★ (同時刻)凌雲閣近くの路地 → 凌雲閣敷地内
周囲から、三味線の音が微かに聞こえる。
木造家屋に囲まれた四辻に、小芭内と蜜璃が並んで立っている。
ふたりは、街灯が届かない陰の路地に転がる遺体を目に映している。
頭が砕け、腹部が爆裂している、人型の肉塊。
残った躯体の肌から察するに、鬼の遺骸。
鬼とは言え、見たことのない、惨たらしい状態。
それを視界に入れたまま、ふたりは眉を寄せ、短く息を繋いでいる。
蜜璃「(重苦しい声質)酷い・・・」
小芭内「これは、日輪刀ではないな。人の力で斃されたものでもない」
蜜璃「(小芭内を見て)鬼同士の闘いかしら?」
小芭内「(蜜璃を見て)恐らくな。鎹鴉からの報告は二体。俺が斬った一体と、この一体だろう。つまり・・・(重厚な声で)新たな鬼が何処かにいる。それがこいつを斃したに違いない」
蜜璃「(ごく、と唾を飲み)・・・かなり手強そうね」
小芭内「そうだな・・・だがまずは、眼前の敵だ。凌雲閣に昇る」
蜜璃「(頷きながら)判ったわ!」
ザッ、と踵を返す小芭内と蜜璃。
踊るような鮮やかな動作で翻り、ダッ、と路面を蹴る。
肩を並べ、走り、凌雲閣正面の門へと。
途端。
ザジャッ!と、上空から閃光と裂空音。
ふたりの目の端に、高塔の高層階の窓に映った、蒼白い光が捉えられる。
小芭内と蜜璃、駆けながら凌雲閣の上方を見上げる。
蜜璃「伊黒さん! 今光った!」
小芭内「(据えた目線で)蒼白い電光・・・あいつが横濱で見せた技か?」
蜜璃「ミカエラちゃんが闘ってる! 急ぎましょう!」
ぐん、と加速する、ふたりの疾駆。
一気に凌雲閣の前庭の、入口扉へと繋がる道へ走り込む。
突然。
ヒュルルルルル・・・と、何かが真上から、落ちてくる。
直後。
ドオ―――ン!!!と、黒い塊が地上に突き刺さる。
思わず、ザザアッ!と地を擦り、埃を巻き上げ、急停止する小芭内と蜜璃。
蜜璃「(思い切り驚いた表情)え! 何! 何!」
凌雲閣正面に、何かが墜落して発生した土煙が漂う。
小芭内と蜜璃、腰を落とし構え、警戒状態のまま凝視する。
段々と空域が澄んでいき、人影が浮かび上がる。
アーク灯の明かりの中、玄関ポーチ前にそそり立つ姿。
身の丈2メートル近く。全身を漆黒のマントで覆い、巨大な二本角の仮面を被る。
仮面の後ろに、黄金と白銀の混じったような色の髪。茨を丸く紡いだ冠も装着している。
面の目の奥から、妖しく昏い蒼い瞳が、ふたりに視線を向ける。
仮面の人物「(深い、重低音の声で)手出し無用に願う。この塔に立ち入るなかれ」
小芭内、刃物のように斬れそうな視線を放る。
小芭内「(ねめつけるような口調で)何のつもりだ? 何者だ? 何故俺たちの行く手を遮る?」
仮面の人物「今まさに待ち望んだ〝答え〟が示されんとしている。私はその為にこの国に来た。何人足りとも通す訳にはいかない。我が娘が闘うことで〝答え〟が導き出されるのだ。介入は許さぬ」
小芭内「娘?・・・(ちら、と上を見上げ)まさか・・・貴様!」
はっ!と同時に息を飲み、両目を見開いて巨躯の人物を見るふたり。
正体を、見破った模様。
蜜璃「(裏返るような大声で)あなた! 黒衣の者っ!?」
小芭内と蜜璃、驚愕の視線。
仮面の大男は、ぬう、とした起立姿勢で身動ぎせず、視界を向けてくる。
黒衣の者「キリエから聞いていた、か。如何にも。私はそう呼ばれている」
小芭内「(一瞬、凌雲閣を見上げ、すぐに目線を戻し)お前がここにいる、ということは、あいつらが闘っているのは誰だ? 上にいるのは仲間か? 何故あのふたりに闘わせている?」
黒衣の者「仲間や味方などという些少な関連ではない。だが敵対でもない。敢えて言えば、今、娘と対峙しているのは『存在理由』を知るべき者、である」
小芭内、片側の眉を顰め、訝しげな表情。
蜜璃は、今も驚きの表情のまま。
やや、間を置き。
黒衣の者「私の目的は、ある者の『存在理由』が何であるかの、〝答え〟を得ること・・・私との闘いでも示されなかった〝答え〟―――だがその者は姿を隠し続け、機会に恵まれなかった。しかし神のお導きか、その者がキリエを、ある理由で狙っていることが判明した」
ビク、と蜜璃の頬が動く。
彼女の眉が寄せられ、眉間に皺が走る。
黒衣の者「(淡々とした声)娘が私を追ってこの国に来るであろうことは、予め判っていたが、まさにこれは僥倖、またとない機会。故に、キリエに私を追わせ、その者にキリエを追わせる。(右手人差し指で、凌雲閣上層を指差し)そしてこの塔に隔離する。その者がキリエとどう闘うかで、私が求めた〝答え〟が示されることになるのだ。40年掛かったが、漸くこの時を、千載一遇の時を迎えられた・・・邪魔は許さぬ。大人しく手を引くが良い」
感情がまったく含まれていない、凪いだ口調。
黒衣の者、渇き切ったような、何の温度もない視線を放っている。
小芭内、身体を起こし、フン、と鼻で息をつく。
前に向ける目線は、呆れ果てたかの色彩。
小芭内「(突き放す声質)何を言っているのか、さっぱり解らんな。米国の鬼の首魁には虚言癖でもあるのか? 馬鹿も休み休み言え。まず寝言は寝て言え。それより、お前の頸は娘が狙っているのだろう? 上に行って大人しく殺されて来い」
そこまで発言した、後。
隣の蜜璃の様子に気が付き、ハッ!とする小芭内。
蜜璃は、立ち尽くしている。
白目を多くして両眼を広げ、わなわなわな・・・と全身を小刻みに震えさせ。
眼前の、黒衣の者を、穴の開くほどの視線で見続け。
茫然とした、信じ難いという様相で。
蜜璃「(震える声)・・・キリエちゃんが来てるのを知ってて・・・あなたを追って来るのを判ってて・・・わざとキリエちゃんを襲うように仕向けた・・・ってこと?」
黒衣の者「(重圧を含んだ声)左様」
蜜璃「(反転しそうな声で)じゃあ・・・囮にしたの?・・・キリエちゃんを?・・・」
黒衣の者「結果としてはそうなった。だが、これしきのことで滅びるような身では・・・」
蜜璃「(割り込み、大発声)ふざけないでっ!!!」
ズンッッッ!!!と、炸裂する空気。
蜜璃の、轟音の怒声。
彼女の足下が一瞬、くわあっ!と光を発し、ドーム状に膨れ上がる。
純白の羽織の裾が、スカートの端が翻り、三つ編みに下げた髪が、ふわ、と宙に浮かぶ。
それほどまでの、凄まじい気迫。
更に足元の地面の深い地下から、ズズズズズズ・・・と空域を震わせて競り上がってくる、地鳴り。
蜜璃、細い眉を、きりっ、と引き締めて吊り上げ、口を真一文字に結ぶ。
両の瞳が、断罪する如き深遠な、暗い色彩に塗布される。
両足を肩幅に広げて、地に減り込まんばかりに踏み締めている。
実直たる、怒り。
隣の小芭内、その姿を見詰め、驚いた表情。
恐らく、彼女のこれほどまでの顔を見るのは、初めてと思しき。
一旦右腕を振り被り、右手人差し指で、ビシイッ!と黒衣の者を指す蜜璃。
蜜璃「(怒声)あなたキリエちゃんの父親でしょ!? 自分の娘を囮に使うなんてっ! そんなの絶対にやっちゃいけないことよっ!!!」
対して、何の心情も感じない様子で、蜜璃を見る黒衣の者。
黒衣の者「(抑揚のない口調で)私に人間と同じ感情を求めるのは間違っている」
蜜璃「(重く、破裂するような声)間違ってるのはあなたの方!」
黒衣の者「ならば、どうする? 人間の剣士よ」
蜜璃、右手で腰の柄を掴み、一気に引き抜く。
シャリィィ―――ン・・・と、軽やかで、鈴の音のような高音が鳴る。
蜜璃の愛刀が、姿を現わす。
それは、極めて薄く、柔らかそうな、尚且つ2メートル50センチにも及ぶ細身の刀身。
色は紅桜色、重力を感じさせないほど軽量そうな全長。
新体操のリボンの如く、ふわ、と宙に浮かび、彼女の腕の動きで螺旋を描く。
ウルミにも似ているが、また特異な形状。『腰帯剣』ともまた違う。
恐らく、世界屈指の刀剣鍛冶の技術の、究極。
蜜璃、黒衣の者に視線を固定したまま、胸を張り、右体側で日輪刀を振る。
ヒュウッ、シュルッ、と空気が巻かれ、渦を起こす。
彼女は、怒りと闘志を惜しみなく全身から放出している。
黒衣の者は、ただそれを眺めている。
二拍の、後。
小芭内、左腰の鞘を抜き、パカ、と左右に展開させ。右手で愛刀を抜く。
鞘を閉めて戻しつつ、刀の柄を握り、体側に下ろす。
フランベルジュのような日輪刀が、青紫色の鈍い光を纏う。
小芭内「(冷静な声で)甘露寺、こいつの頸を斬らずに闘えるか?」
ハッ!と驚いた顔付で、小芭内に目線を繋ぐ蜜璃。
完全に意外な提案に、衝撃を受けたように。
蜜璃「(驚嘆)ええっ! 頸を斬っちゃ駄目なのっ!?」
蜜璃、いつもの雰囲気に近い、年相応の反応を示す。
それまで蜜璃にあった、荒れて尖った様相が、一気に吹き飛ぶ。
それと同時に、瞳の色も綺麗な緑色へと回帰している。
黒衣の者に向けられていた、どす黒いほどの暗い色彩が、失せている。
小芭内、それを確認すると、ふっ、と安堵したように息を漏らす。
闇に墜ちようとしていた彼女を、引き戻したかのように。
小芭内「あいつが・・・キリエが言っていた。鬼になる病を治せるのは、黒衣の者の心臓から搾り出した血清、だけだとな。(蜜璃を見て)俺たちが鬼の頸を斬ると、奴らの身体はどうなっている?」
蜜璃「(はっ、と気付いて)・・・チリチリチリ、って、砂みたいに崩れてなくなっちゃう・・・」
小芭内「つまり、心臓まで消えてなくなる。鬼になる病を治す手段は、永遠に失われることになる」
蜜璃「(愕然として)そんな・・・どうすればいいの?」
小芭内の左右の色違いの瞳に、微かに光が奔る。
そして、黒衣の者に顔を向け、温度の低い視線を放り投げる。
小芭内「何、難しいことではない。(冷酷な声質で)頸を斬る前に、心臓を抉り出せばいい」
蜜璃、きょとん、として、小首を傾げる。
少女のような、可愛らしい仕草。
小芭内、蜜璃に目線を送り、結わえる。
小芭内「(優しい声質で)君は頸以外を斬ってくれ。俺は心臓を狙う。全部合わせるから、自由に闘ってくれ」
彼女に向けられる、頼もしく安心出来る、言葉と眼差し。
口角を上げ嬉しそうに、且つ、きりり、と眉を寄せ、凛々しい笑みとなる蜜璃。
蜜璃「(溌溂として)ありがとう伊黒さん! 心強いわ!」
ふたりの遣り取りを見てから、ややあって。
黒衣の者の両眼に、ズッ・・・と、重圧が宿る。
仮面の穴から見える目は、まるで、奈落の如く。
黒衣の者「私を浄滅するつもりか・・・(重低音の声)よかろう、挑んで来るが良い」
そして、彼もまた武器を取り出す。
バッ、と黒い外套を払い除け、腰に差してある長い鞘から、シャアアアァ・・・と引き抜く。
巨大な諸刃の剣、ツーハンデットソード。刀身1メートル50センチほど。
それを右の片手で、ブオン!と一薙ぎして、体側斜めにぶら下げる。
小芭内と蜜璃、同時に黒衣の者に向き直り、鋭利な視線を突き出す。
蜜璃「(凛とした声)私、悪い奴には絶対負けない! 覚悟しなさいよ! 本気出すから!」
蜜璃、ザッ、と右足を後方に引き、腰を据え、日輪刀を振り被る。
彼女の態勢に呼応して、紅桜色の薄刃が、ヒュイッ・・・と宙を踊り、円を描く。
小芭内、ズッ・・・と右足を背後に擦り、腰を落とし、日輪刀を八双に構える。
彼の顔の横にある波打った青紫色の両刃が、ギラッ・・・と鈍く輝く。
蜜璃「(突き上げるような轟きで)キリエちゃんの〝明日〟を、私が取り戻してあげるんだから!!!」
勇ましく、気迫が満ち溢れた、不屈の表情の蜜璃。
ずおっ・・・と、薄明るいオーラ状の気を、羽衣のように纏う。
眉を、キリッ!と鋭角に成し、何者にも負けじと言わんばかり。
黒衣の者が、顎を僅かに上げる。
今度の視線は、下賤の者を見下すような、居丈高な色を含め。
黒衣の者「(やや尊大そうに)ではお前たちにも試練を与え、教えてやろう、人間の剣士たち。そして知るがいい。百万にひとつの勝機もありはしない、ということを」
小芭内「(地の底から響く声で)ほざいていろ・・・すぐに、日本に来たことを後悔させてやる」
眉をこれでもかと顰め、断ち切るような眼光の小芭内。
ずぬぅぅぅ・・・と、蒼紫色のオーラ状の気を、外套のように被る。
彼の首元の白蛇、鏑丸が、シャアアアァ!と牙を剥き、鎌首をもたげて前方を睨む。
そこに立っているのは、全米を恐怖に陥れ試練を拡散させた、別次元の存在。
黒衣の者が、顕現。
小芭内と蜜璃、正中線を隠した、即応出来る戦闘態勢。
ふたりの全身から覇気と闘気が混合し、空間を震わし始める。
【 To be continued...『我は欣びて、十字架を負わん(第肆章/浅草血戦編)』 】