一方、キリエ、目を見開いたまま、ほおっ・・・と感心したような吐息を漏らす。
キリエ「(感嘆に満ちた声で)凄い・・・アウレリウスの砲雷撃みたい」
デス「何だ、それは?」
キリエ「防疫修道会の七会士のひとり。大砲みたいな銃を使うの・・・エロファントのあの光線、威力といい勢いといい、引けを取らないわ」
デス「(ふっ、と微笑んで)だから言っただろ? ハイエロファントは、誰より強い」
キリエ「(デスを見詰めて、コクリ、と頷き)そうね。確かに」
片やラーラマリア、数丁の拳銃を腰のベルトに差し、準備を終えた模様。
そして身体を返して、ダッ!とキリエとデスの方向に駆け寄り出す。
彼女の後ろ姿に目線を繋ぎ、ふう、と一度息を継ぐハイエロファント。
ハイエロファント「昨夜読んだ本に書いてあったけど、こっちの世界ではこういう時、言う言葉があるんだね」
突然、2体の吸血鬼が、思い切ったように物陰から飛び出してくる。
そして、牙が並ぶ口を大きく開け、ハイエロファントに襲い掛かろうとする。
急に、バクルスの先端の宝玉が翻り、音もなく死人に向く。
ハイエロファントは、そちらを目視していない。
直後。
杖の延長線上に白色光が、クワアッ!と膨れ上がり、バアーン!と炸裂する。
先程の光線と同じように、死兵の躯体が光に包まれ、ボンッ!と吹っ飛ぶ。
ドサ・・・と地面に転がり、動かなくなる。
それらも、眠ったような安らかな死に顔で、地面に仰向けになっている。
くる、スチャッ、とバクルスを鮮やかに返し、手元に戻すハイエロファント。
そして、憐憫さを湛えた眼差しを、横たわる遺骸に向ける。
ハイエロファント「(清廉な声で)・・・主よ、憐み給え・・・」
それらを眺めていた3頭の馬たちに、漸く落ち着いた雰囲気が戻る。
ブルルル・・・と、安堵したような嘶き。
キリエとデスの前方に、ただでさえ悪い血色を更に悪くして立ち竦むアプローズ。
わなわなわな・・・と全身を震わせ、牙を、カチカチカチ・・・と鳴らしている。
彼の壁となっていた吸血鬼軍勢、残りは十数体のみ。
それらも、ハイエロファントの発した光線を見てから、腰が引けたようになっている。
中には、後退りする者すら。
まるで、アプローズの恐怖心が伝播したかの如く。
焦ったように、キョロ、キョロ、と周囲を見回すアプローズ。
キリエたちに攻撃をしようとしない死兵を目にして、見る見る怒りの顔となる。
アプローズ「(口角泡を飛ばし)キイイイィィッ! 下僕ども何やってんですかァ! 役立たずどもめェ!」
キリエ「ウザい! だったらお前が闘えばいい! でなくとも・・・(ギン!と鋭利な視線で)今すぐ殺してあげるから!」
アプローズ「(憤怒の表情で)舐めるなアッ! 私とて銃くらい使えますウッ!」
キリエの背後に駆け寄るラーラマリア。
すかさず腰に差した一丁の銃を抜き、ポーイ・・・と宙高く放り上げる。
ラーラマリア「(凛とした声)キリエっ!」
デスの姿が、シュッ・・・と消える。
アプローズ、両手に握った拳銃の撃鉄を起こしながら、グワバッ、と構えようとする。
先程ラーラマリアが放り投げた銃、キリエの頭上に向けて放物線を描く。
次の、瞬間。
周囲の吸血鬼たちの首、ザシュザシュザシュッ!!!と凄まじい斬撃を喰らい、次々に落下していく。
空間を、三日月型に光る銀色の刃が縦横無尽に走る。
思わずすべての動作を停止させる、アプローズ。
キリエ、仕込み傘を、くるっ、と左手の方に持ち直す。
そして落下してくる拳銃を、アプローズに視線を結わえたまま、パシイッ!と右手で受け取る。
即座に、自分の銃を、スチャッ、と構えるラーラマリア。
キリエが右手に構えた銃、ラーラマリアが左手に構えた銃が、真っ直ぐにアプローズを捉える。
途端。
ドォズォォ――――ンッ!!!と、銃声の轟音。
二丁の拳銃からの浄銀弾が、アプローズの左右の手を、砕く。
アプローズ「(悲鳴)ウギャアッ!」
アプローズの両五指がバラバラになり、握っていた銃が後方に弾け飛ぶ。
間髪を入れず。
フシュン・・・と、瞬間移動したようにアプローズの真横に現れるデス。
既に大鎌を大きく後方に振り被り、鋭く睨んでいる。
デスを眼の端で捉えた刹那、恐慌で顔が歪んで引き攣るアプローズ。
アプローズ「(裏返った声で)ヒッ!」
デス「(低音の声で)貰った・・・」
デスの刃が、劈く。
ヴァシュウッッ!!!と、首を真横から切断されるアプローズ。
舞踊のような足捌きで、身体を返すデス。
彼女の紅の瞳が、移動の軌跡に従って透過の光を残像として空に描く。
デス、全員が注視する中、大鎌を正面に戻し、敵に背を向けている。
アプローズ、悲鳴を上げたような顔のまま。
頭部が、ある。
横断している切断箇所から上、重力に従わずに備わっている頭。
はっ!と異様さに気付いて、振り返るデス。
デス「(驚いて)首が落ちない!」
他の3名も、デスの声に反応し、思わず目線を集中させる。
アプローズの首、斬られた部分に、突如の変化。
切断の線の内側、彼の首の内部から、ウジュルウジュルウジュル・・・と、何かが蠢く音。
猛烈な悪寒を覚え、ターン!と地面を蹴って距離を取るデス。
ニンマアア・・・と、アプローズが、斬られた首のまま、嗤う。
直後。
アプローズの破壊された両手首から、ドブシュ――――ンッッ!!!と射出される、物。
赤黒く、ぬめった触手。
先端が、錐のように尖っている。
それは瞬時に空を貫き、キリエとラーラマリアに向かっていく。
刹那の、後。
グオボォォ―――ンッ!!!と、キリエの腹部に、命中。
僅かに反応が早かったラーラマリアの肩口を掠り、外套を裂いて更に延伸する。
その傍らを、吹き飛んでいくキリエの身体。
バウン! ドゴッ!と鞠のように地を跳ね、転がっていく。
愕然とするラーラマリア、デス、ハイエロファント。
ラーラマリア「(腹の底からの声)キリエーっ!」
デス「(振り向きながら)キリエっ!」
ハイエロファント「(大声で)キリエ!」
キリエ、5ヤードほど吹き飛ばされ、漸く停止する。
並行して、ジュルルルルル・・・と一気にアプローズの体内に戻されようとする、2本の触手。
デス、一瞬で触手の側方に回り込み、大鎌を振り抜く。
ぞん! ザシュッ!と連続で斬り飛ばされる、赤黒い触手。
切断面から先端側、駅舎方向に放り出され、ビチビチビチッ!と暴れ回っている。
切断面からアプローズ側、体液を撒き散らしながらも、そのまま身体の中に戻っていく。
攻撃の効果がないのを見て、一旦身を翻すデス。
ラーラマリア、再度銃を構え直す。
左手指を引鉄に掛け、右手を撃鉄に当て、ドゴドギュン!と連射する。
浄銀弾が、アプローズの額と胸の中心に着弾する。
ヴォズッ! ゴボン!と穴が開けられ、血が、ゴボッ・・・と流れる。
しかし、アプローズはダメージを覚えた様子がない。
おぞましく不気味な面のまま。
両眼は濁りが更に悪化し、全身の皮膚が完全な青黒色へと変化し始める。
ムニムニムニ・・・と抉られた箇所から肉が盛り上がり、撃ち込まれた弾丸が押し出される。
それらが、ポトン・・・ポトン・・・と地面に落下する。
チッ、と聞こえるほど大きく舌打ちするラーラマリア。
片や、元いた場所から、地面に血糊を撒き散らした帯を残し、横向きに伏しているキリエ。
腹部が大きく陥没し、凄まじい勢いで血が噴き出している。
キリエ「(猛烈な苦痛を覚え)ごほっ! がはっ!」
キリエ、数度咳き込み、その度に血の塊の吐き出し、口の周りを真っ赤に染める。
急速に彼女の両目が仄暗くなり、瞼が閉じられる。
素早く踵を返し、バッ!と同時にキリエの元に駆け寄るラーラマリアとデス。
ハイエロファントも、バクルスを左手に持ったまま走り寄ってきている。
デス「(ラーラマリアを見て)キリエを連れて一旦下がる!」
ラーラマリア「(ハッ、として、即座に銃を構え)判った! 援護するっ!」
3人が、キリエの傍に集まる。
デスは大鎌を返して、側に来たハイエロファントに差し出す。
ハイエロファントが大鎌を受け取ったのを確認し、両腕でキリエの身体を掬い上げるように抱き起こす。
ラーラマリアは既に銃を前方に構え、周囲を警戒している。
そして注意しながら、地面に転がっているキリエの傘を手にして、身体を起こす。
そのまま、キリエを搬送し、3名が馬の繋がれた位置まで後退っていく。
一方のアプローズ、両眼が完全にどす黒い色。
両手首から、ジュルウ、と先程射出した触手と同様の物を晒す。
デスに切断された箇所の首、小さな触手が無数に伸びて、頭部と胴体を繫げている模様。
アプローズ「(この世の物とは思えない声)グるルルるウゥ・・・コのアぷろーズ様ヲ舐アァメえるヌアァァァ・・・」
数体の死兵が、動きを止めてアプローズを見ている。
次の、瞬間。
ブジュルウルルルル!!!と、2本の触手が急激に伸び、2体の吸血鬼に、グルリ、と巻き付く。
そして絡め取られたまま、勢いよくアプローズの方向に引き寄せられる。
更に、突如。
アプローズの腹部が、ボッゴ―――ン!!!と内側から弾ける。
その中から、ウジュルウジュルウジュル!と、7~8本の触手が追加で噴出する。
まるで、蛸の足が生えたよう。
それらは間髪を入れず、引き寄せた吸血鬼2体に絡み付き、躯体を覆っていく。
直後。
凄まじい圧力が、触手に加わる。
ゴギゴギ! ゴガッ!と骨が折れ砕ける、嫌な音。
ブシューッ!と死兵から噴水のように湧く、血。
ブチブチッ! ブベジャッ!と肉の塊が圧縮される、吐き気をもよおす音響。
アプローズは、吸血鬼の身体を触手で小さく潰した後、腹部から体内に取り込んでいく。
逃げようとした残存兵にも、アプローズからの触手が伸びる。
オオオオオ・・・と悲鳴混じりの声を上げ、同様の運命を辿る死兵たち。
それだけではなく、既に地面に伏している遺骸にも、触手が襲撃していく。
余りの残虐な光景に、キリエ以外の3名が言葉を失う。
3頭の馬の目に、再び怯えが宿る。
アプローズは、こちらに攻撃して来る気配がない。
ただひたすら、散らばっている遺体を触手で掻き集め、腹に詰め込んでいる。
それはさながら、腹部に大口があって貪り食うが如く。
やがて。
モゴン・・・ブズォン・・・モゴッ・・・と、アプローズの身体が、膨れ上がっていく。
段々と巨大化していく、身体。
表皮に血管が浮き出て、青黒から青褐色へと変色していく。
目視する限り、皮膚も硬質化しているように見受けられる。
アプローズ「(最早人の声ではなく)グオオオオオオッッ!!! 血ヲ! 肉ヲ! ヨコセエエエッッ!!!」
涎を撒き散らし、絶叫するアプローズ。
既に体躯は、身長が2ヤード半を超え、幅も2ヤード近くになっている。
捕食し続ける腹の付近から、盛り上がって彼の身体全体に広がっていく肉の波。
首から上、頭蓋骨を覆うように、ボモモモモ・・・と膨張していく。
頭部も人間の物より遥かに巨大になっており、目鼻口も何処にあるのか判らない。
そこから10ヤード以上離れた場所から、固唾を飲んで見ている3人。
ラーラマリア「(唖然として)おいおいおい・・・何がどうなってんだよ、ありゃあ・・・」
ハイエロファント「遺体を触手で集めて、吸収している・・・身体も巨大化していってるみたいだ。(ラーラマリアの背に目線を向け)今までに見たことはある?」
ラーラマリア「ソリアで闘った時、七会士のふたりが『黒衣の者』の下僕になってさ、あんな触手で合体してでっかくなったのを見た。ただ・・・(ゴク、と唾を飲み)今度はそれ以上かも知れないね」
ハイエロファント「(デスを見詰め)キリエの具合はどう?」
デス「腹を貫通されたようだ。出血が止まっていない。体力が一気に奪われている。回復力が追い付いていない」
ラーラマリア「(空に目を向け)この陽射しだからね。吸血鬼には酷な環境さ」
デス「(ハイエロファントを見詰め返し)建屋の向こうまで・・・いや、更に先まで下がって、距離を置いて時間を稼ぐ。ここでは危険だ。(ラーラマリアに目線を移し)下がってキリエの傷を塞ぎ、回復させた方がいいだろう」
ラーラマリア「(頷いて)オッケーだ。戦術的撤退、って奴だね」
デス「キリエはあたしが連れて行く。ハイエロファントは馬を誘導してくれ。ラーラマリアは残存の敵がいたら撃退を頼む」
ハイエロファント「判ったよ」
ラーラマリア「(バッ、と身体を返し)行くよっ!」
それが、合図。
ハイエロファント、手早く馬の手綱をすべて解き、大鎌とバクルスを一緒に持って動き始める。
ラーラマリア、駅舎や周囲の建屋に目線を投げ、拳銃を構えて、後退りながら移動。
デス、キリエをしっかりと両腕で抱きかかえ、ハイエロファントの後に続いて歩を進める。
ちら、とキリエに視線を落とすデス。
全身の力が入っていない様子で、手足を、だら・・・と下げているキリエ。
顔色、肌の色は、雪よりも白く、更に蒼褪めている。
両の瞼は固く閉じられ、睫毛の先が僅かに震える。
微かに聞き取れるだけの、か細い呼吸音。
そんな4名の頭上から、情け容赦なく、射すように降り注ぐ日光。
一度右手に握ったキリエの傘に目を遣り、顔を上げるラーラマリア。
ラーラマリア「(太陽を睨み)よりによって雲すら掛からないとはね・・・今日は恨むよ、お天道さん」
馬を含めた全員の姿が、駅舎建屋の陰に消える。
残された巨大アプローズ、別の一体を腹から吸収した後、口と思しき部分から、グゥエップ!と息を吐く。
漂う、悪臭。