10インチほどの直径の丸い皿が、カタン、と置かれる。
真円型の、縁が盛り上がったクリーム色の生地(クラスト)の料理が乗っている。
その上側に、トマト、ベーコンがトッピングされ、それらを覆い尽くす多量のチーズ。
それらが、ジュワ・・・ジュワ・・・と、今も熱の泡を湧き出させている。
何とも香ばしく、濃厚で、食欲に直接訴えかける良質の臭い。
湯気が立ち昇る中、3人が、驚いたような表情で皿に乗った料理を覗き込む。
ラーラマリア「(クン、と鼻を鳴らし)初めて見る料理だね。何だいコレ?」
サルーン主人「『ピザ』ってんだ。以前サンフランシスコに行った時に、イタリア移民の料理人から教わったんだよ。まだアメリカじゃほとんど知られてないらしい。でも、味は間違いなく美味いよ」
杏寿郎「すまんが、箸はあるか?」
ラーラマリア「フォークで食べるんじゃないのかい?」
サルーン主人「(ニッ、と笑い)これはね、そのまま手掴みで食べるんだ。切れ目が入ってるから、下の生地ごと持ち上げて、(右手を口元に運ぶ動作で、パク、と口を開け閉めして)こんな感じで。焼き立てで熱いから気を付けとくれ」
左手を伸ばして、ピザの縁に手を掛けるラーラマリア。
親指と人差し指と中指で、生地の縁を手前に少し引き、薬指と小指を生地の下に差し入れる。
円周対角線に8等分された1枚が、手の動きと共に持ち上げられる。
溶けたチーズが糸を伸ばし、三角形の先端を、クイ、と下に曲げる。
ラーラマリア、おっかなびっくり、という雰囲気で、それを口に運ぶ。
生地の尖った側を、ふう、ふう、と吹いて冷まし、パク、と咥える。
その様子をずっと見ている、キリエと杏寿郎。
思わず見開かれる、ラーラマリアの両眼。
何とも驚嘆した、且つ感動したような笑顔。
ラーラマリア「(ゴクン、と飲み込み)うっはぁ! こりゃイケる! こんだけチーズが乗ってる料理なんて初めてだね!」
サルーン主人「(感心して)お嬢さん、上手い食べ方だね。褒めてくれて嬉しいよ。(キリエと杏寿郎を見て)さあさ、おふたりも食べとくれ。お口に合えばいいんだけど」
キリエ「(杏寿郎を見て)私はいいから、先にどうぞ」
ラーラマリア、二口目を口にしている。綻んだ笑み。
杏寿郎、先程ラーラマリアが実施したのと同様に、右手を伸ばして1切れを取る。
持ち上げて口元に運び、背筋を伸ばした姿勢で、流れるように口に差し込み、噛む。
突然。
くわっ!と全力で見開かれる、杏寿郎の両眼。
瞬間で咀嚼し、ゴックン!と勢いよく飲み込む。
杏寿郎「(腹の底からの大発声)うまい!!!」
空気が、割れんばかりに振動する。
サルーン店内の、杏寿郎以外の全員が、動きと会話を停止させる。
それまでの空気を、一瞬で捻じ伏せるような、大声。
すべての視線が、杏寿郎に集まる。
口角を大きく上げた彼が、二口目以降を腔内に放り込む。
杏寿郎「(飲み込み)うまい! (更に一口食い、飲み込み)うまい! (もう一口)うまい!!!」
連続する賛辞に、段々と店内の雰囲気が変化していく。
驚きから和み、そして杏寿郎が食べている料理に対する興味へ。
彼の大声は店外へも聞こえたようで、スウィングドア越しに覗き込んでいる数名の姿。
茫然としているラーラマリア。ピザを食べる手が停まっている。
キリエ、集中する目線を、幾度も幾度も見回す。
徐々に、恥ずかしさと苛立ちが、身体の奥から競り上がってくるのを察知。
それをまったく気にすることなく、杏寿郎が2切れ目を皿から取る。
チーズが溢れているそれに、パク、と噛み付く。
ゴクン!と喉奥に押し込み、両目を爛と輝かせる杏寿郎。
杏寿郎「(劈くような声で)うまい!!!」
キリエ「(ガタッ、と椅子を蹴って立ち上がり)ああもう! ウザい! 静かに食べて!」
杏寿郎「(更に一口飲み込んだ後)うまい!」
キリエ「みんなこっち見てるから! 黙って食べて! ウザい!」
杏寿郎「(もう一口の後、晴れやかな声で)うまい!」
キリエ「(大声で)ウザい!!!」
杏寿郎「(大声で)うまい!!!」
劈くような言葉の掛け合いを交わす、ふたり。
ラーラマリアの頬が、ひく、ひく、と痙攣したように震える。
何とか我慢しようと奥歯を噛み締めるが、僅かの後に限界を超える。
ラーラマリア「ぷ・・・くくっ・・・(耐え切れず)アッハッハッハ!!!」
キリエ「(かあっ、と赤面)何笑ってんのよ!?」
ラーラマリア「(笑いを堪えようとして)ぶふっ、いや、だって、今の遣り取り・・・んくっ・・・下手なコメディなんかよりずっと・・・(再び我慢出来ず)アーッハハハ! 悪ぃ! 面白過ぎ! アハハハハ!!!」
ピザを持っていない右手を拳にして、ダン! ダン!と卓を叩き、笑い続けるラーラマリア。
顔をテーブル上に伏せて、転がんばかりに爆笑している。
ラーラマリアと杏寿郎を交互に見て、最早どうしていいかを完全に見失うキリエ。
その眼前で、2切れ目の最後の一口を腔内に放り込む杏寿郎。
杏寿郎「(ごくん、と飲み込んだ後)うまい!」
キリエ、何かを言おうと唇を、ぱくぱく、と数回動かす。
しかし、言語を構成することが出来ず。
遂に。
糸が切れたように、ドサ、と椅子に腰を下ろす。
何もかも諦めたような、呆けた様子で杏寿郎を視界に映している。
店内の客が、自分の同席者と互いに顔を見合わせて何事か喋っている。
傍らで、一通りの展開を眺めていたサルーン主人、破顔一笑。
サルーン主人「(歓喜を込めて)いやー、あまりに気持ちのいい食いっぷりに見惚れちまったよ! そんなに気に入ってくれたのかい?」
杏寿郎「(頷き)うむ! 大変美味であった! うまかった!」
サルーン主人「そうかい! ありがたいね! さあ、冷めない内に食っとくれ! おかわりも焼くよ!」
杏寿郎「かたじけない! 馳走になる!」
いそいそとカウンターに戻っていくサルーン主人に、店内方々からの視線が飛んでいる。
客の男性1「マスター! 俺も同じ料理出してくれ!」
客の男性2「おおい! こっちにもくれ! そんなに美味いんなら食ってみてぇ!」
サルーン主人「(笑顔を振り撒き)はいよ! こりゃ忙しくなってきたな! (給仕の女性に向け)おおい母ちゃん! 先に焼くの手伝ってくれ!」
給仕の女性「あいよ!」
ギイ、とスウィングドアが開いて、新たな来客が入店。
興味津々といった表情で、杏寿郎の食事風景を目にしてから、座席に向かう。
一方、尚も笑いが止まらないラーラマリア。
完全にツボに入った模様。
杏寿郎、3切れ目に手を伸ばし、躊躇うことなく口にする。
大変満足そうな笑顔で、ゴクン、とピザを飲み込む。
杏寿郎「(弾ける声で)うまい!!!」
半開きの瞼で、杏寿郎に目線を放っているキリエ。
はーっ・・・と、長く、とても長い嘆息を漏らす。
キリエ「(これ以上ないほど呆れた様子)・・・それはもう、とても良く解りました・・・」
キリエ、グラスに残ったミルクを、ぐいっ、と一気に飲み、ふう、と息を吐く。
一挙に賑わいを高めていくサルーン店内。