黒幕希望のクロウン   作:一般通過犬

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Ep0-3「贖罪」

 アビドスに対する布石は撒いた。これで彼女は...カイザーからの"提案"を受けるだろう。

 そうすれば...大丈夫だ。後は、運命が進むのを待つだけだ。

 そう自分に言い聞かせながら社長室で書類に目を通す。

 各部門の出費に開発資金の要求書類...

 

「...社長、大丈夫ですか?」

 

「ん...? あぁ、大丈夫だ。書類仕事なんて、前からずっとやっていただろう?」

 

「いえ...そういうわけでは...」

 

 アビドスの仕込みが終わったなら、次は何処だ...? 

 今は高等一年目、恐らく高等三年目に先生は来る。

 なら、今から行うべきは...ゲマトリアとの接触? 

 いや、まだ早い。相手が生徒ならまだしも、大人では私は無力だ。

 所詮、私は庇護対象だ。

 

 ...少し、気分が悪くなってきた気がする。一度、外の空気でも吸ってリフレッシュしよう。

 

「少し、外の空気を吸ってくるよ」

 

 そう言って椅子から立ち上がり、一歩、二歩、三歩と歩いたところで、世界と視界が大きく揺れるような感覚に襲われ、床に倒れる。

 何が起きたのか把握しようとしたが、それを確認するよりも早く視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッと目が覚める。

 真っ白な天井と電子音だけが聞こえる。

 

「...ここは?」

 

 意識がまだ朦朧としている。体を起こそうとすれば、誰かが心配そうに私の顔を覗き込んだ。

 

 確か...副社長...そうだ、急に世界が揺れたような感覚がしてそのまま...

 

「社長...目が覚めたんですね...良かった...」

 

「副社長、何が起きた...?」

 

「社長が急に倒れて、すぐに救急搬送したんですよ」

 

 私が倒れて...はは、キヴォトスで病気にかかるなんて、予定に入れてなかったなぁ...

 

「病名は、何だ?」

 

「社長、病気ではありません。明確に言えば、病気ではあるのですが...」

 

「勿体振るな、早く教えてくれ」

 

「過労です、社長」

 

 過労...つまり、働きすぎってことか。

 なら、まだ行ける...まだ、時間も工作も、人手も資金も何もかも全て足りない。

 この世界にはイレギュラーな私が居る。ならば、何処かでもう一人のイレギュラーが居たとしてもおかしくない。

 体を起こし、ベッドから降りようとすると、副社長が私の体を掴み、阻止する。

 

「社長、聞こえなかったんですか? 過労です。今は大人しく安静にしてください」

 

「いや、過労如きなら平気だ。それよりも、次の仕事を...」

 

「本日やることはすべて私がやっておきました。それに、過労なんですから。体の心配をしてください」

 

「これくらい平気だ。それに、内臓の一個や二個ぐらい潰れても構わん。今は時間が...」

 

「いい加減にして下さいッ!」

 

 静かだった病室に彼女の怒号が響く。今まで彼女がここまで感情的になったのは初めて見た。

 その圧に圧倒され、私が目を丸くしていると彼女は私の手を握った。

 

「...どれだけ私が心配したと思ってるんですか。どれだけ社員が心配したと思ってるんですか。どれだけ彼女達が...あの子達が、心配したと...!」

 

「...すまない」

 

「謝るならっ私達に貴方がやろうとしていることを...貴方が常々言っている"野望"を教えて下さいッ!」

 

 私がやろうとしていること。恐らく、私が先生の為に工作をしていること...しかし、知ればもう後戻りはできない。これから起こる一連の出来事に心を傷めなくて済む。

 そんな思いをするのは、私一人で良い。

 

「だが、キミ達を巻き込むわけには...」

 

「じゃあ、貴方が傷付く姿を指を咥えて見ていろっていうんですか...? そんなの、御免です」

 

 そう言って彼女はとある診断書を見せる。

 

「これ、貴方の診断書です。確かに過労ですけど、所々ストレスによる負傷がみられるそうです。それに、最近は何時も顔色が悪い上に時折ふらついたり頭を抑えたりして...」

 

 彼女は、紙をグシャリと強く握り潰した後に今にも泣きそうな目でこちらを見る。

 

「貴方は、私に恩を売るだけ売って、死ぬつもりなんですか...あの子達を救うだけ救って、勝手に死ぬんですかッ!」

 

「...いや、そんなつもりは...」

 

「なら、話してくださいッ! 私達じゃ、力になれないんですか...ッ!」

 

 彼女の言葉に決めていた覚悟が揺らぐ。自分だけが苦しんで、すべてを背負うと言う覚悟が。

 話して、良いのだろうか。この苦しみを、分けていいのだろうか。

 私が全て背負えばいいと、ずっと考えていた。誰かにこれほどまで心配されるとは微塵も思わなかった。

 

「...副社長...いや、アキラ。私は、頼っていいんだろうか。キミ達を、巻き込んでいいんだろうか?」

 

「巻き込んでください。あの子達からも許可は取っています」

 

「そうか...」

 

 グッと腹に力を込め、鉛のように思い口を開く。

 

「...私、は...未来を、知っている」

 

「未来、ですか」

 

「あぁ...その未来は、ある人物のセリフから引用すれば...不快で、不愉快で、忌まわしい、未来だ。傍から見るとハッピーエンドなんて無い、悲しくて、苦しくて、憂鬱になるような...それでいて、ただ後味が苦い...そんな未来だ」

 

 脳裏に蘇る、本編の記憶。

 

「社長は、そんな未来をどうしたいんですか」

 

「私自身が変えるんじゃない、"大人"が変えるんだ。私が高等三年生になった時、生徒会長が失踪する。それと同時に"シャーレの先生"が来る」

 

「シャーレの...先生」

 

「彼がハッピーエンドなんてない、目を覆いたくなるような未来を変えてくれる。それが、知っている未来。そして、私はその未来へこの世界を導く」

 

 彼女は少し理解できない無いという顔をしながらこちらを見ている。

 

「未来は所詮未来だ。イレギュラーが発生して崩れてしまうかもしれない。ただでさえ薄氷の上に成り立っている未来が壊れてしまう。そうならないために、物語を導くんだ」

 

「...分かりました、とにかくハッピーエンドへ導くんですね。では、先ずそのためには何をすれば?」

 

「...現アビドス生徒会長の死だ」

 

 ピタリ、と彼女の動きが止まる。

 

「今、なんて...」

 

「現アビドス生徒会長の死だ。彼女を、助けずに見殺しにすることだ。それが...今、やる事なんだ」

 

「そこは、絶対ではなければダメなんですか? なぜ、そんなことを...」

 

「小鳥遊ホシノ...彼女の為だ。この出来事は、彼女の心に大きく影を落とす。彼女の性格を変えてしまうほど」

 

 脳裏に、ユメ先輩とホシノが笑顔で先生と並んでいる姿が浮かぶ。しかし、すぐにその幻想を脳裏から追い出す。

 薄氷を弄りすぎてはいけないんだ。少しでも流れが変わってしまえば、何もかも変わってしまう。戻せなくなってしまう。

 

「...失望したか? 己の欲望に人を殺そうとする私に」

 

「一つ、聞かせてください。貴方は、何故そこまで...その先生のために苦しむのですか。何故、貴方は救われようとしないんですか」

 

 彼女の鋭い視線が私を貫く。嘘は許さない、と言いたげな目をしている。

 

「...この世界をあるべき未来へ導く。そのために私は動いているが...その未来に、私は居ない。その未来に私は存在してはいけないんだ」

 

「だからって、何でそんなに苦しんでまで...」

 

「私は、先生が好きだ。あの博愛的で、妄信的で、それでいて大人な先生が好きなんだ。だから、この世界を導きたいんだ。苦しみながら進んで、ハッピーエンドを掴み取った...私が知るあの子達(本編の生徒達)の様に」

 

 彼女は何かを言おうとしたが、グッと口を噤み顔を俯かせる。

 暫く、電子音だけがこの空間を支配した。

 

「...社長の覚悟は、分かりました。微力ながら、私もお手伝いさせていただきます」

 

「ありがとう。その言葉だけでも、嬉しいよ」

 

「ですが、安静は必要です。どれだけ社内が混乱したと思っているんですか」

 

 彼女から説教を貰ってしまった...確かに、今回は私が悪いかもしれない。それに、自分をかなり追い込んでいたような気がする。だからか、事情を知ってくれている人間が一人居るだけでも...とても、救われる気がした。

 

「ごめんって。それじゃあ、少しの間だけだけど安静にさせてもらうよ」

 

「お願いしますね。それでは、私は業務に戻ります。抜け出したりしてはいけませんからね」

 

 彼女は少しムッとした顔をながらそう言って部屋を後にした。

 少し安心したからか、眠気が急に襲いかかってきた。

 少しぐらい、寝てもバチは当たらないか。

 そう思い、眠気に身体を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 病室の外の誰も居ない廊下で、倉持アキラはどこかへ電話をかける。

 

「影小隊の貴方達へ指令です。小鳥遊ホシノ及びアビドス生徒会長の監視を行いながら"シャーレ"とそこに所属すると思わしき"先生"について調査を行いなさい」

 

『社長の様態は?』

 

「大丈夫よ。それよりも、事態はかなり深刻かもしれないわ。社長は私達が考えているよりも巨大なものを背負ってた」

 

『...それは何?』

 

「未来よ。不快で、不愉快で、忌まわしい、未来だ。傍から見るとハッピーエンドなんて無い、悲しくて、苦しくて、憂鬱になるような、それでいてただ後味が苦い未来」

 

『...想像したくないな。あそこを...故郷を思い出す』

 

「でも、救いがないわけじゃない。連邦生徒会長がこの後失踪する。そして、それと同時にやってくるシャーレの先生。その先生がこの未来をハッピーエンドへ変えていく。社長は、その未来へ導くために戦っている」

 

『...しかし、それなら何故調査を?』

 

「社長は救われる気がない。私たちを救って、未来を救ってそのまま破滅するつもりよ。私は、そんなの絶対に認めない。救えなかったとしても...あの人は、報われるべきよ」

 

『同感だ。私は...私達は、あの地獄から救ってもらえた。あの内戦だらけで、地獄を体現したようなアリウスから連れ出して衣食住を与え、こうやって尽させてくれる...苦しむだけ苦しんで終わりなんて、させない』

 

「方針は固まったようね。社長の手伝いをしながら...私達で社長を救う。これで良いかしら」

 

『異論はない』

 

「決まりね...それじゃあ、現場はお願いするわ裏はこちらで何とかする」

 

『あぁ、分かった。任務に戻る。シャドウ、アウト』

 

「...シャーレの先生が社長を救わないのなら、私達が救うだけよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、副社長や影小隊と相談する様になった。しかし、現状で一番相談内容が多いのはアリウスに関するものだ。

 アビドスはすでに結果待ちの状態で、時計仕掛けの花のパヴァーヌはまだ時期じゃない。カルバノグの兎は向こうからのアクション待ちだ。

 エデン条約の三章以降...アリウススクワッドにミカ、二人の対決に黒幕ベアトリーチェ...彼女達にどうやって関りを入れるかが現状の焦点になっている。

 トリニティ学園に入ることは容易だ。連邦生徒会所属という肩書もあるが、大聖堂で祈りや懺悔をする為という口実で中へ入ることが出来る...というか、すでに何度も入っているさ。

 機会があれば古聖堂にも入って中の構造を把握しておきたいが...今はまだ時期尚早だ。

 

 現在は、D.U.シラトリ区で朝食としてラーメン屋に来ている。ここのラーメンは高級店というほど美味しくはないが、店の雰囲気に客層...そして、程よいラーメンの美味さがとても気に入っている。

 ここにいると不思議と自分がただここにラーメンを食べに来た何者でもない一般人になれる様な気がする。

 

 ラーメンの麵を食べ終わり、スープを飲みながらテレビを見ていると、小隊から通信が飛んでくる。

 

「もしもし...どうした?」

 

『アビドス生徒会長が失踪しました。現在は小鳥遊ホシノを追跡中です』

 

 ガタリ、と椅子から勢いよく立ち上がる。そして、勢いそのまま小銭を払わずにお釣りがくる札を店主に放り投げそのまま店を後にする。

 外に出れば、悪目立ちする黒い車が止まっていた。運転席には副社長が座っている。

 

「でかした副社長! 行先はアビドスだ」

 

「社長、直ぐに向かいます。早くご乗車を」

 

 半ば駆け込むように車に乗り、アビドスへ向かう。そして、アビドスにある前線基地へ連絡を飛ばす。

 

「あーあー、聞こえるか? 私だ、浅見カナコだ。時間が無い、要件だけ言う。すぐに砂漠へアビドス生徒会長の捜索を開始しろ。いいな」

 

 電話口の向こうで何か聞こうとした声がしたが、それを待たずに電話を切る。

 そして、助手席で深く腰を落としながら目を閉じて今後起きるであろう出来事に向けて瞑想する。

 私はこれから、人を一人殺したクソ野郎になる。だが、これもすべて未来の為だ。

 未来の為なら、後ろから撃たれようと刺されようと、決して振り返る事は私はない。

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