★ 煉獄家・表座敷(大広間)
客間の邸内側、槇寿郎が入室してきた襖を出て、廊下に出る。
廊下を挟み、ずらりと別の襖が六枚、並んでいるのが確認出来る。
槇寿郎、その中ほどまで進んでいく。続く各人。
一枚の襖の引手に手を掛け、ずい、と開き、合わさっていた隣の一枚も同様に滑らせる。
左右に開け放たれた間、鴨居をくぐり、敷居を跨ぎ、入室する槇寿郎。
すぐに振り返ってキリエとサンタミカエラを見て、一度頷く。
槇寿郎が右側に避けるのと入れ違いに、ふたりが入室する。
続いて、小芭内と蜜璃、最後に千寿郎が歩を進める。
そこは、十五畳敷きの大広間。煉獄家の表座敷。
右方向奥に、掛け軸の飾られた立派な床の間、天袋、違い棚、地袋。
その手前に、置かれた物。
キリエとサンタミカエラ、思い切り息を飲んで、停まる。
床の間の手前に、白木の衝立式衣桁が鎮座。
そこに、白地の羽織が掛けられている。
端が、炎の紋様。
杏寿郎がずっと着用していた物と、まったく同じ。
絶句する、ふたり。
大広間の中央で、立ち竦み、息をも忘れて動かない。
槇寿郎、衣桁の斜め前、数歩離れた位置に、立つ。
小芭内と蜜璃、千寿郎は、広間の後方に並んで立ち、衣桁に向き合って整列。
三名は羽織の存在が既知だった様子。
驚いてはいないが、思いを馳せた視線を衣桁に注いでいる。
大広間は、左側方の閉じられた障子を通して射し込む、柔らかい陽光に満たされている。
炎の紋様の羽織は、語らず、静かな佇まいでそこに在る。
誰もが、言葉を発せない。
漸く。
キリエ「(息を飲み)まさか・・・これ・・・煉獄さんが着てた・・・」
槇寿郎「そう・・・杏寿郎が最後まで纏っていた、代々炎柱が継承していた羽織だ」
槇寿郎、キリエとサンタミカエラを交互に見てから、改めて羽織に目線を結ぶ。
そして眉を顰め、遣る瀬無さそうな表情を浮かべる。
槇寿郎「杏寿郎は、この時代では既に亡い。身体は荼毘に臥され、納骨され、墓地に眠っている。だから、同じ時間に同じく存在する訳にはいかないのだろう。時代を超えられなかったのは、恐らくそれが・・・」
突然。
どさっ、と倒れ込む音。
サンタミカエラ、膝から崩れ、膝頭を強か打ちながら畳にしゃがみ込む。
全身の力が抜け、糸が切れた如く。
全員の視線が、サンタミカエラに一気に集中。
蜜璃「(息を飲んで)ミカエラちゃん!」
瞬間的に彼女の左側傍らに駆け寄り、顔を覗き込む蜜璃。
サンタミカエラ、落涙。
両眼から大粒の涙が、ぽろ、ぽろ、ぽろ・・・と連鎖し、頬を伝い、あるいは直接胸元へと。
瞳の焦点は合っておらず、白目の面積が大きくなっている。
全身が、絶望と、悲嘆の気。
サンタミカエラ「・・・解ってたよ・・・この時代には、もうアニキはいない、んだって・・・」
魂が抜け失せたような、虚ろな声質。
サンタミカエラ「解ってたけどよぉ・・・信じたく・・・なかった・・・(喉を詰まらせ)例え話でもアニキが死んでるなんて・・・考えたくなかった・・・今だって信じたくねェよ・・・でも・・・(更に、ぼろ、ぼろ、と大粒の落涙)そうなんねェと・・・アニキと逢える訳もなかったんだ・・・始まることだって、ねェんだ・・・」
がく、と首が前に傾き、顔を伏せるサンタミカエラ。
両の瞼を固く、圧着させるほど固く閉じ、数回、鼻を啜り上げる。
サンタミカエラ「(嗚咽混じり)・・・もう・・・アニキと逢えねェのかなぁ・・・逢いてェ・・・逢いてェよ・・・」
その後は、言葉が切れる。
蜜璃、そ・・・と優しい仕草で、右腕を回し、彼女を抱き寄せる。
彼女の目の端からも、透明な涙が、す・・・と静かに流れ落ちる。
既に虚脱していた身体で、蜜璃に凭れ掛かるサンタミカエラ。
そして蜜璃の首元に顔を預け、感情の為すがまま、しゃくり上げ始める。
小芭内、ふたりを見詰め、憂いを含んだ視線を結わえる。
千寿郎、俯き、目頭を湿らせている。
槇寿郎、ぐっ、と奥歯を噛み、羽織に目線を投げている。
部屋中の空気が密度を増し、沈下。
その中で。
キリエはサンタミカエラを、暫く見詰めている。
少し、間を置き。
徐に、ゆっくりと、畳に腰を下ろすキリエ。
すっ、と正座。
ぴん、と背筋を伸ばし、両手を腿に乗せ、綺麗な姿勢。
真摯な顔で、真っ直ぐに、炎の紋様の羽織を見ている。
キリエの視界の羽織の白生地に、姿が被って映る。
悠然とした表情の、杏寿郎。
口角を緩やかに上げ、眉を上げ、きり、とした眼差し。
杏寿郎の表情が、羽織の白と混じり合い、消える。
間。
更に、間。
そして。
キリエ「(きっぱりと)逢えるわ」
断言。
全員の視線が、一斉にキリエに向く。
キリエは、正座のまま、目線を逸らすことなく。
キリエ「煉獄さんは時間を超えられなかった。だったら、私たちの元の時代にいる筈よ」
サンタミカエラ、緩やかに両目を大きく開き、キリエの横顔を凝視する。
落涙が止まっている。
何かに気付いた様子で、口元を僅かに開き、徐々に身体に力を入れ始める。
他の四名、意外と言いた気な様相で、視線をキリエに集めている。
キリエ、サンタミカエラの瞳に、揺るがない眼差しを注ぐ。
キリエ「(凛とした声)黒衣の者を斃して、戻りましょう。アメリカに」
直後。
サンタミカエラの両目に、光が戻る。
闇の中で燈明を得たかの、如く。
身体を起こし、両膝を畳に着いた姿勢で、改めて座り直す。
ぐい、を右腕の袖で瞼を拭い、涙を払うサンタミカエラ。
表情は引き締まり、頬に色が差し、勇ましさすら感じられる顔。
それからキリエと並んで座した状態で、再度、眼前の羽織に目を遣る。
サンタミカエラ「(落ち着いた声で)おう。アニキに、また逢うんだ」
その言葉で、大広間の雰囲気が瓦解する。
安堵した柔らかい微笑みを浮かべ、ふたりに目を向ける蜜璃。
ふうう、と長めの息を吐き、キリエとサンタミカエラの背を見遣る小芭内。
小さく数度頷き、ふたりに視線を送っている千寿郎。
ふっ、と口角を上げ、眉を少し下げ、畳に座すふたりに目線を繫げる槇寿郎。
障子越しの光は、ただ温かく。
炎の紋様の羽織は、黙して語らず。
最後の主の姿を、見る者に投影させ続けている。