★ 煉獄家・門の前・路上
陽は天頂。
煉獄邸の正門前に、六名。
棟門に背を向け、槇寿郎と千寿郎が立つ。
向かい合って、キリエ、サンタミカエラ、蜜璃、小芭内が並ぶ。
キリエは傘を差し、トロリーケースを右体側に置く。
サンタミカエラは、ボストンバッグを左手に下げている。
千寿郎「今日はご足労頂き、感謝申し上げます。(キリエとサンタミカエラを見て)また、いつでもお越し下さいね」
サンタミカエラ「ああ、また寄らしてもらうぜ」
槇寿郎「杏寿郎と再会出来たようで、良い時間を過ごさせてもらった。僭越ながら、武運長久を祈らせてもらうよ」
キリエ「アメリカに帰ったら、煉獄さんに伝えておくこと、あるかしら」
軽く目を伏せる槇寿郎。
やや、間を空け。
槇寿郎「(言いづらそうに)親として本当に申し訳なかった。達者で暮らしてくれ、と」
キリエとサンタミカエラ、申し合せたように、顔を見合わせる。
数拍後。
同時に、これも既に打ち合わせしていたかのように、流暢な動作で槇寿郎に目線を向ける。
サンタミカエラ「(にっ、と笑い)前半は、親父さんの胸に仕舞っててくれ」
キリエ「(ふ、と微笑み)後半は、間違いなく伝えておくわ」
槇寿郎の視線が戻り、両眼が緩やかに、大きく開かれる。
二拍、そのまま。
眉を下げ、目を細め、静かな笑みを口端に浮かべ、首を上下に大きく振る槇寿郎。
懺悔を受け止めてもらえ、咎を許されたかの如き表情。
まるで、眼前の少女ふたりに、慈悲を賜ったかの様相。
蜜璃、その様子を確認し、一際明るい笑顔となる。
蜜璃「槇寿郎さんも、千寿郎くんも、お身体大切にね。またね!」
小芭内「(軽く会釈して)では、これで失礼する」
小芭内の言葉が、合図。
キリエとサンタミカエラ、踵を返し、元来た方向へと歩を進め始める。
小芭内と蜜璃、ふたりに続いて身体を翻し、後に続いて足を前に出す。
四名が門から離れていくのを見遣り、槇寿郎と千寿郎が門前に直角に立ち位置を変える。
そして、礼。
槇寿郎は体側に両腕を付け、千寿郎は両手を身体の前で組み、頭を下げる。
ふたりとも、深々と、最敬礼。
四つ角まで到達した時、小芭内と蜜璃が、ちら、と振り返る。
尚も最敬礼の姿勢を保っている、ふたりの姿。
全員が角を左方向へと曲がり、煉獄邸の見えない位置へと進んでいく。
先に歩行するキリエとサンタミカエラの背に目線を投げ、刹那気な微笑を湛える蜜璃。
蜜璃「(しみじみと)私もミカエラちゃんの気持ち、判るなぁ・・・煉獄さんがいなくなるなんて、考えもしなかったもの」
小芭内「(小さく頷いて)俺も、初報は信じなかった。あの煉獄が、と疑った。今も・・・すべて信用していない気がする」
蜜璃「また煉獄さんに逢えたらいいのに、ね」
小芭内「(短く息を吐き)そうだな・・・」
くる、とサンタミカエラが歩きながら、振り返る。
サンタミカエラ「次って、行先決まってんだっけ?」
蜜璃「(首を左右に振って)ううん、まだ指令は来てないんだけど・・・」
ふと、小芭内とキリエが、同時に上空を見上げ、足を停める。
釣られたように、続いて停まるサンタミカエラと蜜璃。
キリエ「(傘の端越しに目線を向け)噂をすれば、ね・・・」
四人の真上に、一羽の鴉。
狭い円の飛行を、正確に数回描き、螺旋状の軌道で地上へと降りてくる。
小芭内、左腕を、すい、と肘を折った形態で水平に差し上げる。
そこを止まり木に、スタン、と自然な動作で着地する鴉。
全身が細身、嘴は苦無のように鋭く尖り、切れ長の両目、艶やかな羽根。
雄鴉「小芭内殿! 伝令! 伝令!」
緊張感を包括したような、ピン、と張ったような声。
キリエとサンタミカエラ、鴉を凝視している。
小芭内「俺の鴉だ。名は『夕庵』」
サンタミカエラ「(関心した様子で)へぇ・・・何か真面目そうな顔立ちしてんな」
小芭内「(サンタミカエラに目線を投げ)当然だ。夕庵は規律正しく、真摯な性質だ。(夕庵を見て)伝えてくれ」
夕庵[鎹鴉]「浅草ニ鬼出現! 深夜、七区デ人ガ襲ワレタ! 速ヤカに悪鬼ヲ滅セ!」
場の空気が、引き締まる。
キリエとサンタミカエラ、互いに目配せし合い、短く頷く。
キリエ「(小芭内を見て)私たちも同行するのは、差し支えないかしら?」
小芭内「(ふう、と息をつき)好きにしろ。ただし、邪魔はするな」
サンタミカエラ「てやんでェ、邪魔にはなんねェよ。手が足んなきゃいくらでも貸せるって」
蜜璃「私宛ての指令はまだだから、一緒に行くね! みんなで行けば心強いわ! こういうの何て言うんだっけ・・・(ピン、と閃いた様子で)『呉越同舟』とか、『乗り掛かったドロ船』って言うのよね!」
小芭内と夕庵が、固まる。
キリエとサンタミカエラは、蜜璃の例えの意味が解らず、きょとん、としている。
間。
間。
小芭内、顔の上部に縦線と陰を下ろし、右手を額に当てて俯く。
どう発言したらいいのか、窮している模様。
蜜璃、小芭内に視線を結び、目を点にして、強張った笑みを浮べている。
蜜璃「(小首を傾げて)あれ?・・・違った?」
キリエ「言葉の意味は解らないけど、多分、当たってないと思う」
サンタミカエラ、右頬を軽く搔き、困ったように苦笑い。
夕庵、こっくり、と頭の上下に振り、生真面目そうな硬い目線を蜜璃に向けている。
★ (日没時)東京府・浅草・六区
夕陽も沈み、暮色に染まる上空。
数本の雲が靡いて、天の風景に彩りを添えている。
東京府随一の娯楽の中心、興行街である浅草。その中でも最も賑わう六区。
芝居小屋、映画館、劇場がずらりと軒を並べている。
白昼、宵の口、深夜と、この街に人が途切れることは、ない。
この時間も、通りを何百という人が行き交い、道筋を埋め尽くしている。
街灯と建屋からの灯りが、昼間のような明るさを、街全体に構成。
その中、六区の主筋と、そこに面する公園の池を見下ろす屋根の上。
路角に建つ洋風建築の劇場の尖塔、その最も高い位置に、黒い姿。
地上から数十メートルの、僅かな足場に立つ、異様な人物。
大きな角が二本生えた仮面、全身黒づくめの服、漆黒の外套。
仮面の目の位置から奥にある、虚無の色彩の両眼。
人物は、歓楽街の屋根を越えた、遥か遠くを眺めている。
仮面の人物「(地の底から鳴るような声)来るか、キリエ・・・」
ふと、人物が地上を見下ろす。
人混みから離れた場所に停車した自動車から、数人が降りてくる。
男性一名、女性一名、幼い娘が一名。
若年の雰囲気の男性は、波打った黒い短髪、長身、眉目秀麗の青年。
月彦と、恐らくはその家族。
目を細め、笑顔で他のふたりに話し掛けている月彦。
こちらに気が付いている様子は、ない。
月彦のみならず、多くの通行人も、尖塔に立つ人物を認識していない。
じっ、と月彦の姿を凝視している、漆黒の人影。
仮面の人物「そして奴も来た・・・漸く、すべてが揃う。待ち侘びた答えが、導き出される・・・」
直後。
ぶわあっ、と一陣の風。
大きく翻った外套が戻るより早く、人物の姿が消滅する。
瞬時に、闇に融け、見えなくなる。
眼下の賑わいとは裏腹の、奇怪な気の流れが、上空へと昇り、やがて消散する。
【 To be continued...『我は欣びて、十字架を負わん(第参章/浅草開戦編)』 】