「まっ、今回は負けを認めてやるよ」
特に悔しがるわけでもなく、こちらに歩み寄りながら自然体でそう言い放つグリーンに思わず苦笑が漏れる。
ギルガルドとのバトルに辛くも勝利したイーブイを撫で回してやってから、その場で立ち上がってグリーンに向けて右手を差し出す。
「ありがとう。いいバトルだったよ」
流石に拒否されるようなこともなく、お互いに健闘を称え合って握手を交わした。
「三つ、聞かせてくれ。一つ、"シャドークロー"を受ける時、なんでイーブイに戻らなかった?元の姿に一瞬で戻ることはできないのか?二つ、なんで最後まで"イカサマ"を隠していた?三つ、"かみつく"のフェイクを入れた時、あれは事前に仕込んでいたのか?」
グリーンが俺の顔を見ながら問いかけてくる。
彼特有のおちゃらけた雰囲気はなく、このバトルを糧とするための、向上心からの問だと理解できた。
「一つ目の答えはイーブイに戻ることはできる、けどその後が続かない。イーブイの姿ではギルガルドの身代わりを壊せないしサンダースのままだと致命傷になるからシャワーズを選んだよ。二つ目、元々ギルガルドを見たときからブラッキーの"イカサマ"を通して勝つつもりだったんだ。でもシールドフォルムとブレードフォルムを使い分けるギルガルドと真正面から撃ち合っても"せいなるつるぎ"で押し負ける。だからブースターを見せ札にしてでも確実に通せるタイミングまで隠してた。それで三つ目、あれは完全にアドリブだよ。俺は普段は必要じゃないなら声を張り上げて抽象的な指示を出したりはしない。それをイーブイが俺の意図を読み取って動いてくれたんだ。最後の"イカサマ"もそう。君に悟られないように声を出さずにアイコンタクトだけで合図してた」
俺がこのバトル中に考えていたことを、余さずグリーンに教えてやる。
ひとしきり聞き終えたグリーンは───
「………へえ、いいじゃねぇか。特定の技名や合言葉なんかで相手のトレーナーに渡す情報を制限する技術は素直に参考にさせてもらうぜ。認めてやるよ。お前はレッドの次くらいには俺のライバルに相応しいってな!!まっ、次はそう上手くはいかねーぜ。ギルガルドはお前の特殊なイーブイの話を聞いてジジイから借りて突貫で育成しただけの研究用の個体だ。俺が一から育成して用意したパーティーなら必ずお前に勝てるからな」
………やはり彼は間違いなく天才らしい。
自由に進化できるイーブイ対策にギルガルドをチョイスして"みがわり"と"せいなるつるぎ"を覚えさせ、ラムの実まで持たせておくその徹底っぷり。
まだ旅にすら出ていない子供なのにエリートトレーナー顔負けの知識と腕前だ。
だが、気になったこともある。
「………ポケモンとトレーナーの信頼関係で勝てた、と俺は思ってるんだけどな。
『ブイィ〜♪』
嬉しそうに頭を擦りつけてくるイーブイを撫でながらグリーンにそう言う。
そんな俺の言葉にグリーンは───
「──ハァ?そんな不確定要素じゃ話にならねーよ。結局は積み上げた
どうやら俺の本心からの言葉は彼には届かなかったらしい。
そしておそらく今ここで誰が語ったところで彼にその言葉が通ることもないだろう。
仮に届くとしたら、
そしてそれを成せるのは───
「これこれ、二人だけで盛り上がるでないぞ。
こほんっ、アルト、グリーン、素晴らしいバトルじゃったぞ。イーブイの形体変化についても、しかとこの目で確かめさせてもらったぞ。細かいところは後程聞くとして、それよりもレッドがのう………」
ついついグリーンと話し込んでしまったが、俺たちの会話に割り込むように、オーキド博士が笑顔で、レッドは無言で近寄ってきた。
「………!!」
「あーあー、悪かったって。次はお前が戦えばいいだろ。イーブイ……は無理そうだから、おいアルト、お前なんか他にポケモン持ってねーのか?」
何やら抗議の視線を向けるレッドに適当に謝るグリーン。
やはりレッドはイーブイと戦いたかったらしい。
俺の手持ちにはピクシーがまだ残っている。
訓練以外の初めてのまともなバトルの相手が
ボールポーチからピクシーの入ったボールを取り出して声を掛けようとするが、どうやらその必要は無かっらしく……
「あ?あいつと戦いたい、だと?」
「………!!」
レッドの視線の先、帽子に隠れた力強い目線が向かう先にいたのは───
「ムグムグ……ゴクンッ、……みゅっ?」
ピンク色の小さな少女であった。
「おいおい、そいつトレーナーなのか?そもそもなんでそんなガキンチョと戦いたいんだよ」
自分のことを棚に上げてミュウをガキンチョ呼ばわりしているグリーン。
それでもレッドの意思は変わらないようであった。
「ん〜、いいよ〜」
「……いいのか、ミュウ?」
「うんっ!!だって
ミュウが良いのなら、俺が止めることもない。
俺は、負傷しているイーブイをボールに戻して、先程まで立っていたバトルコートの立ち位置に戻っていく。
そして、お菓子を食べ終えて容器のゴミをテレポートで片付けた(最初はポイ捨てしてたので厳しく躾けた)ミュウが俺の元にやってきたので、取り出したハンカチで汚れた口元と両手を綺麗に拭き取ってやる。
そんな俺たちの反対側には、モンスターボールを強く握りしめたレッドが、帽子のツバを掴んで位置を直してから、ギラギラと輝く意志の強さを感じさせる目で立ち、俺たちと相対した。
ブツブツと文句を言っていたグリーンと、疑問符を浮かべて首を傾げていたオーキド博士がこの場の空気を読んで観客席へと向かって歩く。
……一応注意しておくか。
「グリーン、オーキド博士が腰抜かさないように背中を支えてやっててくれないか?」
「ハァ〜?何言ってんだお前?」
そう言いながらも博士の後ろ側に回り、その背中に手を添えたグリーン。
やっぱりああ見えても根は真面目らしい。
「みゅー、じゃあ行ってくる!!」
「ああ」
そう言って人間の少女、ミュウが歩いて向かうのはバトルコートの中だ。
「むむ?アルトはどういうつもりじゃ?お嬢ちゃんをバトルコートに入れるなどあぶな……!?!?なっ、なっ、ぬわんじゃとぉっ!?!?」
「うおおぉっ!?おいジジイっ!!急に倒れるんじゃねえよっ!!俺まで下敷きに──」
腰を抜かしてひっくり返るオーキド博士とそれに巻き込まれたグリーン。
文句を言いつつもこうなった原因は何だと視線を向けて──それを見たグリーンの悪態が止まった。
何故なら「これは仕方がない」と思ったから。
先程までバトルコートに立っていた少女の姿は消え失せて、代わりにそこにいたのは、博士の研究の都合上様々なポケモンを目にする機会がいくらでもあったグリーンですら、偶然撮れたピントの合っていないボヤケた数枚の写真でしか見たことが無かったポケモン。
──伝説のポケモン、ミュウがそこにいたから
「………オイオイ」
タラリと冷汗がグリーンの頬を伝う。
正直実在しているかどうかすら半信半疑であったが、こんな予想外のところでその存在を知ることになるなど露ほども思わなかった。
そしてそんな伝説に相対するのは──
「…………!!!………いけっ、ピカチュウ!!」
まるでこうなることが分かっていたかのようなレッドが、静かに闘争心を剥き出しにしてボールからポケモンを繰り出す。
出てきたのは黄色のネズミ型のポケモン、その可愛らしさから幅広い年齢の男女を問わず人気高い、言わずと知れたピカチュウであった。
いろんなポケモンを試しているグリーンと違って、レッドはピカチュウ以外のポケモンを使ったことがない。
彼がトキワシティに行った時に偶然出会い、一目見た時から運命を感じたレッドがずっと共に闘っている心から信頼している相棒であった。
一般的にピカチュウはバトルで強いポケモンだとは口が裂けても言えないのだが、グリーンは誰よりもその強さを知っている。
───自他ともに天才だと認める彼と唯一互角以上に渡り合い、終生のライバルになる相手だと頭と心の両方に強く刻み込まれた存在がレッドだからだ。
赤い頬袋からバチバチと紫電を迸らせ、トレーナー同様の闘志に溢れた顔付きでミュウに向かい合うピカチュウ。
あたふたと落ち着きのない様子でどうしたらいいのか分からないという顔で狼狽えている審判役の研究員に舌打ちをしたグリーンが、向かい合う両者に向けて大声を張り上げる。
「おらっ!!とっとと始めろよっ!!!」
その声を皮切りに両者が動き出す───
ここに
Q.レッドは何でミュウのこと分かったの?
A.勘
Q.ミュウはなんで面白そうだと思ったの?
A.勘
どっちも伝説上の生き物だし多少はね……?