「キリエ~吸血聖女~」二次創作読み物   作:桁石スミオ

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我は欣びて、十字架を負わん【第参章/浅草開戦編】ー2

★ (午前二時)東京府・浅草・馬道町二丁目・仲見世通り

 

 雲はまだ厚いが、方々に隙間が出来、月光が零れ落ちている。

 六区より離れた、幅10数メートルほどの一直線の道路。

 煉瓦と材木で構築された二階建ての店舗が、奥の巨大な門に向かって庇を連ねている。

 浅草公園二区、金龍山浅草寺の参道、通称『仲見世通り』。

 昼は六区にも負けない人通りがあるが、現在はほぼ通行人がいない。

 等間隔に設置された電柱の、それに付随する電灯のみが、参道と店舗を照らしている。

 仲見世通りと交差する、路面電車の軌道がある十字路を背に立つ、サンタミカエラの姿。

 彼女は、腕組みをして、両目を凝らして参道の奥に目線を据えている。

 人影もない、今は静かに鎮座する店舗の周囲の闇を、凝視。

 眼前には、敷石が均等に足元に埋められた、真っ直ぐの道。

 薄ぼんやりと、彼方に仏閣建築の山門が浮かぶ。

 彼女が今立っている十字路左側に、大き目の三階建ての洋館があり、すぐ手前には官憲の派出小屋がある。

 しかし今の時間、警備の者は不在。警邏巡回中である模様。

 暫くして。

 近くの店舗の裏手の小道から、小芭内が姿を現わす。

 闇から、ずぬぅ、と実体化するような、気配を削ぎ落した雰囲気で。

 慣れたような自然な動きで、小芭内に身体を正対させるサンタミカエラ。

 互いの視線が、宙で当たる。

 

サンタミカエラ「今んとこ、おかしな様子はねェな」

小芭内「こちらもだ。夕庵の伝令では、鬼は二体いる。気を抜くな」

サンタミカエラ「おうよ。(左方向を見遣って)オレっちはこっち行ってみる」

 

 コク、と小芭内が短く頷く。

 同時にふたりが踵を返し、背中合わせになってから、歩を進め出す。

 サンタミカエラは、仲見世通りから左方向横に伸びる、一本の小路へ。

 小芭内は、右方向に並ぶ店舗の真裏、参道と並行する小路へ。

 サンタミカエラ、しっかりとした足取りで、裏路地へと踏み込む。

 街灯のない、幅員2メートルほどの狭い道が、伸びている。

 二階建ての木造家屋が、覆い被さるように腰を据える、両側。

 闇に眼を慣らしつつ、歩行するサンタミカエラ。

 突然。

 ぴた、と彼女の移動が停まる。

 頭上、建屋上方から感知出来る、違和感。

 サンタミカエラ、顔を正面に向けたまま、後方右斜め上に、意識を向ける。

 少しの間。

 違和感は、異物感となり、更に生物の気配へと転化。

 眉を寄せ、両脚足下に力を籠め始めるサンタミカエラ。

 刹那の、後。

 ヒュッ、と人影が空を舞う。

 サンタミカエラ、ザシュッ、と両足を擦り、身体を反転させて振り返る。

 既に腰を落とし、正中線を隠した半身になり、両拳を握って構えを取っている。

 途端。

 ドォン!と路面を震わし、着地する影。

 少しの土煙が、もや、と拡散する。

 

サンタミカエラ「(目を凝らして)・・・何だ?」

 

 何処からかの微かな明かりに、輪郭が浮かび上がる。

 サンタミカエラの3メートル眼前に、両腕を垂らした、姿。

 痩せ型で長髪、法被の下は着流し。背は低め。

 

組員/弐[鬼]「(濁った歓呼混じり)見付けたぞォ! ガキィ!」

 

 歪な嗤いを見せ、口角を思い切り上げ、牙を剝き出しにする組員/弐。

 顔を確認し、短く息を吸うサンタミカエラ。

 

サンタミカエラ「(驚き)てめェ! 昨日因縁付けてきた、贋骨折野郎! しっつけェな! ここまで追ってきやがったのかよ!」

 

 サンタミカエラ、言い終わって、すぐに異状さを感ずる。

 組員/弐の様相が、人のそれではない。

 眼球は漆黒に染まり、瞳は濁った金色、皮膚は硬質化し、側頭部に一本の角。

 口腔内に並ぶ牙。両手の爪は伸び、刃物のように尖っている。

 

サンタミカエラ「(睨んで)こいつ! 様子がおかしい!」

 

 自分の既知の異形とは、また違った姿形。

 闘って浄滅してきた吸血鬼たちとは、当て嵌まらない。 

 

サンタミカエラ「吸血鬼じゃねェのか?・・・いや、これがハポンの『鬼』って訳か!」

 

 組員/弐、醜く歪んだ怒りの形相を貼り付ける。

 全身から殺気をふんだんに散らし、サンタミカエラを右人差し指で指す。

 

組員/弐[鬼]「(怒声混じりで)黒い服の娘の居場所を教えろ! 教えねぇと殺す! 黒い服の娘は何処にいるゥ!?」

サンタミカエラ「キリエのことか・・・(突き放す口調で)言う訳ねェだろ!」

 

 同時に、両脚を踏ん張り、一層腰を落とすサンタミカエラ。

 ゴーグルを素早く下げ、両肘を腰の辺りにしっかりと着ける。

 

サンタミカエラ「閃の呼吸・・・」

 

 しいいいぃぃぃ・・・と、サンタミカエラが、深い呼吸。

 食い縛った歯の隙間と、両の口端から、霧状の息が漏れる。

 ゴーグル越しの眼光が鋭く、突き刺すように相手に固定されている。

 先に、組員/弐が、動く。

 ドン!と路面を蹴り、一瞬で間合いを詰めて来る。

 サンタミカエラ、くわっ!と両眼を見開く。

 

サンタミカエラ「(腹の底からの声で)参ノ型! 飛電万煌!」

 

 途端。

 閃光が、劈く。

 カッ!と、湧き上がる、蒼白色の眩しさ。

 三日月型の光輪が、地面付近から一直線に、鬼の腹部へ。

 同時に、バリイッ!と蒼白い電光が、半円の光から四方に放散。

 ゴッバアァン!と、空間ごと薙ぎ払われ、弾き飛ばされる組員/弐の全身。

 サンタミカエラの右脚が、弓形の軌道で、正確に敵の腹部を抉る。

 それは、死神の大鎌の如く、微塵の慈悲もなく。

 組員/弐の体躯が、一直線に斜め上に吹き飛ぶ。

 更に、それを上回る高さに、既にサンタミカエラの姿。

 一撃目から間髪を入れずに跳躍し、制空権を握っている。

 初手の衝撃で、組員/弐の口から吐血と吐瀉物が漏れそうになっている。

 それが零れるより、速く。

 サンタミカエラ、二撃目。

 空中で捻りを加えた全身の勢いを、右拳に乗せる。

 ボゴンッ!と空気を砕き壊し、ゴメジャッ!と鬼の頭部に減り込む拳。

 ドッゴオオオオオンンン!!!と、強烈な爆裂音と、四散する稲妻。

 プラズマが、相手の全身表面を被覆し、迸る。

 サンタミカエラの右拳は、地面に叩き付ける動き。

 電光を纏い振り抜いた腕の延長線上に、硬い路面がある。

 メギッ! ズッドォォ!と、頭から着地する組員/弐。

 

組員/弐[鬼]「(苦悶の顔)げはアッ!!!」

 

 組員/弐、そのまま、ズザアアアァァァ・・・と路上を滑っていく。

 移動した跡には、血と吐瀉物が混ざり合って、残骸となっている。

 スタン、と安定した着地を見せるサンタミカエラ。

 ゴーグルは戻さず、次の臨戦態勢を、半身で構える。

 半拍後。

 ズオン!と、いきなり身体を起こして、バン!と起立する組員/弐。

 

サンタミカエラ「(目を見開き)な! マジかっ!」

 

 想定より早い復活に、驚嘆するサンタミカエラ。

 しかし、組員/弐の頸は180度後方に捻じれており、両手足はあらぬ方向に折れて曲がっている。

 それでも、バチッ、と残電流を放ち、立ち上がって、よろめきながらも対峙している。

 全集中の打撃が効いていない訳では、ない。

 だが、それでも朽ちない耐久力と、襲い掛かってこようとする禍々しい殺意。

 これが、鬼。

 サンタミカエラ、再び、しいいいぃぃぃ・・・と、深い呼吸。

 組員/弐の頸が、ギッ、ギッ、ギチギチギチ・・・と軋みながら元に戻り、こちらを向きつつある。

 その口が、ガパアッ、と上下に開き、涎が糸を引く牙を見せ付ける。

 顔を戻している途中で、ダン!と地面を蹴る、鬼。

 直後。

 

小芭内「(地の底から響くように)蛇の呼吸・・・」

 

 何処からか、小芭内の声。

 サンタミカエラが攻撃を繰り出すより、早く。

 シュルルルルルル・・・と、何かが地を這う音。

 

小芭内「(裂くような声)壱ノ型・・・委蛇斬り!」

 

 鬼の後方から、白色の大蛇が空間に描かれる。

 瞬間。

 ゾン!と、両断される、組員/弐の頸。

 サンタミカエラ、両眼をこれでもかと見開く。

 蜷局を巻く円形軌道で煌めいた薄紫の斬撃が、鬼の頸を真横から断つ。

 側方に向かって、分離されて吹っ飛ぶ、組員/弐の頸と胴体。

 建屋の壁に飛びながら、空で、チリチリチリ・・・と切断面から砂のように崩れていく。

 その様を、目で追っているサンタミカエラ。

 鬼が居た位置に、入れ替わるように宙を舞う小芭内の姿。

 白黒縦縞の羽織の端が、するり、と翻り、独楽のように回転している。

 そして、音もなく、着地。

 身体を起こし、日輪刀を右手に下げ、サンタミカエラを睨む小芭内。

 彼の持つ日輪刀は、異様な形状。

 フランベルジュのように刀身が波打って畝っており、青紫色の諸刃。いわゆる『蛇行剣』と同形。

 小芭内、やや苛立った面持ち。

 対してサンタミカエラ、鬼が散っていった壁面の方向を見遣ったまま、動かない。

 

小芭内「(ふう、と息を吐き)気を抜くなと言った筈だ。詰めが甘い。米国の鬼ならいざ知らず、こっちの鬼は舐めて掛からぬことだな。人の忠告は聞くだけではなく・・・」

サンタミカエラ「(茫然としたまま)・・・ヨコハマに、いた奴だ・・・」

小芭内「(ぴく、とこめかみを動かし)何だと?」

 

 ガバッ、と態勢を戻し、ゴーグルを額に上げ、構えを解くサンタミカエラ。

 小芭内に、喰らい付くような表情を向ける。

 

サンタミカエラ「(壁を左人差し指で指差し)今の! 昨日ヨコハマにいたゴロツキ連中のひとりだよ! 骨折したって嘘吐いて因縁付けてきた野郎だった! 真正面でツラ見てたんだ! 間違いねェ!」

 

 小芭内、数回瞼を瞬かせる。

 それから眉根を顰め、疑念で表情を染め上げる。

 

小芭内「(据えた眼で)待て。そうだとすると、つい昨日遭った奴が、今日ここで鬼になって姿を現したことになる」

サンタミカエラ「そうなるな。しかも、キリエを捜していた。昨日はオレっちもいたのに、キリエをわざわざ狙って来たみてェなんだ。(チッ、と舌打ちして)しつけェ野郎だったな! 鬼になってまでよ!」

小芭内「(左手を顎に当て、考える仕草で)いや、捜すならわざわざ鬼になる必要はない。日中は移動出来ないから、反って行動が制限される。お前らを狙って、地元の横濱を離れてまで追って来る理由は、単なる仕返しの為か?・・・」

 

 少し目線を落とし、思考している様子の小芭内。

 二拍後。

 はっ!と顔を上げ、両眼を見開く。

 

小芭内「(閃いた口調で)違う! 逆だ! 鬼にされたんだ!」

サンタミカエラ「(はっ、と気が付き)あ! ってことは・・・まさか!」

 

 小芭内、ギッ、と忌々し気な視線を投げる。

 

小芭内「(重厚な声色)・・・無惨が横濱にいた」

サンタミカエラ「(驚きつつ、頭を両手で抱え)やっぱそうなるのか! 信じらんねェ! 畜生っ! いつの間に来てやがったんだ!」

 

 ダン! ダン!と、悔しげに二度、地団駄を踏むサンタミカエラ。

 今度は小芭内が、鬼の躯体が消えていった方向の、建屋の壁面を見詰める。

 静かだが、こちらも悔しそうな面持ち。

 サンタミカエラ、両手を体側に下ろし、落ち着いた雰囲気で小芭内に目線を放る。

 

サンタミカエラ「鬼ってよ、無惨の命令は聞かなきゃなんねェんだろ?」

小芭内「(サンタミカエラを見て)全部の鬼が無惨の指示で行動している訳ではないだろうが、命令があったら絶対だろうな」

サンタミカエラ「(眉を顰め)考えたかねェが・・・キリエを捜して鬼が来た、ってことは・・・」

 

 即座に、悠然と一度頷く小芭内。

 既に次を見据えたような、冷静な様子を湛えている。

 続いて、しっかりと一度頷き返すサンタミカエラ。

 彼女も、次に実施すべき指針が可視されているかのよう。

 小芭内、左腰の鞘を抜き取る。

 これも小芭内の日輪刀と同じく、異様な、波形形状の革製の鞘。

 彼が左指を軽く動かすと、パカ、と左右に開く。

 その中に自分の日輪刀を、スッ、と納め、パチン、と閉じてから腰に差し直す。

 

小芭内「(ザッ、と踵を返し)甘露寺たちと合流する。もう一体の鬼を仕留め次第、横濱に戻るぞ。いつまでも同じ場所にいるとは思えんが、無惨の足跡が判った以上、こちらから出向く。遅れるな」

サンタミカエラ「(バシッ!と右拳を左掌に叩き付け)おう!」

 

 そして、ダッ、と路面を蹴るふたり。

 小芭内が先行し、サンタミカエラが追随し、元居た仲見世通りへと駆けていく。

 サンタミカエラの両目には、意気軒昂の彩。

 小芭内の両目には、深く沈着で、確固たる色合い。

 ふたりの姿が、参道の闇へと溶け、夜の漆黒へと潜っていく。

 

 

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