短く、こく、と頷くサンタミカエラ。
それから踵を返し、槇寿郎と肩を並べて正門前へと歩を進める。
キリエと蜜璃、千寿郎がそれぞれ左右に分かれ、ふたりに進路を開ける。
サンタミカエラ、自分のボストンバッグをキリエに差し出す。
すかさず受け取り、ポン、とトロリーケースに重ねて置くキリエ。
三人の間を抜け、サンタミカエラが右側に、槇寿郎が左側に歩いていく。
玄関前にいた小芭内、棟門に歩み寄り、三名の間に立つ。
門の前に、左からキリエ、蜜璃、小芭内、千寿郎が列となり並ぶ。
そして。
赤土の道路、直線上に、向かい合って起立するサンタミカエラと槇寿郎。
相対距離、10メートルほど。
二拍後。
同時に、ふたりが右足を引き、両脚を広げ、腰を落とし、正中線を隠した構えを取る。
サンタミカエラは、脇を締め、両肘を体側に着けて拳を握る。
槇寿郎は、左腕の力を抜き、右手を後方下向きに振り翳して、右手を手刀の型にする。
呼吸音。
歯を食い縛った隙間から、しいいいいぃぃぃぃ・・・と霧状に吐くサンタミカエラ。
僅かに開けた口端から、ふううううぅぅぅぅ・・・と霞状に吐く槇寿郎。
双方の鋭利な眼光が、宙でせめぎ合っている。
そのまま、暫く。
四人が、ふたりに視線を交互に移動させ、見詰めている。
尚も、間。
蜜璃と千寿郎、ゴクリ、と生唾を同時に飲み込む。
瞬間。
ズドォン!!!と、凄まじい爆音。
槇寿郎の姿が消えた刹那、音が散る前に、サンタミカエラの眼前に現れる。
キリエ「(息を飲み)速い!」
まるで、瞬間移動。
槇寿郎の元いた位置から、微かな土埃と共に、熱を帯びた陽炎が軌跡を成す。
縮地と思しき踏み込みで、一瞬で距離を詰めた槇寿郎。
腰を落とし、くわっ!と両眼を刮目し、サンタミカエラを睨む。
対して、槇寿郎に振れない目線を固定し、呼吸を続けているサンタミカエラ。
刹那。
槇寿郎の右手が、薙ぐ。
瞬時に左後方に振り被り、サンタミカエラの右脚側方目掛けて。
ガシイッ! ブンッ!と、空を裂く音。
サンタミカエラの身体が反時計回りに側転し、頭が地面に、両足が天に向く。
槇寿郎、彼女の右脚を掴み、一気に半円軌道で、上方に振り抜いた模様。
天地逆になったサンタミカエラから、槇寿郎の右手が離れされる。
しかし。
頭を路面に向けた状態でも、槇寿郎へ鋭い目線を繫げているサンタミカエラ。
今の急襲にも、微塵も驚いた様子はない。
深い呼吸を続け、しいいいいぃぃぃぃ・・・と食い縛った歯の隙間から息を吐く。
身体が重力の法則に従って落ちるより、早く。
サンタミカエラ、両拳を握り、肘を曲げ、両腕を地面と水平に位置させる。
ぐりん、と上半身を捻り、顔を後方に向ける姿勢。
同時に、両脚を抱えるように胸元に寄せ、球体のように身体を丸める。
瞬間の、後。
尖らせた肘が、体軸を中心とした円を描く。
ぐるんっ!!!と、半拍も満たない時で、サンタミカエラの身体が翻る。
上半身の捻りを戻すのと同時に、両肘を自転軌道、両足で空を蹴り、全身を独楽の如く連動。
更に、回転は斜めから上下の動きも加えられ、それが身体全体に作用。
バッ!!!と、サンタミカエラが宙で体勢を立て直す。
頭は天に、両足を路面に向け、戻す。
それは。
空中での、受け身技。
彼女の身体正面は既に槇寿郎に直り、そのまま両足を踏み付けるように、ずん!と着地。
片や。
注視していた全員が、驚きの顔となる。
中でも相対する槇寿郎の両眼、一際凄まじく大きく見開かれている。
振り抜いた右手を戻しながら、サンタミカエラを凝視。
信じ難いと言いた気に、口をやや開いたまま。
間髪を入れず。
サンタミカエラ、着地と同時に後方に振り被っていた右拳を、正拳突き。
ボンッ!と空気を叩き割り、槇寿郎目掛けて。
槇寿郎、左掌を盾のように突き出し、それを受ける。
バシイッ!と、双方の手が衝突する音。
互いの腕が伸び切る前に、打撃が命中する。
サンタミカエラの右正拳が、槇寿郎の左掌の中央に当たっている。
そして、ふたりが停止。
そのまま、停止。
動きが、止まる。
それまで緊迫していた空域が、一気に瓦解。
ぶわあっ・・・と、緩やかな空気の流れが、周囲に拡散していく。
槇寿郎の最初の踏み込みからここまで、僅か十秒。
あっという間の、出来事。
注目していた四名、静かに肩の力を抜き、息を漏らす。
サンタミカエラと槇寿郎、動かず。
槇寿郎、驚愕の表情は固まったまま。
サンタミカエラ、闘気溢れる凛々しい顔のまま。
蜜璃、槇寿郎同様の、目を丸くした表情で、サンタミカエラを見詰めている。
蜜璃「(呟くように)あの受け身・・・」
小芭内「(蜜璃の横顔を見て)覚えがあるのか?」
小芭内と視線を結び、こくん、と一度縦に首を振る蜜璃。
キリエは、何が起こったか解らないような、茫然とした顔。
千寿郎は、槇寿郎や蜜璃と同じ、驚嘆した表情を浮かべている。
槇寿郎、千寿郎、蜜璃の三名は、サンタミカエラの技が既知である模様。
サンタミカエラと槇寿郎は尚も、両掌を組み合ったまま、目線を繋いでいる。
数拍後。
す・・・と左手を下ろし、身体を起こす槇寿郎。
見開いた両眼を一度閉じ、口端を結ぶ。
対して、右腕を下ろして体側に戻し、身体を起こすサンタミカエラ。
眉を寄せ、きり、とした勇ましい表情を保っている。
少しの、後。
槇寿郎、瞼を開いて、サンタミカエラを一瞥し、ザッ、と草鞋を擦って踵を返す。
そして千寿郎の傍らを通り、門をくぐり、開け放たれたままの玄関へと歩を進める。
他の全員の視線が、彼の背に結わえられている。
玄関に入る一歩手前で、ぴた、と一旦足を停める槇寿郎。
背は向けたまま。
槇寿郎「(落ち着いた、静かな声)・・・客間に通しておけ、千寿郎」
千寿郎、すう、と息を吸い、口元を綻ばせる。
千寿郎「(少し明るめに)はい、父上」
槇寿郎は玄関の三和土へと入り、草履を脱ぎ、邸内へと消えていく。
くる、と四人を見渡す千寿郎。
千寿郎「(にこやかに)皆様、どうぞお上がり下さい。(キリエとサンタミカエラを交互に見て)米国のおふたりは、日本の家屋は初めてですか?」
サンタミカエラ「(首を左右に振って)いや、昨日一泊したのが靴脱いで上がる家だったんだ。でも何か判んねェことあったら聞くから、教えてくんねェか?」
千寿郎「(笑顔で)はい、遠慮なくお尋ね下さい」
サンタミカエラ、頷いて、門に戻って歩み寄ってくる。
それを確認し、先導して玄関へと歩を進める千寿郎。
小芭内と蜜璃、眼差しを交わし、こく、と同時に首を上下に振る。
蜜璃は、安堵したように小さな微笑みを浮べている。
小芭内は、落ち着いて静かな表情を湛えている。
キリエ、ふたりに身体を正対させ、申し訳なさそうな目線を送る。
キリエ「伊黒さん、甘露寺さん・・・(頭を下げ)さっきはありがとう、庇ってくれて」
ふたりが、キリエに顔を向ける。
一瞬で眉を顰め、キリエに冷めた視線を放る小芭内。
小芭内「(突き放すような口調)庇った訳ではない。御下命を遂行する為に、事を進めただけだ。礼を言われる筋合いなどない」
蜜璃「(にこ、と微笑んで)お礼なんて、いいのよ。私も伊黒さんも、キリエちゃんとミカエラちゃんの味方だもの!」
小芭内、蜜璃に目線を戻し、微妙な色合いを両の瞳に染める。
そして短く溜め息をつき、くる、と身体を返してキリエに背中を見せる。
小芭内「(凪いだ声色で)・・・俺はこいつらの味方ではない」
そのまま千寿郎に続き、玄関へと向かっていく小芭内。
笑みを湛えたまま、小芭内に追従して邸内へと歩いて行く蜜璃。
キリエ、尚もふたりに送る視線に、感謝と詫びの色彩を乗せたまま。
サンタミカエラ、トロリーケースに乗せられたボストンバッグを取り上げ、体側に下げる。
相変わらずの凛々しい表情だが、幾分の安堵感が滲んでいる。
サンタミカエラ「行こうぜ、キリエ。アニキの話、聞いてもらえるんだ」
サンタミカエラに真っ直ぐ目線を繫げるキリエ。
それもまた、ありがたさと申し訳なさが混じり合った色合い。
キリエ「(柔らかい声で)あなたも、ありがとう。サンタミカエラ」
サンタミカエラ「(きょとん、として)あ? 礼を言われるようなことはやってねェぞ?」
理解不明そうな雰囲気を醸し、口角を落とすサンタミカエラ。
それでも、キリエは眼差しを固定したまま。
サンタミカエラ、軽く首を捻りながら、蜜璃の後に続いて、玄関内へと入ろうとする。
キリエ、彼女を背に視界を据えつつ、トロリーケースを引き、傘を畳む。