「♪〜♪〜♪〜」
ヴィレムが鼻歌を唄いながら、やけに上機嫌で遊戯室に入って行った。
そういえばさっき、小さい子達から仕事が終わったらいっしょに遊ぼうと誘わたって言ってたっけ。自分から声をかけなくても向こうから誘ってもらえるのは、親として無常の喜びだとかなんだとか。軽く涙目で。
そういう気持ち、わたしにはよく分からないけれど。とりあえずこの調子なら放っておいても当面壊れる心配はなさそう。
資料室のドアを開ける。書類、雑誌、古新聞、壊れたおもちゃに薄汚れたぬいぐるみ。あらゆる物が乱雑に放り込まれて埃っぽかったこの部屋も、いっしょに探し物をしている内にずいぶん整理されてきた。
そんな訳でこの部屋は、わたしの秘密基地としても利用させてもらってる。
倉庫の隅にあり、狭苦しくて薄暗い。だからこそ誰も好き好んで立ち寄らない。
どこに行ってもちびっ子が自由気ままに遊び回っているこの妖精倉庫。いざ使ってみると、誰にも干渉されず一人まったり読書したい時、ここほど最適な場所はなかなかありはしないのだ。
ティーセットとお茶菓子と、読みたかった数冊の本。それらをテーブルに設置して、ソファにぽすんと腰掛ける。
ほうと一つ息をつく。目をつむって、一人静かな時間を過ごせる幸福を噛みしめる。本当にいい場所が手に入った。あんまり神様は信じていないけど、今ならちょっとだけ感謝してあげてもいい。
では、そろそろ楽しませて頂こう。読みかけの本を手に取り、しおりが挟んであるページを開こうとしたところで───
不躾な誰かが、ノックもせずに資料室のドアをがちゃりと開けた。
「───む」
これには少々イラッとした。誰なの?わたしの貴重な時間をのっけから邪魔するのは。事と次第によっては必殺のお尻つねり(強)を発動させてでもここから追い出すところだけど。
「──ようレン。お前もここにいたのか」
ヴィレムだった。んー、まあ彼なら仕方ない。
いっしょに頑張ってここを綺麗に片付けた仲だし、わたしじゃ届かない高い所を掃除したり磨いてくれたりしたし。獣との戦いの記錄とか、戦闘後の妖精兵の経過とか。仕事柄、そういうデータを探さなければいけない事も多いだろうから、特別に許してあげる。
ところでついさっき、年少組のみんなと遊び始めたばかりではないのだろうか。
妙に顔が青くて、足取りもフラフラしてるんだけど。
彼はわたしの隣にどさっと腰掛けると、うな垂れて、長く大きく、そして重苦しい息を吐いた。
何かあったんだろうか。あったんだろうな。そしてそれに対してどうにも上手く対処できず、彼にとっても心癒せる秘密基地であろうここまで避難してきたんだろう。
やれやれ仕方ない。せっかくの一人の時間だけど後に回すことにする。
この人は辛くて苦しい時、程よく他人に愚痴ったり甘えたりできる、器用な大人ではないのだから。わたしがちゃんと助けてあげなくては。
「ん。何かあった?」
本を閉じてテーブルに置いたら、ぴたりと寄り添い話しかけてみる。
「──ちび達とな。遊戯室でいっしょに遊んでたんだが」
「ん」
それは知ってる。まだ熱いお茶に、ふうふうと息を吹きかけて冷ます。
「そしたらな」
「ん」
まあ大方、小さい子達に華を持たせようとして手を抜いたプレーをしたら『つまんない!ちゃんと真剣勝負してよ!わたし達を子供扱いするヴィレムなんて大っ嫌い!』と手厳しい文句を言われたとか、そういうくだらない事情なんだろうけど。そっと一口、口に含む。美味しい。
「まずパニバルが、袈裟斬りにされた」
思わずぶっと吹き出してしまった。
ごほごほごほ。ああ、せっかく磨いた床に染みがついてしまう。雑巾雑巾、ごしごしごし。
ええと、どういう事?今なんて言ったの?
遊戯室で遊んでたらパニバルが袈裟斬りにされた?わたしの聞き間違いじゃなくて?因果が繋がっているとは思えないんだけど。まずはって事は、他にも重症者が多数出ているっていう事?
改めてヴィレムの隣に寄り添って、「ん」と頷き続きを促す。
「次にな。コロンの四肢の骨が叩き折られて」
やっぱりだった。
待って待って。実は今日、護翼軍の人達が妖精倉庫の視察に来ていて、その中に偶々混じっていた武術や剣術の達人さんに二人がすごく生意気な口をきいたりケンカを売ったりしてしまったの?
「ラキシュが腹から内蔵をぶち撒けて」
それは掃除の手間が、さっきお茶を床に吹き出したのとは比較にならないくらい大変そう。
いや違う。さすがにそういう問題じゃないと思う。
「最後にティアットが、首を飛ばされて死んだ」
わたしがここでまったり過ごす準備をしてた間に、二人死亡で二人重症。遊戯室では一体どんな事件が起こっていたの?そして次世代の戦力を一気に失ってしまった妖精倉庫は、これからどうなってしまうというの?
内心では相当動揺しているのだが、やっぱりそれは表には出ず。ネフレンは「ん」と一言、いつも通りの鉄面皮で淡白に答えた。
「──ん、やっぱりくだらない真相だった。たかだかすごろくの話だったなんて」
メンタルがダウンしていたとはいえ説明がど下手。時々情けない事もあるけれど基本的には誠実な人だけに、ちょっと本気にしてしまった。
「いやくだらなくねーよ!?他にもちび達が潰されたり磔にされたり丸呑みにされたり、ゲームの中ですらアルミタが崖から転落して血塗れになったりで、もう俺の心はズタボロなんだが!?」
まだ涙目。ヴィレムは本当にしょうもない大人だと思う。
妖精は無から生まれて無に還る、厳密には自身の肉体すら持っていない、とても曖昧な存在だ。
生きていながらも、半分死んでいるような物だから──
自分の体が傷つく事、他者の体が傷つく事。死に直結し、命を危ぶませる事象全般に鈍感なのだ。幼い内は特に。
で、そんなある意味ちょっとやそっとでは動じない子供達の為に、刺激的で盛り上がるゲームを考案した結果が
『袈裟斬りにされて一回休み』
『四肢の骨を砕かれて四回休み』
『内蔵をぶち撒けてゲームオーバー』
『首を飛ばされてニマス戻る』
等という、ペナルティの絵面がエグいマスが大量に配置された、オリジナルのすごろくだったという話である。
どうでもいいけど首を飛ばされるというのがこの中ではダントツで致命傷な筈なのに、ペナルティがあまりに軽すぎはしないだろうか。
たったニマス戻るだけって。わたしは生首のまま平然と戦い続ける自信なんてとても持てないのだけれど。
隣のヴィレムは『うちがそんな、悲鳴が響き血と臓物が撒き散らされる残虐ショーに飛び上がって喜ぶような悪い子ばかりなんて信じたくない』と虚ろな顔でぶつぶつつぶやき続けている。
面倒くさい。
元々浮遊大陸群は狭い土地に多数の種族がぎゅうぎゅうに押し込めらている。
そんな危険な状況の中、大賢者様の手腕でどうにかこうにか妥協し合い、分かり合えない点は分かり合えないと上手に距離を取りながら今日まで存続してきているのだ。
所詮はボードゲーム上での話。現実に争い合い、実害が生じている訳でもなし。
見た目は同じでも中身は別物、人間種と妖精種の価値観の違いという事で割り切ってはもらえないだろうか。
──む、わたしの考えはドライすぎる?
そんな事はないと思う。これくらい普通。自分の理想を押し付けるヴィレムの精神が幼いだけ。
そう意見を述べたら、軽くのけぞられて
「レン、よりにもよってお前に──と言われるとは思わなかった」
ヴィレム、聞こえてる。
ぽつりと口にしただけのつもりみたいだけど、今わたしの事を幼いって言ったよね?
違う?違うと言うのなら、どうしてそんなに声が裏返っているの?どうして顔がさっきにも増して真っ青になっているの?
やっぱりわたしの事を幼いって言ったんだね。
許せない。ちょっとくらいは温めてあげてもいいかなと思っていたわたしが馬鹿だった。お仕置きさせてもらう。
あ、逃げた。めちゃくちゃ速い。
手を伸ばす間もなく、電光石火で資料室から逃げ出していった。
人間族の奥義──おーさんほうしつだっけ?漢字がすごく難しいやつ──は、あれこれ多彩すぎて本当にやっかいだと思う。
だけどこのまま許すつもりもない。わたしもすぐさま魔力を熾して身体能力を強化、ヴィレムを追って資料室を飛び出した。