螺旋の風 ~サザンクロスのメガミたち~   作:トミすけ

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 小学校六年生の夏頃だったと記憶している。

 きっかけはなにかの雑誌で見かけたことだった。

 メガミデバイスという小さなロボットを作って戦わせるホビーに、舜はあっという間に魅入られた。

 しかし、舜の地元は海が近い田舎町だ。ホビーショップも、メガミデバイスを取り扱うショップもなかった。

 自分と同じようにメガミデバイスに興味を持ってくれるような友人もいなかった。

 舜は独り、メガミデバイスのことを調べ、憧れを募らせていった。

 

 中学二年のときに、念願のメガミを手に入れた。小遣いをずっと我慢して貯金し続け、ようやく購入できた。

 熟考の末に選んだ機種はバレットナイツ:ランサー。

 それがセシルだった。

 

 はじめは小遣いも少なくて、武装を入手するのも一苦労。

 他のメガミとは違うオリジナリティを出したくて、ハルバードを選択した。

 今使っているハルバードは、ディーラーがイベント売りしていた逸品だ。

 他の武装はせいぜいキットの中の装備だけ。中学生の小遣いで満足に武装を揃えるのは難しかった。

 だからセシルは愚直にハルバードの熟達に努めた。

 結果、自分の身長を超える長大な斧を自在に使えるようになった。ハルバードはセシルの原点なのだ。

 

 中学時代はもっぱらオンラインの「クラウド対戦」で腕を磨いた。

 だが、実際のジオラマ上で戦う「ジオラマ対戦」こそメガミバトルの醍醐味だと思っていた。

 メガミバトル用のジオラマはホビーショップの大型店に置かれることが多い。ジオラマ対戦には恵まれない環境だったが、チャンスがあればできる限りバトル用のジオラマに赴いた。

 遠出したときは無理にでも時間を作り、ホビーショップのジオラマに寄った。遠い模型店まで自転車を飛ばすこともしばしばだった。

 そんな風だったから、舜は「変わり者」「メガミ狂い」と言われ、孤立していた。

メガミデバイスに興味を示した友人もいたが、田舎の中学生が続けるにはハードルが高く、皆長続きしなかった。

 

 高校は都市部にある学校を選んで受験した。

 本数が少ない電車通学は大変だった。だけど、通学途中にはメガミバトル用のジオラマを置く模型店がある。

 舜はそこに入り浸った。

 セシルはすぐに頭角を現し、あっという間にその模型店では指折りの実力を持つメガミになっていた。

 舜は期待していた。

 高校三年間、メガミバトルに没頭する。

 そして、高校生メガミデバイス選手権に出場するのだ。

 高メはチーム戦だ。チームの合計ポイントはあきらかに複数のメガミでチームを組むことを前提にしている。だから仲間が必要だった。

 

 しかし、仲間は集まらなかった。

 模型店にやってくる高校生のメガミマスターにかたっぱしから声をかけたが、チームを組んでくれるというマスターはいなかった。

 バトルはちょこっと楽しむだけで十分、というエンジョイ勢が大半だったのだ。

 数少ないガチ勢の高校生はすでにチームを組んで高メを目指していた。そういうマスターたちは小中学校の頃から模型店に通ってくる常連だ。高校から通い始めた時点で、舜は出遅れていた。

 仲間探しで半年を費やし、舜はとうとうチームを組むのを諦めた。

 だが、高メ出場の夢は捨てられない。

 舜はまた一人で戦い始めた。

 一人チームで、レギュレーションの範囲内のメガミを作り、出場する。

 レギュレーション上のチームのポイントの装備を一体のメガミに載せようとすると、移動砲台のようになってしまう。

 だから、セシルは重装備とは言っても、他チームの半分程度のポイントの装備しか身に付けられない。

 舜は試行錯誤を続けた。

 

 高校二年生の夏は散々な結果に終わった。

 それでも舜は諦めなかった。自分が強くなれば、きっとチームを組みたいというマスターが現れるだろう。

 しかし、そんな人物はついに現れなかった。

 それどころか、ソロでチーム戦に挑むなんて無理だ、幻想に取り憑かれた愚か者、とバカにされた。

 ネガティブな言葉は無視し、ソロでチームと渡り合う戦い方、装備を研究し続けた。

 サブアーム付きのバックパックを取り付け、シールドを一枚から二枚に。機動力を確保するためのスラスターをシールド裏に追加し、脚はディーラー製の武装脚部に換装。

 セシルはそれらの武装を使いこなすべく、黙々と修練を重ねた。

 月々の小遣いは、セシルのメンテナンス代ですべて飛んだ。

 学校の勉強以外の時間は、メガミバトルに関わることにすべて費やした。

 舜は勝つための一切の努力を惜しまなかった。

 

 高校三年生。

 舜とセシルはついに実力を開花させる。

 並み居るチームを打ち破り、舜はついに地元の県大会で優勝という栄冠を手にした。

 これでみんなバカにしなくなる。実力を認め、チームになってくれる人も出てくるはず。そう思っていた。

 確かに実力は認められた。

 しかし、強すぎるセシルは地元の対戦で敬遠された。自分たちとは次元が違う。どうせかないやしない。舜とセシルはガチ勢だから……。チームを組んでくれるメガミマスターはとうとう現れなかった。

 

 同じ県の別のホビーショップでも冷遇された。

 県大会優勝という戦績があっても、誰も彼を信じようとはしなかった。いわく、ソロで勝ち抜けるほうがおかしい、なにか不正をしたんだろう……。

 堂々と言いがかりをつけてくる連中さえいた。

 

 ならばもっと上に行くしかない。

 地元に認めてくれる人がいなくとも全国にはいるはずだ。

 全国大会には、メガミバトルのガチ勢の強者ばかりが集まってくるのだから。

 

 

 

「だけど……俺は……全国大会を戦うことができなかった……」

「え……?」

「全国大会の直前にルール変更があった……『出場チームは二名以上であること』……その一文が追加されたんだ……」

「……そんな……!」

 

 綾乃は思わず腰を上げた。

 ありえない話だった。高メの主催であるメガミバトル競技連盟は、舜が一人チームで参戦していることを認知していたはずだ。

 にもかかわらず、全国大会直前にルールを追加した。それが意味するところは……。

 

「それではまるで……まるで、穂高さんを参加させないように仕向けているようではありませんか」

 

 舜は何も言わず、ただ小さく頭を振った。

 

 

 

 全国大会も間近に迫ったある日、すべての参加チームに大会の運営から連絡が入った。

 予告のないルール変更。

 他のチームは気にもとめていない。むしろなぜそんなルールが追加されたのかと、首をひねる選手が大半だった。

 なぜなら、みんな二人以上のチームだからだ。

 困るのは舜とセシルだけ。

 綾乃が言う通り、運営が彼らを厄介払いすることにしたのは明白だった。

 当然抗議した。

 だが、ルールを建前に、一切取り合ってはもらえなかった。

 

 そして、全国大会当日。

 舜とセシルは失格となり、会場に入ることすら許されなかった。

 運営に抗議をした彼は、選手登録を抹消され、ブラックリストに入れられていた。もはやメガミデバイス競技連盟主宰の大会に出場する道さえも閉ざされた。

 こうして、舜の夢は完全に打ち砕かれた。

 

 その後、地元での大会にいくつか参加した。

 頑張ればこの地元でも全国レベルになれることを知らしめるために。戦う前に諦めなくてもいいと伝えるために。それが高校最後の仕事だと思っていた。

 もちろん、ことごとく優勝した。ソロでもチームでも、セシルにかなう相手はいなかった。

 しかし、疎まれた。

 全国レベルのガチ勢が地元の大会に出てくるな、主催した店にクレームが入ったのだ。

 今後は大会にエントリーしないでほしい、と店から言われた。

 舜の思いを理解してくれる人は、地元には皆無だった。

 

 高校三年の秋以降は、大学受験の勉強に没頭した。

 舜は地元に絶望していた。

 この場所でメガミデバイスは続けられない。

 だから地元を離れることにした。

 ここでなければ、この県でなければ、自分を受け入れてくれる場所がきっとあるはずだ。

 東京に近くて、自分が志望する学部がある大学に行こう。

 選んだのはC大学だった。

 

 猛勉強のかいあって、無事志望校に合格。

 この春から一人暮らしを始めることになった。

 住むところを調べるよりも、一人暮らしに必要なものを調べるよりも先に、大学の近くでメガミバトルが盛り上がっているホビーショップを探した。

 そして目をつけたのがここ、県下最大級のジオラマを擁する、ホビーショップ・サザンクロスだった。

 

 引っ越しを終え、大学入学の雑事が済んですぐ、早速対戦に来た。

 そして、綾乃と出会った。

 彼女は自分と似たような孤独を抱えていた。

 舜は綾乃の孤独を救い、知り合いになった。

 彼女のチームメンバーとも仲良くなった。他のメガミマスターとも知り合い、話するようにもなった。

 それだけでも地元での待遇とは天と地の差である。

 だが、それだけだ。

 そして、ここでも舜は一人で戦うことを求められた。

 強さの確認、高メの練習、スパーリングパートナー……。

 新天地と意気込んできてみたけれど、結局は何も変わらない。

 そして今日、「チームなんて組まずにずっと一人でいろ」と言われたのだ。

 もう我慢がならなかった。

 

 自分からチームに入れてほしいというのは怖い。

 いままでずっと、断られ続けてきた。ただの一度も受け入れられたことはない。

 舜のトラウマだ。

 実は店内に掲示されたチームメンバー募集を見て、声をかけようとしたこともある。だが、募集を見る舜の耳にひそひそと話し声が聞こえてきた。

 

――《ワンマンアーミー》にメンバーになられても、困るんだよな……。

 

 チームにしても、強すぎるセシルはチームのバランスを崩しかねない。だから加入には躊躇する。だからどこからも声がかからない。

 チーム・アリスアライズのように、誘ってもらっても一緒には戦えない。コーチやスパーリングパートナーとしての役割が求められる。それは舜が望むチームの役割ではなかった。

 

 舜はチームに憧れている。

 今まで競技バトルの大会で、チームのメンバーがともに喜び、ともに泣くところを何度見てきたことだろう。

 それは舜にとって、とても眩しい光景だった。

 仲間とともにチームで戦う。

 メガミデバイスを初めた時からずっと、ただそれだけを望んでいるのに。

 

 

 

「……俺はチームで……みんなで……バトルを楽しみたい……だけなのに……俺は独りで……どんなに強くなっても……どれだけ勝っても……みんな、みとめて……くれなくて……バカにされて……いつまで……いなくちゃならない……どうして……どうすれば……」

 

 綾乃の前にいる人は、自分の行く先がわからない、迷子の子供だった。

 この人は他の人を責めることをしない。

 仲間になってくれなかった人も、自分を馬鹿にした人たちも、自分を排除した競技バトルにも。

 いつでも、自分にできることを探して、愚直に求めてきただけなのだ。

 チームで大会に出たい、ただそれだけを求めていた。

 それが出来ない理由を自分のせいにし続けた。

 結果、怒りや悲しみ、やりきれない思いなどの負の感情を無理矢理心に押し込めてきた。

 孤独な自分を傷つけながら、強くあることを見せてきたのだ。それがさらなる孤独を生む……。

 皮肉な話、と割り切ることが綾乃にはできなかった。

 テーブルがかすかに震えている。

 載せられた舜の両手がこれ以上なく強く握られ、真っ白になっていた。

 それが小刻みに揺れ、テーブルを震わせている。

 綾乃は舜の拳にそっと手を載せた。

 この大きな手でも、自分が本当にほしいと思うものは掴めていない。

 気付かされる。わたしには仲間がいる。当たり前のようにチームを組んだ。それは自分で掴んだものじゃない。

 

――チームのみんなが、わたしを掴んでくれている……。

 

 綾乃は自分の手を見た。

 小さく、細く、か弱い。

 両手を使っても、この人の拳一つ包むことができず、ただ乗せているだけ。

 自分はなんと小さい人間なのだろう。しかも自分では何も掴めていない。

 そんな自分がこの人になにか言う資格があるだろうか。

 それでも綾乃は、静かに、しかし力を込めて、言う。

 

「それならば、わたしのチームに来てください」

 

 舜は小さく首を振った。

 

「なぜ……ですか」

「……俺じゃ……釣り合わない……んだろ……」

 

 綾乃は頭にハンマーが落ちてきたような衝撃を受けた。

 聞かれていたのだ。

 ダメではなく無理だと言ったあの会話を!

 それがどれほど、心から尊敬する恩人を傷つけていただろう。

 その事実が綾乃の心を深く抉る。

 

「それに……入れたとしても……君たちが……わるく、言われる……それはいやだ……」

 

 セシルは強すぎる。

 だから、加入したチームは「セシルのおかげで強くなった」と思われ、陰口を叩かれることだろう。

 それを嫌ったからこそ、誰も舜をチームに誘わないのだ。

 綾乃たちも同じことをした。そうせざるを得なかった。なぜなら、自分たちには舜に見合うだけの実力がない。美沙子が言ったことは正しかった。

 

――それでも。

 

「かまいません」

 

 拳に乗せた手に力を込め、綾乃は言った。

 

「チームに入ってくれなくてもいいです。穂高さんが望まないなら、それでもいいです。

でも、もうひとりきりだと、思わないでください。わたしは……穂高さんを一人にしません。チームでなくても、側にいます」

 

 なんて空虚な言葉だろう。

 突き放した人の言葉など、彼の心に届くはずがない。

 それでも、綾乃は必死で言葉を探した。

 

「だからせめて、自分で自分の心を傷つけないであげてください」

「……―――ッ」

 

 舜は哭いている。声に出さず、うつむいたままで、哭いている。

 彼の拳は強く結ばれたままで、ほどくことはかなわない。

 でも、それでも。綾乃は舜の拳に手を載せ続けた

 わたしは味方だという思いが、少しでも彼の心に届いてくれることを祈りながら。

 

 

 

「メガミとは無力なものだ」

 

 セシルはマリーを見ずに独り言のように言う。

 

「貴女のマスターのような方が、もっと早くに我らのそばにいてくれたなら……また違っていたかもしれないな……」

 

 セシルは少しうつむき加減で、だがしっかりと自らのマスターを見つめていた。

 その立ち姿は孤高の戦士そのものだ。

 しかし、その声には一抹の寂しさがひそんでいるように、マリーには思えた。

 好き好んで孤高になったわけではない。マスターとともにセシルもまたそうせざるを得ず、ひたすらストイックに強さを求めた。その結果が今の姿なのだ。

 舜とセシルに、周囲がついていけなかったのは事実なのだろう。

 ならば誰が悪いわけでもない。

 マリーはかける言葉も見当たらず、ただセシルの横顔をじっと見つめるばかりだった。

 

 

 

 舜が心配で、綾乃は駅の改札口まで送っていった。

 雨はさらに激しくなっている。跳ねる雨粒が、路面の光を絶え間なく揺らしている。

 傘を持っていなかったから、ふたりともずぶ濡れだ。

 改札を通る直前、舜は頭だけ振り向いた。眼差しは未だ怯えていた。

 

「……ごめん」

 

 なんで謝るんですか。

 謝らなくてはならないのは、わたしの方なのに。

 綾乃はやりきれない思いを抱えたまま、舜の背中を見送った。

 

 

 

 綾乃が店に戻ると、美沙子たちを中心に、サザンクロスの常連メンバーが集っていた。

 守田や有栖川たちもいる。

 店に入ってきた綾乃の姿を見て、みんなぎょっとした。

 

「姫……!? ちょっと、ずぶ濡れじゃない!」

 

 綾乃は上から下まで完全に濡れ鼠になっていた。

 制服のプリーツスカートは絞れそうなほど濡れそぼっている。黒髪の先からは、水滴がポタポタと滴っていた。

 美沙子と猛がハンカチを出した。

 凛は自分のカバンからタオルを引っ張り出してくる。

 有栖川はチームメイトに指示を出して、各自のタオルを持ってこさせた。

 綾乃の顔は見たことがないほどに落ち込んでいた。うつむいたまま、唇を引き結んでいる。

 もしかしたら泣いているのかもしれないが、雨粒と涙の見分けがつかないほど彼女の顔も濡れていた。

 綾乃の長い髪をタオルで拭きながら、凛は問うた。

 

「あいつになにかされたの?」

 

 綾乃はゆっくりと首を横に振る。

 

「……ひどいことをしたのは……わたしたちです。

 穂高さんは、チームを組んで、みんなでバトルを楽しみたかった……ただそれだけを求めていたのに……」

 

 凛と美沙子は、綾乃の体を拭きながら、豆鉄砲をくらった鳩のように目を丸くした。

 

「それだけ……?」

「だって、チームを組むなんて、簡単なことじゃ……」

 

 綾乃は首を振った。

 前髪からこぼれたしずくが、綾乃の頬に一筋流れる。

 

「組めなかったんだそうです。どんなに願っても、ずっとチームは組めなくて……運が悪かったのかもしれません。

 だから穂高さんはずっと考えていました。どうすればチームを組めるのか、どうすれば仲間ができるのか、どうすれば自分を認めてもらえるのか、どうすれば一人じゃなくなるのか……どうすれば……。それで失敗しても、受け入れられなくても、人を責めたりせずに、じゃあ今度はどうすればいいかって……。

 でも、それを実行するたびに、否定されて、拒否されて、疎まれて……誰も彼を理解しようとしない……そんなの、ひどすぎます……」

 

 綾乃は拳を握っていた。さきほどの舜と同じように、白くなるほどにきつく。

 

「それなのに……それどころか、一人でいたくないひとに、一人で戦えって、そう言ったんです……わたしたちは!

 ここならきっと仲間が作れるって……そう期待して来た場所でも同じように…………穂高さんを孤独にして、傷つけているのは……わたしたちです……」

 

 美沙子、凛、猛の三人はわかってしまった。

 あの時、舜をチームに入れたいという綾乃の提案に難色を示した会話は、舜に聞かれていたのだ。

 サザンクロスに来るマスターたちの中で、舜と一番時間を共にしていたにも関わらず、突き放した。それが彼をどれほど傷つけ、追い詰めていたのかも知らずに。

 

 有栖川今日子は何も言えなかった。

 自分のチーム・アリスアライズに誘ったが、それはコーチとしてだ。選手としてではない。チームメンバーとして共に戦おうとは言わなかった。考えてもいなかった。

 有栖川は自らの愚かさに歯噛みする。知らなかったとはいえ、尊敬するメガミマスターを傷つけたことにかわりない。

 

 守田は呆然としていた。

 ある日の会話を思い出す。

 

「守田はチームには入っていないのか?」

「ないよ。オレは一人で気楽にやりたい派だから」

 

 あの時、あいつはチームを組みたかったのだ。

 

――わかるかよ、そんなこと……。

 

 環状線バトルに一人で挑む気持ちに変わりはない。仮にチームづくりに誘われてても断っただろう。

 だが、舜がそんな気持ちを抱えていたなんて、思いもしなかった。

 知っていれば、話す内容も変わっただろう。チーム探しを手伝うこともやぶさかではなかったというのに。

 

 舜と知り合ってまだ一ヶ月に満たない自分たちですら心当たりがある。ならば今まで、舜はどれだけの怒りを胸に納めてきたのだろう。

 長い積み重ねがあって、いまさっき爆発してしまったのだ。

 綾乃は目を見開き、独り言のように続けた。

 

「酷い女です、わたしは……穂高さんに救っていただきながら、ずっと楽しくて、はしゃいでばかりで……あの人が、ずっとずっと、あんな気持ちを抱えているなんて考えもしなかった……」

 

 綾乃は思う。

 わたしは穂高さんに救けてもらってばかりだ。

 わたしの孤独を理解し、救けてくれたのも、それ以上に深い孤独を抱えていたから。

 さっきも大切な言葉をもらった。

 「これから勝ちに行く人だ」と言ってくれたこと。どれほど嬉しかっただろう。救われただろう。わたしにとって希望の言葉だ。

 だけど、そんな穂高さんを裏切り続けていた。

 その後すぐ、穏やかな表情をかなぐり捨てて叫んだ思い。そこにはわたしへの非難が確実に含まれている。

 そして、彼の、迷子の子供のような表情、怯えた視線。傷つき、うなだれたその姿。

 彼は強くない。

 強くなんて、なかった。

 

「なんで……わたしの手はこんなに小さいんですか」

 

 綾乃は握り拳をゆっくりと開き、自分の手のひらを見つめる。

 白く、細く、小さい。なんと頼りないのだろう。

 気がついてしまった。

 わたしは何も掴めていない。親友たちが掴んでくれているから、やっとここに立てている。

 あの人は誰かに掴んでもらってさえいない。

 誰かの手を掴みたいとあがき続けて、結局何も掴めず握った拳は白くなっていた。

 何も出来ない悔しさに、自分が彼と同じように、力を込めて握りこぶしを作る資格なんて、ない。

 

「穂高さんの手を……掴めなくても……せめて包んであげたかったけれど……こんな小さな手じゃ……片手だってしてあげられない……!」

 

 綾乃はとうとう、両手で顔を覆って泣き始めた。

 その場に集まったメガミマスターたちは、誰も身動きできずにいる。

 綾乃のすすり泣く声が響く中、それでも一歩踏み出した者がいる。

 美沙子だ。

 彼女は綾乃の正面に立つと、泣いている少女の両肩に手をおいた。

 そしてゆっくりと、噛んで含めるように話す。

 

「わかった。わかったから、とりあえず今日は家に帰りましょう。家に帰って、お風呂に入って、ご飯を食べて、九時半にオンラインミーティング。OK?」

 

 

 

 住んでいるアパートに帰りついた舜もまた、上から下まで全身びしょ濡れになっていた。

 荷物を玄関に置き、セシルをカバンから取り出して机に載せ、自身は着替えるために浴室へと直行した。

 セシルは黙って舜を待つ。

 あんなふうに暴発したマスターを初めてみた。この五年間、溜め込んだものがすべて吹き出してしまったのだろう。

 今までそうならなかったことが不思議なくらいだ。だからセシルは今日の舜の態度を咎めるつもりはなかった。

 彼女のマスターは部屋着に着替えて戻ってくると、椅子に座って大きなため息をついた。

 セシルは何事か言おうとしたが、できなかった。言葉が見つからない。

 やがて、舜が小さな声で呟いた。

 

「……間違っていたんだな」

「え?」

「俺がやってたことは全部間違ってた……この五年間、やってたことは全部……見当違いだった。それがよくわかった」

「な、なにを言っているのです……!?」

 

 セシルのAIに何かが触れた。

 ひやりとしたそれは、絶望の手触り。

 

「俺はもう、メガミデバイスをやめる。……セシル、今まですまなかった」

「待ってください! マスター!!」

 

 セシルの言葉はもう舜には届かない。

 絶望に触れられたまま、セシルの意識は電源とともにシャットダウンされた。

 

 

 

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