★ (数日後)カリフォルニア州
サン=ベルナルディノ駅での激戦から、数日経った日の、昼間。
太陽は天頂を過ぎ、地平へ高度を下げつつある時間。
雲は厚く、切れ目から光の筋を成して陽がところどころ差し込んでいる。
地表の温度は思ったほど高くなく、渡る風は心地いい。
ほとんど障害物も、小振りな岩すらも見当たらない、乾燥した荒野が広がる。
地面に、馬車の車輪の跡、馬の足跡、人の足跡などが延々と連なっている。
その線は、途中で大きく二方向に、Yの字に枝分かれしている。
恐らく、違う目的地へと繋がる、二本の轍。
その分岐点の上に、4名が立って向かい合っている。
側には、3頭の馬が並んで控えている。
キリエは傘を深めに被り、目を伏せて、物憂げな表情。
ラーラマリア、キリエの横顔を見た後、目線を前に向ける。今ひとつ腑に落ちていない様子。
対しているデスとハイエロファント、普段と変わらぬ雰囲気。
デスは大鎌を左肩に掛け、ハイエロファントは両手を後ろ手に組んでいる。
ラーラマリア「本当に行くのか?」
デス「(こくん、と頷き)ああ。悪いが、ここから別の方角へ行ってみる」
キリエ「(顔を上げて)馬はいいの? 一頭なら譲ってあげても・・・それに、エロファントに懐いてる」
ハイエロファント「彼らは、納得してくれる。元々3頭で旅してきたんだよね? それを離したくない。ここからの道行きに関しても、君たちから地図を貰えたから、迷うことはないと思う」
反応したように、傍らの3頭の馬が一斉にハイエロファントを見る。
ブルルル・・・と穏やかな、納得したような嘶き。
ラーラマリア、馬たちの返事を横目で追った後、視線を戻す。
ラーラマリア「正直言うと・・・(真剣な声で)アタシら4人なら、『黒衣の者』も確実に斃せる気がする。あん時の連携・・・完璧だったとは思わないかい?」
デス「(頷いて)悪くなかった」
ハイエロファント「でも僕たちは、違う世界の住人・・・突然この世界に来たけど、突然元の世界に戻される可能性もある。何となくだけど、マジカルランドで僕たちが消えたことは、もう認識されていると思うんだ」
デス「(ハイエロファントを見詰め)ワールドなら、既に『第三の目』で知り得ているだろうからな」
ハイエロファント「(デスを見詰め)特に、死神の君がいなくなることは、世界の根幹を揺るがす事態だからね。ワールド様やフォーチュンなら、ドロップで僕たちを帰還させようとすることも考えられる」
数回、目を瞬かせるキリエとラーラマリア。
またもや出てきた聞いたことのない名前や単語に、不思議そうに目を向けている。
軽く小首を傾げ、静かに左手を腰に当て、少し身体を伸ばすラーラマリア。
ラーラマリア「・・・とにかく、あんたらは元の世界に急に戻ることもあり得る、ってことだね?」
ハイエロファント「そう、こちらの世界に来たのもいきなりなら、戻るのもいきなり、ということ」
ラーラマリア「(はあ、と溜め息を吐き)そっか・・・しゃーない」
ふっ、と残念極まりなさそうな表情を浮かべるラーラマリア。
そして、すっ、と右腕を伸ばし、掌を軽く開いて差し出す。
ラーラマリア「万が一、また逢うことがあれば・・・(涼やかな眼で)また旅をしないか?」
ハイエロファント「僕たちで良ければ、喜んで」
デス「ハイエロファントがいいのなら、あたしも異存はない」
ハイエロファントが右手を伸ばし、ラーラマリアと握手をする。
続いて、デスも同様に、彼女と握手をする。
腕を体側に下ろし、穏やかな微笑みを交わし合う3名。
片や、キリエ。
両手で、ぎゅっ、と傘の柄を握ったまま、再度顔を伏せている。
一歩、キリエに接近し、至近距離で向かう合うデス。
キリエ「(僅かに声を震わせ)・・・折角、友達になれたと思ったのに・・・」
デス「死神と友達には、なるものではないな」
キリエ「(ちら、と上目遣いにデスを見て)エロファントとは夫婦なのに?」
デス「(頬を朱に染め、視線を外し)や・・・ハイエロファントは、別だ・・・」
キリエ、デスの照れた顔を目の当たりにして、少しだけ口角を緩める。
全員の視線が集まる中、遠くを見るような眼で、瞼を半分閉じる。
キリエ「私と知り合った人、友達だって言ってくれた人は、みんな死んでいったわ。だからこうして・・・デスとエロファントがこうして生きててくれて、嬉しい」
途端。
バッ、と勢いよく顔を上げ、デスとハイエロファントに眼差しを結ぶキリエ。
キリエ「(赫い瞳を、きら、と煌かせ)あなたたちに知り合えて、本当に良かった」
透明で、清廉で、綺麗な響きの、声。
心の底からの言語が、閃く。
デスとハイエロファント、同時に大きく頷き、キリエとラーラマリアを真っ直ぐ見詰める。
キリエとラーラマリア、揺るがない視線で、デスとハイエロファントを真っ直ぐ見詰める。
暫くの、後。
くる、と踵を返し、背を向けて肩を並べるデスとハイエロファント。
数歩、枝分かれした轍の一方向に、歩き出す。
突然。
キリエ「デス、ひとつ聞かせて」
思い出したような表情で、デスの背中に言葉を放るキリエ。
デス、続いてハイエロファントが振り返る。
デス「(瞼を一度瞬かせ)何だ?」
キリエ「わたしは・・・救われると思う?」
間を置かず、両目を閉じるデス。
デス「(深い声色で)死神のあたしですら、救われたんだ・・・」
そしてデス、瞼を開け、しっかりとキリエを見詰める。
デス「(きっぱりと)お前が救われない筈がない」
ゆっくりと、確実に丸く見開かれていく、キリエの両眼。
デスの返答が一瞬で彼女の裡に流れ込み、深層まで達している模様。
傘を握る両手に、きゅうっ、と更に力を込めている。
ハイエロファント「キリエ、君は・・・もう救われているんだよ」
キリエ「(思わずハイエロファントを見て)え?」
ハイエロファント「(ラーラマリアに目線を向けながら)すぐに、判るよ」
ラーラマリアと目を合わせ、小さく頷くハイエロファント。
不敵に、且つ慈愛を包括した微笑みを湛え、目を細めるラーラマリア。
それからキリエの横顔に視線を結び、続いてデスとハイエロファントに目を移す。
再度身体を返し、キリエとラーラマリアに向き直る、デスとハイエロファント。
ハイエロファント「父なる神は、気高き魂を決してお見捨てにならないんだ」
デス「キリエ、お前の魂は、今まで見てきた魂の中でも、飛び抜けて清んでいる。そして気高い」
更に、キリエが眼を大きく開ける。
そして息を思い切り吸い、止める。
デスとハイエロファントの眼差しは、微塵も揺らぐことなく一直線に彼女に注がれる。
デス「(ふっ、と笑みを浮かべ)死神のあたしが言うんだ。信じろ」
直後。
ふわっ・・・と緩やかに、キリエが微笑む。
心の淵からの歓喜、魂の奥底からの嬉しさを、抑えることなく。
まさに、聖女の笑み。
傍で見ていたラーラマリア、ぐっ、と唇を噛む。
感嘆を満たした両目を、ほんの僅か潤ませ。
暫くの、間を置き。
更に、置き。
思い切ったように目線を掲げ、デスとハイエロファントを見詰めるラーラマリア。
喜びの笑みから、寂寞の微笑みへと変わっていく、キリエ。
ラーラマリア「(名残惜しそうに)元気でな。ふたりとも」
ハイエロファント「ふたりも、元気でね」
デス「またな」
キリエ「(寂し気に)また、ね」
互いに交わされる、4人の視線。
長い、時間。
やがて。
振り切るような動作で、ばっ!と背を向け合うキリエとラーラマリア、デスとハイエロファント。
目を伏せたまま、傘の陰に隠れるようにして、一頭の馬に跨るキリエ。
間髪を入れず、唇を引き締めたまま、一頭の馬に跨るラーラマリア。
キリエが、荷馬としているもう一頭の手綱を持った、瞬間。
前方から、ぶわあっ、と突然駆け抜ける、一陣の風。
キリエ、開いた傘を取られそうになり、ぐいっ、と力を込めて引き戻す。
ラーラマリア、思わず一度目を閉じ、キリエの様子を窺いながら後方に目線を投げる。
無人。
誰も、いない。
過ぎていった疾風が、砂埃を巻き上げて、遥かな距離を開いていくだけ。
両眼を正円に見開くラーラマリア。
ラーラマリア「(息を飲み)・・・いない!」
すかさず振り返るキリエ。
枝分かれしている轍の先、周囲、霞んで見える地平の端まで、動く者はいない。
黄褐色の土だけが、可視範囲に存在している。
デスとハイエロファントの姿が、ない。
キリエ「(息を飲み)嘘・・・さっきまでいたのに・・・」
ラーラマリア「(ぐるり、と周囲を見回し)姿を隠す場所なんてないぞ! ホントに消えちまった!」
辺りにあるのは、広大に拓けた荒野。
間近には小振りな岩や、樹々などは存在せず、ましてや影を潜めるなど不可能。
たった一瞬で、デスとハイエロファントは、姿を消した模様。
茫然とする、キリエとラーラマリア。
尚も、動かず。
尚も、動かず。
漸く、疑念が入り混じった表情を浮かべるキリエ。
キリエ「本当に・・・元の世界に戻ったの?」
ラーラマリア「いや、判らない。(両の瞼を閉じ)あちらの世界から急に呼び戻された、ってコトなんだろうなぁ・・・」
再度、黙るふたり。
ラーラマリア、目を開けて、遥か彼方を眺めるような視線を放る。
そして、ふうう、と大きな溜め息をひとつ吐く。
ラーラマリア「なーんか、この数日、夢みたいな感じだったな、思い出してみればさ」
キリエ「でも・・・(ラーラマリアに目線を向け)夢じゃなかった」
ラーラマリア「(コク、と頷き)ああ、夢じゃなかった。確かに、アタシらは曲を奏でたさ。ゴードバンジョーみたいに、4本の弦が競うように鳴り交わした、相和せる旋律を、な」
キリエも、コクン・・・と首を上下に振る。
暫くして。
何かを振り切るように、手綱を同時に馬の首に、パシ!と当てるふたり。
合図を受け、馬が並足で、カッポ、カッポ・・・と蹄を鳴らして進み出す。
デスとハイエロファントが向かおうとした方向とは別の、もう一方の轍に沿って。
段々と、4人が別離を交わした地点から遠ざかる。
キリエ、ふと、思い出した様子でラーラマリアを見る。
キリエ「そう言えば、持ってこなかったの? バンジョー」
ラーラマリア「ああ。元々あの孤児院の物だし、壊したら修理も大変かな、と思ってね。銃の修理なら何てことないが、楽器の修理は難しくってさ。(にひっ、と笑い)もっと聴きたかったかい? アタシの演奏」
キリエ「(かあっ、と頬を紅色に染め)そんなこと言ってない! ウザいっ!」
真っ赤になって、別方向に目線を逸らすキリエ。
愉快そうに彼女を見詰めるラーラマリア。
そして。
ラーラマリア、真っ直ぐに前方、進行方向に視界を固定する。
ラーラマリア「『黒衣の者』を斃して、狂血病を治す“明日”が見えたらさ・・・」
その真摯な声色に、彼女の横顔に視線を戻すキリエ。
少しの、間。
静かに、ぶれない眼差しをキリエに向けるラーラマリア。
ラーラマリア「(清廉な、真剣な声で)ふたりで戻ろう、あの孤児院へ。そして・・・聴かせてやるよ、アタシの演奏と唄を、さ」
キリエの両目が、ゆっくりと見開かれる。
瞳が、限りなく透明に赫く輝く。
ふたりの目線が、宙で絡み、融合し、一本の不変なものとなる。
箍を外したように、緩んでいくキリエの表情。
キリエ「(穏やかに)・・・うん」
ラーラマリア、聖母の如き微笑で、キリエを見詰める。
キリエ、紛うことなき聖女の微笑で、ラーラマリアを見詰める。
やがて。
揺るぎない、深い想いを秘めた両眼を、進む先に据えるふたり。
そのまま、3頭の馬を並べて、行く。
彼方の風景が、砂塵で霞んでいる。
太陽の光は、厚い雲の隙間から注がれており、天への階段のように地上とを結んでいる。
それは。
キリエとラーラマリアの来たるべき日の、福音の如く。
クロスオーバー番外編【 鳴り交わす絃の、相和せる競いよ:了 】