螺旋の風 ~サザンクロスのメガミたち~   作:トミすけ

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 週が開けても、舜はサザンクロスに現れなかった。

 守田によれば大学にも来なかったらしい。

 それを知った綾乃の落ち込みぶりはひどかった。土曜日の出来事で、恩人を自ら傷つけた罪に苛まれている。

 猛は見るに見かねて舜に連絡を取ろうとしたが、できなかった。

 そもそも、舜の連絡先を誰も知らない。

 ホビーショップでの知り合いとの距離感は独特だ。「来れば会える」と思っているから、よほど仲良くなったマスターとでもなければ連絡先を交換したりしない。

 その程度のゆるいつながりである。

 大学でクラスが一緒の守田でさえ舜の電話番号を知らなかった。SNSの連絡先すら交換していない。

 それもまた、彼を孤独にする一因だったのではないかと、皆苦い顔をした。

 

 その翌日。

 守田が大学の教室で、一限の授業が始まるのを待っていると、周りの女子が「誰?」とひそひそと囁いているのを耳にした。

 顔を上げると、よれよれの格好をした男が一人、教室に入ってきたところだった。

 見覚えのない男だ。だが、背格好と彼が持つカバンに覚えがある。

 守田は二度見して、ようやく確信を得ると、席から立ち上がって駆け寄った。

 

「穂高……お前大丈夫か?」

「……守田か。大丈夫だ」

「全然大丈夫に見えんけど……」

 

 舜は風貌が変わっていた。

 げっそりとやつれている。肌の色は不健康だし、髪の毛はボサボサだし、目の下には真っ黒な隈があるし、足取りもおぼつかない。

 いつもはシンプルで清潔感のある服装をしているが、今は全身よれよれの服を着ている。

 

「……とりあえず大学には来ないと……と思って……」

「そりゃいいが……お前の今の姿見たら、みんな心配するぞ」

「……みんな?」

「決まってるだろ。サザンクロスの連中だよ。みんなお前を待ってる。姫ちゃんなんか、めっちゃ落ち込んでるぞ」

「……心配なんて……」

 

 舜は守田から目をそらし、ぼそっと言った。

 

「心配なんてしなくても……俺はメガミデバイスをやめるし」

「なんだと!?」

「……俺が間違ってた。最初から、何もかも……あんな思いまでして、なんでずっと続けてたのか不思議なくらいだ」

「お前……!」

 

 守田が舜の胸ぐらを掴み上げた。

 間近で瞬と目が合う。

 まるで死んだ魚の眼だ。淀んで、何も映してはいない。

 これがあの穂高舜か。

 あまりの情けなさに、守田の手に力がこもる。

 

「なんでお前が間違ってるんだよ! あんなに強くて、あんなにすごいお前が! みんなその強さに憧れてるってのに!」

「……それでも望みはかなわない」

「……っ!」

「五年だぞ? ……五年もずっと……チームが組みたくて……それだけだったのに……何をやってもだめだったんだ……教えてくれ……俺はどこで間違った? 俺は何を間違えたんだ……?」

 

 守田の手から力が抜け、舜を離した。

 みんなじゃない。自分だ。舜が初めてサザンクロスでバトルした日、守田はその強さに心を奪われた。ソロで活動する守田は、独りであそこまで戦えることに尊敬と憧れを抱いていたのだ。

 なのに。

 

――もう、何もかも諦めちまったっていうのかよ……。

 

 だが、守田はその言葉を口にできなかった。舜の絶望は、守田には計り知れない。

 騒ぎを聞きつけたクラスメイトたちが、何事かと寄ってくる。

 舜にかける言葉も見当たらず、守田は逃げるように教室を後にした。

 

 

 

「だめだな、ありゃ。完全にいじけちまってる」

 

 守田はそう言って肩をすくめた。

 綾乃たち四人がホビーショップ・サザンクロスに来ると、守田が待っていた。

 彼は環状線バトルがメインだから、少し遅い時間に現れることが多い。だが、舜の様子を伝えるためにわざわざ早い時間に来てくれたのだ。

 守田は彼らに大学での出来事を報告した。

 思った以上に重症だ、と猛はため息をついた。

 

「けど、あいつの気持ちもわからないでもない。自分がずっと追い求めてきたことが完全に否定された上に、キレて自分で全部ぶち壊しにしちまったんだからな……いじけたくもなるさ」

 

 綾乃は何も言わずに守田の話を聞いている。表情は沈んだままだ。

 週末からずっと、高校生が帰らなくてはならない時刻を過ぎても、綾乃は待ち続けている。

 連絡先がわからない以上、サザンクロスに来ることを頼みの綱に待ち続ける他はない。

 そんな様子に美沙子は驚いていた。穂高舜と知り合ってまだ一ヶ月にもならない。綾乃が他のメガミマスターにこだわることは珍しいというのに、ここまで入れ込むとは。

 そんな綾乃たちの様子を知ってか知らずか、

 

「ああいう場の雰囲気を壊すやつがいると迷惑なんだよ。いなくなってよかったよなあ」

「あいつが来ると場の雰囲気が暗くなるからなぁ」

 

 チーム・ファンタジアンの連中は声高に吹聴している。

 彼らにしてみれば、目の上のたんこぶが自爆したぐらいにしか思っていないのだろう。

 凛が立ち上がりかけたが、猛が止めた。今ここで騒ぎを大きくするのは得策ではない。

 やりきれない思いを抱えたまま、無為な時間が過ぎていくばかりだった。

 

 

 

 翌朝。

 美沙子が教室の扉をくぐったとき、綾乃の席は空いていた。

 珍しいことだ。いつもなら、すでに席に着いていて、美沙子を見つけると「おはようございます」と声をかけてくるのが日課だというのに。

 休みだろうか。だが体調が悪いのなら、SNSのメッセージで連絡があるはずだ。

 何かしらの理由で遅れているのだろう、と考えながら、美沙子は自分の席に座った。

 しかし、ホームルームが始まっても綾乃は現れない。

 担任の教師が

 

「佐倉、神崎からなにか聞いてるか?」

 

 と尋ねてきた。ということは、学校にも連絡は行っていない。

 綾乃はそういうことにはきっちりしているから、非常に珍しいケースである。

 担任には何も聞いてないことを返答しながら、美沙子の頭は別のことを考えていた。

 思い詰めた綾乃が次にすることは?

 

「……まさか……」

 

 

 

 今朝もふらふらと重い足取りで、舜は大学にやってきた。

 見た目のやつれ度合いはさらに深まっている。

 丸三日もセシルを起動していない。こんなことは初めてだ。

 土曜の夜以来、ろくな食事をしていない。食べる気がまったく起きないのだ。胃の中になにか重りを入れられているような感覚が常にあって、喉を通らない。

 また、ろくに眠れなかった。目を閉じると、メガミデバイスに捧げてきた月日が次々にまぶたの裏に映し出される。絶望に突きつけられ続けたろくでもない日々のことばかりが、走馬灯のように流れていく。

 なにかで気を紛らわそうにもメガミデバイス関連のものに触ることはできない。

 今までメガミデバイス一筋に入れ込んできたのだ。関わりのないものなんて、舜は持っていなかった。

 悶々とした気持ちで布団を被り、朝を待つ他はなかった。

 おぼつかない足取りで、大学の正門前までたどりつく。

 舜はそこで眩しさに目を細めた。

 天使が立っていた。

 白いパーカーを着て、通学カバンを手に持った、黒髪の天使。

 制服の上から私服を重ね着した美貌の女子高生が大学の前に立っているのは、あまりにも場違いで、現実感がない光景だった

 通学してきた学生たちは皆、彼女に視線を奪われながら、大学構内に入っていく。

 霞む目でよく見ると、その天使は知った顔だった。

 

「……神崎さん……?」

 

 なんで彼女がここにいるのか。

 時間は朝八時。今日は平日で、彼女の高校はここから離れている。大学の校門の前で立っているはずがない。

 囁きのような声が彼女の耳に届いたのか。

 綾乃がこちらを見て、大きな瞳を見開いた。

 

「……穂高さんっ……!」

 

 彼女がこちらに小走りに駆け寄ってくる。

 今にも泣き出しそうな表情で、舜の顔を覗き込んできた。

 

「あの……どこか具合が悪いですか? 顔色がよくありませんけれど……」

「え……?」

 

 目の前にある美貌にまったく現実感がない。

 具合が悪いかと言われれば、心の具合が悪いとしかいいようがない。だが、舜は気休めの言葉を口にした。

 

「ああ……大丈夫……」

 

 説得力がまったくないな、と自分でも思う。

 今の自分は相当に酷い姿をしているだろう。

 それでも綾乃はまっすぐに舜を見つめてきた。

 

「もう会えないのかと……心配しました」

「ごめん……だけどもう、いいから」

「え……?」

「俺、メガミデバイスやめるから……だからもう、俺の心配なんてしなくていい。迷惑かけて悪かった」

 

 あの雨の日の比ではない。

 綾乃は頭に隕石を落とされたかのような衝撃を受けた。

 大きな瞳をさらに見開いて、呆然として立ち尽くす。

 それじゃ、と言って、舜は彼女の脇を通り過ぎようとした。

 その腕を綾乃が掴んだ。

 

「……?」

「やめないで……ください……」

「……君には関係のないことだ」

「あります」

「……?」

「関係、あります。

 穂高さんとのバトルで、わたしは進むべき道を知りました。

 《負け姫》と呼ばれていたわたしに『これから勝ちに行く人』だと言ってくださいました。

 わたしが望めば、バトルをしてくれると、約束してくれました。

 わたしは……もっとあなたとメガミバトルがしたいのです」

「ごめん、約束は守れない……俺はバトルをする意味を失くしてしまった」

 

 舜の言葉が綾乃の心をさらに抉る。

 綾乃は顔を上げて舜を見た。

 優しく穏やかだけど、自信に溢れた笑顔はそこにはない。

 生気を失い、瞳を濁らせ、自信を失った暗い表情があるばかりだ。

 彼にこんな顔をさせてしまっている責任の一端は自分にある。

 綾乃は両手で舜の腕を掴んだ。彼を引き留めようと必死で言葉を紡ぐ。

 

「でしたら、一度だけでいいです。わたしのチームとバトルしてください」

「……なんで……?」

「まだ本当のわたしを見ていただいてないからです」

「ほんとうの、きみ……?」

「はい。メガミバトルでの、本当のわたしをお見せしたいのです」

「そんなことしたって……」

 

 いまさらだった。

 いまさら彼女の本当のバトルを見たところで何になるというのだろう。もうメガミデバイスをやめるというのに。

 だが。

 

「お願いします。お願いですから……」

 

 綾乃は何度も懇願する。その声は泣き出しそうに震えていた。

 舜はうつむいて、腕をつかむ綾乃の両手を見た。

 白く、細く、小さな手。

 舜は漠然と思う。

 どうして彼女はこんなに必死なんだ? なぜ俺を引き留めようとする?

 神崎綾乃はこれから「勝ちに行く人」だ。そう思う気持ちに偽りはない。進むべき道を見つけた彼女は、俺との対戦なんてもう必要ないはずだ。

 だからこそ、一度たりともチームを組めなかった情けない男なんて放って、前に進めばいいのに。

 綾乃の手を振り払うこともできず、しかしうなずくこともできずに、舜はしばらく逡巡していた。

 と、その時。

 

「おはようさん!」

 

 大きな声とともに、がばっ、と力任せに舜の肩を組んできた者がいる。

 ぶつかった勢いでよろけた舜の身体を、肩を組んだ腕が強引に引き戻した。

 守田だった。

 彼は舜の方には目もくれず、綾乃に笑いかけた。

 

「姫ちゃん安心しな。こいつは俺が責任持って連れてくから!」

「お、おい、守田……」

「よろしくお願いします」

「俺はまだやるなんて……」

 

 守田は舜の肩に回した腕に力を込めながら囁く。

 

「お前、姫ちゃんに慰めてもらっておいて、まだ礼も言ってねーだろ」

「……それは……」

「だったら、せめて彼女の頼みを一つくらい聞いてやるのが礼儀ってもんじゃねーのか?」

 

 舜は綾乃の顔を見る。

 少し驚いた

 綾乃は今にも泣き出しそうな顔をしている。

 

――俺がこんな顔をさせているのか?

 

 あんなに泣き出しそうな笑顔を見たくないと思っていた少女に、本当に泣きそうな顔をさせているなんて……。

 そのことこそ情けない。

 

「……わかった。最後に一度だけ君のチームとバトルしよう」

 

 舜は観念したように肩を落とした。

 よろしくお願いします、と綾乃は神妙に頭を下げた。

 今日の夕方六時。サザンクロスで。

 それが最後のバトルになるだろう。

 

 

 

 夕方五時半になって、守田が舜をサザンクロスに引きずってきた。早く来ると、居心地も悪かろうと、守田が配慮してこの時間になった。

 守田は、大学の講義中もぴったりと舜に貼り付き、昼食も無理やり学食に引きずって行って、うどんを口から流し込ませ、荷物を取りに行くという舜のアパートまで強引についていって、玄関で仁王立ちして準備するのを待った。舜の携帯端末を強奪し、SNSのフレンド登録さえしてのけた。

 守田のあまりの強引さに、舜は逃げる気も失せていた。

 チーム・スパイラルウィンドの四人は準備万端で舜を待ち構えていた。いつものゆるい気配はなく、みな真剣な表情だ。

 対する舜はまったくやる気がなかった。

 それでもテーブルに荷物を置き、メンテナンスボックスを開く。

 セシルを目の前に置くのも数日ぶりだ。

 起動させたセシルは機嫌が悪かった。それはそうだろう。無理矢理に電源を切られて気分がいいメガミはいない。

 数日ぶりに起動したセシルは、周囲を見回すと、憮然として言った。

 

「バトルですか」

「……ああ」

 

 セシルは終始やぶにらみだったが、文句は言わなかった。

 舜は黙々とバトルの準備を整える。やる気はなくとも、手が準備の手順を覚えている。サブアームにライフル二丁、二枚のシールド、そしてハルバードを装備させた。対チーム戦のフル装備だ。

 時間は六時少し前。

 

「……準備できた。はじめるか?」

「よろしくお願いします」

 

 そう答えた綾乃の顔に笑顔はない。

 チーム・スパイラルウィンドの四人はいつになく気迫に満ちた表情でジオラマへと向かう。

 その後に続いた舜はいまだに暗い表情でうつむいている。最後のバトルだというのに、まったく気が乗らない。

 ブースに入り、セシルをジオラマに入れ、タブレット端末のバトルアプリを起動しても、まだこのバトルの意味を見い出せないままだ。

 タブレットの画面に対戦カードが表示される。

 

『スパイラルウィンド VS セシル』

 

 送り込んだジオラマ上で、一機と四機が向かい合う。

 

『BATTLE START』

 

 それぞれの端末と観戦用モニターに戦闘開始の文字列が表示される。

 運命のバトルが始まった。

 

 

 

 ジオラマは今回も《荒野》が選択された。

 フル装備のセシルは、ハルバードを構え、臨戦態勢で待ち構えていた。

 はるか視界の先に、四機のメガミがいる。

 チーム・スパイラルウィンドのメガミたち。

 思えば、彼女たちと対戦したのは、一度きり。それもマリー抜きの三人チームの時だ。その時はセシルの圧勝だった。

 だが油断はできない。

 今回はマリーがいる。ロストナンバーの力は容赦なく使ってくるだろう。加えて三機を相手にしなければならない。

 セシルは緊張をみなぎらせる。

 しかし、相手チームの手強さは、彼女の予想とは異なっていた。

 綾乃が大きな声で号令をかけた。

 

「みなさん、行きましょう! スパイラル・フォーメーション!」

「応!」

 

 マスターたちの返事と同時、スパイラルウィンドの四機がばらばらの方向に動き出す。

 速い。

 セシルは狙いを定められない。

 そこへ四機のメガミが次から次へと間断なく襲ってきた。

 

――三人チームのときと……まるで違う!

 

 セシルは身動きが取れなかった。

 四機が四方八方から怒涛のように迫りくる。反撃をしようにも、一機のメガミを相手にしている間に、次から次へと攻撃が突き刺さる。

 間断なく襲い来る攻撃の螺旋。その中心にセシルは囚われている。

 これがチーム・スパイラルウィンドが得意とする戦法《スパイラル・フォーメーション》だった。

 

 一方、舜はぼうっとしてジオラマの方を眺めていた。バトルを見ているようで見ていない。

 タブレットの画面も見えていないし、触れることもしない。

 

――こんなことしたって、もうどうにもならないじゃないか……。

 

 夢は破れた。舜は戦う意味を失ってしまったのだ。

 いまさらバトルをしたからって、何が変わるわけでもない。ただの茶番だ。

 舜はブース内に立ち尽くしたまま、動こうとはしなかった。

 

 セシルは防戦一方だ。

 四方八方からの間断のない攻撃さらされ、身動きが取れない。

 何度か反撃を試みた。しかし、反撃の動作の間に別方向からの攻撃があり、ダメージを受けてしまう。反撃は隙を見せることと同義だった。

 しかも今回、マリーも遠慮がない。隙を見せたときにマリーが来れば、敗北は必至だ。

 さらに、マスターからの指示が来ない。バトルを俯瞰した視点からの指示がないから、反撃の糸口も見いだせない。

 

――このままでは負ける……。

 

 何もできずに、敗北に甘んじる。

 それはセシルにとって耐え難い屈辱だ。

 そして、バトルが終われば、二度と目覚めることがない眠りにつくのだろう。

 セシルの胸の奥底を何かがひやりと触れた。

 絶望だ。

 またしても絶望がセシルの心に触れている。

 セシルは萎縮した。

 二枚のシールドを引き寄せ、まるで亀のように縮こまる。

 得意のハルバードを振るうこともできない。

 シールドが攻撃を受け止め、ガンガンと削られる音がする。

 

――このまま、何もできないのか、わたしは!?

 

 そう思ったのと同時、視界のど真ん中にマリーが現れた。

 まっすぐに突進してくる。

 マリーが左腕を突き出した。必殺の手刀。

 セシルは柄尻の方を持った右手を上げ、左手は逆に下げる。

 その動作でマリーの左腕を弾いた。

 マリーは止まらない。

 そのまま左腕を袈裟に構え、肘を押し込んでくる。

 セシルはハルバードの柄で受ける。

 鍔迫り合いになった。

 マリーがぐい、と身体を近づけた。セシルは足を踏ん張り、押し返す。

 すぐ近くにマリーの顔がある。先日の煽られた時の怒りも、愉悦の嗤いも浮かんではいない。現れている表情は、戦う意志と決意だ。

 マリーの視線がセシルの瞳を射る。

 相対するセシルは歯噛みし、焦りを募らせながら、マリーの視線を受け止めている。

 こんなことをしている場合ではない。身体を晒して立ち尽くしていては、他のメンバーの攻撃にさらされる。いつにない焦りがセシルを蝕む。

 その時、マリーがこれ以上ないほどに落ち着いた口調で告げた。

 

「わたしたち、今日は勝つわよ」

「なに?」

「マスターもメガミも、メンバーみんな、あんたを全力で倒しにかかる。あんたのマスターをメガミバトルにつなぎとめるために」

「……!!」

 

 セシルは驚きを隠せない。

 このバトルに秘められた目的。

 セシルにとってそれは絶望ではなかった。

 かすかな希望だ。

 それを手にするにはうってつけの相手チーム。

 今まで戦ったことがない戦法を駆使し、自分を窮地に追い詰めている。

 セシルは力任せにマリーを突き放した。

 

「感謝する」

 

 口の中だけでそっと呟く。

 我がマスターをここまで気遣ってくれる、四人のマスターと四機のメガミに、敬意を込めて。

 そして、セシルはハルバードを素早く構えた。

 

「おおおおおおっ!!」

 

 雄叫びとともに身体を一回転させながら、ハルバードを振るう。

 先端の斧が唸りを上げた。

 まるで暴風のような一振り。

 それだけで取り囲んでいた四機は踏み込めずに動きを止めた。

 一瞬の膠着。

 間隙を突いて、セシルは叫んだ。

 

「マスター!! いつまで腑抜けているのです!!」

 

 その大音声に、舜は思わず身体を震わせた。

 思わず腑抜けた声で返答してしまう。

 

「あ……? いや、こんなバトルしたって意味なんて……」

「バトルはバトルです! 意味があろうがなかろうが、目の前の戦いに集中するべきでは!?

『目の前のバトルに真摯であれ』と言ったのはあなたでしょう!! 自分で言ったことに責任を持ってください!!」

 

 それは舜のバトルにおける座右の銘だ。バトルを受けるからには、一戦一戦真摯に向き合うべきだ。そんな気持ちさえ舜は忘れてしまっていた。

 セシルはさらに大きな声で言った。

 

「わたしはまだ終わらせる気はありません! このバトルも、未来も、マスターの夢も! 何一つ諦めていない!!」

「セシル……そうか……そうだな……」

 

 バトルを楽しむ間だけは、いやなことも、憂鬱なことも忘れることができる。

 今までだってそうだったじゃないか。

 しかも、神崎綾乃とそのチームは本気で向かってきてくれている。

 目の前のバトルに集中しろ。そして楽しめ。

 舜はようやく顔を上げ、前を向いた。その目には生気が戻っていた。

 

 

 

 戦況は未だチーム・スパイラルウィンドが優勢だ。

 襲い来る螺旋の中心から、セシルは動くことができずにいる。

 だが、観戦用モニターをにらみながら、守田は呟いた。

 

「セシルの動きが変わった……?」

「ええ。やっと本気になられたようですわ」

 

 答えたのは有栖川今日子。彼女もこの一戦に注目していた。

 二人は気づいていた。

 セシルの動きがわずかながら変化していた。閉じていたシールドを開き、ハルバードを振り始めている。

 先程まで亀のように閉じこもっていたが、ようやく反撃の糸口を掴むべく動き始めたのだ。

 だが、スパイラルウィンドの攻撃もいつもと違う。今までよりもずっと激しく、厳しい。

 ここからどうやって反撃に出るのか。

 守田と有栖川は息を詰めながら戦況を見つめている。

 

 

 

 改めて対峙してみて、舜は綾乃の能力に舌を巻いていた。

 チーム戦での柔軟な指揮能力……どころではない。

 せわしないフリック操作。あらかじめ入力されているコマンドやメッセージが途切れることなく発信される。

 秋葉原で購入した、あの画面が大きなタブレット端末が、フルに利用されている。

 個々のメガミの位置と動きを把握し、指示を出し、間断のない攻撃を実現する。

 他のメガミも以前対戦したときとは動きがまるで違う。

 反撃を許さないほどに厳しく、あらゆる方向からの、途切れない攻撃。

 

――彼女が見せたいと言っていたのはこれか。

 

 リアルタイムに変化する攻撃の螺旋を生み出す指揮能力。

 それこそが神崎綾乃の真骨頂だった。

 数多くのチームと対戦してきた舜であるが、こんなチームプレイは今まで見たことがない。

 舜の奥底から、興奮がふつふつと湧き出してくる。

 やはりバトルは楽しい。やはりメガミデバイスは最高だ。ここには無限の可能性がある。

 舜はふと自問する。

 

――俺はこの楽しさを、興奮を、今まで積み上げてきたものすべてを、諦められるのか?

 

 舜は軽く頭を振る。

 今は考えるな。眼の前のバトルに集中しろ。そして楽しめ。

 そう言い聞かせ、舜の意識はバトルへと吸い込まれる。

 舜は考える。

 スパイラル・フォーメーションの動きは一見ランダムだが、一撃離脱という攻撃方法は四機とも変わらない。

 四機が五月雨式に次々と襲いくる。

 だが攻撃は多くの場合、一つのタイミングにつき一機ずつだ。

 ではどうするか?

 

「セシル」

「はい」

「俺の指示した順に、相手の攻撃を切り返せ。多少の被弾は無視していい」

「承知!」

 

 それだけで、セシルはマスターの作戦を理解していた。

 スパイラル・フォーメーションは、一撃離脱の連続だ。

 ではどうするか。

 被弾覚悟で、一撃で切り返し、倒す。

 プランが決まれば、セシルに迷いはない。

 舜から指示が来た。

 最初の標的は……マリーだ。

 視線の先をアカツキが走っていく。

 それを正面に捉えているセシルの左斜め後ろから、マリーが迫っていた。

 ハルバードの制空権にマリーが触れた瞬間。

 セシルは振り向きざま、ハルバードの先端のパイクを突き出した。

 

「なんっ……!?」

 

 反撃が来ないことに慣れてしまっていたのか。

 セシルの神速の突きにマリーは対応できなかった。

 マリーの腹部にパイクが突き刺さる。

 セシルはそのままハルバードを振りかぶりながらまた振り返り、再びアカツキを視線の先に捉える。

 今しもアカツキがこちらに向けて走り込んでくるところだった。

 

「むん!」

 

 気合一閃、ハルバードを勢いよく振り下ろし、アカツキに串刺しになっていたマリーの身体をパイクから吹っ飛ばして、叩きつけた。

 

「かはっ……!」

 

 メガミ一体を勢いよく叩きつけられたのだからたまらない。

 アカツキはダメージを負いながら尻餅をついた。

 叩きつけられたマリーはそのまま行動不能となり、バトルアプリ上のマーカーが一つ消える。

 セシルは動く。

 アカツキの方を見向きもせず、右手側から攻めようとしていたハヤテに向かった。

 シールドに備わったスラスターを全開にし、ハヤテに迫る。

 ハヤテは慌てて、セシルを避けようと軌道変更した。

 それを見届けたセシルも、急激に進路変更。

 今度は背後に回り込もうとしていたウェンディに迫る。

 

「ええええ!?」

 

 ウェンディが驚愕した。彼女はいちいちリアクションが大きい。

 しかし、冷静な動作で中近距離用のオルトロスの二丁拳銃を構えると、引き金を引き絞る。

 牽制の射撃は正確だった。

 だがセシルはものともせずに突進してくる。もとより多少の被弾は覚悟の上だ。

 加速したセシルのハルバードが横に薙いだ。

 その一閃でウェンディが散る。

 ウェンディの様子も確認せずに、セシルはサブアームに懸架した二丁のライフルを背後に向けると、そのまま斉射した。

 

「きゃあ!」

 

 セシルを背後から狙っていたハヤテが足を止めた。

 セシルが振り向く。

 ハヤテを視認すると、再び一気に加速する。

 前回と同じ手はくわない。ハヤテは回り込むようにダッシュした。

 しかしセシルは軌道を微調整し、一気にハヤテに迫る。

 追い立てられるハヤテの背後に回ると、二丁のライフルと、シールド先端のバルカン砲二門で全力射撃する。

 雨あられと降り注ぐ銃弾が、ハヤテを背後から蜂の巣にした。

 チーム・スパイラルウィンドを示すマーカーが、また一つ消える。

 残り一機。

 セシルはアカツキを見た。

 彼女はなんとか立ち上がり、構えを取った。彼女は近接格闘線用の機体だ。接敵しなくては始まらない。

 アカツキはセシルに向かって駆け出した。セシルも一気に加速する。

 二機の影が一つになる。

 

「はああああっ!!」

 

 アカツキの渾身の正拳突き。

 すれ違いざまの一瞬、セシルはそれをかわしながら、ハルバードを正拳の下に滑り込ませた。

 斧の刃がアカツキの身体に食い込み、吹き飛ばす。

 アカツキの身体が地面に叩きつけられると、淡い光を発した。

 それと同時に最後のマーカーが消え、行動不能になる。

 プロジェクションマッピングが勝利メッセージを描き出した。

 

『WINNER:セシル』

 

 セシルの逆転勝利。

 立ち尽くす勝利者はにこりともせず、やぶにらみのままで、すぐさま彼女のマスターがいるブースへと歩き出した。

 

 

 

 舜は少しだけ目をつむると、吐息を一つついた。

 今のバトルを、今の思いを、反芻する。

 思い知らされた。

 俺はメガミデバイスを愛している。深く、心から。

 メガミバトルは捨てられない。自ら望んで、その楽しさを骨の髄まで叩き込んできたのだ。その楽しさを支えにここまで来た。

 そして今のバトル。

 未知の戦い方をする相手との楽しさ、緊張感、奥深さを再認識した。

 今まで歩んできた道のりは間違いだったかもしれない。だが、メガミを捨てる決断は確実に間違っていた。

 舜が目を開く。

 セシルがブースの前までやって来ていた。

 鬼の形相で自らのマスターを見上げている。

 そして、ハルバードを掲げると、その切っ先で舜を指す。

 セシルの口から怒号が響いた。

 

「わたしが言いたいことは一つです、マスター! あのような電源の切り方は、二度としないでいただきたい!!」

 

 メガミの小さな体のどこから発されたのかと思うほどの大音声である。

 舜は一瞬驚いていたが、神妙な面持ちで頭を下げた。

 

「……すまなかった」

「……」

 

 マスターのその一言に、セシルは武器を下ろす。

 見るともなしに見ていたマリーは気がついた。

 セシルの頬に涙のあとが一筋光っていた。

 

 

 

 ブースから出てきた綾乃たち四人は、舜のところへやってきた。

 舜は四人と向き合う。

 彼らは残念なような、落ち込んだような表情をしていた。

 綾乃が丁寧にお辞儀をした。

 

「負けました……対戦ありがとうございました」

「あれが……あの戦い方が……本当の君なのか?」

「はい。《スパイラル・フォーメーション》と呼んでいます。いかがでしたか?」

「……強度が足りていないように思う」

 

 素直な感想が舜の口から漏れる。

 チーム・スパイラルウィンドは軽装メガミの集まりだ。それぞれが円形の動きを基本に、綾乃の指示で動く。一撃離脱を基本にして手数を増やし、トリッキーさを生み出し、バトルでの優位を作る。それがスパイラル・フォーメーションの基本戦術である。

 だが、各メガミが軽量級であるゆえに強度が足りていない。一機倒れるとフォーメーション全体の攻撃力と耐久力が一気に崩れる。

 つまり、ハマれば勝てるが、一度崩れると立て直すのが難しい。

 メガミの強度が戦術の強度に直結している。

 今のバトルだけで舜はそこまで見抜いていた。

 綾乃は内心驚きながらも頷いた。

 そして言う。

 

「では、強度を増すために、わたしたちの芯になっていただけませんか?」

「え?」

「わたしたちのチームに――スパイラルウィンドに入っていただけませんか?」

「いや、それは……」

 

 舜が口を開こうとするのを、美沙子が片手で制した。

 眼鏡の位置を指で直し、静かに話し出す。

 

「詳しい話は綾乃から聞きました。だからといって、一時的な感情に流されたわけじゃありません。この提案は、穂高さんにも、わたしたちにも、大きなメリットがあります」

「……メリット?」

「はい。理由は大きく分けて二つ。

 一つ目は、チーム力の向上です。今穂高さんも言われた通り、あなたが加入してくれれば戦い方の強度が増します。姫の指揮能力もフルに活かすことができる。わたしたちはサザンクロスで中の中どまりの実力ですが、穂高さんが加入してくれれば上位に入れるのは確実です。

 チームの交流戦でいい成績が残せるでしょうし、より実力があるチームとの交流戦もたくさんできるようになります。これはわたしたちにとっても、チーム戦を望む穂高さんにとってもメリットになります。

 そうなれば……わたしたちがマネージャーに勧誘されることもなくなるでしょうし?」

「……」

「二つ目は……わたしたちが穂高さんに恩返ししたいからです」

「恩返し……?」

 

 美紗子は頷いた。

 

「わたしたちは姫の諦めをどうにかしたいと思いながら、できませんでした。あなたは姫が抱いていた諦観を打ち破り、救ってくれた。同時にわたしたちのやりきれない気持ちも救われたんです。

 だから、穂高さんにその恩を返したい。これはチームの総意です。

 でも、わたしたちに何ができるのかと、ずっと考えていました。

 同時に、穂高さんは、もしかしたら、より上位のチームに入りたいのかも。あるいは、一人で活動したいのかも、と思っていました。

 でも違った。

 誰かとチームを組んで、共にバトルしたいというのなら……いかがでしょう。スパイラルウィンドに来ていただけませんか? わたしたちにはあなたとチームになりたい理由があります」

 

 美沙子の言葉に綾乃はうなずき、ゆっくりと舜の前に手を差し伸べた。

 舜は目を見開いて……だが視線をそらしてうつむいてしまう。

 

「……いや……だけど」

 

 その申し出を素直に信じられないほど、舜は裏切られ続けてきた。

 差し出された手は引っ込められてしまうのではないか。その怖さが脳裏をよぎる。

 猛が頭の後ろで手を組んで、

 

「俺はさ、シュン兄がチームに入ってくれればいいのに、ってずっと思ってたよ」

 

 のんきな口調で言った。

 舜はまた首を横に振る。

 

「……俺は君らよりも年上だし……」

「それ、なんか関係ある? 強い人と対戦するのも、組むのも勉強になる。わたしは歓迎」

 

 凛は幼い頃から空手道場に通っており、様々な年齢層の人と交流がある。だから年齢差をあまり気にしない。彼女にとって優先されるべきは実力だ。

 

「ま、年上ヅラされるのは勘弁だけど、あなたはそういう人じゃないでしょ」

 

 それでも舜は首を振った。

 

「俺とは……釣り合わないんじゃないのか……?」

 

 綾乃はその言葉に一瞬怯んだ。それは自分たちが彼を傷つけた言葉だった。

 だが、綾乃は決意を宿した瞳で舜をまっすぐに見た。

 

「今のわたしたちは、そうです。ですから、これから穂高さんのチームメイトとしてふさわしいメガミマスターになります。みんなでそう決めました」

「……でも……俺のために……いわれのない中傷を受けるかもしれない……」

「かまいません。セシルがチームに必要だということを、穂高さんが間違っていないことを、わたしは大きな声で言い続けます」

 

 その声には確かな決意が込められている。

 それが舜には痛いほどにわかった。しかしそれでも一歩踏み出す勇気が出ない。

 一瞬の沈黙。

 すると綾乃は少しだけ表情を和らげた。

 ふと気づいたように言う。

 

「すみません、ちょっと間違えました。入りませんか? じゃなくて……」

 

 綾乃は丁寧にお辞儀をすると、改めて手を差し出した。

 

「わたしたちとチームを組んでください。どうか、お願いします」

 

 舜がゆっくりと視線を上げた。

 綾乃はまっすぐな眼差しを舜に向けている。

 美紗子も、猛も、凛も、迷いのない、真剣な表情だ。

 みんな決意を持って、舜の手をつかもうとしている。

 舜は目を見開き、かすれた声で言った。

 

「……ほんとうに……いいのか……?」

「はい」

「ほんとうに、ほんとうに、俺なんかで……いいのか……?」

 

 今までのすべてを捨てようとした情けない男でも。

 

「俺なんか、なんて言わないでください」

 

 綾乃は微笑んだ。

 

「わたしはあなたと、これから『勝ちに行き』たいのです」

「………………っ!」

 

 舜は崩れるように膝をついた。

 差し出された綾乃の手を両手で掴む。その細い手に、すがるように。

 言葉にならなかった。

 舜は泣いた。声を押し殺して泣いていた。

 流れ出す涙とともに、心の中のどす黒いなにかもまた流れ出してゆく。

 舜が求めていたもの。

 勝利や栄光も確かにあっただろう。

 それ以上に求めてやまなかったのは、仲間……いやもっと根源的なものだ。

 認められたかった。

 ありのままの自分でいいのだと、誰かに認められたかった。

 ただそれだけだったのだ。

 そしていま。

 やっと、認めてくれる人たちがいた。

 長い長い旅路の果てに、やっとこの手にたどり着いた。

 

「……ありがとう」

 

 舜はようやくその一言だけを唇の間から押し出した。

 チーム・スパイラルウィンドの四人は、ほっとしたように微笑んだ。

 

 

 

 先日の夜に開催されたチーム・スパイラルウィンドのメンバー四人による緊急のオンライン会議。

 その冒頭、美紗子が切り出した。

 

「それだったら、穂高さんをチームに誘いましょう」

「委員長がずっと反対してきたのに、なんで?」

「前提が変わったのよ」

 

 美沙子の方針転換に、チームメンバーは皆驚いた。

 彼女が、舜の加入についてだめだと言い続けてきた理由は唯一つ、「実力が違いすぎるから、穂高さんはチームに入りたがらないだろう」という憶測だった。

 しかしそれが本人の口から否定された。

 であれば、彼がチームに加入することを拒否する理由はない。

 

「でも委員長、シュン兄は実力差がありすぎるって言ってなかった? チームでバランスが取れるのかな?」

 

 猛は美紗子を「委員長」と呼んでいる。

 委員長は頷いた。

 

「言ったわ。チーム内でのバランスは検討する必要がある。でもそれは、セシルの装備を調整することで、ある程度なんとかなるでしょう。チーム内でのポジションや運用については……考えるのはわたしの役目じゃない」

 

 美沙子は目を閉じて、言った。

 

「姫。そこは考えがあるんでしょ?」

「は……はい! もちろんです!」

 

 綾乃の表情にもわずかに輝きが戻ってきた。

 そもそも、チームのメンバーは誰も舜が加入することを反対していない。

 最終的に全員賛成で舜をチームに誘うと決めた。

 詳細な理由は美紗子が考えた。

 

 

 

 セシルとチーム・スパイラルウィンドのメガミたちは、マスターたちのやり取りを見つめていた。

 セシルの様子はいつもと変わらないようにマリーには見えた。

 背を伸ばし、凛とした立ち姿は孤高。

 マリーは彼女がいつもすましていると思っていた。

 だが違った。

 孤高の立ち姿は、やりきれない思いを跳ね返し、己を守る鎧であったのだと、今は理解している。

 セシルは不安だったはずだ。このバトルの間中、ずっと。バトルが終わってしまえば、永遠に眠ることになるかもしれなかったのだから。

 だから今は、いつものいけすかない仏頂面に、わずかにホッとしたような表情が浮かんでいる。

 おもむろにセシルが振り向き、小さく会釈をした。

 

「貴女方に感謝する。ありがとう」

 

 チーム・スパイラルウィンドのメガミたちは肩をすくめて微笑んだ。

 これからセシルは仲間だ。これからセシルのチームメイトにふさわしい実力を身に着けなくてはならない。それを思うと、マリー以外のメガミは少し憂鬱になる。

 マリーだけは違っていた。

 

「セシル、わたしは強くなるわ。あなたと並び立っても引けを取らないと思われるくらいに。そして、いずれあなたを倒す」

 

 決意を込めてそう宣言する。

 セシルがマリーを横目で見た。彼女はわずかに微笑むと、小さく頷いた。

 

「楽しみにしている」

 

 

 

 ようやく落ち着いた舜は、すがっていた細い手を離し、涙を拭いながらゆっくりと立ち上がった。

 そして小さく頭を下げる。

 

「……みっともないところを見せちゃったな。すまない」

 

 少し恥ずかしくなる。年下の少女にすがり、号泣していたのだ。傍から見た体裁はあまり良くない。

 美沙子は眼鏡を指で押し上げながら、ニヤリと笑った。

 

「何かあったときの保険にしておきます」

「……へたなことはできないな」

 

 チームのみんなが少し笑った。

 舜の顔にも、綾乃の表情にも明るさが戻ってきていた。

 その時、舜の腹が鳴った。

 舜は頭の後ろを掻きながら、照れ笑いする。

 

「そういえば、腹が減ったよ」

 

 ここ数日ろくに食べていなかった。心が正常に戻り、身体も復調してきているようだ。

 猛が笑いながら言った。

 

「それじゃあさ、シュン兄の歓迎会を兼ねて、夕飯食べに行こうよ」

「いいですね」

 

 綾乃が即座に同意する。美沙子も凛も異論はなかった。

 綾乃は振り向き、少し離れた場所でこちらの様子を見ていた守田に声をかけた。

 

「守田さんもご一緒にいかがですか?」

「え? いいのか? 俺はチームメンバーじゃないけど」

「守田さんは今日一番の功労者ですから」

 

 綾乃の微笑みにつられ、守田も笑いながら頷いた。

 今日一日、穂高舜にくっついて回り、彼がメガミバトルをやめない結果に一役買った。その報酬が、可愛い女の子たちとの夕食なら、十分に報われる。

 一行は近くにあるファミレスへと向かった。

 その道すがら、舜は何気なく尋ねた。

 

「それで……これからどうする? 神崎さんも俺も、競技バトルはできないけれど」

 

 綾乃のマリーはロストナンバーだから公式の競技バトルには出られない。

 舜とセシルは悪質な失格者としてブラックリスト入りの身の上だ。

 綾乃がにこりと笑って、人差し指を立てた。

 

「まずは汚名返上ですね」

 

 《負け姫》のあだ名を返上する。

 そのために、サザンクロス内でのトップランクのチームを目指す。

 それができたら、今度は他のホビーショップへ遠征に行ってもいい。

 逆に他からの遠征チームとの対戦もできるだろう。

 舜は綾乃の話を聞きながら頷いていた。

 今までは闇雲に走ってきた。

 これからは違う。

 自分たち次第で活動の幅は広がっていく。

 舜の前に視野が開けた。

 これから一歩一歩進んでいけばいい。チームメイトとともに。

 まずは腹ごしらえを済ませよう。

 舜の腹が再び、ぐう、と鳴った。

 

 

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