードに入っている証拠だ。

 セシルだけはわかっていた。マスターは内心激怒している。彼女自身、癪に障って仕方がない。

 二人は競技バトルを喰い物にするような連中が心底許せなかった。

 自分たちが立つことがかなわない競技バトルの舞台に立つことができるのに、努力をしないどころか、ナンパの道具にするなどというのは、バトルに対する誠意の欠片も感じられない。

 バトルの準備を終えると、舜は無言で立ち上がった。

 そばにいた綾乃たちに視線を送ることもせず、足早にジオラマのブースへと向かう。

 舜がまとう緊張感から開放され、猛は小さくため息を吐いた。ふと、思いついたことを口にする。

 

「そういえば、ファンタジアンってどのくらい強いんだっけ? 戦績は?」

 

 美沙子もまた小さくため息を吐くと、肩をすくめて応えた。

 

「K大学のチームとして昨年の大メに出場、予選一回戦敗退」

「それでよくマネージャーの勧誘とかする気になるなぁ。下心ミエミエじゃん」

「だから断ってるんでしょ」

 

 大メでは、基本的にAチームがレギュラーメンバー、Bチームがアイデア勝負のメンバーという分け方がされる。

 Aチームは競技バトル向けのメガミであることが多い。

 Bチームのほうが格下だが、比較的自由にやれるというメリットがある。

 サザンクロスの近所にあるC工業大学のメガミチームは大メの常連である。AとBの二チームで出場しており、それぞれが学内予選を勝ち進んだ強力なチームだ。

 K大学は語学系の大学である。メガミバトルは学内ではあまり人気がない。そのため、大学代表は一チームのみだ。つまり、チーム・ファンタジアンが出場しなければ、K大学は不出場となる。

 地元のホビーショップでは上位チームだが、大メでは大した成績が残せない、そんな実力のチームだ。

 

 猛がジオラマの方へ視線を向けると、舜とチーム・ファンタジアンの三人がブースに入ろうとしていた。

 バトルが始まる。

 

 

 

 このバトルでのジオラマは《森林》エリアが選択された。

 このエリアは三分の一が草原、残りは木が生い茂る鬱蒼とした森林地帯となっており、そのまま《岩山》エリアと隣接している。

 これまでセシルは見通しの良い《荒野》エリアで主にバトルしていた。

 違うエリアであれば有利にバトルを進められるだろう、と考えたチーム・ファンタジアン側が指定した。舜に異論はなかった。

 

 チーム・ファンタジアンのメガミは、いずれもファンタジーに登場する幻獣をモチーフとしている。

 リーダー機は朱羅:弓兵のカスタム機である。下半身にユニットを追加し、朱羅シリーズの武装脚を二組使って、ケンタウロス型になっている。

 四脚歩行による地上での機動力はなかなかのものと、マスターである向田は自負していた。

 見通しのいい草原に《ワンマンアーミー》の姿は見えない。

 森の中に潜んでいることは間違いない。数的に不利な相手からすればセオリー通りでもある。

 向田は自分のメガミに指示を出し、草原を横断させ、森の際近くまで移動させた。

 他の二機のうちケルベロス型は地上で後方の警戒、グリフォン型は上空から監視している。

 そこへ、森の中から銃撃があった。

セシルのシールドのバルカン砲と見て間違いない。

 

「ばかめ! 見え見えだ!」

 

 不用意な射撃だ。相手は一機だから、射線で居場所がわかってしまう。

 向田が指示を出す。自らのケンタウロス型が射撃の方へと牽制しながら近づいていく。他の二機は後方からの援護だ。

 ケンタウロス型は慎重に森の中に入っていく。

 すると、森に入ってすぐのところでシールドを一枚発見した。バレットナイツのものだ。アームごと外され、木の分かれ目にアームを挟むように固定されている。

 即席の砲台といったところか。

 だが、本体である重装備のランサー型は見当たらない。

 

――やつじゃない!? だったら……どこに?

 

 ケンタウロス型は、足を止めたまま左右に首を振る。

 そしてゆっくりと後ろを振り向いたとき。

 ようやく気づいた。

 いつの間にか右手側に忍び寄っていた灰色の鬼が、長大なハルバードを振りかぶっていることに。

 叫ぶよりも、武器を構えるよりも速く、分厚い斧の刃が暴力的な風を巻いて振り下ろされる。

 次の瞬間、意識が途切れた。

 そして、アプリと観戦用モニターのデータ表示から、ケンタウロス型のマークが消える。

 なんの前触れもなくチーム・ファンタジアンのマークが一つ消えたことを認識した観客たちの間に徐々に動揺が広がっていく。

 いきなりリーダー機が倒され、ファンタジアンのメンバーたちは明らかにうろたえていた。

 ケルベロス型は射撃に特化したメガミだ。カオス&プリティ:グランマをベースに、三つの獣の頭に重火器を仕込み、さらにマジカルガール等のスカートパーツを増設して機動力を上げている。

 その火力を惜しげもなく発揮し、仲間の信号が消えた地点へと弾丸を容赦なく注ぎ込む。

一斉射終えたタイミングで、射撃を止めて様子を見る。

 なんの反応もない。

 と思った瞬間だった。

 森の中から白煙を上げて、何かが飛んできた。

 ミサイルだ。

 

「ちぃっ!」

 

 舌打ちしながら火器を乱射する。

 見事ミサイルに命中、爆発する。

 そこで異変が起きた。

 

「な、なんだこれは!?」

 

 爆発したミサイルが大量の白煙を撒き散らしたのだ。

 視界が真っ白になり、森の端すら見えなくなる。

 明らかに普通のミサイルの爆発ではない。

 ケルベロス型は動けなかった。

 視界が奪われた状況でメガミが判断するのは難しい。

 そうした状況で判断し、行動の指示を出すのはマスターの仕事である。

 しかし、ケルベロス型のマスターも慌てていた。続けざまに起きる想定外の事態に対応できていない。

 その隙を突いて、セシルが突っ込んできた。

 白煙を引き裂き、ケルベロス型に迫る。

 シールドを装着し直し、両盾のスラスターの推力を全開にして一気に間合いを詰めてくる。

 ケルベロス型が慌てて銃口を向けようとする。

 しかし、セシルのシールド先端のバルカン砲とサブアームのライフルが先に火を吹いた。 狙いは正確だった。

 ケルベロス型の腕や身体に次々と着弾、射撃体勢を取る暇を与えない。

 セシルが迫る。

 すれ違いざま、ハルバードが閃いた。

 ケルベロス型は胴で両断され、戦闘不能になった。

 セシルはそれを確認もしない。

 ケルベロス型の状況はマスターから送られてきている。確認するまでもない。

 セシルは止まることなく、最後のグリフォン型にミサイルポッドを向けた。

 グリフォン型はSOL:ラプターをベースにしており、足首を鉤爪、翼を取りのような有機的なデザインのものに変更されている。

 グリフォン型は味方を援護するべく高度を落としていた。

 あわてて上昇しようとする相手に、セシルは二発発射する。

 白煙を引いて上昇するミサイルは、一発はグリフォン型が撃墜、もう一発は目前で爆発した。

 

「うわっ!?」

 

二発のミサイルからもうもうとした煙が湧き出し、グリフォン型の視界を塞ぐ。

真っ白な視界は、上下左右の感覚も鈍らせ、危うくさせる。

動きを止めた。

そこへセシルが飛来した。

 

「なっ……!?」

 

 見れば、二枚のシールドに装着されたスラスターを全開で噴射し、まるでロケットのようにすっとんできた。

 ハルバードを構えた体勢で飛んできたセシルは、勢いよく得物を振りかざす。

 身を翻そうとした。だが、イメージ優先で装着した翼は、セシルの鋭い攻撃をかわせるような機動を取るには適していなかった。

 分厚い斧の刃がグリフォン型の背中を捉える。

 そして刃にメガミの身体をのせたまま、セシルは一気に降下した。

 グリフォン型自慢の翼は役に立たず、足の鉤爪もセシルには届かない。

 一瞬の後、地面が激しく揺れた。

 草で覆われた地表に、メガミが一機めり込んでいる。

 セシルは立ち上がり、冷たい視線で地に伏したグリフォン型を見つめた。

 やがて勝利メッセージが空中に映し出される。

 

WINNER:セシル

 

 試合時間は一分一五秒。

 セシルの圧勝で幕を閉じた。

 

 

 

 今のバトルを見ていた観客たちは、しん、と静まり返っていた。

 あまりにも一方的な戦いの結末は寒気を催すほどだ。

 舜は何の感情も顔に載せないまま、相手の三人を見た。

 チーム・ファンタジアンの男たちは呆然としている。先のバトルではもう少しいい試合ができていたはずだった。

 舜が冷たい声で言った。

 

「これが君たちのレベルだよ。神崎さんたちにちょっかい出してる暇があったら、自分たちの腕を磨くべきだろう」

 

 舜の見立てでは、彼らは高メの二回戦の相手程度の実力だ。大学選手権での戦いは高校よりもずっと厳しい。ならば実力を磨くべきなのは明白だ。

 舜の視線の先で、呆然としていた三人組は、やがて卑屈な笑みを口元に浮かべたかと思うと、再びへらへらとした笑いだした。

 そして、リーダーの向田がのたまった。

 

「だったらさ、俺たちの練習相手になってくれよ。強くなるには、練習相手が必要だからさ」

 

 舜も再び眉根を寄せた。この連中は何もわかっちゃいない。なぜ今の敗北を真剣に考えない? これで競技バトルの選手なのか。

 

「有栖川さんにも言ったけど、競技バトルの練習で一人チーム相手にしたって、実践的な練習にならないぞ。大メに一人チームなんていないんだから」

 

 しかし、彼らはさらに軽い口調で言い募る。

 

「いいじゃないか、強いやつと戦うだけでも練習になるし」

「C大は大メに参戦してないし、君はチームにも属してない。だったら暇だろ?」

「好きで一人でいるわけじゃない……俺だってチームが組みたいんだよ」

 

 舜の口から思わず本音が漏れた。無意識のうちに手を握り込む。

 しかし、向田は態度を変えることなく、言った。

 

「組まなくたっていいだろ、別に」

「な……」

 

 信じられない言葉。信じてはいけない一言。

 舜は絶句した。

 視界が歪んでいく。

 周囲は波打つように上下し、輪郭が定まらない。

 聞こえてくる音もわんわんと歪んで響き、ひどく聞こえづらくなっていく。

 ファンタジアンの残る二人も口を開く。

 

「一人でそれだけ強いんだ。チームなんか組まなくたって、やっていけるだろ」

「むしろ一人のほうがいいんじゃないか? わずらわしくなくてすむし」

 

 彼らの言葉が舜の心に落下するたび、巨大なうねりを引き起こした。

 ぐらぐらと波打つ視界の中、周囲からのひそひそと話す声がやけにはっきりと耳に届く。

 

「そりゃそうだよな、一人であんだけ勝てるんなら、チームなんていらないよな」

「一緒のチームだったら、ちょっと尻込みするよな。あんなに強くちゃ」

 

 次々と耳に飛び込んでくる、好き勝手で無責任な言葉。

 舜の顔からは表情が失われ、蒼白になっていた。

 

「…………んだよそれ……」

 

 ようやく漏れた舜のつぶやきはかすれていた。

 足元の感覚は薄れ、視界が揺れる。自分がちゃんと立っているのかどうかさえ自信がない。

 いや、今いる場所が現実なのかすら疑わしい。いっそ夢であればよかった。

 だが、決定的な一言が、舜の心に飛び込んできた。

 

 

「チームになんか入らなくたって、みんなの練習相手になってくれれば、それでいいじゃないか」

 

 

 舜の中でなにかが、ばきん、と割れる音がした。

 心の奥底から溜め込んでいた「どす黒いなにか」が噴き出してくる。

 だめだ。

 流されてはだめだ!

 しかし、どす黒い奔流はあまりにも勢いよく噴き出してきて、彼の理性をあっけなく押し流した。

 舜は目を見開き、

 

「……冗談じゃないっ!!」

 

 大きな声で叫んでいた。

 その声を聞いた誰もが驚きのあまり硬直する。

 いつも温厚な舜が突然怒声を上げたのだ。

 こちらを見ていた周囲のマスターもメガミも驚きで身が固まっている。

 あまりにも大きな怒声に、注目していなかった人々も何事かと振り向いた。

 視界の揺らぎはどこかへ飛んだ。

 周囲の驚きと怯えが、今や手に取るようにクリアに見える。

 そんなの知るか。

 知ったことか!

 湧き上がるどす黒い衝動にまかせ、激情を口にする。

 

「なんでだよ! なんで俺を一人にしようとする!? なんで俺は一人で戦わなくちゃならない!? 弱ければ一人で強くなるしかなくて、強くなったら一人で戦うしかないなんて、そんなの、そんなのおかしいだろう!?」

 

 彼は何の話をしているのか?

 突然の激昂に、誰もがみんな呆然としている。

 だが舜の叫びは止まらない。止められない。

 周りのすべてが敵だ。

 舜の顔は今や鬼の形相と化していた。

 

「強さの序列で言うこと聞かせようとするくせに、俺が強くなっても誰も俺の言うことなんて誰も聞いてやしないじゃないか!! だったら、どこまで強くなれば俺の言うことに耳を貸す!? どれだけのメガミを倒せば一人じゃなくなる!? 俺はいつまで一人でい続けなくちゃならない!? 俺は、俺は、どうすればいいっていうんだっ!!」

 

 舜は周りにいた連中をひとにらみすると、セシルを乱暴にひっつかみ、ずかずかとテーブルまで歩いて自分のバッグをひったくると、セシルをバッグに突っ込んだ。

 いつも穏やかな舜の表情からはとても想像もつかない憎々しげな形相に、綾乃は震え上がった。

 舜は出入り口へと足を向け、振り向きもせずに店を飛び出していった。

 周りにいた全員が、あっけにとられたまま、彼の大きな背を見送った。

 あまりに突然の出来事に、誰もが口を開けずにいる。

 やがて、向田が入り口の方を指さしながら言った。

 

「今の……怒る要素どこにあった?」

 

 彼にしてみれば、一人でも強い、と事実を言っただけのつもりだったのだ。

 どこが彼の逆鱗に触れたのか、さっぱりわからない。

 それは周囲の人々も、チーム・スパイラルウィンドの四人も同じだった。たしかに失礼な物言いだったかもしれないが、あそこまで激昂するほどの内容だったとも思えなかった。

 猛が我に返ると、綾乃の肩を軽く叩いた。

 

「アヤちゃん、行って」

 

 驚きのまま固まっていた綾乃も、はっと気づいた。

 そして、猛に一瞬振り向く。

 猛はいつになく真剣な表情で頷いていた。

 綾乃は舜を追って駆け出した。

 ついて行こうとした凛の肩を猛が掴む。

 

「なにすんのよ!? アヤ一人行かせてどうすんの……」

 

 凛の声がしりすぼみになった。猛の眼差しは、双子の姉である彼女でも滅多に見ないほどの真剣さを帯びていた。

 

「いまのシュン兄の気持ちに寄り添えるのは、たぶんアヤちゃんだけだよ」

「なんでそんなこと言えるの」

「シュン兄の抱えてるものは……たぶん、アヤちゃんの悩んでいたのと同じ種類のものだから」

 

 凛の肩と表情から力が抜けた。

 

 

 

 外は雨が降り出していた。

 雨雲のせいで、いつもの夕方よりも暗く、だがネオンの明かりが濡れた路面に反射して眩しい。

 綾乃はすぐに彼の背中を見つけた。

 店の出口から数歩のところで立ち止まって、うつむいたまま肩を震わせていた。

 その背中に声をかけようとする。

 が、少しためらってしまう。

 あんな顔をして怒る人とは思っていなかった。あの憎悪に満ちた顔を向けられるのが怖い。

 それでも綾乃は震える脚を叱咤して、一歩踏み出した。

 

「……穂高さん」

 

 舜がわずかに振り向き、こちらを見た。

 怯えている。

 まるで迷子の子供のように。

 綾乃は思わず舜の腕を取っていた。

 この人をほうっておくわけには行かなかった。

 綾乃は舜の手を引き、すぐそばにあったハンバーガーショップへと連れ込んだ。

 そして目立たない奥のテーブルに座らせる。

 舜は綾乃が言うままに椅子に腰掛け、うなだれた。

 

「ちょっと待っていてください」

 

 綾乃はテーブルにマリーを置き、小走りに注文カウンターへと向かった。

 やがて、舜がのろのろと動き始めた。

 カバンからセシルを引っ張り出し、テーブルの上に乗せる。

 そして、セシルの武装を外し、カバンにしまった。

 今の今まで、セシルは電源が入りっぱなしだった。

 セシルはただ憮然とした表情で、舜を見つめている。

 その一部始終を見ていたマリーは眉根を寄せた。

 セシルはマスターに乱暴な扱いをされたにも関わらず、彼をなじることもしない。

 いつものように、ピンと背を伸ばして立ち、自らのマスターを見つめている。

 

――なんでいつもこんなふうにすましてるのかしら。

 

 あんな乱暴な扱いをされたなら、文句の一つも言ってやればいいのに。

 セシルの表情は相変わらず憮然としたままだから、マリーには分からなかった。

 セシルが実は怒っていることに。

 武装が着いたままのメガミを乱暴にカバンに突っ込むなど、メガミマスターとしてあるまじき行為だ。

 テーブルの上に引っ張り出されたとき、なにか言おうとしたが、やめた。

 うなだれたマスターの表情は、セシルですら見たことがないような顔をしていたから。

 だから怒りのやり場もなく、憮然とした表情で立っているしかなかったのだ。

 

 綾乃がホットコーヒーを二つ注文し、テーブルに持ってくると、舜はまだそこにいた。

 その事実にホッとする。

 彼はテーブルに両手を置き、うなだれている。表情は見えない。

 いつの間にか、セシルがテーブルの上に出ていて、武装は取り外されていた。

 逃げるつもりはないらしい。

 ならば綾乃も覚悟を決めなくてはならなかった。彼と向き合わなければならない。

 綾乃は小さなテーブルの向かいに座った。

 

「あの……」

「……」

「もしかして穂高さんは……ご自身が孤独だとお思いなのですか? つい先日までのわたしのように……」

 

 舜がわずかに身じろぎをした。

 綾乃は畳み掛けるように言葉を紡ぐ。

 

「話していただけませんか? わたしは穂高さんに救われた身です。だから力になりたいのです」

 

 綾乃はここにきてようやく気がついた。

 穂高舜という人の何を知っているだろう? 高メの県大会優勝、ソロで十七連勝、圧倒的な強さを誇るメガミマスター……それだけだ。

 驚くほど何も知らない。

 かすれた声が綾乃の耳に届いた。

 

「……ずっとだよ……心を許せるメガミ仲間なんて……一人もいない」

 

 綾乃は思わず息を呑んだ。

 舜が抱える闇の深淵を覗き込んだ気がした。いや、これからそこに踏み込まなくてはならない。

 舜はうなだれたまま、ぽつぽつと話し始めた。

 

 

 

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