★ 煉獄家・客間
煉獄邸の庭は、簡素な造り。
蝶屋敷や「藤の花の家」の和風庭園とは違った、一般的な構造。
赤土が剥き出しになっている地面の周囲を、最低限の手入れがされた低木が囲む。
草刈りは定期的に行われているようで、荒れた状態ではない。
その庭に、燦々と降り注ぐ、昼近くの陽光。
その風景が、障子が開け放たれた座敷から、縁側越しに見える。
八畳の広さに、床の間、二方面の襖の柄は「雲に雁」。
縁側と水平に置かれた長方形の座卓。長手側に二枚ずつ敷かれた座布団。
庭側にキリエとサンタミカエラ、向かいの襖側に小芭内と蜜璃が座す。
キリエ、慣れた様子で正座し、背筋を伸ばし、両手を膝の上に置いている。
サンタミカエラ、胡坐をかき、両手を腿の内側に据え、きょろ、きょろ、と室内を見回している。
小芭内と蜜璃は、鎮静な佇まいで正座し、キリエとサンタミカエラに目を向ける。
山水の水墨画が描かれた屏風の前で、千寿郎が茶を淹れている。
火鉢の南部鉄瓶で湯を沸かしており、急須から四つの半筒茶碗に注がれる、緑茶。
それを茶托に置き、盆に乗せ、座卓まで持って来る千寿郎。
千寿郎「緑茶しか、ありませんが・・・米国の方のお口に合いますかどうか・・・」
サンタミカエラ「(にっ、と口角を上げ)昨日泊ったトコで初めて飲んだ。悪かねェな。ちっと苦いけど、いい匂いするし」
千寿郎、小さく頷いて、サンタミカエラの前に、コト、と茶碗と茶托を据える。
次に、キリエの眼前にも置く。
柔らかい仕草で、小さく会釈するキリエ。
キリエ「(穏やかな口調で)お構いなく・・・」
続いて、小芭内と蜜璃の前にも、茶碗と茶托を並べていく千寿郎。
その間も、サンタミカエラは部屋の隅々まで観察し、時折振り向いては庭の風景も目にしている。
サンタミカエラ「(しみじみと)この家で、アニキは暮らしてたんだな・・・」
千寿郎「この邸内の奥に道場がありまして、兄は師範として、多くの隊士を鍛錬しておりました。ただ、厳しさに辞めてしまう方が多くて・・・(蜜璃を見て)柱まで登り詰めたのは、蜜璃さんだけでした」
蜜璃「(照れた笑い)えへへ・・・師範の教えが素晴しかったからよ」
サンタミカエラ「(蜜璃に視線を結び、こくこく、と頷き)解るぜアネキ。猛烈な訓練だったと思うけどよ、アニキの教えに間違いはねェ」
千寿郎「(サンタミカエラを見て)兄は、米国でも日輪刀を佩いてましたか? 炎の文様の羽織は?」
サンタミカエラ「佩く?・・・(はっ、と理解した雰囲気で)ああ、真っ赤なカタナで闘ってた。真っ白で端が炎みてェなマント着ててな・・・」
直後。
すっ、と邸内側の襖が開く。
全員の視線が、そこに一気に集まる。
槇寿郎が、立っている。
服を着替えてきたようで、先程の様相とは大きく変わっている。
濃紺の袷着、辛子色の角帯、浅黒の羽織の前を橙色の羽織紐で結び、白い足袋。
草臥れた着流しではないが、準正装ほど畏まった物でもない。
恐らく、来客を迎える際の着物と思われる、
皆の視界の中、開けた襖を静かに閉める槇寿郎。
それから、千寿郎の反対側、別の襖を背にした座布団に腰を下ろす。
キリエと、向かいの小芭内の斜め前の位置。
槇寿郎、正座で背筋を伸ばし、キリエとサンタミカエラを見遣る。
そしてふたりに、深々と頭を垂れる。
槇寿郎「(落ち着いた声色)先程は大変失礼した。改めて名乗らせて頂く。(顔を上げ)鬼殺隊、元炎柱、煉獄槇寿郎。既にご承知の通り、杏寿郎の父だ」
槇寿郎の両眼に、尖った様相はない。
目付き自体は鋭いが、敵意を帯びたものとは違う。
むしろ、今も驚きの余韻を引き摺っているような、感じ。
その視線が、サンタミカエラに固定される。
槇寿郎「サンタミカエラ、と言ったな。君が先程見せた、全集中を込めた空中受け身、だが・・・」
一拍。
大きく息を継いで、槇寿郎が両目を閉じる。
槇寿郎「あれは・・・(深い響きの声で)私が杏寿郎に伝授した技だ」
場の空気が、揺らめく。
サンタミカエラ、数度瞼を瞬かせる。
槇寿郎が再度目を開け、全員の視線がサンタミカエラに繋がれる。
蜜璃「(重めの口調)やっぱり、ミカエラちゃんが使ったのは・・・」
小芭内「(蜜璃を見て)君も煉獄から教わっていたのか?」
蜜璃「(小芭内を見て、頷き)そうなの。『受け身を制すれば、攻撃をも制する』って、何度も教わったわ」
小芭内「しかし、あの受け身は特殊だった。俺は見たことがない。他の呼吸でも存在するものなのか?」
槇寿郎「いや、炎の呼吸独自のものだ。指南書に記されている。炎の呼吸の極意は、一撃必殺の剛の剣技と、全集中を込めた縮地にも等しい足捌き。間合いを瞬時に詰め、鬼の頸を狙う・・・それに基づいた全身運動、体捌きを受け身に組み込み、如何なる体勢であろうと、次の一太刀へと繫げる」
サンタミカエラ「(キリエに顔を向け)さっき親父さんがオレっちに掛けた技みてェのを、アニキに散々やられたんだ。どんな状態からでも受け身が取れるようにって、な。アニキは『転がし祭り』って言ってたっけ」
キリエ「(感心したように)上手い言い方ね」
途端。
キリエとサンタミカエラ以外の四名、ほぼ同時に、目を見開く。
その状態で、凝り固まる。
表情は一様に、更に驚嘆を上書きしたかの如く。
場が、停まる。
暫し、そのまま。
尚も、間。
気が付いたキリエとサンタミカエラ、ひとりひとりに目線を投げていく。
キリエ「どうかしたの?」
その問いに、漸く表情を緩和させていく各人。
蜜璃「(深く頷いて)間違い、ないわね」
千寿郎「(目を伏せ)そう、ですね」
小芭内「(ふうう、と息を吐き)・・・疑念の入る余地が少なくなってきた、か」
槇寿郎、真っ直ぐに、ふたりに振れない視線を向けている。
キリエとサンタミカエラの目線が、宙でそれと接続する。
槇寿郎「『転がし祭り』は・・・鬼殺隊ならではの言い方・・・米国の人間が知り得る名称ではない・・・」
今度は、キリエとサンタミカエラが、息を飲む番。
意外なところで繋がった点と点に、驚いた顔を浮かべる。
少しの時間、視界が交錯する。
ややあって。
槇寿郎「本当に、君たちの元に行ったのだな、杏寿郎は」
その言葉の後、槇寿郎の雰囲気が、融解する。
ふっ・・・と口角を上げ、眼差しを緩め、目を細める。
それが合図であるかのように、全員の表情も、緩和する。
槇寿郎「(穏やかな口調で)聞かせてはくれまいか? 杏寿郎と共に在った時の話を」
同時に、こくん、と頷くキリエとサンタミカエラ。
千寿郎、火鉢の南部鉄瓶から急須に湯を入れ、別のふたつの茶碗に茶を注ぐ。
恐らく、槇寿郎と自分の分。
キリエとサンタミカエラが、少し居住まいを正す。
サンタミカエラ「(キリエを見て)最初に逢ったのはキリエだかんな、先に話せよ。オレっちは次に話す」
キリエ「(一度頷いてから)ええ、それじゃあ・・・」
全員が、キリエの喋りに意識を集めていく。