お隣に天使様が住んでるけど、もう片方の隣に住んでるカプ厨には命を狙われている件 作:周くんと真昼ちゃんいいよね
「じゃ、とりあえずこれに目を通して」
「突然だな、拘束解いた瞬間に……ところでなにこれ」
「この世界のメインキャラとか、大雑把な世界観のメモ」
「それつまり藤宮とか椎名の事だよな?思いっきり個人情報じゃねぇか」
「まずはこの世界がどう言うものか、あんたは知る必要があるのよ」
自分の住む部屋から戻ってきた目の前の自称転生者の美少女に数枚の紙切れを渡される。その内容はあらまびっくり、お隣さんから世界の事までざっくり記されたアカシックレコード。そんなもん素面で持ってくるとかいよいよヤバいやつである。
「いや流石に大袈裟だろ、なんだ世界って。そもそも俺はまだこの世界が一つの作品だってことを信じてな……」
「あんたの馬鹿げた行動一つで、この世界やそこに書かれた人達の人生がめちゃくちゃになるかもしれないって言ったら、信じる?」
「……まじ?」
「大マジよ」
あまりに突拍子もない事を突きつけられて、半信半疑で思わず聞き返す。しかし、目の前で真剣な表情を浮かべる朝比奈の余りの気迫からは、冗談や嘲りを一切感じない。
その勢いに負けて、いつの間にか震えていた手でメモに触る。
メモにはこの世界、もとい作品のある程度の流れや、デフォルメされた似顔絵付きの人物詳細が書かれている。無駄な努力が見えるんだが、突っ込めばいいのかどうかがわからないので、黙って読む。
「……よめば、いいんだな」
「そこに書いてるのはその人達の全部じゃない。一応今知る必要なことだけをピックアップしてまとめた物よ」
「これ見たら全部オールOKってわけじゃないんかい」
「キャラクターっていってもこの世界に生きてる事に変わりはないの。皆それぞれの人生があって、悩みもある。先を知りすぎるとかえって変な所で意識しちゃうし、偏見だって持つかもしれない。だから、このメモはあくまで『今必要な事』を知るための物よ」
「なるほどね……」
朝比奈の言い分にはどこか言いようの無い説得力があった。朝比奈はこの世界を作品と言っていたが、俺個人にはこれまで生きてきた実感や記憶をちゃんと持ってるし、そこに疑問を持った事は一度もない。
それはきっと、ここに書かれた人たちも同じはずだ。
「藤宮、椎名。……赤澤や白河ってあれか、いつもベタベタしてるバカップルか。こいつらもメインキャラなのか。……へぇ、陸上部の王子様までいるじゃん」
「主役は藤宮周と椎名真昼の2人だけど、その3人もすごく重要な役割があるの。注意しなさい」
「はいはい……で? これを見た俺は、一体何をすればいいんだ?」
「ん? 特に何も?」
「……は? え? どう言う事?」
ある程度の知識に触れたところで、肝心のこれからの行動内容を聞くが、朝比奈の拍子抜けした返事に疑問符が跳ね回る。
「あのねぇ、そもそも前提としてこの世界は私達が居なくても綺麗に回るようになってんのよ」
「あ、あぁ……そういえばそうだったな」
「私達が何もしなくても、駄目人間と天使様はくっつくし、きっと物語は円滑に進んでいく。……私たちがなにもしなければ、ね」
「俺達が……なにもしなければ……」
「さっきも同じこと言ったけど、物語っていうのは小さな小石に躓くだけでも大きな変化があるの。で、その繊細な物語に余分な人間がいるとどうなると思う?」
「……円滑に回るどころか、場合によっては破綻する。ってか?」
俺が言った事は正解なのか、朝比奈は真剣な顔のまま頷く。自分という存在が誰かの未来を狂わせる。その事実に、悪寒が全身を駆け巡る。
「私はこの作品を熟知してるし、これまで何度も別の世界で似たような事をやって来たから、近くにいてもボロを出す可能性はほぼ0%よ。でもあんたは……」
「……俺は、違う」
目の前の人間はいくつもの世界を渡り歩いて来た、らしい。だからこれから起こる事から自分が何をすればいいのか、どう動けばいいのか、あるいは何をしてはいけないのかが実績と経験則から割り出せる。
でも俺は違う。俺にはそんな経験もなければ、これから起こる未来も知らない。場合によっては、俺の行動がこの世界の在り方を大きく変えてしまう可能性だってある。余計な歯車が与える物語への影響は、想像を絶するものになるかもしれない。
「そう。あんたが良かれと思ってやった事が、今後の彼らに大きな影響を与える可能性もある……場合によっては、最悪2人が付き合わない可能性だって出てくる。それは、かなりまずいの」
「……それ、どれだけまずいんだ」
「……2人共、潰れるわ。まだ詳しくは言えないけど、まず間違いなくと言っていい」
苦虫を噛み潰した様な朝比奈の顔に、額を嫌な汗が伝う。幸せが不幸に、理想は地獄に。自分の手足すら信じられない現実に、なんだか震えが止まらない。
「藤宮周は自分を信じられず、椎名真昼は心を許せる人が出来ず、近い未来で必ず壊れる。特に椎名真昼に関しては、場合によってはこの数ヶ月で破滅しかねない」
「……死ぬかもしれないって事か?」
「そう捉えてもらってもいいわ」
その説明だけで十分だった。目の前の人間が暴力不審者だろうと、イカれた前世持ちの転生者様だろうと、もうこの際どうでもいい。
自分のせいで本来幸せに生きる人が壊れていく。例えそれが知りもしないお隣さんだろうと、同じ階に住む駄目人間だろうと関係ない。
その事実だけは、認めるわけにはいかない。
「他の人じゃ駄目なの。藤宮周には椎名真昼が、椎名真昼には藤宮周が必要なのよ」
「下手に動けば互いの仲を引き裂きかねない……そうか、だったら俺達が真っ先に考えなきゃいけない事は……」
「そう、だから私達がまず考える事は『しなきゃいけない事』ではなく、『するべき事』でもない。『しちゃいけない事』なのよ」
「……朝比奈。お前はまじでここに書かれた奴らの幸せを願ってるんだよな。その言葉と決意に、嘘はないよな?」
「嘘はない。誓ってもいい。もしそれが嘘だったら、あんたが私を殺しなさい」
「……わかった」
その不幸が訪れない為なら、目の前の人間がどこのカプ厨だろうと転生した悪魔だろうとかまわない。
「あんたの指示に従うよ。転生者」
少なくとも、俺が考えて動くよりは世界のためになりそうだ。
イレギュラー「お前、俺がこれ悪用しかねないとか思わなかったわけ?」
転生美少女「ん? したらすぐ殺すだけよ。その為の監視でもあるし」
イレギュラー「こっわ」