★ サン=ベルナルディノ駅・駅舎前通り・建屋裏
線路から二階建ての駅舎を挟んだ、反対側。
駅正面入口から真っ直ぐに延びる、左右に家屋がずらりと並んだ、通り。
約50ヤードほど離れた、酒場らしき建物の、横の小さな路地。
日陰になっている場所で、通りの様子を物陰から窺うラーラマリア。
拳銃を左手に持ち、身体の前で構え、顔を少しだけ出して警戒している。
その奥、片膝を地面に着き、もう片方の膝を枕にキリエを横たわらせるデス。
隣で、同様に片膝を立て、心配気にキリエの顔を覗き込むハイエロファント。
更に奥には、3頭の馬が、庇を支える柱にくくり付けられている。
駅舎の向こう側から、ズウ―――ン・・・ドーン・・・と地鳴りのような音。
キリエ、呼吸が微弱な状態。
閉じられた瞼は固く、眉間に皺を強く寄せ、苦痛に喘いだ表情。
腹部からの出血は、尚も治まらず。
デス「(眉を顰めて)まずいな・・・生命力の欠落が激しい」
ラーラマリア「(振り向いて)夜ならまだしも、今は昼前で、この陽射し。だけど・・・例え夜でも、この深手が速効で回復する訳じゃない。いくらキリエとて、治るのは時間が掛かるさ」
ハイエロファント「(ラーラマリアを見上げ)僕は傷を治す力を持っている」
ラーラマリア「(目を見開いて、少し考え)さっき使ってた力かい? (一度、奥歯を噛んで)じゃあ、キリエには効かない」
ハイエロファント「え?」
ラーラマリア「キリエは『黒衣の者』の血を引く吸血鬼で、狂血病患者と同じだ。つまり・・・(目を伏せ)あんたが死兵を倒せたのと一緒で、キリエには逆効果の筈・・・」
ハイエロファント「(唖然として)あ・・・」
ハイエロファント、唇を半開きにしたまま、凍て付く。
そして、僅かに悔しそうな色彩を眼に宿し、口元を引き締め項垂れる。
デス、顔を上げて彼の横顔を、じっ、と見詰める。
ラーラマリア、再び警戒の目線を駅前通りに投げる。
暫く、そのまま。
尚も、そのまま。
キリエに視線を結ぶデス。
呼吸の状態が、更に脆弱になっている模様。
デス「(キリエを見詰めたまま)頼みがある、ハイエロファント」
ハイエロファント「(デスを見詰め)何?」
デス「あたしが今から“仕掛け”る。終わり次第、すぐに回復させてくれないか?」
ハイエロファントに向けられたデスの眼差し、決意と覚悟を秘める。
デスに向けられたハイエロファントの眼差し、一瞬で憂いを秘める。
即座に、彼女が何をしようとしているのか、察知した様子。
ぎゅっ、と右の拳を握り、奥歯を強く噛むハイエロファント。
ハイエロファント「(重苦しい声で)・・・判ったよ・・・」
デス、キリエの耳元に顔を近寄せる。
デス「(通る声で、静かに)キリエ、聞こえるか? 大きく口を開けろ。出来るだけ大きく、だ」
少しの、間を置き。
ゆっくりと、非常に緩慢な動きで、キリエの唇が開いていく。
残る力を振り絞るが如く。
左手の手袋を剥ぎ、ポトッ、と傍らに放るデス。
反対の右手で大鎌を短く持ち、刃の切り口を左手首内側に、ピタ、と当てる。
異様な雰囲気を感じ取り、振り返るラーラマリア。
その光景を目の当たりにして、思わず目を見開く。
ラーラマリア「おい・・・まさか・・・(慌てて)待てデス! 早まるな!」
直後。
デスの左腕が、動く。
プチッ、という血管の裂ける音の後、シュッ、と短い切創音がして、刃に手首を沿わせる。
大鎌の刃で、自分の左手首、動脈を切断するデス。
彼女の開いた皮膚から、大量の血が流れ出始める。
デス、痛みに一瞬顔を顰める。
しかし構わず、キリエの口の垂直延長線上に左手首を移動。
流血の筋をキリエの唇に落下させる。
デス「(凛とした声で)飲め! キリエっ!」
最初の一滴が、キリエの口内に吸い込まれる。
途端。
くわっ!と、突然彼女の両眼が、思い切り開かれる。
透明なほどに綺麗な、赫い瞳。
デスの左手首から、ボトッ、ボトッと連続して流れ落ちる、血液。
キリエ、尖った犬歯を剥き出し、舌を出し、口を大きく開けてそれを受け止め、流し込んでいる。
ゴクン・・・と彼女の喉が、鳴る。
更にもう一度、鳴る。
やがて、愉悦に綻んでいく、キリエの口元。
キリエ「(口角が上がり)オオオオ・・・オアゥ・・・」
尚も噴き出している、流血。
やや蒼褪めた顔で、はあっ・・・と息を継ぐデス。
隣でデスの行為を見詰め、ぐっ、と奥歯を噛むハイエロファント。
ただただ唖然と、展開を目に映しているラーラマリア。
やがて。
キリエの表情が、段々と落ち着いてくる。
当初の苦悶の顔からの悦楽の顔、それらも通り越し、普段の彼女のものへと転化していく。
その頃合いで、出血の続く左手首を返し、ハイエロファントに差し出すデス。
デス「(大きく息を荒げ)頼む! ハイエロファント!」
ハイエロファント「(間髪入れず、両手でデスの左手首を覆い)聖なる力っ!」
ハイエロファントの両掌、クワアッ!と純白の光を放つ。
デスの傷口と手首一周を隈なく覆った五指同志の隙間から、それが漏れている。
数秒の、後。
発光が収まり、すっ、と両手を戻すハイエロファント。
デスの左手首の切創、完全に塞がっている。
瘡蓋が、ぽろ、と彼女の肌から剥がれ落ちる。
それと同じくして、自力で身体を起こしていくキリエ。
もう、いつもの静かな表情を浮かべている。
キリエ、地面に腰を落ち着け、自分の臍付近を見下ろし、両手で摩る。
キリエ「(僅かに驚いた調子で)・・・お腹・・・もう治ってる・・・」
破れた服から覗くキリエの腹部。純雪のような白い肌。
ラーラマリア、目を見張る。
彼女も、想定外の出来事が起きたかのように、息を詰めている。
突如。
がばあっ!と、渾身の力でデスを抱き寄せるハイエロファント。
思わぬ彼の行動に、瞬間で頬を染めるデス。
しかし、彼の腕の力と震えている身体を感じ取り、即座に冷静になっていく。
ハイエロファント、デスの項に視線を固定して、俯く。
ハイエロファント「(振り絞るような声色で)僕が力不足なばかりに・・・痛い思いをさせちゃったね・・・」
デス「(ハイエロファントの肩口に顔を埋め)謝るな・・・あたしが勝手にやったことだ・・・むしろ世話を掛けた・・・すまない・・・」
ラーラマリア「(少しからかうように)おーい、いちゃつくのは全部片付いてからにしてくれませんかねーおふたりさーん」
思わず、ばっ、と身体を離すハイエロファント。
彼にしては珍しく、頬を染めている。
呼応したように赤くなり、口元を、きゅっ、と引き締めているデス。
眼差しが、宙で絡み合っている。
そのふたりを眼に映し、安堵の笑みを浮かべるラーラマリア。
つられたように、微かな笑みを湛えるキリエ。
ハイエロファント、悠然と両手を下ろし、静かに微笑む。
デス、少し眼を潤ませている。
そしてそれぞれの得物を持ち、しっかりと地面を踏み締め、立ち上がる。
ラーラマリア、やれやれ、という雰囲気で、大きくひとつ息をつく。
キリエ、すいっ、と音もなく起立する。
全身の力は戻っている様子で、その両眼にも揺らぎがない。
ラーラマリア「具合はどうだい? キリエ」
キリエ「痛みも残ってないわ。身体の調子も、いつもよりいいみたい」
ラーラマリア「こんなに急に回復したのは初めてなんじゃないか? だとしたら・・・(デスに視界を向け)『死神』の血のお陰かね」
一歩、デスに近寄り、真っ直ぐに目線を向けるキリエ。
キリエ「(澄んだ声で)デス、ありがとう」
デス「礼はハイエロファントに言ってくれ。ハイエロファントの力がなかったら、こんな芸当は出来ない」
ハイエロファント「(首を左右に振って)僕はお礼を言われる資格はないよ。むしろ、キリエを回復させてあげられなかったんだ。何も出来ないどころか、足を引っ張って・・・」
ラーラマリア「(ピシャリ、とした調子で)んなことはない。デスとエロファントが連携したからこそ、キリエが復活出来たんだ。あんたらふたりの、お陰さ」
全員が、一度ラーラマリアを見る。
3人を見回し、コクッ、と首を上下に大きく振るラーラマリア。
全員が向かい合って立ち、互いに視線を繫げている。
その、僅か後。
ヴォオオオオオ・・・と、怖気を感じる不気味な咆哮。
ハッ、として顔を上げ、一斉に通りに跳び出す、4名。
50ヤード以上離れた、駅舎の屋根越しに、巨大な物体がはみ出して見える
それが、ズズズ・・・ズズズ・・・と、摺り足をしているような音と共に、移動中。
通りに横一列に並んで、それを凝視するキリエたち。
キリエ「(鋭い目線で)何? あれ・・・」
ハイエロファント「キリエはさっき見てられなかったけど、あれがアプローズだよ」
キリエ「(短く息を飲んで)アプローズ!?」
デス「化けたんだ。死兵たちの血肉を貪り、巨大化していった。(苦々しい表情で)今や『外道』とでも言った方がいい」
ラーラマリア「(眉間に皺を寄せ)また随分と馬鹿でっかくなってやがる・・・7、8ヤードくらいあるかね」
暫し、会話を切って様子を窺う4人。
駅の入口に対して、右からラーラマリア、キリエ、デス、ハイエロファントの順。
少しの、間。
尚も、間。
巨人の頭部のような輪郭が、駅舎の向こうを回り込もうとしている模様。
ただその速度は、さほど速くない。
ハイエロファント、落ち着いた雰囲気で3名に視線を向ける。
ハイエロファント「僕たちは、ゴードバンジョーだね」
ラーラマリア「(訝し気に)は? 何言い出すんだ?」
全員が注視する中、真摯な表情を見せるハイエロファント。
ハイエロファント「僕たちは4人とも違う、4種類の弦。一本一本で音色が違うけど、いっぺんに鳴らすことで素晴しい音を奏でることが出来る。そう思うんだ」
瞬間。
彼の言葉の真意が、伝わる。
目を見開き、徐々に口元を緩めるラーラマリア。
納得した顔で、目線を投げてくるキリエ。
静かに、だが少しの昂ぶりを秘めた眼差しで、ハイエロファントを見詰めるデス。
ラーラマリア「なーるほど・・・(にひっ、と笑顔で)あんた、粋なコト言うねぇ」
キリエ「エロファントに、同意するわ」
デス「言うまでもない」
デス、巨大な影に改めて視線を放る。
そして眦を細め、僅かに眉を顰め始める。
デス「(呟くように)銃は効果が薄い・・・当たっても表皮で押し戻される・・・斬ることは出来るが復活する・・・『聖なる力』は・・・」
はっ、と何かが閃いたような表情を浮かべるデス。
少しの、間を置き。
デス「ひとつ、策がある。聞いてくれないか?」
他の3名が、一斉に彼女に目を向ける。
デス、ラーラマリアと視線を繋ぐ。
デス「確認だが、『黒衣の者』にも通用する弾丸があるんだったな?」
ラーラマリア「(コク、と首を上下に振り)二発だけだけどね」
デス「あのアプローズには、浄銀弾とやらが通用しなかったな?」
ラーラマリア「ああ、さっきは表面で押し戻されちまってた。『黒衣の者』にもダメージを与えられる・・・煉滅弾、ってんだが、それも通用するかどうか、正直解らない」
デス「(鋭い視線となり)身体の内側からなら、通用する可能性はある」
ラーラマリア「内側って・・・(小さく驚いた顔で)まさか、あのデカブツの胃袋の中にでも入ろうってんじゃないだろうね?」
デス「近いな。似たような感じだ」
いいっ、という調子で歯を剥き、更に驚異を覚えたようなラーラマリア。
続けて、キリエを見詰めるデス。
デス「キリエ、あたしの動きに追いて来られるか?」
キリエ「多分、いける。というよりも・・・(右手を胸の上で、ぐっ、と握り)今までにないくらい、身体が軽い。(不敵な笑みを口元に湛え)置いてかれる気がしないわ」
デス「(ふっ、と笑みを浮かべ)・・・上等」
そして、ハイエロファントと眼差しを絡めるデス。
あくまで穏やかだが、確固たる意志を瞳に漲らせているハイエロファント。
デス「お前の力が必要になる。頼むぞ、ハイエロファント」
ハイエロファント「僕に出来ることなら、任せて、デス」
同時に、微笑みを交わすふたり。
そして。
デスに身体を正対させる、キリエとラーラマリア、ハイエロファント。
3人は、揺るぎない目線を彼女に向けている。
駅舎に延びる真っ直ぐな道の方々を、右手人差し指で示しながら、説明を始めるデス。
★ サン=ベルナルディノ駅・駅舎横
とうとう8ヤードを超える体躯となった、巨大アプローズ。
全身の皮膚は黒い筋が織り込まれた青褐色、見るからに硬質化しており、また分厚そう。
頭部だけでも2ヤード弱の直径、太い首で胴体に据えられている。
目鼻口の部分は凹んだようになっているが、眼球は見えない。
口らしき箇所から、ずらりと並んだ大きな牙が確認出来る。
そこから、ゴフウウウ・・・と、悪臭を放つ息が漏れる。
上半身は、人間のそれの寸法を拡大したような形状。
だが下半身は、脚ではなく、三角錐を成す凄まじい物量の肉塊。
それがスカートを地で引き摺るように、ズルルル・・・ズルルル・・・と進行している。
巨大アプローズが移動した後には、血糊が延々と道を作っている。
両腕は、既に完全な両の触手。
腹部には、ウジュルウジュル・・・と、蛸足の如く蠢く8本の触手。
それらは表皮と違い赤黒い色で、涎のようなぬめりを垂らし続けている。
巨大アプローズ「(人外の濁った声)ドオォォォォコオォォォォダアアァァァァキイィィィィリイィィィィエエエエェェェェ・・・・」
駅舎の角を少しずつ回り込みながら、顔を動かしている巨大アプローズ。
最早、元のアプローズの面影は、欠片もない。
まさに、怪獣。